第7話 夏休み編その2、冬風の里帰り
投稿遅れて申し訳ありませぬ
海で遊んだ日から数日が経ち、8月12日お盆の前日。僕は母様の墓参りをした後に直ぐに帰ってくるため、荷造りはしていなかった。忍は数日くらい泊まると言っていたので荷造りの最中だ。
「はぁ……ついに明日か……」
いくら忍も一緒に行くとはいえ、エーテルに戻るのには少し心が重かった。
「……おじさんの所にも顔をだして、お礼を言わなきゃな。上手く行けば日帰り出来る、長居する必要は無い……」
やる事を整理していると、雅が出てきた。
「冬風」
「ん?」
「あの祠にも寄ってかない?」
「何で?」
「何か懐かしいと言うか、久しぶりにと言うか」
「うーん……」
正直どちらでも良かった。墓参りから帰る途中にある祠、そこで雅と一夜を共にした事もあった。
「……分かったよ」
「ありがとね」
ふふっと笑いながら、隣に腰をかけた。
「それで、エーテルから帰ったら何するの?」
「一応、夢依と伯父様の所に行く予定だよ」
お盆には夢依も城へ戻る。日帰りする僕は、夜中辺りにフィリアスに着く予定だ。
「ふーん」
話していると、部屋のドアが開く音がした。
「お邪魔するよ」
なんと、入ってきたのは藤谷だった。
「……どうしたんですか?」
「暇だったら少し付き合って欲しいのだけど……時間ある?」
「え……まぁ、ありますけど」
正直びっくりした。初めて藤谷に誘われたからだ。
「じゃあ、行こうか」
そういって連れてこられた場所は、街にある図書館だった。
「あの……どうして僕も?」
「探している本があってね、冬風君にも手伝って欲しくて」
「どうせ恋愛系統の本でしょ?」
「そうそう、どうやったら上手くお付き合い出来るか……って、違うよ!」
なかなかのノリツッコミだった。気を取り直すかのように咳払いをして、中に入りながら話した。
「実はね、魔法を練習したいのだけど……どういう魔法を練習すれば良いか分からなくてね。だから魔法書を参考にしようかと思って」
魔法書とは、その名の通り魔法の詳細等を事細かく書いてある本だ。使用する時の魔力の使用量や、魔法の効果に属性も書かれている。一般人が見ても訳が分からないのだが、魔法の知識が多少あれば内容位は分かる。
「魔法……ですか」
「あぁ……所で、冬風君は一体幾つ魔法を使えるんだい?」
「僕……ですか?」
「そうだ」
「そうですね……」
僕は説明に困った。属性を変えれば全ての魔法は使えるが、それを変えるのと更に詠唱で時間がかかってしまう。だからとても曖昧なのだ。
「……一応ある程度です」
あやふやな答えを返しながら歩いていると、魔道書スペースに着いた。棚ごとに属性で分かれていて、どの属性の棚もぴっちりと整理されていた。
「うわぁ……多いですね」
「そうだね……光属性は他の棚……なのかな?」
戸惑いつつも棚を見て回る藤谷、僕は水属性の棚を眺めていた。
「どれも綺麗に手入れされてる……新品と言われたら迷いなく信じるかも……」
眺めていると、一番下の段に物凄く年季の入った、ボロボロな本が置いてあった。
「……これは?」
気になり手に取ってみると、とても軽く感じた。ページを捲ってみると、訳の分からない文字で書いてあった。少なくとも今の時代の文字ではない、かなり前の……しかも凄い古い文明の字だ。
「……さっぱり分かんない、雅に後で見せよう」
パタンと本を閉じると、後ろから藤谷が肩を叩いてきた。
「ひゃあっ!?」
驚いて飛び上がってしまった。
「す、すまん……探していた本が見つかったから、そろそろ帰ろうかと言おうかと……」
「そ……そうですか……」
カウンターで本を借り、寮へ戻った。部屋に戻ると、雅が座っていた。
「あら、おかえり」
「ただいまー」
鞄の中から本をとり、雅に渡した。
「ねぇ、この本何だけど……分かる?」
