小さな討論会7
直:
じゃぁ、霊の話を。
昔の人達は、人が死んだらどうなるかと考えた。死後も自分を失いたくないと望むのは俺にもわかる。そこで考え出されたのが魂だ。人が死ぬと肉体は滅びるが、魂は滅びず、そこには自我が残る、つまり自分の意識は死後も残ると考えた。この考えは多くの宗教でも採用されて、犯罪抑止力に貢献している事はさっきも言った通りだ。
だが、この考えを推し進めるとある矛盾に辿り着く。
この世では人は赤ん坊として生れてくる。生れるばかりなら地球は人で埋まってしまうが、老いた者から順に死んで片付いていくからそうはならない。ま、実際には増えてるけどね。
でも、死後の魂が行く世界はどんどん人口いや魂口か?霊口か?とにかく人数が増えるばかりになっちまう。人、いや魂がひしめき合っていて何が天国か、何が楽園かと思うし、リアルにスペースが有限だったら居場所が無くなる心配も出てくる。
徹:
だから輪廻転生か?
直:
そう。
勿論、これが全てとは思ってない。もう一つ、人の欲望が絡んでいると思う。
徹:
欲望ね。
直:
うん。
人間は皆、誰かと自分を比較して生きている。これは群れで生活していた名残かも知れないけど、他人と自分を比較すれば、必ず誰かを羨み、誰かを蔑む事になる。自分が頂点と思える人は極めて少数の、しかも少しおバカな人に限られるから、他は皆、幸せになりたい、幸せに生きたい、と願うはずだ。しかし人生と言うチャンスも一度しかないから、『次がある』という考えには誰もが惹かれたことだろう。その意味でも、人は来世を求めたと思える。
徹:
なるほどね。直の言う、都合の良い話を人が受け入れたって事な。
それで?
直:
次は幽霊だけど…
徹:
だけど?
直:
幽霊の出現する時間帯は概ね夜だよな?
鉄:
昼でも薄暗い場所とかな。
直:
あぁ。
哺乳類は元々夜行性だった。しかし人間へ続く祖先はそれを改めた。昼間活動する生物は基本的に闇=夜を恐れる。神様を作り出していた人類が次に作ったのは、魔物じゃなかったかと俺は思う。
徹:
魔物ねぇ…
直:
そう、魔物。始めは昼の神、夜の神、そんな感じだったかもしれない。
前も話に出たけど、太陽崇拝は世界各地にあった。太陽は万物の恵みの象徴であり、これを悪者に仕立てた例は聴いたことが無い。逆に、犯罪行為の多くが夜行われるよね?
だから無理やり昼と夜とを比較すれば、昼は健全で夜は不健全となるし、昼は安全で夜は危険となる。だろ?
