小さな討論会6
そして直樹は、自論を展開させてゆく。
直:
悪いけど長くなるかもね。
徹:
分かってるよ。
咲:
途中で質問しても良い?
直:
そりゃ勿論。
咲:
分かった。
直:
じゃぁ始める。人類は昔、狩猟採集生活をしていた…
鉄:
って、そこからかよ!
直:
そうだよ?
鉄:
長。
直:
じゃ、哺乳類誕生からにする?それとも、生命の上陸からか?あ、脊椎動物の誕生とか…
鉄:
あの…良く分からないのですけど、だんだん古くなってますよね?
是非、人類の話からでお願いします…。
直:
はいはい。
では改めて。でもサクっと行くから心配すんなって。
それから結論と言っても、証拠も何も無い、こう考えると霊は居ない方が自然じゃないの?レベルだから。それから前にも出た話の繰り返しになるかも知れないけどよろしくね。
直:
では…。
人類は猿と共通の祖先から進化した。それを良しとしない宗教もあるが、科学的には疑いようが無いだろう。
鉄:
はい。
直:
はいって…。ま、いいか。
え〜、二本足で立った人類は、移動を重ねつつ狩猟採集生活をしていた。
狩りを中心に木の実や果物を探して食料にする生活ね。で、狩猟採集生活は決して楽じゃない。食料の調達に苦労したり、他の群れとの戦いもあっただろうから。それに、肉食獣に襲われた人類の化石がある様に、当時の人類は今みたいに食物連鎖から完全には外れていなかっただろうし。で、するとどうだったかと言うと、その時代には所謂「天寿を全うする人」が極めて少なかったと考えられるのよ。
咲:
なんで?
徹:
うん、これは現代を生きている猿の群れを見ても分かるけど、老いたり傷付いたりして群れの移動についていけない者は、あっさりと置いて行かれるんだよ。動けない者は仲間でも家族でも切り捨てちゃう。それだけ余裕が無いし、自分が生きるってこと自体に必死なんだろうね。だから、狩猟採集生活をしている限り、寿命で死ねる人はまず居なかっただろうって事。
咲:
なるほど。
直:
それに切り捨てられた者は囮の役割も果たすから、その犠牲は群れの安全にも貢献した事だろうね。で、そんな生活だから、身の回りに仲間の死体が残る事はまず無かったと思う。
狩猟採集生活って気ままに感じるけど、実は命懸けの毎日だったんだよ。
それでね、普通に考えて純粋に生きるか死ぬかの世界に、神様なんか現れないだろ?
鉄:
そうか?綱渡りだからこそ神頼みするんじゃねーの?
直:
そうだけど、それは神様が既に居る場合だろ?
まだ神様の居ない段階なら、神様を思う事はないだろう。いや必要性が無いし、信仰心なんか生まれる筈が無いのかも知れないよ。仮に居たとしても、祈る暇があったら食料を探せ、って感じじゃない?
鉄:
あ〜、そうか…。
直:
と、俺は思うの。ま、既に言葉が生まれていたら、もしかしたら神様信仰位はあったかも知れないけど、それでも発達したのはこの時代じゃない筈だよ。
そうは思わない?
鉄:
ごもっとも。
直:
やがて人類は革命的な発明をします。さて何でしょう。
徹:
『農業』。
直:
正解です。
そんで農業の発明は、人類に初めて正しい意味での『定住』をもたらします。
咲:
移動しなくて良いから?
直:
そうです。
定住は集落を作り、やがて村になり国家となります。あ、因みに狩猟採集生活から農業までには恐ろしい時間が掛かっていますが省きます。それから先程も出てきた『言葉』がどこかのタイミングで出来ていた筈ですが、言葉は化石にもなりませんし、時期は正確には分かりません。分かりませんが、定住生活を始める頃には言葉位は使っただろう事は想像できます。なぜなら複雑な農業をこなす為にには、言葉でのコミュニケーションは不可欠では無かったかと思えるからです。
咲:
ねぇ、何でいきなりプレゼン口調なの?
直:
気分!そっとしといて。てか続けて良い?
