2話 新たな生活と高校
今回の投稿が遅れて申し訳ありません。
色々ありまして、留年の危機に陥ってます( 笑 )
そんな中書き上げたのですが、所々変なのが入ってますがご指摘は中辛程度でお願いします!
若霧魔法学園入学式の朝、僕はいつもより早く目が覚めた。時計を確認してみると5時半という微妙な時間であった。入学式は8時からで、ここを7時半過ぎに出れば余裕で間に合う距離だ。かといって二度寝をしてしまったら確実に間に合わない。どうしようかな……と考え込んでいると、雅が僕の布団の中から出てきた。
「おはよう、雅……まさかずっと僕の布団で寝てた?」
「おあよ……そうだけど問題でも?」
「い、いや……別に問題はないんだけどね」
問題大ありだと思う。男性が寝ていたベッドの中から女性が出てきたら普通の反応は驚くはずだ、特に雅の事情を知らない人が見れば尚更……。苦笑いでそんな事を思っていると、雅に言っておこうと思っていた事を思い出した。
「そうだ……学校に行く前に雅に言っておこうと思う事があったんだ」
「ん、なになに?」
「学園に通ってる間は、神ということを伏せておこうと思うんだ。皆にバレちゃうと色々と面倒臭そうな事になりそうだからね」
そう……僕は面白いことは好きだけど面倒事ははっきり言って御免被る、特に生徒会の人とかに目をつけられた日には……とてもではないがかったるくなりそうだ。
「う~ん……分かったわ、じゃあ契約精霊ってことにしておくわね」
「それでお願い」
(後で伯父様達や夢依にも伝えておこう。)
なんて思いながらふと時計を見てみると6時になっていた。
(朝飯の時間まで後30分はある、何をしようかな……)
時間を潰す方法を考えていると、1ついい案が浮かんだ。
「ねぇ……朝飯の時間まで結構あるからさ朝練する?」
僕は木刀を2つ持ち、片方を雅に渡しながら言う。
「そうね、ちょうど体を動かしたいと思ってたのよ」
望むところだっと言わんばかりに不敵に笑いながら木刀を受け取る雅。僕は道着に着替え雅とともに中庭に出た、そしていつものところで剣術組手を始めた。
いつもは調子が出るまで時間がかかるのだが、今日は結構早く調子が出た……いつもより早起きしたからだろうか、剣筋がいつもよりはっきり意識できる……そして雅の剣筋もはっきり見える。
「へぇ……あの頃に比べると随分強くなったじゃない」
「そりゃあいつも雅に鬼みたいにしごかれてりゃ……ねぇ」
静かな朝の中庭に木刀の打ち合う音が鳴り響く。打ち合ってから数分後、僕達は少し休憩した。
「はぁ、はぁ……あ~ちょっと飛ばし過ぎたかな、もう動けない」
「ふぅ……」
流石と言ったところか、雅は汗どころか息一つすら乱れていない。何事もなかったかのようにゴロンと寝転がる僕の隣に静かに腰を下ろす。
「はぁ……今日は確か魔力測定があるんだっけか、嫌だな」
「何で?魔力量が大きければ皆から尊敬されるじゃん」
「尊敬されると同じくらいに嫉妬や妬み……ましてや前みたいなことが起きそうだから怖いんだよ。それに魔力測定機に嘘はつけない、魔力属性や魔力量の数値化……ましてや契約してる精霊の魔力まで調べられちゃうんだよ、不安しか無いよ」
「それは怖い……」
不安を口にしていると、不意に後ろから声が聞こえた。
「何の話?」
「うわっ?!」
僕はびっくりして起き上がった。振り向いてみると、夢依がそこに立っていた。
「い……いつからそこに?」
「尊敬がどうとか……そんな所からよ?」
つまり話の内容は殆ど聞かれてたというわけか。
「そういえば、夢依の契約者を見たことがないんだけど……?」
「私?私は炎を司る精霊よ、結構頼りになるのよ……おっさんだけど」
苦笑いを浮かべる夢依、雅も苦笑いになった。
「あいつか……」
ボソッと何か言った気がしたが、僕には風のせいで聞こえなかった。
「そう言えば、どうしてここに?」
訪ねてみた。大抵の予想はついてるけど……。
「木刀の音がしたから、様子を見に来たのよ。それにもうそろそろ朝ごはんよ?」
そうか……もうそんな時間か。
「了解、僕は汗かいて気持ち悪いからシャワー浴びてくるよ」
「はーい」
僕は駆け足で自室に戻り、換えの下着と制服を持って大浴場へ向かった。中に入ると広い更衣室があり、そこで衣服を全て脱いでかごの中へ入れた。するとふと隣の籠に下着類が入ってることに気付く。
(これは……男性物かな、おそらく伯父様が入っているのだろう)
ここの大浴場は男女混合であり、女性が入浴している時には立て札をかけておくという決まりがある。そうじゃないと大変なことになるからだ。僕は腰にタオルを巻き扉を開けた。すると……中には雄斗さんが浴槽に浸かっていた。
「あれ、雄斗さん奇遇ですね」
僕が何気ない一言をかけながら扉を締めた。すると、雄斗さんの姿が少しずつ見えてきた。ただ気になったのは、雄斗さんが顔を赤くして慌てているということだ。別に男性同士なら恥ずかしいことなんて無いと思うのだけれど……。
「な、ななな……なんで冬風君がここに?!」
「どうしてそんなに動揺しているんですか……汗かいたからシャワー浴びに来たんですよ。ちょうど外に立て札無かったから空いてると思って」
「そ、そうか」
何故かいつものような冷静さがない。それを疑問に思いつつ僕はシャワーを浴び、頭を洗った。その後体を洗ってる最中、不意に雄斗さんが後ろから僕の背中に触れてきた。
「ひゃっ?!」
急に触れられたためすごく情けない声を出してしまった……ものすごく恥ずかしい。
「す、すまん……背中を流してあげようかと思って」
「あ、ありがとうございます……」
僕は雄斗さんに背中を洗ってもらうことにした……そして洗ってる最中こんな話題が出てきた。
「わぁ……冬風君は子供の頃から綺麗な肌をしているね、どんなケアをしているんだい?」
「特に大したケアはしてませんが……」
「ケアしてないのにこんなにきめ細かい肌をしているのかい?羨ましいな……」
なんかいつもより雰囲気が……というか、声質と言うか高さと言うか……何か違うような違和感みたいなものに襲われた。
「雄斗さんだって綺麗な肌してるじゃないですか、執事という大変な仕事柄上結構荒れそうなのに」
「わ、私は特に……寝る前に保湿クリームとか塗っているだけですから」
「そうなんですか?」
「う、うん……」
雄斗さんの話し方がぎこちない、なんでだろう……と意識していると、不意に曇った鏡に写った自分の姿の後ろに視線が言った。それは……胸の当たりをバスタオルで隠してて、顔を赤くしながら僕の背中を洗っている雄斗さんの姿が。そして僕の顔色も青白くなっていく。
「雄斗さん……まさか!?」
「は、はい?!」
びっくりした声で雄斗さんが声を上げる、僕はその声にびっくりして体がビクッと跳ね上がり、泡で滑ったのか椅子から転けそうになる。
「あ……」
泡だらけの体じゃまともに受け身すら取れない為、頭を打たないよう手を地面に伸ばしかけた瞬間……。
「危ない!」
後ろから雄斗さんが僕を抱きしめ、支えてくれた。
「あ……ありがとうございます」
体制を立て直し、雄斗さんの方に向かいお礼を言おうとすると……やはりいつもと違う雄斗さんだった。いつも縛っている髪を解き、体つきは本当の女性……バスタオルで前を隠していた。
「きゅ、急にこっち向かないでくれ……私だってまだ……心の準備が」
(まさか……まさか……)
自分の顔が明らかに熱い、赤くなっている証拠だ。
「雄斗さん……まさか、女性……だったんですか?」
恐る恐る聞いてみた。
「……そうだよ、私は正真正銘女だ」
「………!!」
慌てて自分の顔を隠した。
(なぜ気付かなかった、あの動揺さと言い物言いといい……。)
僕は罪悪感と申し訳なさに思いきり深く頭を下げた。
「す、すいません……ごめんなさい」
「き、気にしないでくれ……性別を偽ってたのは本当なんだから」
「で、でもどうして……?」
少し気になった、なぜ女性の雄斗さんが男性の仕事の執事をしているのかと。
「……私の家系では、代々王族の執事を務めていた。それ故に皆男性だった……でも、私が女性に生まれてきてしまったために……。だから、私は姿や声質を変え国王の側にお付きすることを決めたのだ」
思いもしないほど壮大な物語に僕は黙って聞くことしか出来なかった。そして大変そうと言う気持ちとは裏腹に僕は、本当の雄斗さんを知ることが出来て少し嬉しかった。
「そうだったんですか……。でも、それを聞いて納得しました」
「何がだい?」
不思議そうに首を傾げる雄斗さん。
「今まで何故男性で執事である雄斗さんが、こうにも可憐で美しいのか疑問でした。でも、それを聞いて何故か納得しました。」
僕は苦笑い気味でお茶を濁した。雄斗さんも苦笑いをしてた。そして少し話した後に時計を確認すると、7時を越えようとしていた。
「あ……そろそろ朝飯の時間ですし、上がりましょう」
僕は立ち上がり手を差し出した。雄斗さんは少しためらったが、僕の手に捕まり立ち上がった。もちろん着替えは別々の場所でした。更衣室から出ようとすると、後ろからいつもの雄斗さんが話しかけてきた。
「あの……冬風君、さっき風呂で見たものは……」
「はい、僕の心の中にずっと仕舞っておきますよ」
微笑んでそう言うと、心なしかホッとした表情を見せてくれた。その後いそいそと伯父様の元へ向かっていった。僕も更衣室を後にし、自室へ戻り衣服とかを片付けてから食堂に行った。入るとそこには、夢依と伯父様が話していた。そして僕に気付いた。
「おぉ、遅かったのう。」
「待ちくたびれたわよ」
僕は"ごめんなさい"と言いながら椅子に座った。すると雄斗さんが朝食を持ってきてくれて、それぞれのテーブルへ置いてくれた。雄斗さんの顔に少し視線を移すといつもよりすっきりとした顔をしていた気がした。
朝食を済ませ、僕と夢依は学校へ向かった。夢依は制服の上に赤いコートをはおり、赤いマフラーを巻いていた。僕はいつもどおり黒いコートに身を包んでいた。まだ寒さが残っているせいか、息が白くなり道端には霜が降り積もっている。
「うぅぅ~……寒い~」
夢依が手を擦り合わせ、吐息で手を暖めようとしていた。身震いしているところを見ると、かなり寒そうに見えた。
「そうかな、少し暖かくなってきているように見えるけど……?」
「それは冬風が寒さに強いからよ……はぁ~」
僕が住んでいた村……エーテルは、冬になるとかなり厳しい寒さに見舞われる。そんな環境で慣れているせいか、フィリアスの寒さには動じなかった。
そんな中歩いていると、桜が咲きかけている場所があった。それは満開に咲くと桜通りなるらしく、道の両端に平均的に桜の木が植えられている。花見とかにはもってこいの場所だった。桜通りを進むと、校門が見えてきた。
「ほら、校門が見えてきたよ。あと少しだから頑張って」
僕が微笑みながら励ますと、夢依は
(うん、頑張る)
と意気込んだ。校門を通りぬけ暫く歩いて行くと……。
「……よう」
玄関前で待ち受けていたのは、壁にもたれて腕を組んでいる大男……大道淳がいた。
「おはよう」
「お……おはよう」
普通に挨拶する夢依の後に、少し戸惑いながら挨拶する僕。
「……おう」
ぶっきらぼうに挨拶を返してくる淳。
(少し不機嫌そうに見えるのは僕だけなのかな……?)