鉄:
夜行性の直に言われても信憑性無いなぁ。
徹:
夜行性はお前だろ。
でも、直の言ってる事は分かるな。
直:
誰が夜行性かは置いといて。
特に、女性や子供にとっては夜の外出は危険だった。だから極力夜は外に出ない方が良いし、出ようと考えなくなる様な寓話を求めた。それが魔物、ヴァンパイアとか、日本なら妖怪変化の類になったんじゃないかと思う。
徹:
う〜ん。素直に納得は出来ないけど、でも日本の妖怪には背景に教訓とか戒めとかが見え隠れしてるのも居るよな。
直:
そうだな。
それでだ、神様が誕生して魔物も生れると、ここからが人間の脳の面白いところだけど、幻覚か見間違えか、でっち上げか知らないが、『見た』という人が必ず現れる。
ネッシーは自分の悪戯だと告白した人が居たな?妖精写真もそうだった。その真否はともかく、首長竜が居る訳ないのは考えなくても分かる事。それでも目撃者は後を絶たなかった。科学の進んだ現代でもそうなんだから、古代なら当然のことだったろう。
徹:
うん、まぁそうだろうな。
直:
そんな目撃談には、死んだはずの人の姿も現れる様になる。
鉄:
それが幽霊か。
直:
そう。
当時は科学も何も無い時代だ。『見た』と言う人が居れば、その人物を信じるかどうかが判定基準となる。信頼に値する人物の言葉なら、もう他の人は信じるしかない。
信じた場合、その死者の姿がそこにあった理由、理屈を作る必要が出てくる。
徹:
死後世界の在り方を変える必要も出てくる、か。
直:
うん。
例えば天国&輪廻転生を採用すれば、死んだ人は天国に行く筈なのに、現世に姿を見せる場合の追加が必要になる。そこで霊には二つのストーリーが追加される。
現れた死者が、幸せそうで穏やかな場合は、天国からの一時帰還とみなしてそれを可能にすること。
現れた死者が血まみれでおどろおどろしい姿だった場合には、死後も天国に行かずこの世に留まる場合のあること。
この二つ、人間なら心情的に自然に受け入れられる。
自分の家族や子孫にメッセージを送るため、死後もここに帰って来たいと思うのは分かる。
殺されたりしてこの世に未練や怨みがあるなら、死んでも天国になんか行きたくない。その前に対象者に復讐を果たしたいと思うのも分かる。
そしてこの二つは道徳の教科書たる宗教でも有用な考えだ。特に後者のケースは犯罪抑止力としても効果が期待できるしね。それに、おどろおどろしい方は、きっと魔の時間、恐怖の時間である夜とも強く結びついたんだと思う。
徹:
そうやって幽霊が生れたって事か。
直:
俺がそう思うって話だけどね。
ホントはもっと単純だったかも知れない。
徹:
と言うと?
直:
ことわざとか、四字熟語とか、実際にあった故事を基にしている場合が多いじゃん?
幽霊も同じかも知れない。例えばある村で、支配階級のAさんが、理不尽な理由で一般人Bさんを殺したとする。Aさんに逆らえる人は居ないからお咎めなし。しかし、そのAさんが突然不可解な死を遂げたとする。人々は噂する、死んだBさんの魂が復讐したんだとか、Bさんの祟りだ、とかね。
噂は噂を生み、それを裏付けるストーリーが考え出されて噂に追加される。
例えばこんな感じ。
咲:
その方が分かり易いかな。
今だって、事実を元に勝手に理由を想像して話すと、それが信実のように噂になっちゃうってあるもんね。
鉄:
そうだよな、俺もガキの頃に、変な噂流されて困った事あったよ。
咲:
どんな?
鉄:
言いたくない。
咲:
聞きた〜い!
直:
アイツは授業中に鼻くそ食ってるって。
鉄:
言うなよ〜!
咲:
笑える〜。でも小学生なんてそんなもんだよねぇ。
大丈夫だよ鉄、事実でも私は気にしないから。
鉄:
事実じゃねーよ、噂だってば。
咲:
冗談だよ、信じてないから。
私が言いたいのはさぁ、例えば友達の女の子がお父さんと歩いてただけなのに、援交の噂になったりした事が実際あったの、高校生の頃。そんな感じでしょ?
直:
そうだな。人間てさ、目にしたり聞いたりした事象に対して、その理由や背景を理解したがる習性があるんだよ。だから分からない場合は勝手に想像して納得する場合も多い。
鼻くそは別だけど。
鉄:
うるせぇ。ガキとは言え俺的にはかなり厳しい状況だったんだぞ。
直:
ゴメンゴメン。笑えない話だよな。
それで、話を戻すけど良いか?
徹:
鉄、機嫌直せよ?誰も信じちゃいないから。
直、進めてくれ。
鉄:
分かってるよ、本気で怒ってる訳じゃないし。
直、次行ってくれよ。
直:
了解です。
てか、もう殆んど大枠の流れ話したから、後は細かい話を行こうと思う。