「……?」
雅が本をペラペラ捲っているが、首をかしげていた。
「多分……これも魔法書ね。しかもこれを書いたの……人間じゃない」
「え!?」
「僅かに文字に魔力が宿ってる、人間にはそんな事出来ない。つまり、精霊か悪魔……そこら辺が記した物じゃない?」
「な、成程……」
予想にもしなかった答えに、内心戸惑っていた。
「一体何の魔法が……」
「おそらくかなり強烈な古代魔法じゃない?」
古代魔法、今の人達が使っている物とは比べ物にならないほど強力な魔法。大昔に古代魔法を使うと天災以上の最悪が訪れると言われていたらしい。雷が雨のように降り注ぎ、所構わず嵐が吹き荒れ、炎は大陸一つを焦土に変え、水は洪水のように押し寄せてくる。
現代魔法よりも遥かに強いが、その分魔力の消費も激しい。余程多くの魔力を持っていなければ、すぐに枯渇して自爆してしまう。中途半端に放たれた古代魔法は、宛ら理性を失い所構わず破壊し尽くす巨竜の如く。自らも巻き込まれ、命を落とすのがオチだ。
「雅、何とか読めるように解読出来る?」
「うーん……私ではちょっと、文字の神の蒼頡に聞いてみるわ」
「ありがとう」
雅はそう言い残し、神界へと消えていった。
「さてと……まだ昼過ぎ、何をしようかな……」
また暇になってしまい、途方に暮れていた。すると、淳が部屋に入ってきた。
「よう」
「うん?どうしたの?」
「いや、様子はどうかなと思ってな」
どうやら、様子を見に来てくれたようだ。まぁ……あんなに帰るのを嫌がれば、心配するのも無理はないか。
「ありがとう、大丈夫だよ」
微笑みながらそう言うと、淳も何処かホッとしたように笑った。
「そうか」
「うん」
お互いに笑いあっていると、外が騒がしかった。窓からのぞき込んで見ると、夢依と忍が玄関から入ってきていた。
「え……えぇ!?」
「なっ……」
驚きの悲鳴を上げるも、虚しく部屋に木霊する。
「あ……そうか、雅が今神界に戻っているから水門が……」
「……」
さっきの微笑みは消え失せ、苦笑いに変わっていた。しばらくすると僕の部屋の扉が開き、元気よく2人が入ってきた。
「やっほー!」
「荷造りが終わったから、遊びに来たよ」
笑いながら言う2人に、僕達は苦笑いしか出来なかった。男子寮に女子が来た為、凄く騒がしかった。
「今日は雅来なかったけど、どうかしたの?」
「あぁ、頼み事しててね」
同じ説明をするのも飽きたので、ざっくりと説明した。それに納得する2人。
「成程ね、分かったわ」
あっさりと説明が終わり、いつも通りの面子が揃った。雅が居ないけど、それ以外はいつも通りだ。忍は淳の隣に座り、夢依は僕の隣に座った。
「それで、これからどうするの?」
「何が?」
「僕の部屋に来たって何も無いし、遊びに行くところも無いでしょ?」
「そうね……でもいいじゃない、話してるだけでも。ほら、忍達もあんなに楽しそうに話してるし」
視線をそっちにやると、確かに楽しそうに談笑していた。最初は挙動不審だった淳も、普通に接していられてた。
(良かった、もう心配は要らないかな……)
微笑みながら思っていると、夢依が僕の手を握ってきた。
「……?」
首を傾げて夢依の方を見ると、僕の顔をじっと見つめてきた。
「ねぇ……冬風、気をつけてね?」
「う、うん……そこまで危険な旅にはならないよ?ただ行って帰ってくるだけなんだからさ」
笑いながら言うと、夢依は今にも泣き出しそうな顔になった。
「前もそんなこと言って……あんなに死にかけでたじゃない、本当の事を言うとね……凄く不安なの、帰ってきた時すごくボロボロだったらどうしようって……」
何も言い返すことは出来なかった。確かに前回もそんなこと言って時雨と戦い、死にかけていた。僕の言葉から信憑性は消え失せていたのだろう、心配するのも無理は無い。
