第8話 お盆の終わり、夏休みの終わり
しばらく投稿できず、申し訳ありませんでした。いろんなことで忙しく、なかなか綴る暇がございませんでした(主に白猫やシャドバやつり乙など
「何で……父様がここに……」
驚いた。子供の頃からずっと不在で居なかった父親が、目の前にいた事に。何度見てもあの頃と変わらなかった
「冬風……」
「今まで……一体何処に……っ!」
押し殺していた感情が溢れ、声に怒気が孕んでいる事に気が付いた。だが止まるはずもなく、激情に身を任せていた。
「貴方が行方不明の間、こっちは凄く大変だったんですよ……何で父様は僕達も連れて行ってくれなかったのですか……!」
「それは……」
龍彦の口から出た言葉は、到底理解が及ばなかった。
「……グライエン王国だ」
「……っ!」
グライエン王国とは、ユスティニア王国の隣の島に位置する王国である。人口はユスティアと比べると少し少ないが、その分国王の力が代々強力だったという。先代月詠家当主の照さえ、手傷を負わすのが精一杯だったという。
そんなグライエンに伝わる神器、聖剣エクスカリバーは無類の強さを誇る。詳しくは知らないが、太刀打ちするには少なくとも上位精霊以上の力……もしくは魔剣じゃないとすぐにやられてしまうと言う。この目で見たことは無いが、話を聞く限りでは一番の強敵だった。そんな所に龍彦が行っていた理由を僕は聞き出そうとしたが答えてくれなかった。
「冬風、お前に警告しておく。近々グライエンとユスティアは戦争が起きるかもしれん、出来ればお前を巻き込みたくない……だから、忍と秋水と共に逃げろ」
「……」
その言葉を聞き、僕は初めて龍彦に逆らった。今までは冬風に力なく、ただ従うのみだった。でも今は違う、守る為の力は十分に得た。それに、歳的に恐らく反抗期も入っていたのかもしれない。
「ご忠告、痛み入ります。ですが僕には守りたい人がいる、ですから逃げる訳には行きません。例えグライエンと戦争になっても、僕は守る為に……大切な人達を守る為にグライエンを滅ぼします」
その言葉を発した瞬間、少し風が吹き荒れた気がした。龍彦の表情は険しくなった。
「そうか……例え息子でも容赦はしない」
そう呟き、龍彦は階段を下った。
「もう墓参りは良いのかい?息子も居たんだろう、永劫の別れになるかもしれない。もう少し傍に居てやっても良いんじゃない?」
階段を降りている龍彦に話しかけたのは、グライエン王国現国王、グレイアス・クラウディオだった。
「人の詮索は止せ、お前には関係のない事だ」
「ふーん……まっ、良いけどね」
こうしてグレイと龍彦は、飛行船を待たせている森の奥深くへと消えて行った。
……
その頃僕はと言うと、母様の墓の前で呆然としていた。
(……なんか、嫌な予感がする。父様が言っていたグライエンとユスティアの戦争の事、もしかしたら何か関わっているんじゃ……)
1人そんなことを考えていると、背後から突然声がした。その声に僕は飛び上がった。
「〇△□✕!?」
「声になって無いわよ、冬風」
話しかけてきたのは、雅だった。
「いきなり後ろから話しかけられたらこうなるわ……それで何?」
「何って?」
「用件だよ」
「あぁ……」
まるで今思い出したかのように手を合わせる。
「早く祠に行こうよー」
急かすように後ろから抱きつかれ、小さくため息をついた。
「まったく……まぁ、用事も済んだしいいか」
「ふふふ」
こうして墓参りを終え、祠に向かった。着いて、入口から入って奥の方に歩を進めた。
「ここも……随分と久しぶりだな」
懐かしさを噛み締めながら一番奥にある大きいクリスタルを眺めていると、雅が背後から抱きしめてきた。
「……?」
「冬風……一つだけ確認したい事があるの」
「確認?」
「そう、例え戦争に巻き込まれて……龍彦と戦うことになっても、貴方は戦える……?」
「……っ!」
僕はしばらく答えられなかった。いくら戦争でも、実の父を殺す事なんて考えていなかった。
