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蒼い月光と紅い皇炎   作者: 秋水
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第5話 ~トーナメント戦開幕!~

どうもお久しぶりです。

かなり久しく投稿していないので、凄い戸惑いました。

ちょっとシリアスシーンを盛り込みたかったのですが、表現不足で途方も無い感じに仕上がってしまいました。そこの編はご了承下さい

(4年前)


私が小学校に入る前の時、王都フィリアスの城でパーティーが行われた。何のために開かれたのかは今は思い出せないが、そのパーティーには色んな人が招かれた。それぞれの地方の貴族や金持ち、有名人など様々だ。でも、私は正直どうでもよく感じた。学校内ではいつも、一人ぼっちだった私にこんな騒がしいパーティーは退屈だった。


叔父様の所へ行こうとした時、叔父様と一人の少女が話しているのを見かけた。髪の長さや顔立ちは女の子なのに、服装はまるで男の子だった。私は訳が分からず、物陰に隠れた。それでも気になって、そっと覗いた。


その少女は叔父様と笑いながら話していた。叔父様も笑っていた。あんな顔をする叔父様は久しぶりだった。いつも私の前ではあまり笑わない叔父様が 、なぜあの子の前では笑っていたのか……実に不思議で、すこし悔しさを覚えた。物陰でその子の横顔を見ていたら、その子がこっちに気付いたらしく振り向いてきた。髪で陰ってよく見えなかったが、あと少しで見えそう……あと……少しー


「……!」


気が付くと、私はベッドの上に寝ていた。体を起こしてみると、全身が汗でベッタリだった。


「全く……変な夢ね、よりにもよってあんなうろ覚えな過去の夢を見るなんて……」


呟きながらも、汗で濡れた寝巻きを脱いだ。そしてシャワーを浴びた後、洗濯しておいたシャツに着替えて制服を着た。


「……」


制服を着て支度も済んだ後、夢の事を思い返していた。顔立ちや髪までは思い出せるのに、何故か顔だけは思い出せなかった。いつも影で覆われ、まるで思い出すなと言わんばかりに……


「……なんかすっきりしないわね」


一人でもやもやしていると、私の隣にイフリートが出てきた。


「よう、随分と魘されてたみたいだが……気分は平気か?」


厳つい甲冑を身に纏い、渋い声で聞いてきた。


「平気じゃないわよ……思い出したいのに思い出せない、これ程もやもやするのもあまり無いわね」


「そりゃあ違いない」


がははと笑うイフリート、女子寮だというのに緊張感の欠片もなかった。まぁ……精霊だからそういうのはどうでも良いのかな…?


「ところで、今日はどうしてこんなに早いの?」


「あぁ、ちょっと言わなきゃいけないことがあるからな」


「……?」


訳が分からず、首を傾げた。


「トーナメント戦……だっけか?今日ある奴」


「えぇ、そうよ」


「それでな……お前の戦い方を見て思った事がある」


「え……?」


心臓が飛び跳ねそうになった。前回の模擬戦では、冬風にすごい迷惑をかけてしまった。いくらパートナーでも、あそこまで迷惑をかけると足手まといにしかならないだろう。実質私を庇うために、多色魔法を使って倒れてしまったのだから。


「単刀直入に言う、お前の魔法には無駄が多すぎる。言霊に宿す魔力も、技に宿す魔力量も……殆どが出鱈目だ。こんなんでは、決勝戦まで生き残るなんて夢のまた夢だな」


「……」


あまりの図星に、黙りこんだ。自覚はしていた…上位魔法を使えるけど、魔力コントロールがあまりにも雑すぎてすぐに空っぽになってしまう。しかも詠唱に時間がかかるため、冬風の負担も大きいはず。


「……どうしたら良いのよ」


「まずは上位魔法に頼らない戦闘スタイルを身に付けろ、話はそれからだ。あの……冬風君と言ったか、彼は魔法のコントロールも絶妙だがそれに頼ってなど居ない。魔力を使わず、自分の剣で戦っていた。それがどういうことだか……分かるか?」


「……」


「つまり、それだけ魔力が長持ちするということだ。多少自分強化の魔法を使用するが、上位魔法に比べたら軽い。だから今のお前の課題は魔法以外で戦うことを身に付けろということだ」


私は魔法以外は使えない、そもそも魔法以外に、ものを扱ったことがない。剣や魔弓、魔銃は以ての外だ。


「……なるべく頑張ってみるわ」


けれど今の私では出来そうになかった。まずその環境に慣れるための時間が足りない、最低でも2日以上はかかってしまう恐れがあるため、トーナメント戦が終わった後でも良いと考えていた。


「今は……今はこのまま行くわ」


「そうか……」


話し終えると、外から微量の魔力が送られてきた。


「どうやら来たみたい、そろそろ行こうかな」


「頑張れよ、俺も出来る限り力は貸すから」


「お願いね」


こうして、イフリートは戻っていった。外に出ると、空を眺めてる冬風が居た。いつも一人でいる時は、よく空を眺めて呆けている事が多い。でも……今日の様子は違った。


「……?」


今日の冬風は、何か思いつめたような……何かあったような顔をしていた。時折ため息をしては、また悲しそうな顔に戻ってしまう。何かあったのだろうか……私は鞄を手に取り、勢い良く寮を出た。そして、冬風の居る所へ駆け寄った。


「おはよう、冬風」


「あぁ……おはよう、夢依」


やはり、いつもと違う。


「……何かあったの?」


「……何でもないよ」


聞いては見たものの、何も教えてはくれなかった。お互いに何も喋らず、学校へ向かった。教室に入ると、琴珠先生が既に来ていた。


「むっ……?おはよう、二人共」


「「お早うございます」」


冬風と私は、同タイミングで挨拶した。席に座り、暫くすると皆がやってきてクラスの皆が揃った。


「よし、全員揃ったな……皆、今日はトーナメント戦の日だ!日数は5日間、全校生徒同士の戦争みたいなものだ。祭りに参加したくば、ここで生き残れ!以上だ」


それだけを言い残し、琴珠先生は教室を出て行った。それに続くように、皆も体育館へ向かった。体育館に入ると、既に殆どの生徒たちが集まっていた。


「うわぁ……すごい熱気ね」


「そりゃあ、祭りに参加するための資格がかけられているからね……必死にもなるよ」


「そうね」


私があははっと笑うと、冬風も笑い返してくれた。どうやら、今の冬風はいつもと同じ冬風のようだ。少し安心していると、藤谷が冬風に話しかけてきた。


「やぁ、冬風君……昨日はすまなかったね、見苦しいところを見せて」


「いえ、お気になさらずに……あれから無事に帰れましたか?」


「おかげさまでね……君のおかげで、自分が間違っていたことがよく分かったよ」


「分かって頂けたのなら幸いです」


正直驚いた。あれだけ中の悪かった藤谷と冬風が、一晩でこんなになってしまうなんて……昨日一体何があったのか、それは私にはわからなかったのであった。そんな感じに話していると、生徒会長が壇上に上がりマイクで話し始めた。


「今日から、全校生徒同士のトーナメント戦を始めたいと思います。ルールは簡単、対戦相手を動けなくした時点で勝ち。これには色んな戦術のぶつけ合いも含まれており、ただ単に競いあうだけではありません。なので、油断しているとあっという間にやられてしまうので注意しつつ戦いましょう!」


生徒会長が話し終え、壇上を降りた。


この学校の生徒会長は、必ず祭りに参加したメンバーの中から選ばれる。これに例外はなく、祭りに参加し、いい戦績を収めたものこそが生徒会長に慣れる。望まなければ、会長になることを辞退することも可能で強制ではない。唯一そこが有り難い所だ。


全校生徒は、約7,500人以上は存在する。その為、1日で片付けるのは無理だ。最低でも5日はかかる。A~Dブロック分けされ、最後の8人になるまで戦う。その4チームのうち、勝ち上がった2チームだけが祭りへの参加資格を手に入れられる。