咲:
良いけど…気持ち悪い。
直:
気持ち悪い、言うな。
続けます。さて、農業の発明により定住生活が始まり集落、つまり人里が誕生すると、人類は食物連鎖の輪から徐々に外れる事になります。そして怪我した者や病気の者、老いた者も死ぬまで近くに居るようになります。死んでも死体は消えてくれませんから、その処理に困ります。それで埋葬の風習が出来たのだろうと思われます。
鉄:
ホント気持ち悪ぃ〜な。
お前、いつも会社でそんな感じ?
直:
月一の報告会とか、客行って説明する時はね。
普段はグニャグニャだよ。
鉄:
じゃぁ、グニャグニャでやれよ。
直:
良いじゃねーか、今いいところなの。ほっとけ。
え〜っと、何の話だっけ…。
あ、少し話が戻ります。
農業の発明から定住生活に入り、つまり食料の安定調達が出来るようになって、移動の必要も無い、となれば当然ですが暇が出来ます。つまり、生きる事自体に必死になる事も無くなり、生活にも時間にもゆとりが生まれる訳です。
この状況でいよいよ本格的に神様が登場出来るようになります。
咲:
考える時間が出来たから?
直:
それもありますが、コミュニケーションが濃密になるから、ですかね。語り合う時間が増えると話題は次々湧いて出てきます。神様については前にも話したのでここでは省くとしますが、色々な疑問に対して、科学を用いず納得の行く結論を出す為には神様が最も合理的です。
咲:
はぁ…。
直:
前に、神様や宗教は便利屋で道徳の教科書と言いました。
鉄:
はい、聞きました。
直:
その話をもう一度。
鉄:
ど、どうぞ。
てか、もう頼むからその口調やめて。
直:
そんなに嫌か?
あ〜、神様が登場して、原始宗教が発達する。宗教が必要な理由は現代にも通じるけど、当時の方が圧倒的に必要性が高かった。
咲:
口調戻した…
直:
やまかすぃ〜。
続けんぞ。人間は自分がいつか必ず死ぬ事を承知して生きている。だから身勝手に生きたい輩はいつの時代でも必ず居る。人権なんて言われ始めたのはつい最近の話で、それまでは酷い世界だったろ?大昔だって同じだよ。定住して集落が出来ると、逆にそこの住人には逃げ場がなくなる。力の強い者は当然支配階級に立ちたがり、力の無い者は支配されるしか生きる術が無くなる。鉄は人の本能を、食う・寝る・やる、と言ったが、俺がその時代の集落のボスになれたら、確実にハーレムを作るね。
徹:
そうか…。国家も法律も警察も無い時代、宗教だけが人間の暴走を防げた訳か。
直:
と思うね。天国・地獄思想とか、閻魔大王みたいな死後の審判なんてのも含めて、宗教最大の効果というか存在価値は、犯罪抑止力以外の何者でも無いよね。
あとは集落単位で所謂『掟』なんてのを作ったりして力の均衡を保ったんだろうな。
あぁ、また話が脱線しちまった。もとに戻すよ〜。
徹:
どうぞ。
直:
神様登場から原始宗教の誕生前後ね。
人類は知識を言葉で伝承する特技を持ってるから、知識は時代を重ねつつ増えていく。同時に神話だけじゃ説明しきれない疑問も湧いてきて、その一つには必ず「例の疑問」があった筈だ。『人は死んだらどうなるのか…』がね。
徹:
そうだな。
直:
その答えだけど、多分、村や民族の単位で色々あった。要するに考えた人のセンス次第だね。その考えを受け入れ易い環境だったかどうかにも依るけど、新たな疑問や矛盾に対し、修正されたり、他の考えと置き換えられたりして徐々に進化したんだと思う。
咲:
やっぱり人間なんだ。
直:
そうだよ。
これは全部想像で証拠は無いけど、そう考えると宗教が沢山ある事に矛盾しないだろ。しかも宗教は進化し続けてる。古代から現代に掛けて、色々な地域や宗教で採用されてきた『死生観』は、色々あって面白い。俺も詳しい事は知らないけど、死んだらお終いから、輪廻転生、輪廻プラス天国・地獄、死後世界への移住、とかね。
咲:
いっぱいあったんだ…
直:
そう、その中からもっともらしい物が選択されて、いや不自然な物、都合の悪い物が淘汰されて現在に至ってる。それが実体だと思う。
さて、じゃぁ、いよいよ霊の話にしよう。世界中の話は知らないし、現在の日本的な考え方が出来るまでについてで行こう。どう?
徹:
あぁ、任せる。




