小さな討論会3
直:
俺にとっちゃ、どっちでもいいけど、意見が割れるのは困るな。
徹:
俺はどんな生命にも、魂は宿ってると思うんだけど。
直:
虫にもか?仏教思想が見え隠れしてる気がするけど?
徹:
虫でも何でもだ。それと、仏教は関係ない。
鉄:
そう思いたいのは分かるけど、全てとなると無理があるんじゃねーか?
徹:
何で?
鉄:
だって…じゃあ天国に咲いてる花は、花の霊か?
徹:
そう…だろ。
鉄:
三途の川には魚の霊が泳いでんの?
徹:
…う〜ん。
直:
そういや、天国に海があるって、聞いた事ないなぁ…海の魚はどうなるんだろ。
徹:
そう言われるとな…。でも聞いた事ないだけで、海があるのかも知れないし。
直:
それなら、天国は地球そっくりって事になんのか?
又はカオスの世界とか…
魚が空を泳いで、ライオンとシマウマが仲良しで、そんなのも嫌だな。
咲:
でも、この世と同じだって聞いた事あるよ?きっと海もあるんだよ。
鉄:
そうなの?俺は聞いた事ないけど。
咲:
私は聞いた事ある。森もあるし海もある。望めば何処にでも住めるし、環境も好きなように変えられるって。だから天国なんだって言ってた。
徹:
それなら、全ての生命に魂が宿ってても…
直:
いや、咲の言う通りだとそれも困るぞ。
徹:
なんで?
直:
咲は環境も変えられると言った。環境には他の生命が付いて来るだろ?花でも森でも生命だぜ。そいつらは人の魂に強制連行されんのか?
徹:
あぁそうか…
直:
こりゃダメだよ、まとまる訳ない。ま、俺から見たら、これが心霊の真実だと思えるけどね。
鉄:
どういう意味で?
直:
そいつはまた後だ。それより、仮説で良いから決めてくれ。魂が宿る生物の範囲と、別種への転生の有無だよ。天国の話はもうどうでも良い。
任せるから決めといて。俺、トイレ行って来るから。
☆★☆★☆★☆★☆★
直:
まとまったか〜い?
徹:
無理だよ。だから総意とは言えないけど、無理やり決めた。
全ての生物に魂は宿るけど、転生は同種。つまり、人間は人間。例外はあるかも知れないけど、ここでは考えない。
以上だ。
直:
ふ〜ん…
徹:
何か不満か?
直:
うん…。自分で封印しといて悪いけど、仏教に精通している者として、その結論で良いのか?
徹:
どういう意味で、だ?
直:
仏教的には輪廻転生は認めてるけど、それって必ずしも良い意味じゃないよな?
徹:
良く知ってるな。そうだけど、一般には輪廻転生って、当たり前の様に受け入れられてるだろ?だから良いんじゃねーか?
直:
違うよ、お前に仏教に対する罪悪感みたいなものがなければ良いって話さ。
徹:
だから…だよ。
仏教じゃ、六道と言って輪廻先が六つある。その内、人間としての輪廻は『人間道』と言って本来『苦』として扱われてる。因みに『畜生道』と言って動物類のそれもある。俺が全ての生命に魂が宿ると考えるのは、それも多少影響している。
でも、多くの人はそんな事を知らないし、みんな前世を信じ、来世があることを望んでるだろ?だから俺もそれで良いと思ってるし、仏教上でも、輪廻の輪から外れるのは簡単な事じゃないからね。何より、俺自身がその方が自然だと思ってるから問題ない。
直:
分かった。お前がそう言うならOKって事にしよう。
徹:
気を使ってもらって悪りーね。
直:
いいえ、どういたしまして。
咲:
そう言えば…
鉄:
どした?
咲:
天国とか輪廻とか、今仏教の話もでたけど、それって宗教ごとに違う解釈なんでしょ?
直:
その通り。
咲:
じゃぁ、何が本物かわかんないじゃん…
鉄:
だからローカルルール作ってんじゃん。
咲:
でも、良く考えたら、それっておかしくない?