「私と冬風は……Bブロックね、誰か知っている人は……」


対戦相手を見ていると、端の方に淳の名前があった。


「これは……」


「まさかの同じブロックか……これは戦う可能性が高いな」


冬風は苦笑いを浮かべた。こうして、トーナメント戦は膜を開けた。


ーーーー


僕達のブロックの戦いは2日目、遂にその日が来た。着々と進み、僕達と3年の先輩方2名を除く全てのチームが戦いを終えていた。


「さて、行こうか」


「えぇ」


僕達は控室を後にし、先輩方が待つフィールドへ向かった。体育館は1つの大きなフィールドだ。それぞれ日にちごとにA~Dブロック専用のフィールドと変わり、結界が貼ってあるため中からは攻撃が外へ漏れることはない。逆に外からは戦いの様子が見ることが出来る仕組みだ。ただ結界が貼ってあるため、妨害工作などは一切受け付け内から安心だ。フィールドに足を踏み入れると、反対側から先輩たちが歩いてきた。


「対戦、お願いします」


「…お願いします」


他愛もない挨拶を交わし、魔力武装を展開させた。片方の先輩の武装は槍、もう片方はナイフみたいな小さい剣だった。正直、3年と戦うのは初めてだから少し緊張していた。それから少し睨み合い、先に飛び出したのは小刀の方の先輩だった。武装が最小限なため、速力は凄かった。でも、追いつけない速さではなかった。軽やかなフットワークで一気に間合いを詰め、斬り込んできた。僕はそれを受け流すのに、手一杯だった。


「どうした、まさかこの程度の速さに付いていけないか?」


「ご冗談を……っ!」


口ではこう言ってるが、事実虚勢みたいなものだった。どうするか悩んでいると、夢依の声が聞こえた。後目に見てみると、夢依が自分で張った炎の結界にどんどん入り込む槍……つまり、向こうも時間の問題か。


「余所見しない!」


しまった、武装が弾かれた。濡霞が空を舞い、僕の後ろに突き刺さる。


「くっ……!」


「出来るなら、これで終わりにしたいけどね!」


短剣の先輩は、僕の腹部に刃を刺した。


「……」


「……?」


刹那、その先輩は首を傾げた。それもそのはず、刺される瞬間に腹部を霧にして攻撃を通り抜けさせた。だから刺した感覚が無いのもそのため。


「本当なら……魔法は使いたくなかったのですが……先輩、死なないように気を付けてくださいね!」


「へっ……?」


僕は即座に先輩の両腕を握り、詠唱を始めた。


「魔法発動、属性は水。揺れ動く車輪、彼方より流れ出る水。車輪は水に流れを、水は大地に命を与えん。だが、車輪は竜の鱗でもあり鰭でもある。勢いの良すぎる水は、岩をも割く刃とならん……水竜ノ息吹!」


叫んだ瞬間、僕の背後と夢依の結界の上に六芒星を型どる魔法陣が現れた。瞬間、陣の中からは巨大な蒼い龍が現れた。短剣の先輩は震え、腰を抜かした。槍の方の先輩も同等だった。


「ひっ……!」


悲鳴じみた声を上げると同時に、龍はブレスを放った。あまりの大質量に、結界にヒビが入る程の。


「きゃっ……!」


夢依の小さな悲鳴が聞こえた、それは巻き込まれたのではなく結界にヒビが入ったからだ。やがて水流が収まり、龍が帰っていく。


残ったのは倒れた先輩方と、ペタンと座り込む夢依だ。


「……大丈夫?」


「大丈夫じゃないわよ、危うく巻き込まれると思ったじゃない!」


「ご、ごめん……」


夢依は怒り、そっぽ向かれた。観客席の方は、かなりざわついていた。僕は夢依を宥めるのに、必死だった。その後も次々と勝ち上がっていった。時間は飛んでトーナメント戦3日目の昼、僕は夢依と一時的に離れ屋上にいた。夢依は教室で沙織さんと話している。


僕が屋上にいる理由は、外の空気を吸いたかったのと沙織さんと夢依の話に付いていけなかったからだ。


「……」


いつもと同様で、遠くの景色を眺めていた。10分近く眺め、教室へ戻る。それが僕の日課になっていた。教室へ戻ると、沙織さんが不思議な顔で話してきた。


「あれ?さっき夢依を呼んでなかった?」


「へ?」


「いや、だって先生の手伝いが厳しいから夢依にも来てくれ……て」


僕は訳が分からず、首を傾げた。確かに教室を見渡すと、夢依の姿が見当たらなかった。


「ねぇ、どんな人が来てそれを言ったの?」


「確か……3年の人だったと……」


その言葉を聞いた瞬間、僕は教室を飛び出していた。脳裏に最悪なイメージが湧き、過去の出来事と重なっていたからだ。恐らく、呼び出された場所は……人気の無い校舎裏だと思い、魔力転移で飛んだ。


その頃夢依は、3年の先輩方約10名に囲まれていた。騙されたことを知り、少し怒っている様子。


「ちょっと、冬風なんて居ないじゃない!」


「当たりめーだろ?」


「俺ら祭りに出たくてさー……」


「ぶっちゃけさ、お前ら邪魔なのよ……分か

る?」


どうやら、CとDブロックの奴らだ。


(祭りに出たいがあまり、こんな姑息な手を使うとは……何処までも落ちぶれた奴め!)


「あんた達、どうせ冬風が怖いからこんな事するのね……可哀想な奴らね」


その言葉を聞いた先輩は、舌打ちをしながら夢依の顎に手を当て、クイッと顔を近づけた。


「……!」


「あのさぁ、それは今の現状を考えた上での発言?」


明らかに多対一では、夢依が不利だ。しかも縛られている為、詠唱が出来ない。


「くっ……!」


顔を歪めた。自分の愚かさに、無力さに……腹が立っていた。


「さぁて……ここまで来たんだ、楽しませてもらうぜ?」


1人の先輩がにやけながら言うと、服の前の方を斬った。


「なっ……!」


「ひひっ、いい胸してやがるぜ」


「スベスベで、白くて細い腰……!」


「たまんねー!」


まるで餌を見つけたハイエナの様に、夢依に群がった。冬風にすら触れられていない胸や大事な場所に、下衆な奴らの手が触れようとした。その時、冬風が魔力転移で駆け付けてきた。


「大丈夫か、夢依……っ!!」


その現状に、冬風は魔力武装を即座に展開した。


「お前ら……!」


そして気がついた時には、斬りかかっていた。間合いを詰めた時、結界の中に入った感覚がした。その瞬間……冬風の魔力武装が消え、雅の魔力も消え去った。


「なっ……!」


「甘いんだよ、ここにはお前の契約精霊を封じる結界が貼ってある!」


「ここではお前の水の精霊を使うことは出来ねーよ!」


(まさか……!)


冬風が気がついた時には、既に背後から刀で刺されていた。腹部……そして、鎖骨部分を。腕を上げることすら出来なくなり、息をするのですら痛かった。


「ぐ……かはっ」


思わず膝を地についた。血液が多量に出ていた。


「くそっ……!夢……依……」


それでも、諦めずに手を伸ばした。しかし、その手を先輩に踏み躙られた。


「諦めの悪りーな、お前はここで終わりなんだよ!」


「そこでお前のパートナーが無様に犯されるところを、指をくわえて見てやがれ!」


ひたすら痛め続けられ、体が動かない。意識も薄れて行き、とうとう死すら覚悟した。死なないのは雅の契約効果で、今はそれも切れている。


(夢依……!)