そう思った瞬間、何を思ったか分からないけど淳が僕の腕を引っ張り校舎裏へ共に消えてった。
「ちょっとこっちへ来い」
「え、えぇぇぇぇ?!ちょっ……!」
いきなりの出来事に、唖然とすることしか出来ない夢依。僕は校舎裏の木々が生い茂っている場所へ連れてかれ、そこでようやく淳の足が止まった。
「なんでこんな場所へ……」
「あの皇女が居ると、話しづらいことだからな」
なにか嫌な予感がする。予想が外れていることを願いつつ、聞いてみた。
「話し辛いことって……?」
正直、僕の心臓ははちきれそうなほどに早くなっている。とてつもない緊張感だ。
「実は……思うことがあるんだ。お前とこの前あった女性……皇女と一緒に居た、春音という女性のことだ。今思い出して見比べてみると……瓜二つなんだ」
(そりゃあ春音は僕ですから……そう思うのも不思議じゃないと思うよ。でも、僕に女装癖があると思われても不快だ。ここは嘘を突き通さねば……)
内心苦笑いしつつも、言い訳を考えてた。そして考え抜いた結果……。
「春音……さん?へぇ、夢依にそんな友達が居たんだ。僕は今はじめてそのことを聞いたよ?」
「………」
シラを切ることにした。暫く僕の顔を見つめられたが、冷や汗をかきながら苦笑いする僕……そのせいかかなり怪しまれている。
「そうか……別人ならいいんだ、ただお前だったらどうしようかと思ってな」
「う、うん」
(どうするんだろう……)
と思う裏腹に、心の中で頭を下げて僕は謝った。ごめん、あれ……僕なんだよ。でも気づかないでくれてありがとう。
「話はそれだけ?」
早く夢依の所に戻りたい僕は、逃げるように歩き出そうとすると……また腕を掴まれた。
「待て、話はまだ終わってない」
「次は何の話?」
淳は僕の腕を離し、僕は淳の方に振り向いた。
「今日入学式の後にある魔力測定、それで勝負だ」
(……はぁ?」
僕は唖然としてポカンと口を開けてしまった。それどころか心の声と実際に出た声が重なった。
「な、なんで唐突に勝負なんか……」
「決まってるだろう、この前勝てなかったのは俺の油断のせいだ。魔力武装を破壊することなんて、魔力武装同士で打ち合った時にしか考えられない。お前の強さには何か裏があるはずだ、それを今日暴かせてもらおう!」
別に裏なんて無いんだけどね、ただ魔力武装に宿ってる魔力や加護を一瞬で奪い取り、冬の枝木の様に脆くして砕く……ただそれだけの単純作業なのだ。
「う~ん……正直乗り気じゃないけど、挑まれたのなら受けて立つよ。正面から叩き潰したげる」
僕が少し殺気を放って言うと、大道が喉を鳴らしながら硬直してるのが分かった。僕はすぐに殺気を解いて笑う。
「……ふふ、そんなに警戒しなさんな。只の魔力測定じゃないか」
「……っ」
殺気から解き放たれた淳は、冷や汗をかきながら片膝を着いた。そこまで強い殺気を放っていたわけじゃないんだけど……。
「ご、ごめん……大丈夫?」
慌てて手を差し出すと、凄く汗ばんだ手で僕の手を掴み立ち上がる。
「あぁ……問題ない」
立ち上がるとすぐに僕の手を離し、ポケットに入れる。
「じゃっ、僕は夢依の所に戻るね」
「……あぁ」
僕は淳に背を向けて歩いて去っていく。早く戻らないとなんか言われそうだしね……こうして玄関の所に戻ると案の定
(遅い!)
と言いたげな顔でこっちを見てくる。
「もう、遅いわよ!」
「ごめん、思ったより話が長引いちゃって」
これは事実だ。僕は
(まぁまぁ)
と夢依を宥めた。
「……それで、何の話をしてたのよ」
「いやぁ……宣戦布告されたよ。なんか魔力測定で勝負だ……なんて言われちゃってね」
「へぇ」
一瞬興味無さそうな顔に見えた。多分夢依にとってはどうでもいいことなんだと思う。
「まぁ……そんな感じだよ。それより早く体育館に行こう」
「そうね」
少し早足で体育館に向かった僕達。体育館のドアを開けると、大人数の人たちが居た。大体……4~5百人くらいは居るだろうか。すると、皆夢依の所に集まってきた。
「お、皇女様だ!」
「とても美しい……!」
その声を聞き、夢依は鼻を鳴らした。
「夢依、気分が良いのはわかるけど……とりあえず席に座ろうよ」
「そうね」
僕と夢依は雄斗さんに指定された席に向かい座った。その数分後に入学式が始まった。式の最中も周りの視線が夢依に集中し、先生の話なんて聞いてなかった。僕は普通に聞いていた。ただ、男性陣の
"何だあいつ?"
とか
"なんで皇女様の隣にあいつが居るんだよ"
とか言う奴も多かった。逆に女性陣の場合は
"あの人男性?全くそんな風には見えないけど"
とか
"皇女様に負けず劣らず……同じくらい可憐"
なんていう人達まで居た。いや、僕はどう見ても男性でしょ……だって男物の制服着てるんだし。周りの視線やヒソヒソ声に鬱陶しさを抱きつつも、無事に入学式は終わった。周りに意識が行っていたせいかとても早く感じた。
「終わったみたいだね。じゃあ早速クラス表見てこようよ」
僕が夢依に手を差し伸べると、少し恥ずかしそうに僕の手を掴んだ。
「う、うん」
こうして僕と夢依は体育館を後にし、外に貼ってあるクラス表を見に行った。歩いている最中殺意の視線と、嫉妬の視線が僕にずっと向いていたせいでいつもより疲れたけど。
「あ、私冬風とおんなじクラスだ!」
嬉しそうにはしゃぐ夢依。
「そうだね。しかも席も隣みたい
だよ?」
「本当?やったー!」
本当に無邪気に喜んでいた。僕は心の中で雄斗さんに感謝しつつ、教室へ向かい自分の席に座った。その隣の席に夢依が座った。僕の席は窓側の一番後ろの席だ。その右隣が夢依だった。窓側の席は僕にとっては好都合で、一番目立ちにくい席なのだ。
「ふぅ……」
僕が疲れたように溜息をつくと、満面の笑みの夢依が話しかけてきた。
「どうしたの、もう疲れちゃった?」
「まぁね……こんなに人が多いとね」
目を細めてあたりを視線で見渡す。皆こっちを見ていた。特に男性陣は夢依を、女性陣は僕を見ていた。男性陣の中で僕に殺意の視線を送ってる奴も居たけど、少し睨んだらすぐに目を逸らした。
「全く……この先が思いやられるよ」
そんなこんなで会話してたら、教室のドアが開く音がした。皆そこへ視線を向けると、少し若い大人の女性が入ってきた。その人は教卓の前までつかつか歩くと。
「全員静かにしろ!そして席につけ!」
いきなり大声で喝を入れてきた。もの凄い気の強そうな人だなと思ったのが僕の第一印象だ。夢依はその感じに少しビクッと体を揺らしたけど、平然とした顔で教卓の方に体を向けた。
「私がここのクラスの担任になることになった、渡辺琴珠だ。一年間よろしくな!」
元気よく挨拶をした。クラスの皆はその人に気圧されたのか分からないが、皆も大声で返事をした。琴珠さんの見た目は、少し茶色がかった髪で長さは肩に少し掛かるくらい。身長は恐らく170はあると思う。全身スーツで、いかにもどこかの情報員というか……OLが似合っていそうだ。
「うむ……それじゃ、1番の奴から順番に自己紹介していけ」
一番の人に指差すと、その人は
"はい!"
と緊張を帯びた声で立ち上がった。それから着々と自己紹介が進んだ。途中、大道もいて驚きもした。そして順番は夢依に回ってきた。
「えっと……ユスティア王国第一皇女、渚夢依です。こんな身分ですが、蟠りなく接してくれると嬉しいです。」
ペコリと頭を下げると皆騒ぎ出した。
"うぉぉぉぉぉ!"
とか
"可愛い!"
