道中 (ヒュー視点・第三章 第一話)*R*
「ダル、メイさまぁ……ああっ! そこは……ああっ!」
下にゆさゆさと揺れて見えるのはここ最近稀にみないほど大きな尻をした女だった。
名前はマーサと言ったがそれが真名かどうかも定かではない。
こちらも偽名を使っているのだし、たった一夜の事。名前を呼ぶこともないだろう。
どうでも良い。
「そこっ……ああっ……んぁあっ!」
しかし偽名であったしてもこうも何度も名前を甲高い声で呼ばれては気が散る。こいつは俺の性の捌け口に呼ばれたのであって、こいつの満足の為に俺がいるのではない。
手の届く所にあった布を女の口元へ持って行き、咥えろと命令した。
女はこっちを見て、一瞬怯えたような顔を見せたが、おずおずとそれを咥えた。
「声を出すな」
肉を押し付け合う音だけが何度も部屋に響く。ぐしゅりと水が絡み合う音と共に。
顔を上げようとした女の頭を寝台に押し付け、ひたすら腰を打ち付ける。
女の腰にかけていた手を乳房へと伸ばして揉むと、びくんっと体が跳ねた。
自分では小さくはないと思っていた片手では足りないほどの大きさの乳。触り心地はいいが、どうも乳首が大きすぎて形が気に入らず、どうもそれを咥える気にはならなかった。
声を出すなと言ったせいか女の声はくぐもった音量を抑えた声へと変わった。
それを聞きながらまた数回腰を打ち付けると身体の内部が昂ぶり――――俺は女の中に性を吐き出した。
女は腰を下げ、うつ伏せのまま息を弾ませていた。俺はぬるりと纏わりつくものを拭き取った後、寝台脇の小卓に置いていた小さな包を女の方へ投げた。
「お前も準備をしているだろうが、これを飲んでおけ」
避妊薬だった。自分も飲んではいるが、それでも確実とは言えない。身の内から離れていったものは反乱を起こさぬように制御せねばならない。
咥えていた布を外し、身体を起こした女は髪を掻きあげて俺を見た。受け取った包に目を落とすと中身を喉に流し込んだ。
「ダルメイ、様……今宵はとても素敵な時間をありがとうございました……。私、こんな夜を過ごしたのは初めてです……」
「初めて? はっ! そんな風には見えなかったがな」
「こんなに心から満足できた夜は初めてだった、という意味でございます」
白々しい。
長旅で溜まっていた俺はいつもより荒々しく抱いただけだ。女の望むことは一切無視し、ただ果てを目指しただけにすぎぬのに。満足、だと?
「ダルメイ様は……帝都へ戻られる途中だとか……どうか私も一緒に連れて行ってはくれませんか」
「……何?」
「奥方様がいたとしても構いません! ダルメイ様なら多くの愛人もいらっしゃることでしょう。その多くの一人でいいのです。それ以上は何も望みません。たまに時間のある時だけ今宵のように可愛がって頂ければいいのです……ダルメイ様をお慕いしております」
「……慕っている?」
見え透いた嘘だ。
愚かな女だ。
しかし……したたかさだけはある。
それは嫌いではないが……もちろん連れて行く選択肢など持ち合わせていない。
こんな女とは田舎の宿での一夜で十分だ。
「お願いでございます!」
「金を受け取って……去れ」
「ダルメイ様っ!」
扉の外にいるであろう近衛に合図をするとすぐさま扉が開き、レイノルドが入ってきた。
「女を連れて行け」
「ちょっと、待ってよ!」
女は急いで床に落ちていた服をかき集めた。レイノルドが女の背中を押した。
「ダルメイ様! お願いします! ちょっと、あんた触らないでよっ!」
なんとも耳障りだ。
早く連れて行けと手で合図をすると、レイノルドは女の腕を掴んで部屋を後にした。
廊下で女が騒ぐ声が聞こえていたが、すぐに静かになる。
俺は汗とも体液とも分からないもので湿った掛布を剥ぎ、それを床に落とした後、寝台に転がった。
――――抱くのではなかった。
いつも女を抱いた後、後悔が胸に押し寄せる。
身体は満足したように落ち着いたが……なぜか虚しかった。
体は長旅で疲れているはずのに、いつものように眠気は来ない。
情事の後はいつもそうだった、と息を吐いた。
しばらく目を瞑っていると、レイノルドが部屋に戻ってきた。
「しつこかったか」
「はっ……はい。少々……」
「お前でも良いから帝都へ連れて行けと言われたか」
「最後にそんな事を叫んでいたように思います。しかし貰えた金が思っていたより多かったのか袋の重みに嬉々として帰りました」
「――はっ!」
帝都の方が仕事が見つかるだろう。だが、そこへ行くにはあの女の身一つでは無理だ。やはり男なら誰でも良かったか……
レイノルドが新しい寝床を用意させるかと聞いてきたが、このままでいいと答えた。どうせ夜明けは近いのだ。
また今日も長い一日が始まる――――
ふと、あの山娘の事が頭に浮かんだ。
またあの娘と同じ馬車に乗り、顔を突き合わせることになるのだ。
そういえば……今晩は俺が女を呼んだこともあって娘は近衛隊と部屋を共にしていたのだった。
「あの娘は」
「眠っております」
変な女だ。
拉致されたにも関わらず、初日から敵の近くでぐーぐーと寝られる図太い神経の持ち主だ。
毎晩同じ部屋で寝ていたが、今晩だけは違う。
もちろんいつもと違って大部屋だからと言ってあいつは寝られなくなるような玉ではない。
きっと誰よりも先に眠りについたのであろう。
可笑しな女だ。
「連れて……参りましょうか……?」
レイノルドの声には少し躊躇いが含まれていた。
今の所レイノルドと娘の関係は良好だ。そう仕向けたのは俺だった。
一人でも優しく構ってくれる人間がいれば、嬉しい、と思うのが普通だ。頑な心でも少しは和らぐというものだ。
扱う言葉が違う二人が時間が経るにつれてなんとか少しずつ意思を通じ合わせている様子を見てきた。俺は娘はレイノルドに心を許し始めていると見ていた。
レイノルドの方も「妹が出来たようです」と話していたのを聞く限り、娘の世話は苦ではなさそうだ。
こんな時間ならまだ娘は夢の中だろう。
そんな時間に起こすのは可哀想だ、と思っているに違いない。
俺は「いや、いい」と答えた。
「今日は少し強行軍となる。寝かせておけ」
「はっ、はい!」
安心したような顔をしてレイノルドは再び部屋から出て行った。
何も着ていないのに、体は煮えた湯に浸かっているように熱かった。
ゆっくりと息を吐き、窓から入ってくる月明かりを遮るために腕を目の上に乗せた。
いつものように聞こえてくる娘の寝息を思い出しながら、俺は少しでも睡眠を取ろうと何度も体の向きを変えた。