必死に顔を上げ、夢依に視線を向けた。すると、先輩方に衣服を剥かれながらも涙目で僕に助けを求めている夢依が写った。


「ちっ……まだ意識あんのかよ、さっさと斃れ!」


止めと言わんばかりに、大づちの魔力武装で僕の頭部めがけて振り下ろした。


「夢……依!」


叫んだ瞬間、僕は無意識に叫んでいた。


「……っ、時雨……力を貸して!」


叫んだ直後、武装を振り下ろした先輩は倒れた。常人では立つことさえできない重力が、襲い掛かっていたのだ。


「がっ……!」


苦しそうに呻く先輩、そんな姿に目もくれず僕は立ち上がった。


「……契約精霊、憑依!」


その言葉と共に、僕に蒼い霧が発生。僕を隠すように、どんどん濃くなっていく。やがて霧が晴れると、僕の姿にその場にいたみんなが言葉を失う。制服の上に掛かる蒼い羽織、瞳の蒼は深くなり濡霞もいつの間にか僕の手に戻ってきていた。


「てめぇ……何なんだよ、その姿は!」


「契約精霊は……1体だけじゃねーのかよ!」


罵倒のように叫ぶが、もちろん僕はその言葉を無視した。そして、夢依に触れている先輩には息すら出来ないほどの重力をかけた。


「……っ!!」


地面に伏し、肋骨がへし折れ肺に刺さる。臓物は潰れ、血反吐を吐く。頭蓋が地面にめり込み、やがてヒビが入る。冬風はその隙に夢依の拘束を解いた。


「冬風……ありがと……」


「いや、お礼を言われる筋合いは無いよ……だって……今回のは僕が不甲斐なかったせいでこうなったんだ、むしろ謝る……ごめん」


「いいの……助けに来てくれただけで、それだけでも嬉しいよ……」


「そう言ってくれると……嬉しいよ」


そんなやり取りをしていると、背後から気配がした。振り向くと、1人の少女が立っていた。


「これは……一体」


驚くのも無理はない、半数以上の先輩は逃げたけどまだ複数の先輩が重力で伏している。動けないどころか喋ることすら出来ないほどに。


「貴方は……?」


冬風が聞こうとした時、冬風の姿が元に戻る。時雨の力が消え、重力は元に戻った。それと同時に体の力が完全に抜け落ちた。夢依が倒れる冬風の体を支える、冬風は身を任せていた。


「冬風……冬風!!」


夢依が泣き叫ぶが口が動かない、涙を拭ってやりたいが手が動かない、抱きしめてやりたいが体が動かなかった。


「……貴方は?」


泣きながら尋ねる夢依に、少女は夢依の頭を優しく撫でながら言った。


「私は生徒会会長、宮里春香よ」


「会長……か……」


必死の思いで声を出したが、貫かれた腹部と鎖骨が痛い。


「喋らないで、貴方は腎臓と肺が少々……それに鎖骨部分が貫かれてる。早く病院へ……」


春香先輩が連絡を取ろうとした瞬間、結界が破壊された音がした。


「今度は何?!」


会長が振り向くと、淳が立っていた。


「冬風!大丈夫か!」


僕に駆け寄ったが、傷まみれの僕を見て顔色が悪くなった。


「平……気だよ、淳が壊してくれた……お陰で」


血を吐きながらも、起き上がった。すると、徐々に傷口が塞がっていった……だがあまりにも遅すぎた、時雨の力とはいえ無茶をしてしまったのだから……。


「冬風君……!!」


何処からか、藤谷の声が聞こえた。見渡してみると、淳の後ろで息を切らせていた。


「君の……魔力を感じてきてみれば、この有様は何だい?」


傷だらけで、今にも死にそうな僕と泣きじゃくる夢依……倒れている数人の先輩方、これはそう思うのも無理はなかった。


「……」


僕はフラフラと立ち上がり、皆に背を向けた。


「……ごめんね、ちょっと眠りにつく……夢依の事、頼む……」


「おい、それってどういう……!」


「……!!」


みんなが目を見開いた。僕の体は、少しずつ霧になり崩れていった。足元からゆっくりと……薄れるように消えている。


「冬風……!お願いだから……消えないで!!」


「大丈夫、少しだけ長い眠りにつくだけさ……暫くは会えないけど、また会えるからさ……だから、そんなに泣かないでよ」


泣きじゃくる夢依に、微笑みながら頭を撫でた。そして、風が吹いた瞬間……冬風は消え去った。


「……っ!」


その場で泣き崩れる夢依、唖然としている皆。結局その場は、会長が数人の先輩方を病院へ運び長期停学を申し付けた。冬風の事は、問わないで置いてくれるとのことだった。しかし夢依のパートナーが消えた以上代わりを立てねばと淳は考えていた。その日の夜、淳は何気なく冬風の部屋を訪ねた。誰もいる訳ないと思いつつも、何となく傍に居てやりたかった。中へ入ると、淳は言葉を失った。そこには、ベッドで寝ている冬風……その横には、哀しそうな顔で冬風の頭を撫でている雅がいた。


「冬風……」


雅は帰ってくるはずもないのに、僕に呟きかけていた。その瞳からは涙が零れ落ち、頬を伝っていた。


「……」


そんな雅の隣に、淳が座った。


「あら……」


涙を拭い、淳の方に顔を向けた。


「……冬風は、一体どうして……」


「……私との契約が、一時的に封印されてたのよ。だから私から呼びかけても返事がなかった……あんな事までしてくるなんて……!」


雅は悔しさのあまり表情を歪めた、涙が頬を伝い手が震えていた。冬風の事を守りきれず、こんな有様にしてしまった自分が許せなかったのだ。


「俺も……聞くまでは信じられなかった……自分がこんなになってまでも……夢依を守る事を考えて……」


「守る守らない以前に、自分がこんな状態じゃあ……何も……出来ないじゃない……!」


「……すまん」


淳は謝る事しか出来なかった、雅もただの八つ当たりだと思い謝った。だが現状は変わらない、冬風が寝込んでいる以上夢依を守る役目……トーナメント戦残り試合、やる事は多かった。特に試合の方は、代わりを立てようともそう簡単に見つかるはずも無かった。何故なら……冬風程の強い奴となると、この国に居るか居ないかと言うレベルなのだ。


「……どうするか」


思わず呟く。いくら考えても、代わりなんて立てようがなかった。諦めかけていたその時、雅がある決断をする。


「……私、冬風が目覚めるまでの間……トーナメント戦に出るわ」


「……!」


淳は驚いた。まさか人間ではなく、契約精霊……いや、神が出るなんて……聞いたことがなかった。


「し、正気……なのか?」


「勿論よ、元々こうなったのは私の責任……だから、せめてこの位はしてあげないと」


「……」


雅の決意は固く、とても変えそうにはなかった。澄み切った蒼い瞳の奥に……何かを抱えながら……


「分かった、そこまで言うなら止めん……だが、やり過ぎるなよ?」


「大丈夫、加減はするから」


その言葉を聞き、淳は部屋を後にした。雅は、眠っている冬風の頬に軽く口付けをして消えた。


〜その頃、夢依の方は〜


夜遅くに女子寮を抜け出し、冬風が前言っていた場所に来ていた。そこは男子寮の裏の林を抜けた先にある、大きな湖だった。冬風が消える前、1度連れて行きたい場所があると言ってこの場所を教えてくれた。周りは風が揺らす木の葉の音だけで、とても静かだ。水面に映るのは、空に浮かぶ無数の星々と美しく輝く月のみだ。その光景はあまりにも幻想的すぎて、涙を零した。


(この場所……冬風と来たかったな……)


そんな泣き言を思いながら歩いていると、人影が2つあるのに気付いて近くの草むらに身を潜めた。覗いてみると湖を眺めながら酌をしている時雨と、その隣で微笑みながら話している女性だった。


(……誰だろう)


時雨を見たことも無い私にとっては、初対面だ。女性の方はと言うと……腰に2本の刀を帯刀していた。私にとってその光景はとても羨ましいものであり、身を少し乗り出して見ていると……近くにあった枯れ木の枝を踏んでしまい音が響いた。


「「……!!」」


その音に反応した2人は、すぐに私のいる草むらに視線を写した。


(や、やばい……どうしよう)


いくら考えても逃げ切る自信がなかった為、諦めて草むらから出てきた。


「貴方は……誰?」


「……」


警戒しながら質問してくる女性、既に腰の刀の柄に手を置いていた。下手な動きを見せれば、即座に切り捨てられる……そう思いながら少しづつ歩み寄った。やがて月光が私を照らすと、時雨は女性を静止した。