「……ごめん、でも大丈夫だよ。いくら傷を負ってもすぐに治るし、そこまで心配することは何も……?」
笑いながら言うと、何故か夢依膨れていた。
「え……?」
急な展開にアタフタする、夢依は膨れながら僕の肩を思いっきり掴んできた。
「馬鹿……っ!いくら治るのが早くても……心配なのよ、なんで分かってくれないの……!」
「……」
返す言葉が思い浮かばず、黙りこんでしまった。
「私だけじゃない、淳や雅と忍だって心配するのよ……皆冬風の事を心配しているのに、何で気付いてくれないの……!」
「……ごめん」
「お願いだから分かってよ、皆冬風のことを心配してるの。冬風にもしものことがあったら、私はこれからどうすればいいのよ……!」
今にも泣きそうな顔で必死に僕に叫ぶ。
「……僕は、昔からあまり人に心配された事無いんだ。忍や兄様が僕のことを心配していたのは分かっていたけど、それ以外には誰も心配しなかった。それはそうだ、こんな赤の他人を心配なんかしてくれるわけないんだ」
別に誰かに心配して欲しかったわけではない、かといって誰かに気にかけて欲しかったわけでもない。あの頃の僕は、きっと忍と一緒に居られればどうでも良かったんだと思う。そのままゆっくりと年を食って、そのまま消えて行ければいいと思っていた。
「昔と今は違うの!確かに冬風にとっては昔の思い出は凄く楽しかったかもしれない。悲しこともあったかもしれない。でも、そんな出来事があって……今こうやって皆で、笑っていられるんじゃない!」
確かにそうだ。昔は楽しかった。その記憶は、ずっと忘れたくない思い出だ。
「……そうだね、昔はすごく楽しかったよ。朝と昼は忍と一緒に遊んで、夜は兄様といろんな事を話した。楽しかったんだ……でも、今は夢依も淳も雅も忍も居る。あの時のままだったら、絶対に考えられなかった生活を送っている。」
夢依の頭を優しく撫で、微笑んだ。
「……ありがとう、こんな僕を心配してくれて」
その言葉で安心したのか、僕を抱きしめてきた。僕も夢依を抱きしめた。優しく、力強く。
「もっと……自分を大切にしてよ、私達にも冬風が背負っているものを……一緒に背負わせて」
「……うん」
お互いに抱きしめ合い、眼を閉じた。その後は忍達にもいろんな事を言われ、気がついた頃には夕方になっていた。その頃には夢依の機嫌は普通に戻り、いつも通り笑っていた。そして男子寮の玄関まででいいと言われ、2人は女子寮まで歩いて行った。
「……ねえ、なんであの時冬風に告白しなかったの?」
「えっ?!」
歩きながら忍は夢依に質問した。唐突な質問にびっくりし、そして顔を紅潮させた。
「だって好きなんでしょ?冬風の事が」
「う……うぅ~」
ニヤニヤしながら夢依の顔を覗き込む、夢依は俯きながら指をモジモジさせていた。
「夢依はさ、あんな大胆なことをするくせに意外と奥手なのね」
「そ……そんな事は……」
更に言葉に詰まった。抱きついたりとかしているくせに、告白とかそういうことはしていない。
「だって……今の関係が不満なわけじゃないの、ただ……」
「……ただ?」
忍が首を傾げて聞いてきた。
「……もし私が告白して、ふられちゃったりとか……今の関係が壊れちゃったりとかしたらどうしようって思って」
そのことを聞いて、忍は少し考えこんだ。そして歩きつつ微笑んだ。
「大丈夫よ、冬風は確かに鈍感だけど……人の好意を無碍にするような子じゃないし、勇気が出た頃にアタックしてみなさいよ」
「……勇気が出た頃……か」
俯きながらその言葉を呟き、そして微笑んだ。
「……うん、やってみる!」
「ふふふ、いつもの調子に戻ったね」
「ありがとう、忍」
「お礼はいいわよ、告白が成功することを祈ってるわ」
「頑張ってみる!」
そんな話をしている内にあっという間に寮に着いた。そしてそれから時は進み、場所は冬風の部屋に。明日は早いということで、今日は早めに布団の中に入っていた。