などの声が聞こえる。そして順番巡り、僕の番になった。
「月詠冬風です。……よろしく」
そっけない自己紹介をした後、僕は座った。皆
"変なの"
みたいな眼でこっちを見ているが、気にならなかった。別に皆と仲良くする必要が無い以上、愛想を振りまく必要なんて無い。僕はただ夢依を守るだけだし。ともかく、これで全員の自己紹介が終わった。
「よ~し、全員の自己紹介も終わったことだし……全員講堂に集まれ」
ついに来た。魔力測定の時間だ。何故講堂かというと、機材が大きくて他のところじゃ入りきらなかったらしい。そんなこんなでクラスの皆全員で移動した。
「それじゃあ魔力測定をします。出席番号順なので、1番から図ってください!」
白衣を着た男性が声を上げる。そして1番の人から次々と図っていった。僕の見ている限りでは、精々頑張っても3~4百ベクルが限界な人が多かった。つまり皆妖精としか契約できていないということになる。そんな中結構な魔力数値を叩きだしたものが居た。そう、大道淳だ。彼は750ベクルという数字を叩き出し、魔力属性は土系統だ。
契約精霊は(グノーム)。それがモニタリングされた瞬間、皆驚きの色を隠せてなかった。淳は僕の方をチラッと振り向き、鼻を鳴らしているように見えた。そして順番巡って、夢依の番になった。
「それじゃ、この金属を腕につけて……」
白衣の男性の指示に従い、テキパキと準備をしていく。そして魔力数値を測った時……。
(1200ベクル 魔力属性:炎……契約精霊:サラマンダー 3000ベクル 魔力属性;炎)
がモニターに映し出された。炎の魔力属性を持つ人は多く居たけど、これほど高いのは初めて見た。ちなみに、今まで見た属性系統は
(炎:風:土)
の3種類だけだ。まだ他にも
(水:雷:闇:聖)
の属性が存在する。本来一人の人間には属性は1つしか宿らないが、一応僕は全属性を扱えるが、普段使っているのは(水)系統しか使ってない。魔力属性の変更には、少し時間がかかるからだ。例えば系統を水→雷にしたい時は
(属性変更、水の属性から雷の属性へ)
と唱える必要がある。正直言って面倒くさい。いろんな事考えてたら、あっという間に僕の番になった。僕が金具を付けてる最中後ろからヒソヒソ声で
「次はあいつだぜ」
「低かったら笑いものにしてやろう」
とか聞こえてきた。正直まともに図れたことがなかった。まだ幼稚園に上がるくらいの頃、何度か図ったことがある。結果は
(測定不能 魔力属性:不明)
だった。それを異質に見られて、僕は人から距離を置くようになった。不用意に接すると、危険な目にあわせてしまう恐れがあるからだ。僕は息を整え、金具が付け終わるのを待つ。
「はい、それでは魔力を放ってください」
その声が聞こえると、僕は少しずつ眼を開けながら魔力を開放した。開放するのは少しでいい、図るのは魔力原の方なのだから……そしてモニタリングされた僕の結果に、僕は言葉と血色を失った。
(測定不能 魔力属性:不明……契約者:不明 測定不能 魔力属性:水)
……まただ、どうしてこうなってしまうんだ。特に機械が故障しているわけじゃない、ただ僕の魔力が得体のしれないだけなんだ…周りを見てみると、皆モニターを見て呆然と立ち尽くしているだけだった。夢依や淳ですら呆然としていた。
「はぁ……またか」
僕が金具を外そうとした時、白衣の男に止められた。
「ま、まって。さっきのは表示バグかも知れない。もう一回図りなおそう」
僕は頷いた。しかし、何回図っても表示されるのは…
(測定不能 魔力属性:不明)
の文字だけだった。すると突然こんな文字が移された。
(Warning これ以上の測定は危険です。直ちに中止してください。)
この表示を見て、白衣の男たちも黙りこんでしまった。
「……もう良いですよね、どうせこんな結果しか出ないんですから」
僕は金具を外し、夢依のところへ戻った。歩いてる最中、周りの視線は(殺意)からいつの間にか(畏怖)やら(恐れ)へと変わっているのに気がついた。夢依の側に立つと、夢依が優しく微笑んで慰めてくれた。
「大丈夫、冬風の強さなんて数値化出来ない。間近で見たものにしか、本当の強さは分かりはしない」
僕はその言葉に泣きそうになった。何故かは知らない……別に自分の結果に期待してたわけでもない、最初から分かりきっていたことなんだから。それでもやっぱり、自分の力を表せないと……少し自分でも恐怖を覚える。そして周りの視線やそれから感じる感情に心を削られていた。
「……ありがとう」
夢依に礼を言った……と言うよりもそれしか言う言葉が見つからなかったからだ。そして教室に戻り、自分の席で外を眺めていた。周りの視線が凄く痛くって、どんどんと心が削られていくのが目に見えてわかりそうな程に。
初日から凄く嫌な気分になり下手したら自暴自棄になっていたかもしれない。そんな中僕の席に淳が近寄ってきた。来るだろうと分かっていた僕は出来るだけ無表情で彼にこういった。
「測定お疲れ……僕の結果は見ただろう、昔から測れなかった。機械が……なんて言い訳はしないけど、そのせいで周りの人からは畏怖の眼で見られ、悍ましいとまで言われるこの始末……現状だってそうだ、あんなに敵意むき出しだったのにあの結果を見た途端……このザマだ。所詮君もあいつらと同じように軽蔑し、罵倒しに来たんだろ?勝負の件は無かったことにしてくれ……」
なるべく無表情で言い放った。はずなのに僕は淳に顔を向けることが出来なかった。理由は……彼も軽蔑のような眼差しで見てると思ったから。だから怖くて向けなかった。だが…
「いや、俺はそんな眼でお前を見たりなんかしない。お前が強くて、凄い奴だということは拳を交えた俺だからこそ分かる。罵倒や軽蔑なんてのは本当の実力も知らず、思い通りに行かなかった奴らの悔し紛れの台詞さ」
僕は驚いた表情で淳の顔を見た。淳の表情には(畏怖)や(軽蔑)と言った感情は全く無く、ただ真っ直ぐで……真剣な表情が僕に向けられてた。その表情を見てそれがお世辞なんかじゃないってことは……一目瞭然だった。
「全く……君は馬鹿なんだか純粋なんだか……。でも、そう言ってくれる人は夢依と君だけだよ……ありがと」
心なしか僕の表情は柔らかく微笑んでいた。でも……視界が凄くぼやける。頬に何かが伝って落ちる感触がある。僕は……泣いていた。淳と夢依、そして皆の前で……それに気づくと急いで涙を拭った。
「は、ははは……見苦しいところを見せてゴメンな。全く、泣き虫のまんまじゃないか……僕は」
拭っても拭っても溢れ出る涙。僕は教室から逃げるように飛び出し、誰もいない屋上のドアの前で泣いた。声を殺しつつ、堪えながら……すると、背中に誰かが抱きつく感触がした。
「冬風」
僕を抱いた人の正体は、夢依だった。淳も一緒に居た。2人共僕を追ってきたのだろうか。
「夢依……ごめん、こんな恥ずかしい所見せちゃって……泣くつもりはなかったんだけど、勝手に……出ちゃうんだ」
袖で涙を拭い去り、溢れる涙を必死に抑え微笑んだ。夢依も微笑んでくれた。
「人間は誰だって泣きたい時くらいあるわよ。それに決して泣き虫は恥じゃない、泣き虫は心がすごく優しいって証拠なの。だから……泣きたい時に泣けばいいのよ」
そう言って僕の頭を優しく撫でてくれた。淳も(元気出せ)と言って僕の頬を引っ張ってきた。ちょっと痛かったけど、それが彼なりの励まし方なのだろう。すると、雅が出てきて優しく僕の頬を撫でてくれた。
「……ありがとう、2人のおかげで元気が出てきたよ」
「いいんだ、困ったこととか苦しいこととかあったら迷わず俺に言えよ。出来る限りのことはしてやれるつもりだ」
「私にも言ってね、何時でも相談に乗るから。だから……さ、重荷を全て自分で抱え込もうとしないで。私も一緒に背負うから」
「俺も背負ってやるよ」
「前にも言ったと思うけど、私も背負うわよ。約束を果たす前に壊れられちゃったら悲しいもの」
普通だったら僕が夢依に言う立場なはずだったのに……何故か逆転しちゃってるよ。でも、凄く嬉しい。ここに来て初めて、本当の仲間が出来た気がした。
「ありがと……でもそれだと先に2人が参っちゃうよ。だからさ、重荷は3人で……いや、雅も含めて4人で背負っていこう」
「ふっ……まさか俺達の心配までされるとはな」
「冬風らしいわね」
「全く……ね」
皆に苦笑いされた。僕はキョトンとした顔で(え、何か可笑しいことでも言った?)
と呟いた。
「だがまぁ……そうだな、そうするか」
「いつも守ってもらってばっかではいけないもの、少し位自分で何とか出来るように頑張ってみるわ」
「私の力を信じなさい、それに貴方自身の力も……」
「うん……!」
僕は心の底からの……満面の微笑みで答えた。夢依も淳も雅も僕が僕が守る……いや、守ってみせる。新たにそう決意を心に固め、ようやく落ち着いた僕は
(さぁ、教室に戻ろう)
と言った。そして雅は神界へと戻っていき、3人で教室に戻っていった。教室に入ると、皆の視線が少し柔らかくなった気がする。気のせいかもしれないけど、とにかく胸を張って頑張ろうと思った。誰も認めてくれなくったっていい、僕は僕の決意を貫くだけだ。
こうして今日の学校でのイベントは終わった。なんか今日はドッと疲れた感じがした。僕は鞄に荷物を詰め込み、夢依の方に向かった。
「ようやく終わったね……確か今日から寮生活だっけ?男性寮と女子寮は反対側だから、流石に女子寮までは行けないけど校門近くまでなら送るよ」
「そうね、何なら冬風も女子寮に行く?」
「ごめん……その冗談は冗談に聞こえないからやめて欲しい」
「むぅ……」
僕が苦笑いして即答すると、少し不機嫌そうな顔をした。
「冬風ならバレないと思ったのに……」
なんて怖い呟きながらそんな感じなことを話し合っていると……淳が僕の側に寄ってきた。
「別にいいだろ、女子寮の中まで送る必要はない。玄関口まで送ってやれば」
「その案があったわ!」
う~ん……と僕は首をひねらせた。確かに玄関口までは良いのかもしれない。
(いや待て……でもそこまで行った場合、夢依に強引に中まで連れて行かれそうなんだよなぁ。そうなった場合僕はこの学園で変態扱いされてしまう、それだけは阻止せねば……)
心の中で考えていると、僕は他に策はないと思い条件付きで了解した。
「分かった、送るよ……ただし”玄関口まで”だからね?」
僕がそこを強調すると、夢依が少し顔をしかめた……恐らく僕の推測は当たっていたのだと思う。正直こう言えてホッとした。淳も苦笑いしてたのを見ると、察してくれたようだ。
「とにかく行こう」
「そうね」
「あぁ」
こうして3人で教室を後にした。僕らは外に出て、校門のところまで行った。そこで淳が待っていてくれるらしく、僕は夢依と女子寮の所まで歩を進めた。
歩いてる最中後ろの髪に違和感を感じた。気になって触ってみると……いつの間にか髪を留める紐が無くなっており、僕の髪がふわふわと風に揺れているのを感じた。別に髪を留めなくても良いんだけど……なんか落ち着かないのだ。周りを見回してみると、夢依が
(ふふん)
と鼻を鳴らしながら僕の髪留めの紐を握っていた。そうか、犯人はこの人か。
「ちょっ……なんでここで取るのさ、返してよ」
「えぇ~……どうしようかな~」
僕が困った感じで言うと、楽しそうな顔をしながら焦らしてくる。完全に遊ばれている……。
「それが無いと本当に困るんだよ……いざという時に動きづらいし、それに周りの視線が……」
僕が辺をぐるっと見回した。すると……大勢の女子が僕と夢依を囲っていることに気付く。
「はぁ……良かったね夢依、人気者で」
多分本人も気付いていると思うが、あえてこう言った。本当なら夢依を守るための人が当の本人より目立ってはいけないと思ったからだ。周りの声を聞いていると、明らかに僕のことを言ってるように聞こえた。
「皇女様と一緒にいらっしゃる人……男の人の格好をしているけど女性なのかしら?」
「女性にしては胸の膨らみがないわね……」
「サラシでも巻いているのでは?」
「「あぁ~」」