「大丈夫だ、こいつは敵じゃない。俺が契約している冬風の大切な人だ」


「……」


女性は何とか柄から手を引いてくれた。私は今にも心臓が飛び出そうな程に緊張していた。


「それで……どうしてここに?」


「あ……えっと……」


時雨の問に、緊張と怯えの混ざった声で答えた。


「その……冬風がいつか……ここに連れてきたいと言っていたのを思い出して……それで……」


「冬風……そういえば、大変だったな。力を貸してやったが、あの少ない体力で使ったんだ……しばらくは安静だな」


「……」


時雨の言葉に、泣きそうになる。


「まぁ……あいつらしいな」


「そう……ね」


少しの沈黙の後、私は考えていたことを時雨に打ち明けた。


「あの……貴方は一体……冬風と契約していると言っていたけど……」


「俺か?俺は鬼神の時雨だ。こっちは俺の妻の紅映。俺とは違い龍神族だ。」


「どうも」


ペコリと頭を下げる紅映、私も頭を下げる。そして夢依も自分の事を話した。そして本題へ……。


「……紅映さん、お願いがあるのですが……良いでしょうか?」


「はい?」


「私と……契約して欲しいんです。もう……冬風の足を引っ張るだけは嫌なの……!」


張り裂けそうな程の思いを、ぶちまけた。


「いつも私だけ守って貰ってばかりで……何もしてあげられてない、冬風だけ傷ついて私だけ傍で見ているだけなんて……もう嫌!嫌なのよ!!」


「……つまり、貴方は守ってもらうだけではなく隣で共に戦いたい……と?」


「……うん」


夢依は溢れる涙を拭いながら頷く。


「……」


紅映は少し考え、結論を出した。


「分かりました、私で良ければ力を貸しましょう」


「紅映……さん」


こうして、私と紅映は契約をした。彼女もまた世界に数人としか居ない種族、龍神族の1人だった。また、もう一つの名前も持っていた。その名も……(神速剣の龍姫)だ。紅映の主な戦闘スタイルは、龍を呼び出して戦うことなのだが1度剣を握れば……誰も切り裂かれた事に気付かずに死んでゆく。まぁ……その説明はいずれ分かる、ただ……トーナメント戦でば出せないけど。


そして翌朝になり、ふと外を見た。冬風が待っている訳もなく、ため息をつきながらカーテンを閉めようとした時……いつも冬風がいる場所に誰かいた。


(冬風……!)


そんな期待を胸に、急いでその場所へ言った。だがそこで待っていたのは冬風ではなく、雅だった。


「雅……?」


ただ、いつもと服装が違った。少し桜色掛かった和服ではなく、冬風の制服を着ていた。


「あら、おはよう」


微笑みながら挨拶を交わし、2人で登校した。髪を縛っているせいか、冬風と面影が似ている気がする。そんな事を思いつつ、今日もまたトーナメント戦が始まるのであった。今日は最終日前日、雅と夢依のブロックとは違うブロック同士の戦いだ。雅は興味がないと言い屋上へ、夢依も雅から話が聞きたくて同行した。


「何で雅が……?」


「冬風の代わりよ、冬風が寝てる以上……私しか代わってあげられるものは無いから」


「そう……」


冬風がいつもいる場所に雅が座り、その隣に夢依が座った。


「それにしても……制服って窮屈なのね、胸元が苦しくって仕様がない」


雅は制服の胸ボタンを外し、ネクタイを緩めサラシも緩めた。和服であれば楽なのであろうが、冬風の代わりをする以上制服を着なければならなかった。と言うよりも、雅は和服しか着たことが無かった。


「そ、そうね……男の子の制服だもの、そりゃあ……」


夢依の視線は、雅の胸に行っていた。


(羨ましい……)


私は自分よりも大きい胸に、少し妬いていた。そして、どうすれば大きくなるのかを考えていた。すると、屋上の扉が開く音がした。雅がふと視線を向けると、そこには生徒会長が立っていた。


「……どちら様?」


あの時雅は居なかったから分からなかった。


「それはこの前言った筈ですよ、冬風君……全く、あの時はすぐに消えちゃって話せなかったからここに来たの」


呆れた顔で宮里が話すも、首をかしげた。夢依が、あの時のことを説明した。そして、ようやく納得した。


「あぁ……あの時の」


「ようやく思い出した……って、え……?」


宮里は、雅の格好に絶句した。


「?」


それに首を傾げる私と雅、宮里は震えながら雅の胸元を指さした。


「あ、貴方……女性だったの?!」


「へっ……?」


雅が自分の胸元に視線を送ると、あっとした。ボタンを外し、サラシも緩んでいる為谷間が強調されて見える。


「あぁ、これは色々事情があって……」


「つまり、性別を偽って入学していたのか!?」


話を聞かず、勝手にパニックを起こしていた。


「違う、私は冬風の契約精霊よ。訳あって今は冬風の代わりをしているの」


「え!?」


「だから言ったでしょ、事情があるって」


「あ……」


1人で空回りし、今度は1人で落ち込んでいた。正直、忙しい人だなと思った。


「何て事だ……私とした事が……!」


地に両手をつき、独り言を言う宮里……なかなかシュールだ。


「理解してくれた?」


苦笑いで雅が話しかけると、我を取り戻した宮里はさっきの表情に戻った。ただ、少しだけ顔が赤く見えた。


「えぇ、分かりました。それと、先程は失礼した」


「分かってくれれば良いのよ」


何とか普通の空気に戻り、ほっとした私。


「それで、私と話したいというのは?」


雅は苦笑いから微笑みに変え、話題を投げた。


「そうだった、貴方は冬風の契約精霊……なんですよね、でしたら教えて欲しいのですが……あの力は一体……」


どうやら、時雨の事を聞いているみたいだ。普通に話すわけには行かず、どう話そうか悩んだ。


「……」


しばらくの沈黙の後、雅は口を開く。


「そうねぇ……2体目の契約精霊の魔力……とまでしか言えないわ」


「2体目の……?!」


驚くのも無理はない、多数契約なぞ聞いたことも無いのだから。もちろん、前例も無かった。


「えぇ、冬風の契約精霊の内の一人よ」


「彼は一体、何体もの契約精霊を使役しているのだ……」


「そうねぇ……私を含め3体目かしら?」


「……っ!」


その言葉を聞いた瞬間、宮里の顔からは冷や汗が頬を伝った。いくら生徒会長でも……いや、いくら前の祭りの参加者でも勝てるはずが無い。どうりであの後病院に送られた人達から話を聞こうとしても、ずっと震えていて何かに怯えていた訳だ。


「でも、それだけ契約していれば魔力はすぐに底を尽きるはず……彼の魔力結果は?」


その問に、私が答えた


「正確な魔力数値は分かりません、あの時は測定不能しか出ませんでしたから……」


その言葉に、更に恐怖を覚える宮里。最早恐怖を通り越し、ワクワクさえしてしまう程に。


「何だと……最高3000ベクルまで図れる測定器が、測定出来ない……!?」


もはや次元を超えすぎていて、何と言っていいのか……分からなくなっていた。


「しかし、何故彼はそんな力を持っているのにあそこまでボロボロに……」


「それは……私のせいです、私を守ろうとして……あんな奴らに……」


泣きそうな声で話す私に、宮里は慌てた。


「え、えっと……夢依さんのせい……て?」


「私があんな奴らに騙されたから……冬風をあんな目に……」


「騙された……ですか、それで貴方もあそこに……」


納得し、話を続ける。


「そういえば、貴方と彼はいつも一緒に居ますね。何やら親しげでしたが」


「私と冬風は……実際に知り合ったのは中学の最後の頃です。冬風はお祖父様に頼まれて、私とこの学園に来たみたいです」


「お祖父様……?」


「はい、えっと……現国王と言えば分かります?」


「……!」


宮里は更に驚愕の表情に変わった。


「国王!?で、でも……彼と国王との繋がりが見えないのですが……」


「冬風はよく、伯父様と呼んでいました。それを聞くに多分……親戚にあたるかと」


「彼のファーストネームは……?」


「月詠……ですが?」


「……月詠、ようやく納得しました」


立ち話が疲れたのか、私の隣に腰を下ろした。


「あの……何か心当たりでも?」


先程の呟きが気になり、聞いてみた。


「はい、私も古い書物でしか目を通したことは無いのですが……月詠家は遥か昔、とても名の知れた名家だったみたいです。ですが先祖がどこかの村へ引っ越して数百年経ち、みんな忘れて行ったとか……」