「何で……そんな……」
「何かおかしいのよ……何で彼は戦争が起こることを知っていたの?」
「まさか、父様がグライエンと繋がっていると?」
「その可能性も有りうると言うだけよ」
グライエンと戦争が始まれば、学校どころか祭りところでも無くなる。なぜ今になって戦争を起こすのか、お互いに得るものはなく損をするだけだ。
「……考えさせて……何て言ってる時間は」
「勿論無いわよ」
「そうだよね……」
少しの沈黙が訪れ、表情は段々と険しくなった。そう、出来たのだ……
「……僕は例え戦争になっても、夢依達を守る……その為なら、グライエンを滅ぼすことも……父様を倒す事も厭わない」
実の父も殺す……覚悟が。かなり悩まされたが、それでも夢依達を見殺しにするよりマシだと思った。実質龍彦が父親らしい事をしてくれたのは15年も前の事だ。それ以降は薄れて思い出せない所か、無かった。
「……分かったわ、決まったのならこっちに来なさい」
「?」
首を傾げながらも、雅の目の前に立った。その瞬間、小型のナイフみたいな物で心臓を突き刺された。
「がっ……!?」
訳が分からず、その場に膝を着いた。息をするのも苦しく、咳き込むと紅い液体も零れた。痛みに苦しんでいると、雅が優しく頭に手を置いた。
「大丈夫、痛いのは最初だけだから……さっき冬風の心臓に刺した刃物は水神の楔、上位契約と併用すれば私の力を一滴残らず使えるわ。ただ、デメリットもその分辛いけどね」
「……デメリット?」
「私が裏切りと判定、及び暴走したらその楔が弾け飛んで貴方を殺す。勿論殺す前に契約を解消させられるけどね」
契約を解消してから僕を殺す……つまり、力の代価に命を賭けろと言うことだ。もう楔を打ち込まれた以上何も出来ない、だが嫌がるどころか笑っていた。
「 そういう事か……分かったよ、やってやろうじゃないか」
「その意気じゃないとね」
グライエンとの戦争……勿論それも考えなければいけない事なのだが、僕が今考えている事はもう祭りで優勝する事だった。兄様の負担を軽減させられれば十分で、それ以上は望んでなかった。
「……さて、用事も済んだしそろそろ行きましょうか」
「そうだね」
こうして、僕と雅は祠を後にした。村に戻ると、遥が駆け寄ってきた。
「おかえり、どうだった?」
「うん、母様には色んな事話せたし……それに……」
「?」
「……いや、何でもないよ。少し裏山を見て回ってたくらいだし」
「へぇー……」
父様の事はここでは言いたくなかった。まだ父様の目的がわからない以上、迂闊に口を滑らすことは出来なかった。苦笑交じりに笑ったが、実際笑い事ではなかった。道に迷えば帰ることは困難で、少なくとも2~3日は彷徨うと思う。
「そりゃあそんな1年ちょっとで地形が変わるわけ無いじゃないか」
「そうだよね、安心したよ」
「あははは」
僕と遥は顔を合わせて笑っていた。2人の笑い声は、雲1つないエーテルの空に木霊して消えた。
それから数時間後、当たりはすっかり夕日で真っ赤に染まっていた。そろそろ帰らないと、夢依が心配してしまう。
「それじゃあ、僕はフィリアスに帰るよ」
「あ、じゃあ駅まで僕が送っていくよ」
「大丈夫、それに僕は電車で帰るわけじゃないしね」
「え?」
「確かに電車で帰ってもいいんだけども、それだと時間がかなりかかってしまうんだよ。その点魔力転移なら魔力消費だけで、時間はかからないからね。だけどこれは一人の時にしか出来ない。短距離の転移なら複数人でも出来るけど、こんな長距離なんて精々一人が限度。転移中に何が起きるかわからないし、ちょっとした実験みたいなものかな」
「実験ねぇ……冬風は相変わらず実験が好きだね」
遥はため息をつきながらも、苦笑していた。一件呆れられているかのように見えるが、遥のこの仕草はその人を信じていてくれる時に見せてくれる仕草だ。実際に遥が人に呆れたら、口すら聞いてくれない。まぁ、感情表現が苦手なだけと思いたい。