……ここにいる人たちの視線が痛い。だって皆僕の事を(男装女子)という視線で見てくるんだもん。夢依の方を見てみると、楽しそうに微笑んでいた。
(いやいや、普通は夢依が注目されるべき人なんじゃないかな~……)
そんなことを思っていると、一人の女声が僕に話しかけてきた。
「あ、あの……貴方は……男装しているのですか?」
「いえ、男性ですよ。夢依を寮の玄関まで送り届けてる最中です」
微笑んで即答した。その微笑みの裏には困惑や戸惑いなどの感情も含みながら……そういうと、全員が驚いた。
「「「え、えぇぇぇ!!??」」」
「皆驚き過ぎだよ……」
本当にどうしてこうなったし……。
「ねぇ、僕ってそんなに女性に見えるの?」
さっき訪ねてきた女性に、今度は訪ね返した。夢依だけの評価じゃ少し不安だからね。
「あ……はい、それは……その、ものすごく……美しいと……思います」
そう言われた瞬間、僕の口からはため息が溢れていた。訪ねた女性に礼を言い、僕は眼を閉じた。腕を前に伸ばし掌を上に向けてこう呟いた。
「……エーテルオブジェクト作成、材質は水、形を形成。形をそのままにし材質を水から糸に変更……生成」
夢依や周りの人達は不思議な顔をしながら僕の方に視線を向けた。すると僕の掌に水が集まってきているのが分かる。その水が紐状に形成され、僕が魔力を加えると水が糸に変わった。その瞬間、驚きの声で包まれた。
「何あれ……錬金術?」
「それとも魔力で作ってるのでしょうか……」
確かに疑問に思う人が多いだろうな。僕は生成した紐を咥え、両手で後ろの髪を集めた。片手で集めた髪を持ち、もう片方の手で咥えた紐を取りそれを髪に巻きつけ縛った。
「これは多少魔力が多い人で、尚且つ質量のことを分かっているなら誰でも出来るよ。自分の魔力で形を形成し、それを魔力で違う素材に変える。ちょっと消費が激しいけど、問題ないはずだよ」
縛りながら言うと、皆納得したような、出来ないような顔で見てきた。まぁ……見たからってそう簡単に出来るようなものじゃないから少し練習は必要だと思う。
「この技術に必要なのは……錬金術の仕組みとちょっとの知識と、自分の属性の把握……あとは想像力だ。頭の中でイメージ出来ないと、形すら作れないからね」
「そ、そうなんですか……」
「難しそうですわ」
えぇ~……簡単に説明したつもりなのだが、それすら理解してもらえないのか……。
「と、とにかくこのままじゃ日も暮れちゃうし……歩きながら説明するよ」
こうして僕は歩きながら説明するはめになった。夢依はと言うと……。
「………」
何を作ろうとしてるのか分からないけど、真剣な表情で聞いていた。後が怖いけどね……話しながら歩いていると、ものすごく時間が過ぎるのが早く感じる。あっという間に女子寮の前まで来てしまった。道中で説明できることはしたし、これでようやく開放される。
「……っと、まぁこんな感じだよ。おっと……もう女子寮に着いたから、僕はそろそろこの辺で男子寮に戻らせてもらうよ……?」
僕が戻ろうとすると、夢依が僕の服の裾を引っ張ってきた。
「ちょ……夢依?僕早く戻らないと……淳待たせているから」
困惑しつつ言った……のだが、夢依は離してくれない。嫌な予感がする……。
「ねぇ冬風……折角ここまで来たんだからさ、私の部屋の片付け手伝って欲しいな……?」
甘えるような声で、上目遣いで僕にしがみついてきた。そんな顔をされると非常に断り辛いのだが……今回ばかりはそうは行かない。
「だ、駄目だよ。男性の僕が女子寮に足を踏み入れたら、色々まずい事に…」
「大丈夫、皆冬風の事女性と見てるから。言わなきゃばれないわよ」
「そういう問題じゃないの、体つきとか法的にというか……そんなことしたら、伯父様に怒られてしまうよ」
実質そのとおりだと思う。まだ付き合ってるわけでもないのに、女性の部屋に無闇に足を踏み入れたりなんかしたら……世間的にも死んじゃうし伯父様に怒られちゃう……と言うのは、咄嗟に吐いた嘘だ。多分あの方はそういうことは気にしない人だからだ。
「そっか……お祖父様に怒られるのはちょっとやだな」
少し俯きながら呟く夢依。僕はその頭を優しく撫で、提案を出した。
「もし手伝いが必要なら、雅が良ければ雅に行ってもらうことにするよ。多分暇してると思うし」
そういった瞬間、僕の背後から雅の声が聞こえた。
「夢依の部屋の手伝い?別にいいわよ……?」
「そうか、じゃあお願いするよ」
「任せなさい」
ドンッと胸を叩き夢依の所に行った。夢依は渋々了解してくれて、僕はようやく自由になった。回りにいた女性たちは、夢依と一緒に中に入っていった。
「さて、早く戻らなきゃ……」
呟きながら早足で校門の方へ戻った。戻ると、淳がいかにも待ちくたびれたという顔で話しかけてきた。
「遅いぞ……かなり話が盛り上がっていたと見えるが?」
「あぁ……うん、しかも多くの女性に囲まれて、しかも玄関先で夢依に部屋の整理手伝えって言われて……結局雅に任せたけどね。雅なら女性だから、入っても何の問題もないと思うし。」
「お、おう……」
話を聞いてる淳も、思わず苦笑いしてしまったらしい。多分想像できたのであろう。
「じゃあ、僕達も寮に戻りますか!」
「だな」
僕達は2人で校門前を後にした。道中さっきの話を細かく説明してると、話の最中に数人の男性が声をかけてきた。
「あれ、大道さんじゃないっすか。チーっす」
「おや、今日は彼女連れっすか?羨ましいですね~」
「でも、男の服装してるみたいっすけど」
よく見ると、僕が夢依と初めてあった時に倒した人たちだった。
「いえ、僕は女性ではなく男性ですよ」
そういうと、さっきの女子達と同じ反応をしていた。
「「「えぇぇぇぇ?!まじか~!!」」」
いい加減この反応も見飽きてきた。僕は思わず苦笑いになってしまった。淳も苦笑いだった。
「いいから先に戻ってろお前ら。こいつのことは後でこいつ自身に聞け」
「え……」
今度は僕が驚いた。なんで僕に振るのか……解せなかった。
(確かに自分のことは自分しか知らないって言うけど、大まかなことは淳が説明しても平気なはずでしょ……?)
と思いつつ僕も頷くことにした。淳の手下らしき人たちはそれで納得すると、早々に寮へ戻っていった。僕達も戻り玄関に入りそのまま行くと、掲示板と寮内図が貼ってあった。大浴場があるのを見る限りじゃ、個々の部屋には風呂はついてないようだ。
部屋の数は全部で(30号室)まであるらしい。さらにこの寮は旅館と同じ仕組で、部屋への扉を開けると靴を脱ぐスペースがあるらしい。靴を脱いで少し進むと、右手にトイレがあるらしい。まっすぐ進むと部屋だ。スペースは16畳半らしく結構広いと思う。寮の1Fには食堂があり食 事はそこでとるらしい。僕等は一通り寮内図に目を通し、玄関の端にある(管理人の窓口)と書いてある小さな出窓をノックした。すると中から若い女性の人が出てきた。
「は~い……もしかして寮に入る人?なら……はい、これ鍵」
その女性は笑いながら鍵を渡してきた。僕の部屋は(24号室)、淳の番号は(25号室)だった。つまり隣の部屋だ。ここの寮は来た人順らしく、これで25号まで埋まったことになる。
「私は管理人の秋疾真珠よ、よろしくね」
元気に自己紹介してきた。僕等も自己紹介を済ませ、各部屋へ向かった。中に入ると、あるのはベッドとデーブルとソファーとテレビと椅子だけだった。広い部屋の片隅に自分の荷物が入ったダンボールがあった。僕は早速中身を開けて部屋を模様替えした。ダンボールはまとめて括り、クローゼットの中に押し込んだ。ようやく片付けが終わり外を見てみると……日は落ちかけ紅くなっていた。夕日の灯りだ。
僕は部屋の電気を付け、ソファーに腰を掛けた。時計を確認するともう6時半を回っていた。
「外は完全に暗くなっちゃった……雅大丈夫かな?」
夢依の手伝いをしてあげてっとは言ったものの、こんなに遅くなると流石に不安になってくる。一応あれでも神だから心配はいらないと思うのだけれど……。
「ちょっと念話してみるか……」
以前雅と念話をしていた時は、雅がすぐ側に居て雅からしてきたものだから難なく出来たのだ。僕からする場合……というよりも、離れた状態でする場合には相手の居場所とそれなりの魔力量が必要になる。魔力量は問題ないのだが……居場所が特定できなきゃ話にならない。
僕はソファーの背もたれに寄りかかって眼を閉じた。そして……雅の魔力のみに反応するソナーを、女子寮の方まで飛ばした。ソナーと言っても周りの人に感知されることはなく、探している人の魔力反応しか僕にしか伝わらない……人探しにはもってこいの技だ。ソナーを飛ばしていると案の定女子寮の一室から反応が帰ってきた。つまり雅はまだ女子寮に居るわけだ。
「全く……」
僕は雅の魔力に干渉し、声だけを雅に聞こえるようにした。
(聞こえてる?雅)
呼びかけると、直ぐに反応が来た。
(何?)
(そっちの様子はどう?帰りが遅いから何かあったのかと心配したよ)
(そうなの?でもこっちは特になにもないわ。夢依とお茶してたらこんな時間になっただけよ。そうね……そろそろそっちに戻るわ)
雅はそう言って念話を切った。僕は切断されたのを確認すると、自分の体に意識を戻した。念話の弱点は……話してる最中体が無防備になってしまうことかな。抜け殻みたいなものだから、どうにかならないかなと考えていると不意に背後から声がする。
「……わっ!」
「?!」
僕はびっくりしたせいか、ソファーから転げ落ちた。痛ててと思いつつ見上げてみると、満面の笑みの雅が立っていた。……何故か夢依も一緒に。
「ゆ、夢依?!なんでこんな所に……雅、男子寮に夢依連れ込んじゃ駄目なのは雅だって分かってるはずなのに何故?」
凄く慌てながら、声を小さめに言った。
「だって冬風の部屋を見てみたかったし」
「それは理由になってない」
「いいじゃない」
「僕が良くない」
苦笑いしながらズバッと答えた。確かに何も知らない人が見たら、僕が連れ込んだと思われる。雅は……
(契約精霊です)
と言えば話は通るけど、夢依の場合はそうにはならない。最悪な状況にならないよう願っている最中、淳が僕の部屋に入ってきた。嗚呼、最悪な状況勃発だ。
「どうした冬風、なにやら騒がしい……い?!」
僕の部屋に雅と夢依が居るのを見てかなり動揺しているらしい。
「どうしてお前らがここにいるんだ」
僕と同じ表情で訪ねてきた。僕は立ち上がり、淳に説明した……細かく。
「はぁ……なるほど、そういうことか」
どうにか納得してもらえたようだ。何処の世界に部屋が見たいという理由だけで、女性が男子寮まで来る人が……ここに居たわ。少しげんなりしていると、玄関の方から声が聞こえた。
「大道さ~ん、ここにいるんすか?」
「お~い」
どうやら2人のようだ。返事がなければすぐに帰るだろう……と思っていたら、玄関の扉が閉まる音がした。閉まる音がしたのに、声が聞こえる。
「誰も居ないんすか?」
「お邪魔しま~す」
足音がどんどんこっちに近付いてる……どうする、この状況見たら明日には変な噂が流れてるに間違いないし……そうだ。
「皆……僕の側に来て、音を出さずに」
唐突に放たれた僕の言葉に、夢依と淳は訳がわから無さそうな顔をしていた。雅は高まる僕の魔力を感じ取り、何をするか察したようでスッと僕の側に来た。……そして後ろから僕に抱きついた。別に抱きつかなくても……と思っていると、夢依と淳も僕の側に来た。淳は僕の斜め後ろに立ち、夢依は横から僕にしがみついて、雅は後ろから抱きついてる状況。そんな中僕は目を閉じて詠唱を始めた。
「魔力結界、属性は水。僕を中心に範囲はドアの少し手前まで……"霧はあらゆる物を白い闇に還し、誰も黙認出来なくなる夢現の幻覚、一足踏み込めば右も左も分からぬ白闇"……水神結界 夢現ノ白亜ノ霧」
詠唱を唱え終わり足で床を軽く叩く。すると周りに白い霧が現れる。僕等を囲むように、闇に還すかのように。水神結界 夢現ノ白亜ノ霧とは、身を隠すための結界である。自分たちからは相手を認識できるが、相手からは背景しか映ってない。そのためこの部屋は空っぽに見えるはず。結界を貼り終わると、2人の男が入ってくる。部屋を見渡し、誰も居ないのを確認すると帰っていった。玄関の開く音がし、閉まる音がした……誰の気配も無いと確認した後、結界を解いた。