そう、月詠家はユスティアでもかなり名の知れた名家だった。まだユスティアとグライエンが戦争していた頃、刀1本で敵軍に突っ込み半数以上を切り伏せた人がいた。それが月詠家の先祖、月詠照だ。自身強化にしか魔力を使わずに半壊させ一躍有名になった。しかし戦後喧騒を嫌うようになった照はエーテルに身を置き、やがて知る人は少なくなり今では知っている人はかなり限られている。


「そ、そんな凄い家柄だったのですか……」


「えぇ、これなら彼の強さも分かる気がします」


「……」


私にとっては初めて聞く冬風の家の事だ。何せ冬風は家の事をあまり話そうとはしなかった。多分辛い事を思い出してしまうからなのだろう。それ故に、凄く新鮮に感じた。


「っと、長話し過ぎてしまいましたね……私は体育館に戻ります、貴方は……?」


「私はもう少しここにいます」


「そうですか、それでは」


宮里は頭を下げ、体育館へと戻って行った。こうしてまた、屋上に静けさが戻る。


「はぁ……」


話疲れたのか、溜息を吐いた。


「お疲れ様、でも冬風の前でその話は控えた方がいいわね」


「そうみたいね」



雅といろんな事を話し、その日が終わった。冬風同様、夢依を寮まで送り届けた後に私は消えた。


そして最終日、私と夢依は体育館にいた。最初はAブロックとBブロックの戦い、その次にCブロックとDブロックの戦いだ。私と夢依は最初だから、控え室にいた。


「ついに……最後の戦い、これに勝てば……祭りに出れるわね」


夢依は深呼吸しながら言った。私は相変らず緊張感は無かった。


「そうねぇ……まぁ、頑張りましょ」


「うん……!」


2人は気合を入れ、戦いの舞台に向かった。舞台には既に相手が待っていた。観客席からは応援の声が多く、すごく賑わっていた。


「やぁ、待ちくたびれたよ……さっさと始めようか」


相手の1人が言った。


「そうね、早く終わらせましょう」


夢依が自信ありげな笑いを浮かべた。


「「「「魔力武装 開放!!」」」」


4人が同時に叫び、武装が展開される。先程笑いながら言った先輩の武装は、両腕に付けた爪みたいな刃の武装だ。もう一人の方は鞭だ。アレで叩かれたら痛いでは済まないだろう……私は水麟刀という日本刀だ、神具なのだけどそこは機密。夢依は妖麗ノ勾玉を呼び出した。観客席も静まり、沈黙の時間の中試合開始のホイッスルが響く。


「魔法結界、属性は炎。焼け付く伊吹は、草一本も残さず燃やし尽くす。その炎を操る者は、破壊者と呼ばれ恐れられる。我、その炎を持つものなりて、あらゆる物を焼き滅ぼさん。我を守りて、全ての攻撃を灰燼と化せ……炎鎖ノ城壁!」


ホイッスルと同時に、夢依が結界を貼った。これで夢依の方は大丈夫そうだ……だが、鉤爪の武装の先輩は夢依には目もくれず私の方にまっしぐらに突っ込んで来た。


「そりゃぁぁぁ!」


流石と言ったところだ、とても早かった。初戦で戦ったあの先輩よりも、かなり。


「ふふ、なかなかやるね」


それでも、私は余裕そうな表情でその攻撃を受け流していた。冬風とは違い、その場から動かずに。


「そりゃあどうも、だがその余裕がいつまで続くかな……!」


「残念だけど、もう終わりよ」


素手で鉤爪を掴み、水麟刀の峰で腹部を打撃。あっけなく沈んだ。


「鈴原!」


どうやらこの先輩は鈴原と言うらしい、もう片方の先輩が雅に斬り掛かる。鉄並みの強度の鞭で襲いかかるも、1振りで細切りになった。


「なっ……!!」


「残念ね」


優しく微笑むと、柄で腹部を打撃……またしても一撃で沈んだ。そして試合終了のホイッスルが鳴ると、観客席がまた賑わった。


「試合終了ー!!新龍王激流祭の出場権利を先に手にしたのは、Bブロックの冬風&夢依のペアだー!!」


こうして、夢依と控え室に戻った。


「お疲れ様、私1人で片付けちゃってごめんね」


「いいの、お陰で助かったわ」


「そう、なら良かったわ。さて、この後どうする?」


「表彰式まで時間あるし、観客席で次の試合を見物してましょ」


「そうね」


2人はお互いに手を繋ぎ、観客席へ移動した。そこに行くと、みんなから拍手で出迎えられた。


「おめでとう、さっきの試合凄かったよ!」


「この調子で祭りも頑張れよ!」


「応援しているぜ!」


少し呆気を取られたが、すぐに笑い感謝の言葉を述べた。その後C.Dブロックの戦いが終わり、表彰式が挙げられた。


「諸君、今年の祭りの出場者はこの4人に決まった。数々の激闘を繰り広げ、勝ち残った4人だ。文句のないやつは拍手を!」


琴珠先生がマイクで言うと、体育館にいた人達は全員拍手をした。どうやら勝ち残ったもう1組は生徒会長と副会長らしい人だ。こうして激励の言葉を先生方から貰い、その日は解散となった。表彰式が終わり、壇上から降りようとしている時に学園長……つまり、雄斗さんに話しかけられた。


「あ、冬風君!少し待ってくれないか」


「はい?」


「君にこれを……部屋に戻ったら目を通しておいてくれ」


そう言って、一つの便箋を手渡された。


「……分かりました」


「トーナメント戦優勝おめでとう、よく頑張ったね」


「あ、ありがとうございます」


私は褒められ慣れていないのもあってか、少し戸惑っていた。


「この調子で、祭りも頑張ってな」


肩をポンポンと叩かれ、雄斗さんは去っていった。私は便箋を胸ポケットへしまった。


帰り道、夢依と私は多くの生徒達に囲まれた。特に多かった言葉は「頑張れ」とか「応援している」とかだった。正直大人数で囲まれると身動きが取りずらい。私が苦笑いしていると、淳が駆け寄ってきた。


「あら、淳」


「おう、おめでとう」


「ありがと」


そんな会話を交わし、私は夢依を送り届けた。そして今日の結果を冬風に知らせようと部屋に戻ると……冬風が起きていた。まだベットから動くことは出来ないみたいだが、起き上がる事は出来るようだ。


「あ、おかえり……どうだったって、聞くまでもないよね」


弱々しい笑顔で冬風は言ったが、私は泣きながら冬風を抱きしめた。


「わっ……!」


「ようやく……ようやく起きたのね、本当に……良かった……!」


力一杯抱きしめた。冬風は少し苦しそうにしていたが、優しく私の頭を撫でた。


「心配かけてごめんね、もう……大丈夫だから」


「もう……心配ばかりかけて!」


「ごめん……」


しばらく泣いていた。冬風は宥めるのに必死だった。その後泣き疲れた私は、冬風の隣で寝てしまった。


「すぅ……すぅ……」


小さな寝息をたて、無邪気な顔で。


「全く……」


その寝顔を見て、冬風も寝てしまった。まるで親子というか姉弟みたいだ。お互いに手を握り合って。


ーーーーー


翌朝、先に起きたのは僕の方だった。


「……」


ぼーっとする意識を覚ましつつも、雅の寝顔を見つめていた。そして、気が付いた時には撫でていた。


「ん……んんぅ……」


起こさないようにそ〜っと、優しく撫でた。雅の顔は、何処か嬉しそうな表情に見えた。布団から出ると、少しよろけた。


「っと……」


近くのソファーに捕まり、ゆっくり歩いた。少しだけ長く寝てたから、筋肉が少し衰えてる。その為一人で歩くのは困難だ。それでも、歩いていた。やがて筋肉が少し慣れ、普段通りに歩けるようにはなった。


「ふぅ……さてと」


時計を見ると6時を過ぎており、制服に着替えた。着ている最中、何故か甘い香りがした。着てみると胸ポケットに何か入っているのが見えた。取り出してみると、便箋だった。中身を見てみると、こんなことが書かれていた。


(伝えたい事があるから、土曜日学園長室で待っているよ)


