最初の夢 ★
「私が見えますか?」
突然の声で我に帰った。赤黒い丸テーブルの向かい側に座っていた誰かの声だった。今の声からすると多分若い男だろう。
私はテーブルと同じ色の細い四つ足のダイニングチェアに座り、両手は肘掛けに置かれていた。
向かい側の若い男を見た。私と同じ椅子に座っている。黒い細身の三つ揃いを着ていて白い手袋をはめた両手をテーブルに置き、指を組んでいる。目と頬骨が隠れる仮面を着けている。右側は瑞々しい肌色の若い顔、左側は土色がかった骸骨のような奇妙な仮面だった。
二人のいる部屋は狭く、ダイニングセットよりはやや明るい赤茶色のカーテンが四方に、天井付近からぐるりと部屋を取り囲むように掛かっていた。
仮面の男の奥にはシンプルな木製のドアが見えた。
「私が見えますか?」
男はさっきと変わらないトーンで再び聞いた。
「なんなの?」
私は意味の分からない質問に答える気が湧かなかった。
男は嘲るように口の端を歪ませた。
「現状の説明を要求しておいでで?」
癇に障った私は、眉をヒクつかせたものの無言で言葉の続きを待った。
彼は組んでいた手を広げて当然のように答えた。
「夢ですよ、あなたの夢です」
自然と目を見開いたのが自分でもわかった。
「夢?」
「そうです」
私の疑問は少しの間も与えられず切り捨てられた。
「これはあなたの夢です」
何だかぼんやりする思考、現実味のまるでない状況。確かに現実ではないと結論付けるべきなのかも知れない。
でも肘掛けに置いた手の感触、視界に映る部屋の鮮明さ、この状況を疑う私の判断力はいつも見る夢の全てと違っている。
私はカーテンと同じ色の天井を見上げて、自分の爪を見つめ、やっと仮面の男に向き直った。
「それが本当か、私には分からない」
返答を予想出来ていたのか、男は迷う事無く懐から手のひらに収まる小さく鋭いナイフを取り出し私に差し出した。
「これで手首を切ったとしてもあなたは死にません。夢ですから」
「馬鹿馬鹿しい」
ありえない提案に私は語気を強めた。
「死なないのなら自分で切ればいいじゃない」
男は答えず掌のナイフを隠すように手首をくるりと回した。一瞬見せた手の甲をまたくるりと戻してみると、掌にあったナイフは消えている。男はホラどうですか、と言わんばかりだ。
「そんなの手品でしょ」
「手袋でテーブルマジックが出来るとでも?」
男は小さくため息をついたあと両手を合わせ、パン!と軽く音を立てた。
その瞬間、目の前に飲み物が現れた。
タンブラーに注がれた飲み物はねっとりとした濃い白色をしていた。太いストローが刺さっている。
突然の事に絶句していると、しっとりとした冷たい何かが私の足首に触れた。反射的に体が反り返った。
「んぅっ!?」
体を曲げてフレアスカートに隠れた足首を見た。私の足首に居たのは中型の蛇だった。滑らかな蛇の体が私の素足に巻き付き這い上がって来る。
驚きと恐怖で私の気管は狭まれて滑稽な音を出した。蛇はふくらはぎをぬめぬめと這い回り、膝の裏を通って太ももを撫でた。
慌てて蛇を振り払おうと手をあげ、ようとするが手は動かない。肘掛けを掴んだ手は、金縛りにあっているかのようにピクリともしなかった。足も全く動かない。
蛇は太ももに巻き付き、内腿を舐め回しながらゆっくりと這い上がって来た。鳥肌が立つような蛇の動きに私はろくに声が出せず小さく「止めて」と繰り返した。男はニヤけた笑いを浮かべて私の反応を見ていた。
蛇は首をくねらせて小さな布をめくり、ひんやりとした頭を粘膜に当てゆっくりと中へ入ってきた。冷たい異物が徐々に挿入される感覚に体は震え、強張った。蛇が動くとズズズ、体内で音がする気がした。蛇の動きに反応して腰が勝手に小刻みに動いた。
「止めて」
ようやく出せた声はまるで懇願だった。さっきまでの強がりは微塵も残っていなかった。震える私を楽しそうに眺める男に言っても無駄だ、そう絶望したとき
パン!
手を叩いた音がした。同時に脚の蛇は解けるように消えた。
「ここでは2つのルールしかありません」
脱力し項垂れた私に男は話し出した。頭を上げる事すら私は出来なかった。
「ひとつは部屋の飲み物を全て飲むこと」
虚脱感で真っ白になった頭には男の声がすんなりと入ってきた。テーブルの飲み物は消えていない。ヨーグルトに似た粘質の何か。氷も入っておらず飲み干すのには苦労しそうだ。
「もうひとつは飲み終わったなら部屋のドアを開けて中に入ることです」
私はぼんやりと自分の体を見下ろしていた。お尻が濡れている。多分失禁したんだろう。
「それだけ。簡単でしょう?」
男の顔は見えないが、笑っているに決まっている。
ここで夢が覚めた。
続きを書こうとしたら「途中保存ができません」と言われてまともに推敲出来ていません。上手いやり方がわかるまでは、ちょこちょこ直していきたいと思います。
2017/6/6
書き方が分かった気がします。