「……ふぅ」
僕が一息つくと、夢依と淳が僕に驚きの顔で迫ってきた。
「何なんだ……あれは」
「さっきの技って何?」
少し疲労の色を見せつつ説明すると、2人は納得してくれた。
「夢依は炎の結界、淳は土の結界が作れるはずだよ。後で練習してみるといいかも」
「うん!」
「おう」
こうして淳は自室に戻った。夢依は……まだ部屋にいる。
「あ、あのさ……いつ戻るの?」
恐る恐る聞いてみる。
「帰る方法なんて無いわよ?」
「えっ……」
「だって靴も何もかも置いてきちゃったんだもん、帰れないわ」
なんてこったい……これも計算のうちだったのか。確かに言われてみればここは2階だし靴もない、帰れないか……
「どうするの?夢依の部屋までゲートを作ることはできるけど…」
「もう少しここにいるわ」
え、えぇぇぇ~……僕の休まる時間が無いのだった。時間を見てみると、6時58分。食堂で飯が食えるのは、7時~8時の間だけ。
「飯は大丈夫なの?」
「大丈夫、半を超えたら帰るから」
ウインクして、親指を立ててきた。大丈夫なのだろうか。苦笑いしながら思っていると、唐突に質問された。
「ねえ……冬風は誰とトーナメントに出るの?」
唐突な質問に、一瞬思考停止した。
「え?」
「だって、誰と出るか気になるんだもん……」
そう、この学校にはトーナメント戦がある。というのも、大きな祭りに参加する人を決める戦いだ。
「……真龍王激流祭か、誰と出るかは……淳か夢依しか居ないよ」
初日から恐れを抱かれた僕は、多分組もうと言っても断られるのがオチだろう。こんな得体のしれない奴と組みたがるヤツの方がおかしいのかな……。
~真龍王激流祭とは~
大昔……まだ若霧魔法学園が創立されて間もないころの話、ユスティア王国とグライエン王国で戦争を繰り広げ一時休戦の時に次に出撃させる兵を育てるためにこの学園が作られたらしい。だがユスティア王国は広くあまり王都に集まる人数も多くなかった。
そこで国王が分校として各地に配置し、次々に兵を集めたという。そして年に一度だけ分校生徒と本校の生徒が一箇所に集まり、強さを競う祭りが行われてた。それが真龍王激流祭だ……ネーミングセンスはともかく、この祭りの目的は本校や分校の生徒たちを戦わせて強さを競い、互いに技を磨き合う事だ。同じ属性の人は各校に必ず多くいる、だから自分が知らなかった使い方を見て刺激を与えてやれば自分も使えるようになりたいと鍛錬に励む人 が多くなる。励めば励むほどにその人はどんどん強くなる。だからこの祭りは各校にとってメリットしか無いのだ。トーナメント戦の時期は5月の半ば、祭りは夏休みが終わった後……つまり9月だ。
ユスティア国内には4つの大きな街がある。西北の端の方に位置するクリスティアヌス、西に位置するベルグルム、東に位置するホルギルス、そして南に位置する王都のフィリアス。それぞれの街に若霧魔法学園の分校があり、本校はフィリアスにある。
それぞれの学校でトーナメント戦を行い、勝ち抜いた上位4名が祭りに参加する資格をもらえる。祭りではAブロックとBブロックがあり、片方で負けてももう片方で優勝すれば賞品がもらえるらしい 。賞品は年によって違うのだが、神具が一つもらえるとは聞いたことがある。はっきり言って興味ない、僕が祭りに参加するのはもう一つの方だ。
もう一つの賞品とは……学費1年間分免除と寮費免除だ。少しでも兄様の負担を減らせると思ったからだ。それに神具はすでに持っている、雅から貰った(濡霞)だ。だからその神具は僕のパートナーになってくれた人に譲ろうと思う。
「まぁ、淳が無難かな……淳だったら放っておいても大丈夫そうだし、僕は僕の戦いに安心して身を任せることが出来るからー」
「だったら、私とパートナーになって!」
珍しく声を荒げた夢依。僕はびっくりして言葉をとぎってしまった。
「私と……私と組んでよ……私は冬風じゃない人とは組みたくない。私が心の底から信頼できるのは、冬風しか居ないのよ……」
今にでも泣きそうな声で、泣きそうな瞳で僕を抱きしめた。僕は震える夢依の頭をただ撫でてあげることしか出来なかった。
「で、でも……夢依を巻き込みたくはない。僕の力は……周りの人にまで危害が出る可能性が高い、近くにいたら……僕の側にいたら危ないよ」
「大丈夫……だって、冬風は私を守ってくれるんでしょ?だったら……一緒に居てよ」
そうか……夢依はただ、僕と一緒に居たいだけなんだ。それは僕の勝手な推測に過ぎないけど。
(僕にとって夢依は、僕に歩み寄ってくれた大切な人だ。僕の力を知っても尚歩み寄ってくれる……寄り添ってくれる数少ない人だ。この人だけは……夢依だけは、絶対に……命に変えても守り通してみせる!)
忍意外の人にこんな感情を抱くのは初めてだった。初めてなだけに、もう二度とあんな悲劇を招かないように心に固く誓った。そして決して自分の力に巻き込んではいけないと思った。
「……分かった、僕が守るから。守りながら戦うから、僕とパートナーになって……くれる?」
「勿論よ……一緒に優勝しましょう」
「うん!」
僕等は微笑みあった……抱き合いながら。僕等は共に優勝することを誓った。そして離れた時にふと時計を見て時間を確認した。
「7時25分……か、そろそろ戻ったほうがいいよ……食堂が閉まっちゃう」
「そうね、名残惜しいけど戻ることにするわ」
「分かった、じゃあちょっと離れてて」
夢依が下がるのを確認すると、僕は目を閉じて詠唱を開始した。
「魔力門、属性は水。行き先は……女子寮の夢依の部屋。"我、遥か遠くを目指すものなり。汝、その呼びかけに応え時空を繋げ給え"。水流門 渦巻ク水ノ扉」
詠唱を終え床に掌を着けた。すると床から水が湧き出し長方形の形に整えられる。
「これを潜れば目的地に着く。すぐに部屋に戻れるはずだよ」
「分かった。……また明日ね」
夢依は手を降って入っていった。
「……うん、また明日」
僕は呟いた。夢依が消えるのを見送った後門を閉じ、その後ソファーに寝転がった。
「はぁ……まさか夢依と組むことになるとは……もっと力をつけなきゃ」
「まぁまぁ、そんなに力みなさんな。折角の可愛いくて綺麗な顔が台無しよ?」
雅が寝転がる僕の隣に腰を下ろし、頭を撫でられる。
「んぅ~……」
目を閉じて身を委ねた。
「ねぇ、ちょっと起きて」
唐突に言われ、目が点になったが言われた通りに起き上がった。すると僕の隣に雅が座った。そして膝をポンポンと叩きながら
「たまには膝枕してあげる。おいで」
と微笑みながら膝を叩く雅。僕は魔力を使いすぎて疲れたせいか、抗うことが出来ず雅の膝の上に頭を乗せた。
「……なんか、膝枕してもらうのって地味に初めてだから緊張する……」
「ふふっ、リラックスしなさいな」
また頭を撫でられた。この抗いようのない気持ちよさは、まさに犯罪的と言っても過言ではないだろう。若干袴の生地が硬い気もするが、どうでも良かった。
「……今日は本当に疲れた。特に肉体的じゃなく精神的な意味でだけど」
「確かに。特に女の子たちに囲まれた時かしら?」
悪戯っぽく笑う雅に、僕は苦笑いしか出来なかった。気が付くと8時を過ぎていた。もう食堂が閉まっていて、飯は諦めたほうが良いだろう。だが不思議と空腹感は感じなかった。心の中を何かで満たされた感じがして、胸がいっぱいだったのだ。
「………」
雅が何も喋らなくなった僕を見て優しく微笑んだ。僕はいつの間にか寝てしまっていた。しかも雅の膝の上で……。
(後で沢山からかわれることだろうな……)
そう心の底で思いながらも、意識を闇の中へと手放す。
「全く……無邪気な寝顔。いつもは冷静を装っているくせに、こういうときは甘えてくるというか何というか……まだまだ子供ね」
ひっそりと呟き、雅は僕をベッドへ運んでくれた。僕が目を覚ますと外は明るくなりかけていた。起き上がり時計を確認してみると、朝方の4時だった。僕は昨夜の事を思い出し、恥ずかしくなり顔が赤くなった。何か違和感を感じ隣を見てみると……また隣で雅が寝ていた。いつもどおりと言えばそれまでだが、何かこう……色気みたいなものを感じた気がした。なんでだろうと頭を悩ませていると、雅が薄っすら眼を開けた。
「おはよう」
僕は笑いながら雅の頭を撫でた。雅は気持ちよさそうに眼を細めた。
「……おはよ」
お互いに挨拶を交わすと、僕は布団からでた。よく見ると制服のまま寝てしまったためシワだらけだった。そんな制服を脱ぎ、ソファーの背もたれにかけた。ワイシャツを脱ぎ籠に入れ、新しいワイシャツを着る。そしてしわくちゃの制服をテーブルの上に広げ、手を当てて詠唱する。
「魔力発動、属性は水と炎。"炎は熱を発し、水は蒸発し霧となる"。」
短く詠唱を終えると、手から適度な熱と水蒸気が出てくる。それを制服のシワの部分に当て伸ばしていく。傍から見れば素手で擦っているようにしか見えないだろう……。魔法でシワを伸ばし終えると僕はそれを着た。その後ソファーに腰を掛けた。部屋には本も何もないため、テレビを見ようにもこの時間からやっている番組は少ない。なのでものすごく退屈だ。外で剣術の鍛錬をやっても良いのだが、余計に汗をかきたくはない。ぼ~っとする冬風を見て、雅は隣りに座った。
「んっ……?眠いんだったらまだ寝ててもいいのに……」
座った途端、僕の肩に頭を乗せてきた。大方まだ完全には目が覚めてないのだろう、眼が微睡んでる。僕はそんな雅の頭を優しく撫でると、不意に肩から滑り落ち膝の上に落ちる。
「あっ……まぁ、いいか」
思ってみると、昨夜してもらったことのお礼と思い撫で続けた。凄くさらさらしてて、ずっと触っていたいような……そんな気持ちになる。その状態で数時間後、日は完全に昇り時刻は7時を回っていた。雅は完全に目を覚まし、いつもの調子に戻った。……戻ってしまった。学校の支度をしていると、玄関からノック音がする。出てみると淳が立っていた。
「おはよう……淳」
「あぁ、おはよう。朝食食いに行こうぜ」
「ちょっと待ってて」
急いで支度を済まして部屋を出た。雅は三度寝すると言って、神界へ戻ってしまった。淳と食堂に着き、炊事係のおばちゃんに朝食を頼む。すると数分足らずで出てきた。2人で席についてさっさと食べ始めた。食べてる最中、ふとこんな質問があった。
「なぁ、あの後どうなったんだ?」
「ん……どうなったとは?」
どのことを聞いてるか分からなかった。夢依のことなのか雅のことなのか。
「いや、あの皇女は無事に帰ったのかと聞いている」
「あぁ……ちゃんと帰ったよ、僕と夢依の部屋の空間を繋いで門を開けてあげただけだけど。」
そう聞くと、心なしか淳はホッとしたように見えた。
「そうか、なら良かった」
なんでそんなに気にかけるんだろう……と思っていると、昨日と同じ質問が来た。
「なぁ、お前はトーナメント戦誰と組むんだ?」
僕はその言葉を聞き、夢依と組むことにしたと言った。すると
(やはりな……)
と呟きながら安心したような表情を浮かべてた。
「そうか……まぁ、お互い頑張ろうぜ」
「うん」
喋っている間に食べ終わり、食器を片付けて玄関へ向かった。
「あ、そうだ……夢依を迎えに行かなきゃ、先行ってて」
僕は慌てて魔力転移した。魔力転移は普段水属性しか使わない為か、蜃気楼に溶けて消える様だと誰かに言われたことがあったな……だが背景に溶けて消えるように見えてるということは、戦いにはものすごく便利だという事にもなる。急接近し一気に叩くことが出来るから、すぐに終わらせられる。
転移先は女子寮の玄関前、すると一人の女声が出てきた。
「あ,すいません……夢依は?」
声をかけると、びっくりしたように体を跳ねさせた。
「あ……貴方は?」
「僕?僕は何というか……夢依の護衛みたいなものです」
微笑みながらそれっぽいことを言うと、その女性も笑いながら言った。