「そうだね、科学の実験も大好きだよ。何が起きるかわからないし、成功した時の達成感は本当に気持ちいいからね。と言うよりも、いろんな事に……結果がわからない事にチャレンジするのが好きなだけなんだけどね」
「そうだったね、冬風は中学の時化学の成績は学校一凄まじかったもんね。その代わり実験好きすぎて、科学の教科担任から嫌われていたけどね」
「あ、あはは……それは自覚していたよ。でもなんかこう……好奇心が抑えきれなかったというかなんというか」
「分からなくはないんだけどね……何というか中学の時の冬風ってさ、無口で無愛想な感じだったから物凄いギャップが……」
「僕も感情表現が苦手なことをお忘れなくね」
「分かってるよ」
2人で他愛もない話をし、僕は魔力転移でフィリアスに向かった。
「……気をつけて、結果が分からないものは途中で何があるかも分からないから……」
遥は一人呟き、その場を後にした。
一方僕はというと、無事にフィリアスに到着した。エーテルを出てからまだ数分しか経ってないから、日没までにはもう少し時間があった。
「ふぅ……何とか無事に到着できた。何事も無く転移できて良かった」
転移した場所は、フィリアスの駅の目の前だった。殆どの人は魔力転移のエフェクトに驚き、ざわめいていた。
「あ……しまった、こんな人だかりの所に転移したら余計目立つの忘れてた……」
一人ため息をつき、そのまま城まで転移しようとした。その瞬間、背後から何かが飛んで来た。
「……っ!」
僕は咄嗟に気づき、飛んできたものを地面に叩き落とした。よく見てみると、矢だった。しかもこれは魔力武装で作られたものではなく、実物だった。普通の人間なら頭部を貫かれていた。
「一体……誰が」
周りを見回してみるが、人集りが多すぎて個人特定が出来なかった。
「それにしても、こんなに人が集まっている所で堂々と僕を殺そうだなんて……よっぽど逃げ足に自信があるか、何も考えなしなのか……とにかく、城へ急がなきゃ」
僕は考えるのを後回しにして、城の城門前まで魔力転移をした。転移すると、門番がいつも通りに迎えてくれた。挨拶して通り、伯父様が待っている皇玉の間へと歩を進めた。相変わらずの大きな門が開き、そこには伯父様が座っていた。
「おぉ、冬風君帰ったか」
「はい……ただいまです」
「うむ、夢依なら自室に居ると思うぞ」
「ありがとうございます、早速顔を出してきます」
冬風は彦道に頭を下げ、皇玉の間を後にしようとした。すると、彦道が呼び止めた。
「ちょっと待ちたまえ、冬風君」
「……はい?」
「君……エーテルで何かあったのかね?」
「何か……とは?」
「いや、何か複雑な表情をしていたからな……もしかしたら何か辛い目にあったのではないかと思ってな」
流石現国王、察しが良いというか……鋭い。だけど、エーテルでの事を伯父様に言ったら嫌な予感がする。と言うよりも、余計に面倒くさいことになりそうな気がする。
「いえ、特には……ただ、母様の墓参りをしてきただけなので。あと、エーテルに何時でも帰ってきてもいい……と言われたことが嬉しかったです」
結局黙っていることにした。その時が近くなったら、その時に話そうと思ったからだ。その代わりに、僕がエーテルで嬉しかったことを彦道に話した。すると伯父様は、優しく僕に微笑んでくれた。
「そうか、エーテルに帰ることが出来るようになったか……よく頑張ったな、今まで辛かったろう。これで気持ちが軽くなったかな?」
「はい、多少は。でもやっぱり、自分はあの時に罪を犯した事を悔やんでいます。もうトラウマ……みたいなものは無くなりましたけど、後悔だけは残ってます。本当に……あれが正しかったのかなって。」
「……冬風、人を殺すのに例えどんな理由があっても正しいなんてことは無いんだ。国王の儂が言うのも何だが、罪を犯した罪人を裁く権利を持っている人間なんてこの世には存在しない。言ってみれば只の傲慢さだ、自分の地位を使って罪人を処する。それを傲慢と言わず、何という?」