「ふぅ……」
電気を消し、眠りにつこうとした瞬間……雅が出てきた。
「冬風、ようやく解読が終わったわよ」
「……本当?!」
微睡んでいた感覚が吹っ飛び、布団から飛び起きた。雅の隣に座り、手に持っている紙を覗き込んだ。3~4頁の紙にホッチキスで止めてあるだけだが、確かに現代語訳に翻訳されていた。
「凄い……あんな意味分かんない文字を、ここまで正確に解読できるなんて……文字の神恐るべし」
「そうね」
雅から紙を受け取り、サッと目を通した。
「これは……水の古代魔法かな?しかもかなり複雑な詠唱だね……」
(遥か昔、古の方舟があった。動物の番を乗せ、天の国へ遍く方舟。それはどんな衝撃にも耐え、頑丈に作られていた。同時、神は人間の悪行に耐えかねある決断をする。世界中に洪水を起こし、全ての人間を滅ぼす。そして、動物のみの楽園を作ると。神の怒りは余程に大きく、洪水は人間どころか動物までも巻き込んでいく。それに恐怖した人間は、その洪水に敬意を評しこう呼ぶ。それは今も伝説となりで、辺の物全てを押し流し、無に帰さん……古代魔法 ノアの方舟と大洪水)
……長い、詠唱している間に攻撃されて途絶えるのがオチだろう。大体こんな長文を頭に叩き込むのは、多少至難の業だった。それにノア方舟と大洪水と言ったら……フィリアスどころか、ユスティア全土を滅ぼしてしまう可能性がある。それほどに危険な魔法だったのだ。迂闊には絶対に使ってはいけないと心に思った。
「それで……どうするの?」
「とにかく……これは僕と雅だけの秘密にしよう、これは……シャレにならないほどに危険だから」
「分かったわ」
お互いに苦笑いしあっていた。その後、僕は雅と眠りについた。
翌朝、僕は日が昇る前に目が覚めた。時間を見てみると、4時20分だった。
「……まだこんな時間か、余裕を持って行きたいからそろそろ着替えなきゃ」
布団から出て、いつもの黒いコートに着替えた。こんな夏に暑いと思うけど、このコートだけはどうしても着て行きたかった。でも今は女体化させられていて、少しコートのサイズが大きく感じた。
「……確か5時に駅で待ち合わせだっけ」
忍との待ち合わせ時刻を確認し、ソファーに座っていた。昨日雅から貰った古代魔法の訳した紙を手に取り、眺めるように読んでいた。
「……この魔法、いつか使う日が来るのかな……?出来れば来なければいいな……」
そんなことを呟いていると、雅がベッドから起き上がった。
「あ、おはよう」
「おはよ~……」
相変わらず朝が弱い雅。
「何見てんの……?」
横から覗き込んでくる。雅の髪が僕の鼻にふわっと当たり、とてもくすぐったい。でも、凄くいい匂いだった。
「昨日訳してもらったやつだよ、一応覚えておきたいと思ってね」
「ふ~ん……」
そんなやり取りをしていると、少しは眼が覚めたみたいだ。さっきより意識がはっきりしてきた。
「さてっと……40分近くになったし、そろそろ駅の方に行くか」
ソファーから立ち上がり、伸びをした。背骨がゴキゴキという音を発したが、特に痛くはなかった。
「そうね」
その後部屋を後にし、夜明けの町を雅と歩いた。まだ誰も起きては居らず、いつも賑わっている時間帯とは違いとても静かだった。何故か妙に心がワクワクし、心を弾ませていた。駅に着くと、既に忍が待っていた。
「おはよ~」
「おはよう、早いね」
「昨日ちょっと眠れなくてね」
てへへと笑う忍だが、内心不安感が見えた。”大丈夫だよ”と言おうとした矢先、エーテル行きの電車がそろそろ出発するとアナウンスが流れた。僕たちは慌てて切符を買い、電車に乗り込んだ。そして、エーテルに着くまでの長い時間は眠っていた。
電車に揺られながら眠ること数時間、エーテルに到着した。村の入口まで忍と一緒に歩いていた。
「随分と久しぶりね、こうやって2人でここを歩くのって」