「なるほど、護衛の人でしたか。皇女様はまだお部屋にいらっしゃいますよ。行ってさし上げたら?」
それはつまり、僕が中には入れと言っているようなものなのかな。そう考えていると玄関から聞き慣れた声が聞こえた。
「冬風ー!」
元気よく叫ぶのは、いつもの夢依だった。
「あら、皇女様……おはようございます」
「おはよう」
夢依とその女性は挨拶を交わし、女性は先に行った。
「それじゃあ僕達も行くとしますか」
「そうね」
こうして2人で肩を並べて登校した。教室はいつもの雰囲気で、皆もいつもの視線で僕を見ていた。でも何故か気にはならない。自分の席について外を眺めていた。すると不意に聞き慣れない女性の声が聞こえた。
「あ、あの……冬風さんですよね?」
振り返ってみると、ポニーテールの女性が僕に話しかけてきた。
「そうだけど、貴方は……?」
「わ、私は同じクラスの……豊水沙織です。実はお尋ねしたいことがあって…」
「僕に訪ねたいこととは?」
「実は……この写真なんですが、写っている2人の女性の片方は皇女様だということは分かるんですが、その隣の女性と冬風さんを見比べてみると……その、似ているというか」
沙織さんは1枚の写真を見せてきた。写真に視線を向けてみると……僕は机に思いっきり頭を打ち付けた。夢依も驚いて近寄ってきて、その子に写真を見せてもらうようお願いしてた。そして……苦笑いしてた。
「似ているって、僕は男性だよ?そんな僕とその女性を比べられても……」
「す、すいません……」
「い、いや……謝ることではないけど」
急に黒歴史を見せつけられ、僕は心の中で悶絶した。表面では苦笑いだが、ものすごくこの場から去りたいと思った。すると男子生徒と女子生徒が数人集まってきて写真を見ていた。
「ほほう、これはなんというか……」
「美女が2人並んで歩いているのを見ると、絵になるというか何というか」
「この人、凄く綺麗……皇女様と互角かそれ以上だわ」
その言葉を聞いた瞬間、夢依は少しムスッとしていた。僕も冷や汗が凄くダラダラだ。
「ま、まぁ……いつかその女性とも会えるんじゃないの?街に行けば」
勿論二度とあんな格好をするつもりはない、というわけで嘘を言ったのだ。嘘とも知らない男子生徒は
「毎日行こうかな」
とか言い出す奴も出てきた。ため息をついてると、沙織さんが話してきた。
「あ、あの、冬風さん……一度でいいから紙紐を解いてもらってもいいですか?」
カメラを構えながら言われた。
「嫌です」
満面の笑みで返してあげた。沙織さんは、泣く泣くカメラを鞄にしまった。すると昨日のデジャブかのように男子生徒が僕の紙紐を奪った。ふぁさっと髪が背中に広がり(畏怖)の視線から(女性)を見る視線へ変わるのが分かった。
「ちょっと、紐を返して……」
「た、頼む……もう少しだけその姿を見せてくれっ」
返してと言うと、頭を下げて頼み込まれた。
「え、えぇ~……」
僕は絶句した。気が付くと周りの人達は僕の髪を触ったり撫でたりしていた。
「うわっ……さらさらのつやつや……まさに至高の髪だ」
「しかもふわっとした感じが……上品だわ」
僕の髪を褒めていると思うのだが、正直言うと雅の髪の方が素敵だと僕は思う。というよりもなんでいつの間にか触られているんだろう……これだったらまだ恐れを抱かれてたほうがマシだと思った。
やがて担任が教室に入ってきて、僕は紐を返してもらい縛った。すると、担任の口から驚きの一言が出た。
「あ~……今日の授業は変更だ。今日は体育館で1年生だけで模擬戦闘を行う!タッグバトルだから相方決めておけよ!」
案の定教室はざわついた。急にそんなこと言われても、何の準備もしていないため判断が鈍る。隣で夢依も慌てていたが、僕と淳だけは涼しい顔をしていた。
朝礼を終え1年生全員が体育館に集まった。状況を理解していても、あたふたしている奴が多い。そんな中僕と夢依が体育館に入ると、あっという間に夢依の所に人が集まってくる。しかも男女比率で言うと男性の方が多い。夢依は生徒達に囲まれて身動きが取れずにいた。僕は囲いの外なので隅っこのほうでぼーっとしていた。すると隣に雅が出てきた。
「……どうした?」
「賑やかすぎて眠れやしないわ……それで、勝てる見込みは?」
「愚問だよ……多分」
実質言ったとおりだった。僕が危うくなりそうなのは恐らく後半……もしくは2~3年生相手。そこら辺は臨機応変に対応していくつもりだ。すると
「……た、助けてぇぇぇ!冬風~!」
夢依が僕に助けを求める声が聞こえた。しかも半泣き状態で……。
「はぁ……まぁ、あんなに揉みくちゃにされれば泣きたくなるわな」
「ふふっ、そうね」
僕はため息をつき、雅は面白そうに笑う。魔力転移で夢依のすぐ隣に転移すると、僕に抱きついてきた。僕はやれやれと思いつつ夢依の頭を優しく撫でて群れに向かって静止を呼びかけた。しかし反発しか帰ってこなかった。
「あぁ?!」
「てめぇ……皇女様が言ってた”冬風”ってやつか?」
「お呼びじゃねぇんだよ、去ねや!」
僕は更にため息を付き……鼻で笑った。
「ふっ……君たち本当に人間かな?まるで人の話なんか聞いちゃいない」
「「何だとこらぁ!!」」
夢依の方に視線を向けると泣き顔で怒られた。
「ばかぁ……来るのが遅いわよ……グスッ」
「ごめん……」
僕は苦笑いしてしまった。その反応に周りの人が更にブーイングを激しくした。
「このっ……離れろや!!」
「てめぇは皇女様の何なんだよ!」
「羨ましいんだよ殺すぞニャロウ!!」
煩悩剥き出しすぎだろ……僕はそんなのに動じす、周りに氷よりも冷たい視線を注いだ。そして……殺気も少々放った。
「……っ!」
その殺気に気圧され少しずつ後ずさりしている群れの人々。僕はそんなのに構わず冷たい声で言い放った。
「君達……夢依を慕うのは別に構わないんだ。でもね時と場合……そして夢依の気持ちも考えろよ、こんな大人数で揉みくちゃにされれば誰だって苦しいだろ。特に夢依は女の子だ、そこの所をよく考えろ」
その言葉に誰も反論するものは居なかった。否、口を開くことが出来なかったのである。自分でも自覚してはいるが、柄にもなく腹を立てていた。だから黙らせるために殺気を放ったのであった。
「………分かったなら次からは落ち着いて、一人ずつ話すこと」
殺気を解除すると、まるで何かの呪縛から解き放たれたかのように皆膝から崩れ落ちる。顔色が悪くなっていた人も居たが僕にとっては大した問題じゃない。僕は半泣きの夢依を連れ、落ち着くまで隅っこの方に一緒にいた。
「大丈夫?」
今までこんな人混みに揉まれたことがなかったのだろう、少し疲労の色を含んだ顔をしていた。それに泣いていたせいか目の周りが少し赤くなっている。僕は涙を拭ってやり、泣き止むまで頭を撫でていた。
夢依も泣き止み教師たちも揃った。すると学園長……つまり雄斗さんが前に出て話した。
「え~っと……これより真龍王激流祭の前のトーナメント戦に向かい、模擬戦をやっていきたいと思います。ルールはタッグバトルで、相手を気絶させるか戦闘不能にしたら勝利となります」
健闘を祈りますといって下がってしまった。皆はテンションが上がっている……そして僕は下がっている。手加減できるかは正直不安だった。かといって今のうちに手の内を曝け出すと後々後悔することになる。
(とりあえず使うのは魔力転移と気絶させるだけにしておこうかな……。)
そんな事を思っていると、もう一つ心配な要素があった。
「夢依……戦いが始まったら僕は真正面の敵を排除しに行く。少しの間もう一人の方は時間稼ぎしておける?もしくは倒しちゃっても構わない。攻撃受けそうだと思ったら結界を張るから」
流石に心配し過ぎかなと思っても見たが、夢依を集中的に狙われるのはまずいと思う。それに僕は攻撃を打ち消すことができるけど、正直夢依がどうやって戦うのか分からない以上任せるのは危険だと判断した結果だ。すると
「大丈夫よ、結界さえ張ってくれればもう一人は私が倒すわ」
自信満々に胸を叩いた。
「そうか……火力が足りないと思ったらサポートするから安心してね」
「えぇ、お願い」
こうして模擬戦は始まった。尚何処の誰と当たるかなんて誰もわからない……ランダムだから。
1回戦……僕達と当たったのはA組の男女ペアだ。僕は男の前に向かうように立ち、夢依はその隣の女性に向かうように立った。そして全員魔力武装を開放した。
「「「「魔力武装、開放!!」」」」
僕は(濡霞)を呼び出して抜刀した。夢依の魔力武装は勾玉の様だ……勾玉の魔力武装は主に魔法で戦うことを主体とする、魔法一つに勾玉が一つ砕けるが魔力消費を抑えられるのと火力増加が期待できる。それに対し相手はナイフと魔道書といった、至って下級の武装だった。そして一瞬の静寂が訪れた。
(……開始の合図が鳴ったら、まずは結界を張る。まずはそれからだ)
睨み合っていると教師が開始の合図の笛を鳴らした。僕は地面に掌を着け、高速詠唱した。
「魔力結界、属性は水。"かの水は刃となり、かの水は盾となる。両者が揃いしとき、攻守一体の城塞は完成する"。ー水神結界 流ルル水ノ刃ト盾ノ城塞ー」
相手の詠唱より早く唱え終えると、自分と夢依の周りを囲うように蒼い水が出てきた。まるで流れ落ちる水のように静かに……相手の詠唱が終わり炎の魔法……つまり火炎球を放ってきた。しかし結界に触れた瞬間一瞬で消え去った。相手は何が起きたのか全く分からない顔をしているが、この結界は上位魔法でも通さない。相手が驚いている隙に僕は、魔力転移で転移した。消えたと思って動揺して焦っている相手の2人。
僕は隙だらけな相手の男の方の背後に立ち、背中に触れた刹那……男は倒れた。相手の体内の魔力を奪い取り気絶させたのだ。急な魔力の放出は体に大きな負担がかかる、それを利用したのだ。女性の方は倒れた男を気にしつつも、僕に向かって詠唱を始めた。だが僕は魔力転移で城塞の中へ戻った。流石に可哀想になってきたと思った時、夢依の詠唱が終わったようだ。
「魔法発動、属性は炎。"我、灼熱の炎を求むものなり。汝、その呼びかけに応えよ。敵を焼き尽くし、灰に帰せ。灰は新たなる炎を生み出し、7日7晩消えぬ灼熱の業火となれ"。ー業炎球 粉塵連鎖大炎上ー」
手を前に差し出した瞬間……僕の城塞を突き破り大きな炎の玉が相手を襲った。相手は運良く結界で凌いだ……ように見えた。しかし結界に触れた瞬間紅い粉塵が相手を囲い、無数の火柱と爆炎が起こる。僕は正直びっくりした。こんな初戦からいきなり上位魔法を打つなんて。しかも僕がびっくりしたのは夢依が上位魔法を使えることだった。爆炎が収まると火柱も消え去った。相手の様子は……僕が気絶させた男と、夢依が上位魔法で丸焦げ……つまり戦闘不能に陥れた。そこで試合終了の笛がなり、2人は保健室へ運ばれた。観ていた人達は盛り上がり歓声を起こした。
「すげぇ……化物かよ」
「男の方が出した結界もすげぇ、下位魔法の中でも威力が高めの火炎球をいとも簡単に消し去るもんな」
「皇女様も凄かったぞ、いきなり上位魔法を見せてくれたし」
かなり騒がしくなってる。教師たちがそれを静止し、次の試合となった。僕達は次の次の試合に出ることになり、休憩室で休んでいた。夢依は少し興奮気味のご様子。
「ねぇ、どうだった?私の魔法は!」
「正直驚いたよ。でも急にあれを使っちゃったら後がきついかもよ?」
「なんで?」
「いくら勾玉の魔力武装でも、上位魔法を連続で放つことは出来ない。すぐに枯渇しちゃうんだ」
問題を指摘すると少し苦笑いした。
「あ、あはは……張り切り過ぎちゃったみたいね。大丈夫だよ、どんどん勝ち上がっていこう!」
「うん!」
僕等はこうして次々と勝ち上がっていった。途中危なっかしいこともあったが、かろうじて勝てた戦いだった。そして最後のチームと戦う前に少し休憩が入る。休憩室に入ると夢依が倒れた。
「ゆ、夢依!」
抱き上げると、少し熱があった。
「大丈夫!?」
「だ、大丈夫よ……ちょっと疲れただけだから……」
明らかに顔色が悪い、僕は夢依の額に手を当て症状を探った。するととんでもないことが分かった。
(夢依の魔力が……底を尽きかけてる!)