「それは……それでも人間の中で立場が上の方なら、裁かれても仕方ないのでは?」
「確かにそうだな。いくら傲慢とはいえ、他に裁く者もおらんだろう。ただ、それが正しいとは限らんのだ。どんな罪を犯そうが人間だ、それを同じ人間が裁く……儂はこれが正しいとは思えないのだ。人間が人間を裁く権利なんて何処にある?」
「……分かりません」
「そう、分からない。それは儂だって同じだ。だけど人間という種族上では同じだが、人間は感情という物がある。その感情が人間の優劣や上下を決めてしまう、つまりすべてが平等な世界を作ろうとしても人間が居る限り叶わぬ夢なのだ。そこで一つ、もしもこの世界に上下が無い世界があったら……どうなると思う?」
「それは……皆幸せなのでは?」
「それは違うぞ、冬風君。全て平等だったら人間は必ずつけあがる、完全な無法地帯になり犯罪は無数に起こる。誰も止めてくれはせず、それこそ罪人の思いのままな世界になってしまう。そして、そんなのが当たり前な世界になってしまう」
「そ、そんな……そんなのって」
「罪人はそんなことをするのが正しいと思っている、だって誰も止めないのだから。子供だってそう、自分のほうが優れていると思っているから、あいつが気に食わないからと言う理由でイジメが起こってしまう。それも自分が正しいと思い込んでいるからだ。だからこそ人間は上下関係があり、上の者が犯罪を犯した者を裁くのだ。そして上の者が世界のルールを作り、下の者はそれに従う。こうしてこの世は成り立っているのだ」
「そう……なんですか」
「まぁ、これは儂の考えだがな。国王になる前に随分旅をし、色んな国を見てきた。国の中にはきちんとした国もあれば、完全な無法地帯の国すらもあった。だから、儂には何が正しくて、何が間違っているのかは分かりかねん」
「……」
彦道は語り終えると、椅子に深く腰をかけ直した。
「だがまぁ……人間に感情がなければ全て機械みたいで、つまらん世界になってしまうからな。冬風君は自分が正しいと胸を張れるような生き方をして欲しい」
「……分かりました」
「長く話して悪かったな、早く夢依の所に行ってあげなさい」
「はい、分かりました」
僕はさっきの話を聞いて、頭の中で余計に混乱した。今までそんな事を考えたことはなかったからだ。
「一体どうすれば良かったんかな……」
一人呟きながら、夢依の元へと歩みを進めた。
夢依の部屋の前に着き、ドアを軽くノックした。しかし、返事が返って来なかった。気になってもう一回ノックしたが、やはり返事は無い。
(どうしたんだろう……もしかしたら寝ているのかな?)
そう思い、その場を後にしようとした。扉に背を向けた瞬間、部屋の中で物が落ちる音がした。
「……?」
何か不審に思って扉をそっと開けると、部屋の中にはベッドで寝ている夢依と、床に落ちている本が目に入った。
「何だ……本が落ちただけか」
安堵のため息をつき、本を机の上に戻してから寝ている夢依の隣に腰を下ろした。無邪気な夢依の寝顔が、僕の心の緊張を解きほぐしていた。優しく頭を撫でていると、夢依は薄らと目を開けた。
「んぅ……?」
「あっ……」
しまったと言わんばかりの短くて小さな声が、僕の口から零れた。撫でていた手を離そうとした。すると、夢依の手が離れていく僕の手を捕まえて優しく握った。
「駄目……離れないで……?」
「うん……分かったよ」
そう言うと、安心したように夢依は微笑んだ。それから少しの時間が経ち、夢依はようやく意識がはっきりとしてきたようだ。
「おはよう、冬風」
「おはよう……もう夜だけどね」
苦笑いで言うと、夢依は驚いてカーテンを開けた。外の暗さを見て、さらに驚いていた。
「うそ、さっきまでお昼過ぎだったの
に……」
「つまり、お昼寝してたらうっかり寝過ぎたと合うわけか……全く」
「う……」
図星を突かれたらしく、夢依は苦笑いで少し唸った。その後夢依は伸びをして、ベッドに座り直す。
