最後の日
友達が死んだ。
あたしは彼女を親友だと思っていた。
でも彼女はあたしを親友だとは思っていなかった。
あたしは彼女から何も聞いていなかった。
彼女は自殺だった。
眠れそうに無いので書いてみようと思う。
あたしが鈍感過ぎて彼女が発していたサインみたいなものに気付けなかっただけかも知れない。
もしかしたら、全てを文章に書き出したら何が理由だったか分かるのかも知れない。
彼女が死ぬに至るほどの理由が。
今日の朝まではいつも通りだった。
目覚ましのアラームで起きてLINEを開き、浅い友達に差し障りのないレスを付けた。
朝ご飯を食べて寝癖を直して登校した。
彼女は来なかった。出席簿にバツ印が付いただけだった。
彼女が休んだ事を最初あたしは全く気にしていなかった。
余り珍しい事ではなかったから。
「昨日読んだ本の結末が悲しかったから」
ある日はそんな理由だった。
今日はどんな理由で休んだのか聞いてみよう。
HRが終わるとすぐにあたしは彼女にLINEしたけど既読にはならなかった。
学校が終わる頃になっても既読が付かないし、この辺りであたしは彼女が本当に病欠かもしれない可能性を考え始めた。
「大丈夫?」
と(朝に続けて)送ったけど既読は付かなかったから、少し迷ったけどあたしは帰りに彼女の家に寄る事にした。
でも齋藤さんがいるしそんなに心配していなかった。
あたしはお手伝いさんなんか今まで縁がなかったから興味津々で聞いたんだけど、齋藤さんは奇数日に来る通いのお手伝いさんで、朝の10時から来てくれる。その日は奇数日だったから、彼女が倒れていても齋藤さんが気づいてくれるし最悪病院にも連れていってくれるだろう。
あたしは途中コンビニに入って彼女のお見舞いにプリンを買った。前にあたしと一緒に食べた時に美味しいと言っていたから喜んでくれるだろう。
彼女の家の1本手前の通りで、主婦っぽいおばさんが3人立ち話をしていた。
今思い返してみると誰も深刻な顔なんかしてなかった。むかつく。目をキラキラさせて楽しそうに話してた。
「ほら、母親が居ないでしょ?ねぇ」
「父親の方も冷たそうな感じだし」
「無理してたんじゃないの?」
聞こえてきた会話にぎょっとして、思わず声がする方を振り返った。嫌な予感がした。早く彼女と話がしたくて無意識的にあたしは走り出していた。
ぐるりと高い塀に囲まれた彼女の家は静かだった。和室にある障子に似た門の小窓から中を覗くと、あるはずの齋藤さんの自転車は無く、代わりに今の時間あるはずが無い彼女の父親の車があった。
頭がぐるぐる回っているようだった。何かが起こっているのを察する事は出来ても、考えはバラバラに散らばって余計に落ち着かず、思考はまとまらなかった。
答えを求めてあたしは玄関のインターホンを押した。誰も出なかったが堪えきれずあたしはもう再度インターホンを目一杯押した。
「はい」
インターホンの声は彼女でも齋藤さんでもなく、彼女の父親だった。
「...どちら様?」
続けて聞こえた質問にあたしは我に返って慌てて口を開いた。自分はお嬢さんの友達で、彼女が学校を休んだのでお見舞いに来たと。
言い終えてから返答を待ったけど、しばらくは返答が無かった。
「あの」
言いかけたあたしを遮って彼女の父親は答えた。
「大変申し訳ないが今日は帰ってもらえませんか」
その言い方は要望ではなく要求だった。大人の強い物言いに少したじろぎはしたものの、引けなかった。あたしはお腹に力を込めて強く、出来るだけ強く言った。
「お嬢さんに会いたいです」
気づくと銀色のインターホンを睨み付けていた。
長い沈黙の後、インターホンは答えた。
「綾音は死にました」
<続>