「そうだね」
肩を並べて歩いていると、偶然通りかかった村人が騒いでいた。
「冬風……お前、帰ってきたのか!」
「え……いや、その……」
こっちの言葉も聞かず、村人は村に大騒ぎしながら戻っていった。
「………」
あまりの突然の出来事に、唖然としていた。
「……ごめん、僕は魔力転移で兄様の所まで飛ぶよ。ここからの道のりは覚えているよね?」
「まぁ……」
「良かった……じゃあ、またフィリアスで」
そう言い残し消えようとした瞬間、忍に腕を掴まれて飛ぶことが出来なかった。
「……忍?」
「逃げちゃ駄目、ちゃんと向き合わなきゃって淳も言っていたでしょう?」
「で、でも……」
苦笑いしながら村の入口を横目に見ると、村の人ほぼ全員が警戒態勢に入っていた。それどころか、今女体化している僕を何で一瞬で見抜けたのかが不思議だった。
「……分かったよ、一緒に行くよ」
「よろしい」
忍はふふふと微笑み、僕と腕を組みながら村に入っていった。道中皆の視線が痛かったが、気にしていたらキリがないので無視することにした。
「そうだ、おじさんの所に行ってくるよ」
「私も行くわ」
「……分かった」
こうして、クリスタル店に入った。すると、おじさんが出てきた。
「らっしゃ……冬風?」
「どうも、お久しぶりです」
「久しぶりです」
忍と僕はほぼ同時に頭を下げた。顔を上げておじさんの顔を見てみると、目が丸くなっていた。
「冬風……随分見ねえ間に、別嬪さんになったなー」
「お、おじさん……一応僕は男だってことを忘れないで下さいね?」
苦笑いしながら突っ込むが、おじさんは多分僕を女だと認識している。まぁ……それもあながち間違いでは無いのだけども。どうにも女性扱いされるのは慣れておらず、むしろ慣れてしまったら終わりだと思っている。
「そ、そうか……まぁ、二人共元気で良かったよ」
「ありがとうございます」
「それで、忍は何時目が覚めたんだ?」
「5月の半ば辺りです」
「そうか……随分と眠ってたからな、心配したんだぞ?」
「ご心配かけてごめんなさい……」
「いや、そこまで謝らなくてもいい」
忍とおじさんがそんなやり取りをしている内に、何故かエーテルの殆どの人がクリスタル店に集まってきていた。皆は忍を囲むようにして集まり、皆忍が目覚めたことを嬉しがっていた。僕はそれを遠目で眺めていた。すると、僕の肩に誰かの手が乗っかった。
「……?」
気になり振り向いていると、中学時代の同級生……特別仲が良かったわけでもないが、唯一少しだけ話したことある子が居た。
「……もしかして遥か?」
「正解、中学の頃から変わったと思ったのに……よく分かったね、冬風君」
そう、この子は遠和 遥。中学の頃の印象はあまり目立たず、平穏に暮らしている人だった。魔力量は……あの頃は300ベクル行くか行かないかだったのに、今は770ベクルまで上がっていた。結構彼なりにも頑張っているんだなと思った。
「魔力の感じから分かっただけだよ。見た目なんか随分と大人っぽくなって、パッと見じゃ分からないよ」
「そういう冬風君も、中学の頃と比べて随分と可愛くなったと思うよ?でも相変わらず黒いコートが好きなのは変わらないんだね」
「可愛いは止めてくれよ……黒いコートは着やすいし、黒の服なら殆ど合うからね」
肩をすくめて苦笑いすると、遥はクスクスと笑った。この村では僕に近づこうなんて人は居ないと思っていたけど、実際は居てくれたようで少しだけホッとした。
「それで、君はどの位エーテルに残るの?」
「残らないよ、日帰り」
「え?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、僕に聞き返してきた。
「だから、日帰りだって……」
「折角帰ってきたのに?」
「うん」
「何で?」