「どうだった、エーテルで何かあった?」
「うん、色んな事があったよ」
エーテルで起きた出来事を、夢依に話した。勿論父様の事は伏せてある。淡々と話しているが、その表情には憂いも混ざっていた気がした。
「……へぇ、そんな事があったのね」
「うん……自分の罪は消せないけども、村の人達は僕を許してくれた。遼……友達も僕に気兼ね無く話してくれた、もう……あの村に帰っても大丈夫になったよ」
無邪気な笑顔で話すが、夢依は少し複雑そうな表情をしていた。
「……ねぇ、冬風」
「何?」
「冬風は……エーテルに戻りたい?」
「え……」
唐突な質問に、短い声しか出なかった。夢依は僕の顔から目を離さず、いつもより真剣な表情で迫っていた。
「もう……皆は許してくれたんでしょう?なら冬風はもうここに居る理由も無い。無理をして私を守る必要も無い、叔父様には私が掛け合ってみるわ。だから聞かせて……冬風はエーテルに戻りたい?」
「……」
暫く黙り込んでしまった。確かに冬風はエーテルに居られなくなったからフィリアスに逃げてきた、今はエーテルに帰っても大丈夫と言ってくれたからもうここにいる必要はない。
(でも……でも、今はこのフィリアスで守りたい人が出来た。自分の何を賭しても、守りたい人が出来たんだ。でなければ、何のために……母様や自分に誓ったか分からない!だから……この気持を、夢依に伝えたい!)
僕は少し時間を置き、やがて拳を強く握り締めた。
「確かに、僕はエーテルに戻りたいとは思っているよ。でもね、今更戻ったとしてももう遅いんだ。戻ってしまえば、僕は守るものを失ってしまう……この力を手に入れた意味が無くなってしまう。だから僕は戻らない、これは只の我儘にしか聞こえないかもしれない……でも僕はこのフィリアスで夢依に出会って……心の底から誰に命令されたからでもない、自分の本心で守りたいと思えたんだ。だから僕はここに残るよ……もしこれが迷惑にしかならないなら、僕は……」
「……っ!」
”僕は大人しく、神界に消える”
この言葉を出そうとする前に、夢依が抱きしめてきた。
「……?!」
僕はびっくりして、体制を崩した。夢依もそれにつられ、結果的に夢依が僕を押し倒す体制になった。
「えっ……ちょっ?!」
その状態を察し、慌てふためいた。しかし、夢依は涙を零していた。全身を震わせ、僕の服を握りしめる力は次第に強くなっていった。
「馬鹿……!迷惑な訳無いじゃない、嬉しいわよ……でも、私は冬風の事を優先してあげたい。冬風が一人で苦しんでいるのを見るのは、もう嫌なの……っ!」
「夢依……」
「お願いだから、もう私を一人にしないで……一人で抱え込まないでよ、私だって力に慣れるんだから……私も一緒に、隣じゃなくてもいいから背負わせてよ……っ!」
「……」
随分と、夢依を心配させてしまったようだ。確かに一人で戦ってたし、皆に心配をかけまいと一人で抱え込んでいた。でも、それが夢依にはそれが心配になっていたようだ。
「……でも、僕はこの力を制御しきれる自信はない。もしも暴走なんかさせて、夢依にもしものことがあったら……僕は……っ!」
「大丈夫、その時は私が止めてあげる。だから一人で苦しまないで……?」
「夢依……」
再び夢依が抱きしめ、僕も抱きしめ返した。
「分かった、もう一人では抱え込まない。辛くなったら、ちゃんと言うから……」
「ありがと、冬風……大好きだよ」
「大……好き?」
「うん、冬風の事……大好き」
泣き笑いしながらそう言う夢依に、僕は心が苦しくなった。切なくて、とても儚い感じがしたから。こんなことを言われたのは生まれて初めてで、この後の言葉に詰まってしまった。
「えっと……その……あぅ……」
「ふふふ、冬風はいつも冷静に物を言うくせに……」
夢依は可笑しく、涙を拭きながらクスっと笑った。それに僕は顔を真赤にしながら、そっぽを向いた。
「むぅ……そういう所で茶化さないで欲しいよ」