「……」


どうやら呼び出しを食らったみたいだ。この程度の用事なら、夢依は連れて行かなくても大丈夫だと思った。そんな事を思いつつ着替えると、淳が部屋に入ってきた。


「……やっと起きたか」


「おはよう、心配かけてごめんね」


「あぁ、だが……起きたのならいい」


「……?」


「気にするな」


「う、うん」


そんな他愛も無い話をしていると、淳が話題を変えた。


「そういえば、月曜うちの学校に転校してくる奴がいるみたいだぞ?」


「へっ?」


唐突過ぎて変な声を出してしまった。こんな時期に転校生……嫌な予感しかしなかった。


「でも、僕達のクラスじゃないんでしょ?」


「さあな、それは知らん」


「だよね」


思わず苦笑いした。だが、脳裏に伯父様の言葉が浮かんだ。入学前に言っていた、あの言葉を。


(そういえば、今日エーテルから来たらしき子の母君が学校を見に来ていたぞ)


思い出したら冷汗が出た。いつの間にか手は小刻みに震え、苦笑いから険しい顔になっていた。すると、淳が話し掛けてきた。


「お、おい、大丈夫か!?顔色が良くないぞ!」


肩を鷲掴みにされ、ようやく我に返った。


「ご……ごめん、ちょっと心当たりが……ね」


表面では笑っていたが、内心笑えなかった。


「それで、何でお前は制服なんだ……?今日は土曜だった筈だが」


「ちょっと学園長に呼ばれててね……すぐに戻るから、夢依が来たら相手を頼むよ」


「むぅ……それは構わんが」


「お願いね」


そう言い残し、僕は部屋を後にした。その後すぐさま学園長室に向かい、雄斗さんと話をした。


「今日は土曜なのに来てもらってごめんね」


「いえ……それで、要件とは?」


「そうだった……月曜にこの学校へ編入してくる子の事は聞いてるかな?」


その言葉を聞くと、どうしても胸が痛む……出来れば、僕の予想は外れて欲しいと願っていた。


「……はい」


震える手を必死に押さえ、平然を装って聞いた。


「それでね、その子……どうやらエーテル出身らしく、理由あって中学の頃後半殆ど行ってないらしかったんだけどね……だから入学手続きが今になったというわけ」


「……っ!」


明らかに僕の顔色は真っ青になった。中学の後半行ってない……その理由……もしかしたら、僕が関わっている可能性もある。下手したら……でも、それは無い。兄様からそういう情報は来てない、だったら……誰なのだ。得体の知れない不安に、押し潰されそうになっていた。


「冬風君の気持ちも分かる、でも事実確認も必要だ……だから、君のクラス……つまり、Bクラスに編入させることにするけど……良いかな?」


正直、僕は逃げたくなっていた。だが、ここで雄斗さんに事実確認のチャンスを貰った……なら、これを無駄にはしたくなかった。


「分かりました……」


「良かった、断られたらどうしようかなと思ったけど……あまり無理はしないでね、どうしても無理そうなら接触を避けるといい」


「はい……」


こうして話は終わり、僕は寮に戻った。戻っている最中、全力疾走をしていた。少しでもこの気持ちを収めたかったのだ。寮に着く頃には、少しだけ和らいでいた。息を整え、部屋に戻ると夢依がいた。


「おかえり、冬風」


そして、思いっきり抱きしめられた。


「ただいま、夢依」


優しく頭を撫で、ソファーに倒れ込んだ。


「冬風……?」


心配そうに顔を覗き込んでくる。


「大丈夫だよ、少し走ったから疲れただけだよ」


微笑みながら言うと、安心してくれたようだ。既に淳は察していたようだが……。


「疲れただけだよ……色々ね」


「……?」


「いや、何でもないよ」


独り言に夢依が首を傾げ、僕は微笑みながら返した。この色々という意味は……走った事もそうだが、精神的な面が多かった。


「確認が必要かな……」


そう呟き、冬風は念話をかけた。


「兄様……冬風です」


「冬風か、どうした?」


僕は息を整え、兄様に聞いた。忍の事を。しかし、帰ってきたのは絶望とも言える事だった。


「実はな、エーテルでは悪戯に時間を食うだけだからと言って……どこか都会の病院へ移ったらしい」


「えっ……」


どこかの都会……つまり、兄様も場所がわからないという事は……安否を知る術がないという事だ。


「そんな……」


再び顔が真っ青になった。つまりエーテルには忍は居らず、都市の何処かに移動した……という事は、会える可能性はかなり低くなったという事だ。


「……分かりました、ありがとうございます……お忙しい中」


「いいんだ、その位……こっちも頑張って探ってみる、だから今は落ち着けよ……じゃあな」


そう言って切られてしまった。そして冬風はロビーにあるソファーに腰を下ろした。


「はぁ……」


自然とため息が零れてしまう。まさか知らないうちに何処かへ移動されてるなんて……思いもしなかったのだから。すると、隣に雅が座った。


「困ったわね……」


「うん……」


詳細を知れないというのは、思った以上にキツイ。自分の行けない所で何かあった場合、すぐに対処が出来ないからだ。都市の病院だから何も無いとは思うけど……


「まぁ、悩んでいても仕方ないわね……今は前を向きましょう、そして後ろは振り返らない」


「……」


僕は黙って頷いた。過去を振り返らず、次に向かって突き進め……そんな感じな事を言いたかったのかなと思いつつ、そうする事にした。


それから時は少し進み、日曜日の夜になった。僕はいつも通り寝間着に着替え、ベッドの上に座って外を眺めていた。すると、雅が唐突に話題を投げかけてきた。


「ねぇ、冬風はまだ力を望むの?」


「え……?」


急な話題に付いていけず、聞き返した。


「いや……冬風はまだ力を求むのかなって」

「あぁ……そうだね、出来るなら欲しいかな……」


僕は本心をそのまま言った。今のままでも十分な程だと思うのだが、僕には何かあった時の急な対処が出来ない。それに……


「……僕自身も強くならなきゃいけないし……」


力を使い、自我を飲まれて自分が倒れては本末転倒……つまり、遥かな力とそれに耐えうる精神力が欲しかった。


「そう……」


雅は少し考え、僕に顔を近づけてきた。


「な……何?」


あまりにも近い、二人の吐息が感じられる程だった。


「もし良かったら何だけど……契約を上位にする……?」


「契約を……上位に?」


「そう、上位契約よ。普通の契約とは違い、何時でも私の力をそのまま使うことが出来るの」


「そのまま……?つまり雅の力が僕に宿るという事?」


「簡単に言えばね……だけど、それには条件があるの」


「条件……?」


雅は少し顔を赤くし、こう言った。


「上位契約は、互いの事をすべて知っていなければならない……つまり、お互い全てを共有……過去の記憶も、これからの出来事も全て……冬風には、その覚悟はある?」


「……!」


一瞬、思考回路が停止しそうになった。お互いに全てを共有という事は、ある意味同化に等しい。確かにそれは少し気恥ずかしさを感じた。だが不思議と嫌ではなく、嬉しささえ覚えた。


「……分かった、しよう……上位契約」


事実、僕はあまり雅の事を知らない。だから、もっと知りたいと言う気持ちもあった。そして、今まで以上の力も手に入る……力があれば、大事な物や人を全て守れると思った。


「それで……どうやればいいの?」


聞いてみると、雅の顔は更に赤くなった。


「それは……」


「……?」


首を傾げると、驚きの言葉が帰ってきた。


「……私と冬風が、交じり合う」


「……っ!!」


驚きの余り、むせ込んだ。


「げほっ……それってつまり」


「そう……」


交じり合う……つまり、お互いに子を残すための行為をしろという事だ。確かに僕は雅が好きだけど、そこまでは考えてなかった。


「流石にそれは……色々後が怖いし」


「大丈夫、もう一つの方法もあるから」


「それは……?」


「口付けよ」


「……」


言葉が出なかった。さっきよりはマシだが、それでもかなり恥ずかしかった。でも、僕は後者を選んだ。


「分かった……じゃあ早速…………っ!」


そう言いかけた瞬間、雅の唇は既に僕の唇と触れ合っていた。その勢いに押し倒され、雅が僕の手を握った。痛いくらいに強く、しっかりと。僕は目を閉じた。すると、雅の記憶が流れ込んできた。そう……母様と契約していた時の、あの頃の雅の記憶が……そしてそれ以前の記憶……つまり、雅が神になる前の普通の女の子だった時の記憶も。それを垣間見え、涙を流した。若い頃の母様が懐かしく感じられ、そして切ない記憶だったからだ。雅自身の記憶もかなり壮大で、重く深く……そして冷たい過去だった。雅が唇を離すと、僕は目を開けた。涙を拭い、腕で目元を覆った。