由々しき事態だった。魔法戦闘の勾玉は思ったより消費が多かったらしい、少し魔力に自信があってもあれだけ上位魔法を使えばすぐに枯渇してしまう。僕は考えうる事態を想定した。そして……ある一つの決断をした。
「夢依……今から僕の魔力を渡す、だから今はそれで我慢して欲しい」
「え……だって、そんなことしたら……冬風の魔力が……」
「僕は大丈夫だ、かなり余裕がある。でも夢依に渡せるのはほんの少しだけ、それ以上やると僕の魔力と夢依の魔力が反発し合い、一気に枯渇してしまう恐れがあるからだ。最後の戦いは僕が二人共倒すから、夢依はそれまで僕の後ろにいて欲しい」
「で、でも……」
何かを言おうとする夢依の唇を人差し指で塞いだ。
「こんな時は僕に頼ってくれよ、決して無茶だけはしないでくれ……」
そう言うと、夢依はこれ以上は何も言わなかった。
「良し……行くよ、魔力属性変更 水→炎へ。」
僕の魔力属性を炎へ変更し、夢依に流した。数秒流した後止めて自分の魔力を水に戻した。
「どう……気分は」
顔を覗き込んでみると結構良くなっていた。そして起き上がり、普通に立てるくらいまでは回復したようだ。
「す、凄い……体が軽い?」
「そうか、それは何よりだ」
立ち上がりドアの方を見た。すると教師が入ってきた。
「時間だ……そろそろ最後の戦いだぞ、頑張ってこいよ」
教師が親指を立ててその場を去った。僕は夢依と手を繋ぎ、最後の戦いへ赴いた。
「それでは、模擬戦の最終決戦……冬風&夢依VS四ノ宮&竹内!!」
お互い睨み合うように立った。四ノ宮は赤髪の男、結構ラフな感じだ。竹内は少し薄い紫色の髪をしていた。
「よう……さっきの試合観てたぜ、だが俺達のコンビネーションはあの程度じゃ破れねぇ」
「そう、俺達の剣は”神速”を超える!」
四ノ宮の魔力武装は大剣で、竹内はレイピア。どうやら接近戦が主な2人の様で、僕もこの2人の試合を見てたが……あのレイピアの刺突速度は尋常じゃない。ぎりぎり要塞が間に合うかどうかだ。四ノ宮の大剣もかなり早かった……だが両方共眼で追えない速さではない、僕は(濡霞)を抜刀し夢依は勾玉を構えた。そして試合開始の笛がなった瞬間相手は二人共飛び込んできた。だが……
「……水神結界」
僕が呟くと城塞が僕達を守った。
「なっ?!」
「詠唱破棄……」
そう……詠唱を切り捨てることによって最速の展開が可能になる。しかし耐久度は落ちてしまうから早めに倒さなければならない。
「こっちもさっさと終わりにしたいんでね」
僕は薄ら笑い、天に掌を向けて詠唱した。
「魔法発動 属性は水、雷、風。"風は烈風に変わり、竜巻を起こしながら全てを切り裂く刃となる。雷は轟音と共に竜巻へ落ち、雷気を纏った刃が生まれる。水はそれらを覆い尽くし、雷気の通りを効率良くして伝わせる。疾風迅雷の如く駆け抜け、通った後は何も残さぬ……全てを飲み込む最悪とならん"。ー多色魔法 雷ヲ招ク疾風ノ水刃ー」
詠唱を終え、天に翳した手を握った。すると突然結界の周りに大竜巻が発生した。そこに雷が落ち、水が攻め入り、雷気を纏った風の刃が吹き乱れ……まるで天災の如く2人を巻き込んだ。観客席には教師が結界を張っているものの、悲鳴をあげてヒビが入っていた。
全て終わると冬風の周りには……深くまで抉れてまるで鋭利な刃物で切り刻んだかのような痛々しい後と、雷で焼け焦げたその周辺。さらには水気もが充満していた。2人は完全にズタボロになり、意識を失っていた。そして周りの皆も言葉を失っていた。ただ僕だけは凛とした様な涼しい表情だった。まるで何事もなかったかのように城塞を解き、僕は出口へ向かっていった。
「しょ……勝者、冬風&夢依ペアー!」
司会がそう伝えると、会場は大熱狂した。でも僕は騒がしいのは嫌いなので体育館裏に避難した。しかしさっきの魔法を使ったせいで足元が覚束ない。目の前が霞む……いくら膨大な魔力を持っていても、底を尽きない魔力を持ってもいきなりあれだけの魔力量を開放すればこうなる。体育館裏にある階段に、腰を掛けた。
「……っ」
とてつもない虚無感が容赦なく僕を襲う。冷や汗が全身から吹き出たりして、頭を抱える。思わず無言で体育館を後にしてしまったが、夢依は大丈夫だろうか……といろいろ心配していると、大人数の足音が僕に近づいてきた。僕は顔を上げると……B 組の皆がいた。
「……?」
声も出せずに首を傾げていると、皆が柔らかい表情になって僕に言った。
「すげぇよ、何だよあれは!」
「多色魔法……だっけ?聞いたこと無いよ」
「俺ぁ見なおしたぜ、冬風!」
肩を叩かれたり組まれたりして、結構揉みくちゃにされた。
「………!」
言葉を発そうとしたが、まともに口が動かない。すると雅が出てきて代わりに説明してくれた。
「なるほど……つまり、今は声が出ないと?」
「そりゃあまぁ……あんだけの事したんだ。これだけで済んでむしろ幸運なんじゃね?」
いろんな慰めの言葉を貰い、困惑しながらも頭を下げた。これが感謝の礼だと分かると皆は笑ってくれた。僕も思わず笑ってしまった。すると皆の中から夢依と淳が出てきた。
「お疲れ様」
「お疲れ、冬風」
二人共微笑んで言ってくれた。僕も微笑み返そうとすると……突然全身に痛みが走り、膝をついた。
「………!」
痛みはどんどん鋭くなっていき、頭がボーッとする。皆がざわついているのが分かる程度だが、僕は立ち上がって大丈夫だよと言おうとした。しかし思い通りに体が動かずに倒れこんだ。すると夢依が僕の体を支えてくれた。
「全く……人にあれだけ無茶をするなと言っておきながら」
正論過ぎて何も言えなかった。
「す……まん……」
途切れ途切れ謝り、僕は意識を闇に手放した。
それからどのくらいの時がたったのだろう。目を覚ますと保健室に寝ていた。外はすでに夕暮れで赤くなっている……。起き上がろうとすると、夢依がカーテンの影から出てきて僕を寝かせた。
「無茶しちゃ駄目、魔力の出し過ぎで暫く安静だってさ」
「そう……か」
気が付くと声が出るようになっていた。体の虚無感は消え去り、意識もしっかりとしてきていた。
「ねぇ……どのくらい寝てた?」
聞いてみた。
「ざっと2時間よ」
「そうか……そんなに寝ていたのか」
ため息を付いた……まさか皆の前で意識を失うなんて。
「ごめん……こんなんじゃ大会で足を引っ張るだけだ」
悔しさのあまり声が震えた。
「本当だったら大丈夫だったんだ。でも僕は焦っていた、早く終わらせようと。そのせいで急激に魔力を消費して倒れた。こんなんじゃ僕は……っ!」
(こんなんじゃ僕は只の足手まといだ)
そう言おうとした瞬間、夢依の手が僕の唇を塞いだ。僕は驚いて言葉を中断した。
「だめ……それ以上言っちゃ駄目。言ったでしょ?冬風がきつかったら私も頑張るって。冬風ばかりに任せてちゃ、負担が大きいって……分かってたのに……私は……何も出来なかった。足を引っ張ってたのは、むしろ私の方だった。」
「そ……そんなこと無い、夢依のおかげで……一人で戦うよりも負担が少なかった。だから夢依が居てくれなきゃ……僕は……」
無意識に布団を力一杯握りしめていた。僕の不甲斐なさのせいで、夢依にまでこんな思いをさせてしまった。全ては自分の軽率な思い込みと判断が招いた結果だ……父様だったらそう言うだろうな。それでも……自分で分かっていても悔しかった。模擬戦に勝利しても何故か。俯いていると夢依が僕を抱きしめた。力一杯……でも優しく。
「……私を守ってくれてありがとう。でもねもうこんな無茶はしないと誓って?」
言葉を発する事ができなかった。でも少し微笑みながら頷いた。
「約束よ……」
そして暫くすると淳と雅が入ってきた。僕と夢依は離れ、互いに紅潮してた。
「うむ、問題無さそうだな。心配したぞ……急に倒れるから」
「ふふっ、でも早く目が覚めてよかった」
雅の笑いの意図が全くつかめない。淳は本当に心配してくれていたようだ。
「ごめんね、心配かけて……もう大丈夫だから」
僕はベッドから抜け出して立ち上がった。多少感覚が麻痺しているが、通常生活をするのなら問題ない。
「うん……大丈夫。さぁ帰ろう」
僕は微笑んで手を差し述べた。皆も微笑みながら僕の手をとってくれた。夢依を寮まで送り届けた後、淳と寮へ帰った。
自分の部屋の前で淳と別れた後僕は自室に入った。そしてソファーに腰を掛け一息ついた。時間は約5時半になっていた。すると雅が隣りに座ってきた。
「今日は大変だったわね、特に夢依が……ね?」
「まぁ……でも勝ててよかったよ、正直言うと多色魔法を食らったあの2人が心配かな」
はははっと笑うと、雅もふふふっと笑った。
「心配ないわよ。見た目は酷かったけど、ちゃんと生きてるわ」
「それは何よりだ」
はっきり言って手加減できていたか分からなかった。もしかしたらやり過ぎてしまったのかもしれないと焦った程だった。
「……こんな調子で大会勝ち抜けるのかな……」
思わず不安を零してしまった。確かに夢依の実力があれば、城壁を張るだけでかなり勝ち進めると思う。でも相手もそう安々と城壁を展開させてくれるわけではない。戦術を変えながら戦わないと、いつか負けてしまう。
「大丈夫、いざとなったら……アレがあるじゃない」