「ごめんごめん」
「まぁ……いいんだけどさ、でもまぁ……僕も大好きだよ、夢依」
「あっ……その……ありがとう」
暫くの間お互いに見つめ合い、頬を赤らめた。電気もつけず真っ暗な部屋の中、夢依が僕を押し倒しっぱなしなことも忘れていた。
2人目を閉じ、ゆっくりと顔を近づけた。あと少しで唇が触れ合いそうな瞬間、扉をノックする音が転がってきた。
「お嬢様、お食事の用意ができましたので食堂へお越しください」
「わ、分かったわ」
「あ、あと……」
「何?」
「冬風様もお近くに居らっしゃるのでしょう、でしたらこの事を冬風様にもお伝えしておいて欲しいのです」
「わ、分かったわよ……」
「それでは、失礼します」
最後の声が聞こえると、ゆっくりと足音が遠ざかる音がした。暗闇の部屋の中、2人は顔を合わせあい脱力した。
「な、何で僕がいることが……」
「さ、さぁ……」
苦笑いし、夢依はようやく自分の状態に気がついた。
「あっ、ごめん……」
咄嗟に起き上がり、僕から少し離れた。
「だ、大丈夫だよ……うん」
ゆっくりと起き上がり、夢依に背を向けて座った。
「…………晩ごはんみたいだし、そろそろ行こうか」
「分かった」
2人は立ち上がり、部屋を後にした。食堂へ向かっている最中、恥ずかしさで顔を合わせることが出来なかった。そして、話すことも出来なかった。
食事を済ませ、各自部屋に戻った。僕はベッドに寝転がり、暫く感傷に浸っていた。そして、思い出しては赤面を繰り返していた。
「はぁ……雰囲気に流されてしまったとはいえ、僕は大変なことを言ってしまった気がする……」
カーテンの隙間から星空を眺め、呟いていると隣に雅が座っていた。
「ふふっ、良かったわね~。これでようやく冬風にも、大事な人が出来たってわけね」
「うぅ~……聞いていたのか、雅。夢依はそれ以前から大切な人だったんだけどね、なんか意味合いが違うものになっちゃった気がするんだよ。今まで女性を好きになったことなんて無いし、そもそもそういうことに興味なかったんだ。ただ、守り切れることが出来ればそれでよかったんだ。僕は元々卒業したら神界に行く予定だったんだ……」
「それは何で?」
「……僕は大罪を犯した、ならばいつかはそれを償わなければならない。謝っても許されることではないし、僕はまだあの頃のことを悔やんでいる。ならば、いっそこの気持を断ち切るために神の最頂点……最高神ゼウスに、僕を裁いてもらおうと思ったんだ」
「……」
「やっぱり、誰に何と言われても僕の罪は罪だ……軽くはならないし、無くなりもならない。このまま幸せになってしまったら、僕は……その罪の重さを忘れてしまうかもしれない。勿論、夢依を幸せにしてあげたい気持ちはある、だけど……」
俯いた瞬間、雅は僕を殴った。
「ぐっ……!」
威力はそこまでなく、大して吹っ飛ばなかったが口の中を切った。唇の端から一滴の血の雫が零れた。
「馬鹿……罪罪って……それって、ただ自分の罪を利用して逃げようとしているだけじゃない、そんなのは償いなんて言わない!!」
「……っ!」
「冬風はただ、夢依を守り切れない事が怖いんでしょう……前に忍を守れなかったように、夢依も同じ目に合わせたらどうしようって……ずっと怖かったんでしょう!」
「……何で……」
「分かるわよ、だって私は……ずっと感じてたもの。一緒に居なくても分かる、冬風の恐怖が……怯えが……私にもヒシヒシと伝わってくるのよ……」
「だったらどうすればいいんだ、僕は今まで夢依に……皆に心配をかけないようにしていた、だから僕は一人で背負ってきたんだ!なのに、そんな僕の気持ちも伝わらずに……皆僕のことを心配して……結局は裏目に出てしまう。だったら、どうすればいいんだ!」
僕は涙を拭いながら、雅に叫んだ。今まで溜め込んできたものが、一気に押し寄せてきたかのように……泣き叫んだ。