鉄:
まぁ…
直:
そうだよ、おかしいんだよ。でも、それは考えない事にしてみんな霊云々を信じてるんだよ。信実なんか分からないの、永遠にね。
徹:
そう言ってしまえばそれまでだけどな。
直:
咲の言った通り、宗教ごとに死生観は全て違う。仏教の話も出たけど、輪廻なんか認めてない宗教も有るし、曖昧にしてる宗教もある。逆にヒンドゥー教じゃ輪廻は基本中の基本になってる。これはカーストを守るためだろうから、まぁ別格かな。
咲:
カーストって何?
直:
身分制度だよ。ヒンドゥー教じゃ人は平等じゃない。生れた瞬間にその人の身分が決まり、一生変えられないし変わらない。その為に来世という教義があって、今生の行い次第で来世での身分が変わるって訳。
咲:
うわ。なんか、ちょっと酷い話…
直:
そうだな。一応、今は禁止されていて無いことになってるけど、どこの世界にもある謂われ無き差別と同じで絶対無くならないだろうな、完全には…。
咲:
キリスト教とかはどうなのかな…
徹:
さぁ…、俺もキリスト教と言われると詳しくないけど。
直:
キリスト教は輪廻転生は認めてないよ。だから、日本人の理解している意味での前世も来世もない。ユダヤ教も同じだろう。多分イスラム教も。これは自信ないけど。
多分この三つの一神教には、そういう教義が無いんだと思う。元々同じ神様だしな。
要するに、死生観てのは宗教とか民族とかで違うのさ。
あ、言い忘れたけど、それでもキリスト教徒の中には教えに無い輪廻を信望している人は多いらしいよ。聞いた話で事実は知らんけど、でも映画なんかのセリフでは聞いた気もする。
つまりさ、人間て自分に好都合な情報はどんどん取り入れてしまうって事だよ。やっぱり人間の脳は傲慢で自己中なんだよ。
鉄:
今、なんか凄い事聞いたような…
咲:
何?
鉄:
元々同じ神様とか何とか…
直:
ん?ユダヤ教とキリスト教とイスラム教の神様だろ?そうだよ、元々ってか、今だって同じ神様だよ。
鉄:
じゃ、なんであんなに仲が悪いんだよ。
徹:
直、それホントなの?
直:
徹も知らなかったのか?
徹:
あぁ。
直:
キリスト教は元々ユダヤ教から始まってんのは知ってるよな?
徹:
それは知ってる。
咲:
知らなかった…
直:
咲には悪いけど置いてくぞ。
俺だって詳しい事は知らないけど。
ユダヤ教に登場した神様は天地創造の神にして唯一絶対神だ。ユダヤ教の腐敗を嘆いたイエスがキリスト教を興したとも言われてる。それから数百年後にムハンマドが説いたのがイスラム教だが、信仰対象はユダヤ教の神様。要するに、全部旧約聖書に書かれている神様を崇拝しているんだよ。
鉄が言った通り、それにも拘らず、キリスト教とイスラム教は仲が悪い。
これも結局は人間のエゴじゃないのかね。ホントのところは分からないけど、キリスト教徒にしてみたら、後から出てきたイスラム教はパッチもんに見えただろうし、イスラム教徒はそんな事お構いなしだろ。今の新興宗教を考えればイメージできるんじゃない?
鉄:
そりゃ分かるけど、同じ神様信仰してんのに、戦争の歴史しかねーだろ。
俺は、キリスト教とイスラム教は全く逆向きの宗教なんだろうって勝手に思ってたよ。それにしては聖地が近いなぁ…とも思ってたけど。
徹:
聖地は近いどころか何箇所も被ってるだろ。
咲:
置いてかないで…
直:
遅。
だから、徹には悪いけど、俺は宗教を一切信じないんだよ。家は仏教だから、誰か死ねば仏教式で葬式出すし、仏教徒として振舞うけどね。
神様が居ようが居まいが、輪廻転生があろうがなかろうが、真実は一つである事が自然だろ?それなのに、ベクトルの違う宗教が世界中にいくつあると思う?俺も知らないけど、とにかくいっぱいあるよ。こういう場合、どれか一つが本物で、他は全部偽物と考えるのが自然か?
違うな、合理的に考えれば全部偽物だよ。
少しばかりの沈黙が、四人に訪れた…




