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バザーン国の王女 (ヒュー視点・第三章 第九話)

「陛下のバザーンに対する寛大なお心に祖国の国民に代わってお礼申し上げます」



 二人の侍女を伴い、恭しく礼をする金茶色の髪の女。

 話に聞いていたよりはずいぶんと小柄で、微笑む顔ははっきりと性別を表している。

 誰だ。奇妙な笑い方をし、一度暴れれば止められず、大剣を振り回す姿は熊のようだと言い触れたのは。

 大広間に集まる大臣や兵たちの頬が紅潮し、浮足立っているのが一段高い場所の俺からはよく見えた。



 ――ようやく、王にも本命のお相手が。


 ――これでイメルダも安泰だ。


 ――気が早い。あの女が子を成せるかどうか分からないではないか。


 ――いや、あの王にこれほどのお相手が現れただけでも将来に光が見えたようなものです。


 ――本当に。陛下の後宮はほんとうに寂しいですからなぁ。


 ――どんなにお勧めしても首を縦にはお振りになられないのですから。



 こいつらは俺の耳が良いことを知らないのだろうか。

 それとも、己の耳が遠くて大声で話さなければ隣の者と意思疎通は難しいのか。


 どちらにせよ――――


 敗戦国とはいえ、王女を娶るとなれば……こいつらも少しは静かにするだろう。

 歴史の浅いイメルダにはそういった事例はないものの、敗戦国の女を娶るという歴史は他国にはあるらしい。よってバザーンを灰とするため金と人を使うより、王女を利用するため生かした方がバザーンにせよ、イメルダにせよ、有益ではないかと考えたのだが――――それは正しかった。


 王女を生かし、バザーンを残すことで、民は納得したのだ。


 あの戦場で俺がこの女を殺していればどういった結果になったか……興味がなかったわけではないが。



「永らえたこの命、たった今からは皇帝陛下とイメルダ国民のために使うでしょう」



 真っ直ぐに俺を見つめる目は意思の強い証拠。

 それは嫌いではないが…………ここにはいない女を思い起こさせ、胸が騒ぐ。



「アリスターだ。長旅で疲れているだろうが、今宵は我慢してもらおう。見て分かるように王女を歓迎せんと皆が集まっている。王女が早く振り向かないかとソワソワしているそこの者は我がイメルダの大臣たちだ。出来れば一人ずつと話をしてやってくれ」



 俺の冗談に多くが笑い、それぞれが顔を赤らめて隣人の顔を覗き込んだ。

 目を丸くしてくるりと周囲を見渡した王女は、一瞬にして大広間の緊張の糸が切れたことを悟り、俺に視線を戻すと花のような微笑みを浮かべた。








 次々に祝いの言葉を述べに来る輩から逃れるようにして部屋を出て庭を眺めていると、王女が一人でやって来た。



「陛下、少しよろしいですか」



 今まで近づいてきた女たちは俺の機嫌を取ってなんとか妃の座に座りたいという思惑に出会って初めの一言から満ち満ちていた。俺が頷けば、すぐに傍まで寄って来て、白く長い指を腕に這わせ、体をしならせた。

 だが……王女からはそんな思惑は微塵にも感じられなかった。俺が側へ来ることを許可しても、王女はしっかりと距離を取ったのだ。

 遠過ぎることなく近過ぎることもなく――――お互いが心地良いとする距離。


 そこに、王女の自尊心を感じる。


 たとえ帰る国はなくなっても、己は王女なのだ。イメルダに容易に擦り寄りはしないぞという気概。

 それは決しておごりには見えなかった。






 それからしばらく王女と俺は取り留めのない話をした。

 彼女のイメルダの印象。

 イメルダ国民の温かい歓迎。

 多岐に渡る料理を初め、初めて見る植物や動物など。

 王女は幼少からイメルダで書かれた本をたくさん読んだらしい。彼女が話す流暢なイメルダ語もイメルダをもっと知りたかったがために勉強したのだと言ってのけた。

 バザーンでは一軍人として名を広めていた王女だっただけに、小さな子が読むおとぎ話まで知っていたとは少々驚きではあった。



「それでは……昨夜聞こえてきたのはやっぱり梟の鳴き声だったのですね」


「間違いないだろう。城を囲む林には何匹か住み着いている。特に日が落ちると庭周辺まで来ることがある」


「こちらの侍女から庭園には何百もの花が咲き乱れとても素晴らしいと伺っていますわ。きっと梟は人が来ない夜にお庭を独り占めして楽しんでいるのでしょうね」


「庭はもう暗いが……小屋に行けば運が良ければ梟に会えぬこともない」


「小屋、と言うのは?」


「林と庭の境にある休憩所のような場所だ」



 人が三人も入れば窮屈な丸太小屋は俺の子どもの頃の遊び場だった。

 林に入るのは許可が必要だったし、庭に行けば多くの人間に出会う。

 だからそこは俺が一人きりになれる数少ない場所だった。

 なぜ会ったばかりの、しかも敵国の王女なんかを易々とお気に入りの場所へ連れて行こうとしたのか己でも不思議だった。

 この王女と話していると……なにか不思議なものを感じて仕方がなかった。それが何なのか……全く見当もつかないのだが……



 広間に集まる年寄りの大臣たちから見れば、皇帝が王女を別の場所へ移し、とうとう初夜に持ち込もうとしている図に見えたかもしれない。

 しかし実際は梟を見に、城を抜け出そうとしていることなど――――もちろん伝えるわけがない。

 期待に満ちた目を素知らぬ顔して潜り抜け、近衛と王女の侍女を一人連れて庭を回り、あとほんの少しで小屋が見える所だった。

 近衛の一人が近寄り耳打ちをした。



 ――――娘が……



 ここにいるはずのないあの山娘が屋敷から抜け出し、城の近くで近衛が見つけたらしい。

 穏やかだった心が一気に逆立つのを覚えた。

 血が逆流し、沸々と湧き上がってくる。



 娘が逃げた。

 娘が逃げた。逃げた……だと?




 後ろで俺の変化に気づいた王女が、不安げに名前を呼んだ。

 少しの沈黙の後、俺はなんとか冷静を装って今夜は無理だ、と告げた。



「お忙しいのですもの、またの機会に。今夜は楽しいお話をありがとうございました、陛下」



 先ほどと同じ笑顔を浮かべ城へ戻っていく王女。

 それを見送ると、近衛に娘を小屋まで連れてくるように告げた。

 近衛の顔が引きつっているのは俺の見間違いではないだろう。

 それほどまでに今、己は恐ろしい顔をしているのだ。

 星が浮かぶ空を見上げ、俺は息を吐いた。

 湧き上がってくる熱を逃がすために。

 久々に穏やかな夜を台無しにした娘への怒りをなんとか鎮めるために――――


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