自分と関わる人達には心配をかけたくなかった。自分一人で片付けてしまえば、それで丸く収まると思っていた。しかし現実は違う。夢依だけではない、忍や淳達にも心配をかけてしまっていた。
「何でだ……何で皆は、僕を心配するんだ……」
「決まってるじゃない、そんなの……皆冬風の事が好きだからよ。友達として、一人の男性として……好きだから気にするに決まっているじゃない!」
「なっ……?!」
「私だって……冬風の事が好きなんだから、心配するのは当たり前じゃない……」
さり気なく雅の告白を聞いてしまった気がした。
「全く……心配されるってのはね、皆が冬風のことを気にしているから心配するの。じゃなければ心配なんてしないし、話すら聞きもしないわ。でも違うでしょ、皆冬風の話も聞いてくれているじゃない」
「……うん」
「夢依も言っていたけど、一人で背負わないで私たちにも背負わせてよ。……特に私には。その為に冬風に力を貸しているんだし、もっと頼ってよ。それに、前のことで自分が本当に罪を感じているなら……きちんと最後まで夢依を守り抜きなさい、そして幸せにしてあげなさい」
「……分かった」
「よろしい」
雅は言いたいことを言い終えると、微笑みながら僕を撫でた。少し照れ隠しも含まれていたせいか、荒っぽい撫でだった。しかし僕はそれでも、嬉しく感じたのだ。誰も自分のことを背負わせたくない、もう自分のせいで他人を傷つけなくない。
口の傷も癒え、再びベッドに寝転がった。雅はその隣に腰を下ろした。
「……僕ね、最近変な夢を見るんだ……」
「どんな夢?」
「子供の頃の夢だよ……僕がまだ小学生を卒業する時だったかな、一度だけこの城にパーティーに誘われたんだ。勿論兄様や父様も誘われていたけど、結局来たのは兄様だけだったんだけどね。その時僕は叔父様と話していたんだけど、その後僕はこの城で迷っちゃったんだ」
「あらら……」
「最初は物珍しさとか好奇心だけで探検みたいだと思って歩き回っていたんだけど、その内疲れてきちゃってバテちゃいそうになっていたんだ。僕はとにかく体力を回復させようと近くの部屋に入った。そこは物置部屋で散らかっていたんだけど、その頃の僕にはちょうどよくて小さなスペースに入り込んで休んでいたんだ。すると誰かが部屋に入ってきた音がしたんだよ」
「へぇ……冬風と同じく、その城を探検していた子供かしらね」
「分からないよ……今となってはね。でも……その子と話したんだ。でも何も答えてはくれなかったけど、何故か僕の事を気に入っていた気がしたんだ。やたら僕の事を見ていたし、凄く気になったんだけど……今となっては何処の誰なのか分からずじまい」
「ふむふむ……つまり冬風はその子に会いたいの?」
「別に会いたいわけじゃないんだけどね……ただお礼を言いたいだけなんだ」
「お礼?」
「うん……迷って泣きそうになっていた僕を、兄様の所に連れて行ってくれたんだ。勿論その後兄様に凄く叱られてしまったけど、その子のおかげで僕は戻ることができたんだ。出来るなら……あの頃のお礼を言いたいな」
夜空を見ながらシミジミと語っていた。普段あまり自分のことを話さないのだが、今日は何故か話していた。
「なるほど……会えるかは分からないけど、それは皆縁が決めること。縁が合えば会えるし、合わなければ会えない。全て縁の神が決めることなのよ」
「縁の神……か」
「そうよ、冬風が夢依や淳達に出会えたのも縁のおかげとも言えるし、忍のことも縁のせいだとも言えるわ」
「……」
僕は苦笑いのまま固まった。これが全部縁なのだとしたら、自分が力を求めるのもそうだと言いたげな顔をしていた雅だった。
「……まぁ、それでも僕は会えることを願っているかな。本当にあの子には助けてもらったし、お礼を言わなきゃ気がすまないよ」
「そう、だったら会えるといいわね」
意味ありげな微笑みを浮かべながら、雅は神界へと戻っていった。僕は部屋の照明を消し、月明かりを眺めていた。そして、気が付いたら意識を闇に手放していた。
次回は一か月後に投稿したいと思います