「理由は話さなくても分かるでしょ?僕はやっちゃいけないことをやったんだから……ここに僕の居場所なんて無いことくらい分かるでしょ」
小さくため息を吐いた。確かに僕に近付いて来る人は居たけど、そう長く滞在も出来ない。フィリアスに夢依を残している上に、ここだと凄く肩身が狭いから窮屈なのだ。自業自得といえばそれまでだけど。
「僕はさっさと母様の墓参りを済ませたら帰る」
そう言って自分の家……祠の方に歩を進めようとした瞬間、遥に腕を掴まれた。
「もしかして、まだあの事を……?忍はもう目が覚めたんだし、あいつらは自業自得で……」
遥はいつも誰にでも優しかった。どんな人にも畏怖なく接し、すぐに仲良くなってしまう。そんな彼に、僕は惹かれていたのかもしれない。
「……でも、やってしまった事を取り消すことは出来ない。あの頃の僕が未熟だったばかりに、こんな大罪を背負う羽目になった。この村の人達にとって、僕は汚点でしか無いと思うよ」
「はぁ……君はいつもそうやって卑屈になるんだから。君の悪い癖だよ?」
「自分が悪いことを悪いって言って、何処が卑屈なのか教えてほしいよ」
「大体皆最初からあまり怒っていなかったんだよ。僕は見てることしか出来なかったけど、冬風が居なくなった後結構心の底では心配してたんだよ?君のお兄さんから事情を聞くまでは落ち着かなくってね」
遥が皆の方をニヤニヤしながら横目で見た。僕も気になり横目で見ると、村の皆は少し恥ずかしそうにしながら頭をかいてた。
「え……だってあの時皆凄い形相で」
「そりゃあ事件が起これば皆ああなるよ。でもあの時は事情も一切知らなかった。結果だけが耳に入ってきて、取り乱していただけの事だったんだ。事情を知ったら皆冷静に戻って少し反省していたよ。やっちゃった事は怒るって言っていたけどね」
「……ですよねー」
分かっていた。怒られるのは分かっていたが、まさかこんな形になるとは思いもしなかった。てっきり僕は牢獄に繋がれて、死ぬまで拷問やら何やらをさせられるのかとばっかり思っていた。それを想像すると、苦笑いできなくなった。正確には口元は苦笑いだが、冷や汗がダラダラと出ているのが分かった。それを拭っていると、エーテルの村長が僕に近づいてきた。
「随分とやらかしたが……まぁ、その……なんだ、俺達もあの時事情も聞かずに追い詰めて悪かったな」
「い、いえ……やった僕が悪いんです。そんな……村長さんが謝ることでは……」
アタフタしていると、村長は持っていた杖で僕の頭をコツンと叩いた。
「あぅ……」
「これは忍を守れなかった罰、そしてやらかしたことへの罰だ」
意外と軽い罰に、僕は呆然としていた。
「それでも……僕は許されない事をした。それでも僕のことを……許してくれるの?」
「許すも許さないも無い。確かに冬風はやってはならぬ事をしたが、あの時あんな事にならないように最善策を打てなかった俺達も悪かった。俺達がもっと早く気づいていれば、止められていたかもしれなかったのにな……」
「そんな……村長さん達のせいじゃ……」
正直、僕はそうすればいいのか分からなくなっていた。分からずに俯いていると、遥が僕の手を強く握った。
「とにかく、冬風君はもう自分を責める必要は無いんだよ。今までどおり何時でも帰ってきていい……もう大丈夫だから」
優しい微笑みで言われ、僕は気が付くと涙が溢れていた。慌てて拭うも遅く、皆は苦笑い含みで笑っていた。僕も思わず泣き笑ってしまった。
それから数時間、僕は色んな人と話した。僕がエーテルを去ってからの出来事や、遥が祭りに出場すること。その他にも色々驚くことを聞いた気がした。気が付くと太陽は空の真ん中……頭の天辺まで登っていた。時間にすると12時30分。フィリアスには夕方までに戻りたいから、最低でも4時位の電車には乗りたかった。
「……ごめん、もうちょっと話したかったけどそろそろ僕は墓参りに行きたい」