「こんなのって……酷すぎるよ……」


あまりの過去に、涙が止まらなかった。神だから死ねない、つまり数百……数千年分の思い出や経験がある訳だ。そしてそれ以前の……生きていた時の記憶もある。それはかなり酷く悲しく、切ないものだった。雅の顔からもいつもの微笑みは消え失せ、今にも泣きそうな顔をしていた。


「雅……」


僕は思いっきり抱きしめた。別に同情とかでは無い、ただこの悲しい過去を見て……今までよりもずっと雅の事が好きになった。そして、これからは雅も守ってあげたいと思ったからだ。


「冬風……」


雅も僕を抱きしめた。


「悲しい事が……いっぱいあったんだね……いつもは優しく笑ってくれているけど、本当は辛い事もあったんだね……」


「何度も心を潰されそうになったわ……人間は命が短い、だから私と居てもすぐに死んでしまう……そしてまた独りぼっちの繰り返し……もう嫌なの、独りぼっちはもう……」


「大丈夫、もう雅を独りになんてさせないから……契約している間は僕は不老不死、だからずっと一緒に居るから……そして雅も守るから……っ!」


泣きじゃくりながらも、必死に言葉を出した。人間が神を守るなんて大それている……だが、神も人間と同じく心を持っている。いくら強い存在でも、心だけは強くなれない。僕は、そんな雅の心を守ってあげたいのだ。


「だから……僕とずっと、一緒に居てよ……」

「冬風……」


雅は冬風を、強く抱きしめた。


こうして2人は過去と記憶を共有し、上位契約完了となった。実感の無い冬風だったが、明らかにいつもより力が湧いていた。そして、雅との距離もかなり埋まった気がした。2人は寄り添いあい眠った。そして、冬風は新たな誓を立てた。


(いずれ僕が結婚しても、ずっと雅とも一緒に居たい……それに、雅も守ってみせる……!)


こうして夜は明け、月曜日になった。僕はずっと上の空で、夢依を迎えに行く時も教室にいる時もだ。今日はエーテルからの子がここに編入してくる為、悩みで胃がねじ切れそうだった。そしてHRになり、琴珠先生が話題を切り出した。


「あー……今日からこのクラスに編入する子がいる、皆仲良くしてやれよ!編入生、入ってこい!」


琴珠先生が許可を出すと、その子は教室に入ってきた。僕は気持ちを落ち着けるため、外を眺めていた。そして編入生の方を見ると、予想を遥かに超えた光景が写っていたから更に呆けてしまった。琴珠先生の隣に居るその女性は、見覚えがあった。全身スラッとしていて綺麗な肌に、青い髪……青い瞳……そして、あの声は……


「えっと、今日からこのクラスの一員になります雨宮忍です、よろしくお願いします」


「……忍……!」


僕の尋常ではない動揺に、雅も察したようだ。


「冬風……まさか……」


「有り得ない……だって、忍はまだ寝ているって……しかも、何処かの病院に移されたって……兄様が……」


「でも、実際にここにいる……」


「……」


雅は霊化している為周りには見えないし、声も聞こえない。それ以上に僕は、動揺していた。すると忍は冬風の存在に気付き、僕に駆け寄ってきて……抱きしめられた。


「冬風、久しぶりね」


「本当に……忍なのか?」


「当たり前よ、しばらく合わないうちに顔も忘れちゃったの?」


「いや、僕は兄様から別の病院へ移されたって聞いて……それで」


「移されたのは本当、フィリアスの病院へね……そして目が覚めたのが5月の半ばよ、それ以降はずっとリハビリしてたの」


「そう……だったのか……」


周りの視線が痛いが、そんな事どうでも良く感じる位に忍に会えたことが嬉しかった。病院の消毒液の匂いが少しするけど、間違いなく忍の……昔一緒に遊んだ、忍の匂いだった。


「冬風、その子ってまさか……」


「うん……忍だよ、幼馴染みの」


「その子は……?」


忍は首を傾げた。まぁ、知らないのも無理はないだろう。


「紹介するよ、こっちは夢依。ユスティア国王の叔父様の孫娘で、その叔父様から頼み込まれて……そして、自分の意思で守っている」


「宜しくね、忍さん」


「えぇ、宜しく。私のことは冬風から聞いてるわね?」


「そうね、聞いてるわ」


こうして忍と夢依は握手をくみかわした。ようやく忍が離れ、僕はホッと胸を撫で下ろした。


(良かった、これからも忍と夢依が仲良くなってくれると良いな)


そんな思いを抱えつつ、下校時刻になった。外は夕暮れになり、僕は夢依を送ると同時に忍も女子寮まで送った。見たところあの2人は仲が良く見え、安心した。すると、隣に淳がきた。


「冬風、その子が前に言ってた幼馴染みって奴か?」


「あぁ、そうだよ」


「……良かったな」


「本当にね……こうして笑っている姿を見るのは、何時ぶりだろうかな……」


「そうか……今度はきちんと守ってやれよ」


「言われなくても」


僕等が笑っていると、忍が淳に気付いた。


「確か貴方は……同じクラスの大道さん……でしたよね?」


「淳で良い、宜しく」


緊張しているのか、少し淳の仕草がどこか拙かった。


「はい、宜しくお願いします」


「あ、あぁ……」


そう言うと、そっぽ向いてしまった。その横顔を見てみると、夕日のせいかもしれないけど少し赤く見えた。


「淳……もしかして、忍に……」


小声で言うと、少し慌てた素振りを見せた。


「べ、別に……そんなんじゃねぇよ……」


(これは……完全に落ちたな)


そう思うと、少し笑えてきた。


「お前……何笑ってんだよ」


顔に出てたみたいで、少し不満気な顔をされた。


「ごめんごめん、ちょっとね……淳がまさか忍に惚れるとはおも……」


「だから、違うって言ったろ」


言葉を遮ってまで、突っ込んできた。これほど必死になるということは、完全に惚れている証拠だ。


「安心しなよ、別に忍を淳に取られたからって妬んだり恨んだりはしないから。むしろ応援してあげるからさ」


笑いながら言うと、少し赤くなりながら呟いてきた。


「……本当か?」


「あぁ、勿論」


そう言うと、少しだけホッとした表情を見せた。夢依と忍は、僕らの会話にハテナを浮かべていた。すると、僕の隣に雅が出てきた。


「何か楽しそうね、私も混ぜてよ」


急に出てきたため、忍は驚いて少し下がった。

「冬風、その人は……?」


「そうか、忍は知らないんだっけ……僕が契約しているー」


「冬風と契約している、水神の雅よ。宜しくね」


優しく微笑みながら手を差し出すと、忍は少し緊張した感じてその手を握った。知らないのも無理はない、雅と契約したのは忍が寝ている時だから。その後2人を女子寮へと送り、淳と雅と僕の3人で男子寮へ戻った。戻ってる最中、淳があることを聞いてきた。


「なぁ……忍の魔力武装は何なんだ?」


「あぁ、クリスヴェクターだっけか、そんな名前の銃を使うんだ。そこから発射される魔力弾は、速度もさる事ながら威力も馬鹿みたいに怖いよ?」


ニヤリと笑いながら言うと、少し苦笑いされた。


(雨宮家は確か、氷の神を奉っていたな。確か……ユミルだつけかな)


そんな事を思いつつ、歩いていた。やがて寮につき、部屋に戻ると真っ先にソファーにダイブした。


「あぁ〜……疲れた……」


流石に驚きの連発で、逆に疲れてしまった。だが風呂には入りたかったので、早速風呂に入りに行った。そしてさっぱりし、部屋に戻ると……忍と夢依と雅がソファーで談笑していた。僕は無言で扉を閉めた。