「アレ……か、なるべくなら使いたくないな」
「確かにね」
そんな他愛もない話をした後、僕は立ち上がり着替えの用意をした。
「さて……そろそろ風呂に入ろうかな」
「そう、なら私はここで待ってるね」
「分かった」
準備を終え風呂場に向かった。風呂場は広く、かなりの人数が入れるような感じだった。僕以外にも数人入っていた。脱衣所で衣服を脱いで入った。シャワーを浴びている最中数人の男性に心配された。どうやら同じクラスの人だ。
「大丈夫か、動いて」
「何かあったら俺たちを呼べよな」
心強い言葉をかけてもらい、僕は頷いた。
「分かった。何かあったらお願いするよ」
そういうと皆嬉しそうだった。その後も風呂に入ってる人達と談笑した。そして親睦が少し深まった気がした。やがてさっぱりし、風呂を上がって自室に戻った。すると雅がいた。……そして何故か夢依も居た。
「雅……また連れてきたの?」
雅は偶に僕が居ないと、話し相手として夢依を連れてくることがある。多分水門を使って連れてきたのだろうが、夢依にも夢依の時間がある。そう滅多に付きあわせては迷惑だろう。
「大丈夫よ、ちょうど暇だったし……それに」
「ん?」
「……風呂あがりの冬風を見れて少し嬉しいし……ね?」
僕は驚いてドライヤーを落としそうになった。
「え…えぇ?!」
普通は逆だろと思った。男性が風呂あがりの女性を見てグッと来るのは仕方ないことだと思う。でもその逆はないと思っていた。
「……もしかして、僕のこと今は男性視点で見てる?」
「べ、別に?」
やはり……時々僕を男性視点で見てくることがある。少し困ったものだ……それは主に髪を縛っていない時によく見られる。
「全く……まぁ夢依なら別に嫌な気分にはならないし、いいけどさ」
「じゃあまた女装して」
「それは嫌だ」
「えぇ~」
不満そうだ。でも僕は出来れば女装はしたくない。春音が僕だとばれれば学園でえらい大騒ぎになりそうだからだ。暫く夢依と談笑し、夢依の部屋に送ってあげた後晩飯を食べに食堂に向かった。すると、途中で淳と出会った。
「やぁ、淳もこれから?」
「あぁ」
こうして一緒に食堂へ向かった。
食事をしている最中、ふとこんなことを言われた。
「お前……あの魔法はあまり使うな」
「……やっぱり、淳には分かっちゃうか」
「当たり前だ」
そう……僕の多色魔法の事だ。焦って使ったせいもあるけど、あの魔法は尋常じゃないほど魔力を消費する。土壇場で使っていい技では無く、僕は淳の指示に従うことにした。
「分かった、魔法はあまり使わないよ」
「あぁ」
納得してくれてよかった……多色魔法は色んな組み合わせがあるが、どれも消費が激しい。最後の最後で使うのがベストかなと思った。
食事を終えて自室のベッドで寝転がった。転がりながら今日一日を振り返ってみた。
(……やっぱり、力があっても使い所を間違えるとああなるのかな)
その晩……僕はひたすら魔力をクリスタルに注ぎ込んだ。持っている魔力の半数以上を、クリスタルへ。魔力をこれ以上消費できないとわかっていれば、魔法に頼らなくて済みそうだからだ。無闇に周りに被害は出したくないのである。そんな中気が付くと外が明るくなっていた。クリスタルに魔力を注ぐのを中断すると、光り輝いたままだった。落ち着く気配はなく、ただ輝いているのみ。蒼く……暗い色で。
朝になりいつも通り夢依を迎えに行った。すると珍しい事に夢依が玄関で待っていてくれた。
「あ、おはよう」
「おはよう、珍しいね夢依が早くからここにいるなんて」
「偶には……ね」
夢依は微笑み、僕の手を引いて学校へ歩を進めた。いつもと違う夢依に、少し困惑しつつも。教室へ入ると……皆が僕に押し寄せてきた。どうやら昨日倒れたことを心配してたらしく、僕は大丈夫だよと笑い席に座った。皆も納得してくれたおかげか、各自の席へ戻っていった。僕は外を見て呆けていると、窓に反射した自分の胸にあるクリスタルが輝いているのが分かる。一応水神結界で見えないようにはしてあるのだが、自分では見えるため不安である。
「はぁ……失敗したかな」
こんなことならあんなに注ぎこむんじゃなかった……とため息混じりに呟いた。朝まで注がれた魔力量はざっと1年生全員の魔力量を合わせても足りないくらい、そのくらい多く注ぎ込んだはずなのにまだまだ魔力には余裕があった。僕は改めて底なしの自分の魔力量に舌を巻いた。そんな状態で4限まで授業を受けた後、昼休みになった。僕は席を立ち、屋上に出た。風が優しく吹きつけていて気持よかった。屋上のドアを閉め、近くの壁にもたれた。
「あぁ……気持ちいい……」
一人で呟いていた。こんなに静かな時間は何時ぶりだろう……ここに来てからあまり無かったからな。すごく落ち着く。春だから陽向は温かいし梅の香りも広がっている。すると一匹の小鳥が僕の肩に止まった。指を差し出すと、指に乗っかった。
「ふふっ……可愛い」
僕は無意識に雅の笑いが感染ってしまったようだ……。
(ここなら誰もいないし……いいかな)
僕はそう思いながらもう片方の手で髪紐を解いた。僕の黒髪が風にたなびいてるのがわかる。暫く屋上で小鳥と遊んでいると、何かに怯えたように急に飛び去ってしまった。
「あっ……」
僕は小さな声を出し、飛び去った方へ向かって呆けていた。すると……背後から聞き慣れた声が聞こえた。
「冬風、ここに居たのね」
振り返ってみると、声の主は夢依だった。
「なんだ……夢依だったのか」
僕は立ち上がり、微笑みながら夢依に向かっ
た。
「髪紐……解いたのね」
「まぁね、ここには誰の視線もないし結んでいる必要が無いからね」
「そう……もしかして、あまり髪紐を解きたくなかったのって人目があるから?」
「うん」
僕は即答した。人の目があるとどうにも恥ずかしいのだ。それなのに皆僕を可愛いとおちょくって遊んでいる。遊んでいるかどうかは定かではないが、視線が嫌なのだ。
「……ねぇ、夢依」
「何?」
僕は夢依の方に向いたまま、真剣な表情になった。それは伝えたい事があるからだ。
「僕は……もっと、もっと強くなる。もう夢依を悲しい目に合わせなくても済むように、だからさ……その、えっと……」
だが思うように言葉が出ずもどかしくなった。その後、紅潮しながら言った。
「だからさ……もっと僕を……頼ってくれよ」
言い終わったあと、恥ずかしさで顔を逸らしてしまった。
(い、言っちゃったよ……こんな臭いセリフ、ただ呆れられるだけと分かっていたのに……)
心の中で密かに落ち込んでいると、夢依の顔が紅潮しているのが分かった。そしてこう言ってきた。
「……いいの?」
小さかったが、何とか聞き取れた。
「流石に寮にいる時は無理だけど、学校にいる時やトーナメント戦の時にくらいは頼って欲しい。」
「でも、それだと冬風の負担が……」
「僕の事は気にしなくていいよ、どうせ疲れても死にはしないんだから。だからさ夢依は他の事を心配して?」
「う、うん……」
僕にとっては自分より、夢依の方が大切だった。たまに無茶を言うこともあるが……それでもずつと一緒に居たいと思う。そんな人に巡り会えたのは初めてだった。
「でも倒れる程無茶しないでね?冬風の体は貴方1人だけのものではないもの……」
「え、それってどう言う……」
言っている意味が掴めなかった。でも今は深く考えるのはよろしく無い。多分追追知ることになると思うし。
「うん……善処するよ」
僕は朗らかに微笑み、夢依を撫でた。夢依は少し気持ち良さそうに目を細めた。
すると横から雅が出てきた。
「ちょっと、夢依ばっかりずるいわよ~」
少し苦笑いを浮かべ、もう片方の手で雅を撫でた。神を撫でるってだけで結構な罰当たりだと思うのは僕だけなんだろうか……雅も気持ちよさそうだしいいか。
「絶対に、護るから……」
聞こえない程度に呟いた。夢依が僕の顔を見るとこう言った。
「……大丈夫?少し顔が……怖いよ?」
どうやら顰めっ面になってたらしい。いかんいかんと気を取り直し、微笑み直した。
「大丈夫だよ」
「ならいいけど……」
僕の心情を悟られたくないという、そんな気持ちが既に夢依にはバレていると思う。そんなに僕の心は読みやすいのかな……強くなるにはまずこの心をどうにかしたいものだ。
「冬風、心はどうにもならないよ?すぐに表情に出るということは心が優しい証なの。私はその心を失って欲しくはないと思ってるわ」
と雅に言われた。
(でも時には冷酷無比で行かないといけない。優しい人間は好かれるけど、時にそれが仇となってしまうこともある。そうなってしまった場合……僕は死ぬほど自分を責めてしまうかもしれない。それが嫌で僕は……。)
そんな考えをチャイムの音が全て消し去り、僕達は慌てて教室へ戻った。午後の授業は凄く退屈だった……。そうこうして下校のチャイムが鳴り、皆が帰路についた。部活をやっているものは校庭に出ていたけど、僕は部活などやっていないので夢依と一緒に帰路についた。
今回の話は冬風の新しい生活と、学校の暮らしの始まりを描いてみました。
書いている最中楽しかったのですが、どうにもどうしたらいいのか後半分からなくなってました。
その他にも雄斗さんの事実や、魔法の仕組み的な事についてもこれから綴って行きたいと思っておる所存です。