「そっか、冬風君はお母さんの墓参りに来たんだっけ」
「うん、それに兄様にも挨拶しておきたいし……その後も色々やることがあるからさ、今日はこの辺で」
「分かった、また長期休みとか気が向いた時にでも帰ってきなよ?」
「分かってるよ」
こうして遥達と別れ、僕は自分の家に向かった。クリスタル店から道なりに歩いて行くこと数分、暑い道を長く歩いたせいかもうフラフラだった。そんな足取りで僕は玄関の戸を開けた。
「ただいま……兄様、居ますか?」
呼んでみても、返事がない。仕方ないので家に上がり、兄様の部屋に向かった。部屋の戸を開けると、兄様は寝ていた。タオルケットと枕のみで寝ているってことは、察するにお昼寝だろう。
「……起こしちゃ悪いかな」
そう呟き、静かに家を後にした。そして母様の墓の所まで魔力転移した。流石にこんな暑い日に山道なんか歩いたら、フィリアスに戻った時に筋肉痛になってしまう。それに祠に行くのは帰りでいいかなとも思ったからだ。
墓の前に転移すると、相変わらずいい景色が広がっていた。夏なのに少しばかり涼しいのは、地上との標高差によるものだ。ここは結構高い山だから、山頂なんか結構涼しいだろうな……。
「母様、お久しぶりです。この前は突然帰ってしまい、申し訳有りませんでした。あの後いろんな事があって、またここに戻ってくる予定が潰れてしまいました……」
5月に来た時は、あの後時雨と戦ってその後フィリアスに戻ってしまった。またここに戻ってくるはずだったのだが、そんな体力など残っているはずもなかった。
「父様は今頃、何処で何をしているんでしょうか……」
そう、僕達がまだ幼い頃に消えてしまった父様……今だ行方知れずだから会えないし、合っても何を話していいか分からなかった。それでも、久しぶりに会いたいと思った。墓の前でそんなことを思っていると、近くに人の気配がした。
「え……」
この感覚は覚えがあった。時雨の時は無理やり結界を破壊したから怖かったけど、今の感覚は……懐かしい感覚だった。とても覚えのある、そして少し悲しい感覚。
「……」
息を殺して階段の方を見つめていると、一人の男性が登ってきた。何度も言うが、ここは月詠家の所有地と言っても過言ではない場所。こんな所に人が紛れ込んでくるなど、あり得るはずもなかった。かと言って村の人かと聞かれれば、絶対に違うとも言い切れた。男性は長い髪を束ね、冬風よりも少し大きい身長。無精髭を生やし、すこしばかりガタイのいい体。そして、あの顔は……あの人は……。
「……父様?」
恐る恐ると、その男性に訪ねた。すると、その人は驚いた顔になった。
「まさか……冬風か?」
僕は立ち上がった。今は女性の体だが、それを創意工夫でバレないように工作している。身長はいつもの時よりやや低めだが、それでも僕だと判断するにはあまりにも簡単だったのかもしれない。
思えば、村の人が何で人目で分かるのだろうと疑問に思った。だが改めて自分の姿を思い返し、逆に女性の体だとバレてないとも捉えることが出来た。
……僕が言いたいのはそんなことではなく、目の前の男性のことだ。忘れるはずもない、あの見覚えのある顔や声。そして、僕の名前を呼んだ……それは、もう父様しかあり得なかった。そう考えると、今まで溜め込んできたものが全て吐き出されそうになった。かなり聞きたいことはあった。いろんな疑問もあった。でも、今僕が心の底から思えるのは……
「……良かった、生きていたんですね。本当に良かった」
今にも泣きそうになってしまった。父様と合うのは実に12年ぶりだった。普通なら忘れていてもおかしくないが、ずっと……探していたから忘れるはずもなかった。
「冬風も……元気そうで何よりだ」
そう言って、父様は微笑んだ。その瞬間、僕は無意識に泣いていた……。
次回は7月中には