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蛞蝓の夢  作者: 小窓
7/8

お葬式の日

 テレビの影響なのか、葬式といえば雨のイメージがあったけど綾音(りんね)のお葬式の日、雲はほとんど無く空は晴れていた。行きたいのと行きたくない気持ちとの狭間で当日になっても頭痛がするほど悩んでいたあたしは、結局お母さんの一言で行くことにした。

「あんたが行かないなら、代わりにお母さんが行くわよ」


 お母さんに言われた通り、制服にいつもの黒いローファを履いて、渡された香典入りの紫色の布袋を指定バッグにしまった。いつものように自転車の鍵を取ろうとキーフックに手を伸ばすと、玄関までついてきたお母さんに止められた。

「自転車はやめておきなさい」

「なんで?」

「あそこ、近所に駐める場所がないからよ」

 お母さんはエプロンを外しながら続けて言った。

「近くまで車で送ってあげるわ」

 確かにお葬式の会場までは徒歩で行くには少し遠い。素っぴんのお母さんと一緒にいる所を同級生に見られるかもしれないと思うと恥ずかしいけど、少し手前で降ろしてもらえばいいと思い直した。


 助手席に乗り込み、シートベルトを着けて車は走り出す。着くまでのあいだ綾音の話をされたら嫌だな、と思ったから、あたしは先にお葬式のマナーとか流れなんかを聞いた。詳しく教えてくれたけど、お母さんの話は正直ほとんど頭に入ってこなかった。


 綾音が死んだなんて嘘みたい。


 もちろん、綾音が死んだことはわかっている。でもそれは現実じゃないように思えた。まるで夢や本で読んだ話のように別の世界の出来事のように思えた。

 そのくせ、信号待ちの時に歩道を歩いていたミニチュアダックスフンドを見て、あれは綾音が好きな犬種だなとか考えたり、そういえば綾音に会った次に買う本の話をしないとな、とか考えたりする度に、綾音はもう死んでいて二度と会うことは出来ないんだと再認識する。

 もう泣きたくないのにまた涙が溢れた。もうたくさん泣いたのに。これからお葬式に行くのに、隣にお母さんがいるのに、止まらなかった。

 ポケットに入れていたミニタオルで涙を拭った。綾音と色ちがいで買ったやつだ。


 お母さんは話すのを止めてラジオを付けて、強引に右折した。

「ちょっと遠回りするね」

 そう言われてもあたしは頷くことしか出来なかった。



 しばらく泣いた後に何度か鼻をかみ、バッグから出したコンパクトで泣き顔を確認した。目の周りは少しむくんでるけど、人前に出られないほどみっともないレベルではない。

 車は既に目的地に向かっている。いつもなら鬱陶しいくらいにドカドカと土足で踏み込んで来るのに、今日は余計なお節介もしてこない。いつもこうならいいのに、と思った。



 葬儀所に着くと、予想以上に狭くて驚いた。公民館のような特徴のない平屋には「すこやか会館」と看板がかかっている。開かれた両開きの扉をくぐると部屋の入り口に受付があり、喪服を着た女性が座っている。一歩先に受付している参列者をこっそり観察して、あたしもそれに(なら)う。


 会場に入ると、並んだパイプ椅子の奥に綾音の写真があった。笑わず、口を一文字に結び、まっすぐにこっちを見ている。むしろ睨んでいると言ってもおかしくないくらいに、厳しい目をしていた。

「ご友人の方でしょうか」

 彼女の目に圧倒されて立ちすくんでいると声を掛けられ、席まで案内された。友人や知人が座る区画はここ、という風に決まっているらしい。既に5人ほど座っていて、中には同じ制服の人もいた。知らない顔だけど上級生だろう。あたしは、上級生を避けて知らない女の人の隣に座って軽く頭を下げた。女の人は会釈を返すと再び隣の上級生らしい人と小声で話し始めた。上級生が「さあ」「知らないです」と素っ気ない返事をしているのが聞こえた。背中を伸ばして改めて写真を見ようとすると、肩をつつかれた。


「こんにちは」

 つついた手を宙に浮かせたまま、隣の女性が小声で話しかけてきた。さっきまで喋りかけられていた上級生は、苦笑いを浮かべてあたしを見ていた。

「こ、こんにちは」

 あたしが返事をするとフォーマル服の女性は嬉しそうににっこりと笑った。

「1年生? 綾音ちゃんのお友だちかな?」

「そうですけど…。あの、あなたは」

 少しずり下がった黒いべっ甲の眼鏡を直しもせずに、上目遣いで笑みを浮かべたまま女性は答えた。

「綾音の母です」

 あたしは驚きのあまり喉から出かかった大声を何とか飲み込んで、嘘つきを睨み付けた。

「母親なんてウソでしょ」

 怒気を込めたつもりだったけど、相手は全く動じていない。

「あ、バレた? あなたホントに(あや)…、綾音(りんね)ちゃんと友達なのね」

 ちょっとした悪戯とでも思ってないのか、彼女は悪びれもなく笑いながらエナメルの黒いハンドバッグからピンクシルバー色の薄いケースから名刺を取り出した。

「これ、私の名刺」

 今なんて言った?

 確かにこの人『あや』って呼んだよね?

 この人誰?

 どうしてあたしに名刺渡してくるの?


「いきなりでビックリしたよね、ごめんねぇ~。ハイどうぞ」

 訳がわからなくて硬直したまま、受け取ることもせずに名刺を呆然と眺めていたら、強引に名刺を押し付けられた。されるがままに名刺を受け取ると、彼女は立ち上がる。

「今日明日にでも連絡して? (あや)ちゃんの話もしたいし」

 彼女は言い終わると返事も待たずに、笑顔で「バイバイ」と手を振って会場から出て行ってしまった。あたしは彼女の後ろ姿が見えなくなってから、再び名刺に目を落とした。

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