「あれ……?いつからここは女性の溜まり場に……とにかく淳の部屋へ……」


こっそりと移動しようとした瞬間、中から雅が出てきた。


「あら、風呂に入っていたのね?丁度いいわ、貴方も一緒に話しましょうよ」


そう言って僕の襟首をつかみ、中へ引きずっていった。


「ちょっと待っ、まだ状況の整理が追い付いていな……はぁ……」


泣き言を言いつつ、ソファーに座らされた。髪が濡れているのが嫌だったので、ドライヤーを掛けていた。


「そう言えば、冬風かなり髪伸びたわね……中学の頃はもっと短かったのに」


「あの頃はまだ意識していなかったけど、今となってはあまり切りたくないんだ……言ってなかったっけ?」


「えっと……ごめん、覚えてないや」


「まぁ……仕方ないか」


さっと髪を乾かし結んだ、やはりこの方が落ち着く。


「やっぱり冬風は結んでない方が可愛いわよね?」


「えぇ、そうよね」


夢依と雅が笑いながら言ってきた。そして僕の髪留めの紐を解き、僕は少し不満そうな顔をした。


「結ばないと落ち着かないんだよ……それに風に舞ってボサってなっちゃうし」


「だったら切ればいいじゃん」


忍の急な提案に、苦笑いしながら答えた。


「だから、切りたくないと言ったでしょう?それに……母様から譲り受けたやつだから……」


「あ……ごめん……」


「大丈夫、気にしないで」


落ち込む忍に、微笑みながら返す。


「そもそも、忍が居てくれなかったら僕はずっと泣いてばかりだった。忍があの時の僕に優しく接してくれて、母様の他界や父様の失踪から少しでも立ち直れたんだから」


「立ち直れたのなら良かったよ」


「全くね」


少し含み笑いする夢依に、僕は苦笑した。僕はもう1人じゃない。忍や夢依、雅に淳だって居るから……しみじみとそんな事を思っていると、忍がこんな事を聞いてきた。


「ねぇ、冬風は夢依と何処まで進んでるの?」


「へ?」


訳の分からぬ質問に、間抜けた返事を返した。


「だから、恋の方よ」


「ぶっ…………いきなり何を」


まさかの方向に吹き出した。夢依は顔を赤くし、慌てていた。


「えぇ!?ちょっと忍、私達まだ付き合ってすら居ないんだけど!」


「そうなの?」


「そうなんだよ、だから僕達には恋なんて無いんだ。そもそも恋なんてしてたらそれに手一杯で、守るどころでは無くなるからね」


あくまでも冷静に返そうとしたが、やはり顔が赤くなっていた。忍はつまんなそうな顔をしていた。


「なーんだ、そうだったのか」


「そうなんだよ、ねぇ夢依……?」


振り向いてみると、俯きながら何かを呟いていた。


「……私は冬風と恋……したいんだけとね」


よし、聞かなかったことにしよう。僕は夢依に何も言わず忍に視線を戻した。


「お似合いの2人だと思ったんだけどなー」


「は……ははは……」


苦笑いをしながら頬をかいた。すると、淳が扉を開けて入ってきた。


「よう、何だか騒がしい……って、来てたのか」


「淳も座りなよ」


僕の隣に淳を座らせた。いつもは素っ気ない淳も、今日は少しソワソワしていた。


「少し落ち着きなよ」


苦笑いしながら言うと、咳払いをした。


「ごほん……悪い」


「いや、別にいいけど」


「そうか」


何だか少しだけいたたまれなくなってきた。でも変なお節介を入れる訳には行かないので、生暖かい目で見守る事にした。うまく行けばいいなと思いつつ。


「所で冬風、しばらく見ないうちに少し女性ぽくなった?」


「何で?」


「たまに女性らしさというか……男性らしからぬ気品を感じるというか……なんと言ったら良いかな……?」


「え……」


必死に悩んでいるが、僕は唖然とした。一時期本当に女性にされ、その時に男性だとバレないように……女性らしさという物を学んでいた。多分それが普段の時に無意識に出て、その事を言っているのだろう。正直男性の時に無意識にやってしまうと、色々やばい気がするのだ。意識しようとしているが、どうしても他に向いてしまうから出来なかった。


「それはねー」


「ちょ、何を……まさか!?」


雅が突然背中に触れてきた。逃れようとするも、夢依が体を押さえ付けているため身動きが取れなかった。やがて雅が詠唱を終え、苦痛で顔を歪めていたが……またこうなってしまった。


「えぇ!?だ、大丈夫、冬風!」


心配そうに僕の体を支える忍、だが女性になった僕の体を見て更に驚いていた。


「え……えぇ!?」


忍は僕の寝間着をはだけさせ、胸を触った。


「や、やめ……!」


「凄い……本物だ……」


静止の言葉は届かず、ただひたすら揉んでいた。くすぐったいような何とも言えぬ感覚に、悶えていた。


「これ以上は……やめて……!」


「あ、ごめんごめん……つい……ね?」


忍の腕を引き剥がし、寝間着を着直した。てへへと笑っている幼馴染みに、ため息をつきながら苦笑いした。淳の方を見てみると、少し顔を紅潮させながら手で覆い隠していた。


「淳、もう終わったから隠さなくても良いよ」


「お、おう……」


渋々と顔から手を離した。何度見ても僕の体は女性になっていた。


「雅、いきなりこんな事をしなくても……」


「実際に見せた方が早いでしょ?」


「口頭で話した方が早いと思うのだけど……」


「それじゃあ信じてくれそうに無いもの……それに久しぶりにその姿見たかったし」


フフフっと微笑む雅に、何も言うことが出来なかった。


「もう……これ物凄く痛いから嫌なんだよなー、全身の骨格が変な音を上げながら変わる時が……」


「じゃあ痛くなければいいの?」


「いや、そういう訳では無い」


夢依の質問に即答する。原理は分からないけど、女体化の魔法……?は全身の骨格や筋肉を女性その物にする訳だ。しかも体験して分かったことだが、脳から分泌されるホルモンや全身のホルモンバランスは限りなく女性と同じ……つまり脳も弄られているという事にもなる。下手をすれば廃人コース確定な訳だ。逆もまた然りだ。


「はぁ……じゃあ、戻して」


「え?」


「え?……じゃないよ、明日も学校あるのにこの姿じゃ行けないよ!」


男性用の制服を着ているのに、女体化なんてしてたら悪目立ちもいい所だ。


「それがね、この魔法は結構魔力を消費するわけで……それに肉体の健康上滅多に使える訳でも無いし」


「つまり?」


「しばらくはそのままという事ね」


人差し指を立て満面の笑みで言い放った。確かに脳の負担や肉体への負担は大きい。だけどずっとこのままという訳にも行かない。


「じゃあ何時なら出来る?」


「そうね……折角だから夏休みの終わりまでこのままで良いじゃん」


「え……」


「だって元々夏休み初日にこれをやるつもりだったし、その時期が早まったというだけだから問題ないわ」


「大ありだよ!」


そう言えば……GWの最後の方に、夢依がそんな事を言っていたっけ。僕はやるつもりは無かったのだが……如何せん雅がそのつもりだった。


「…………」


妙に静がだと思い、忍の方を見てみると……夢依と共に僕の衣服タンスを勝手に開け、女性物の衣服を持ち出して僕を見ていた。まるで今着てほしそうに。


「なっ……」


「「……(じー)」」


こうして僕は泣く泣く着るハメになった。忍の反応はもはや男性の幼馴染みを評価する反応ではなく、女性そのものを評価する反応だった。その後も夢依が色んな服を持ってきて、散々僕は弄ばれた。2人が女子寮に戻ったのは、午前零時を過ぎていた。淳は止めもせずに、ずっと苦笑いしながら見ていただけだった。


2人が戻った後淳も自室に戻り、僕は1人夜空を見上げていた。相変わらず綺麗な星空に見とれていた。その後、僕も布団に入り就寝した。正直忍が目覚めて、心の底から良かったと思った。僕のやった罪は消えないけど、その罪を二度と繰り返さない為にも……力が必要だった。でも、雅が上位契約してくれた。僕の事を信じて……してくれたんだ。それに応える意味でも、今度こそは守りたい人達を守ってみせる。そう心に誓った。




次回の投稿はなるべく早くしたいと思いますので、頑張ります!

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