小さな討論会スタート!
いよいよ本格的に討論スタートです。
でも、直樹の独演会の様相に…
著者:読者の皆さん、初めまして。著者の拳骨です。ここからは、彼ら四人のやり取りを中心にお送りします。チャット風(?)でお楽しみ頂こうかと…
徹:
それじゃ先ず、各自の立場をハッキリさせとこう。あ、その前にだ。幽霊とか魂とか、そもそも同じ意味で扱って良いかどうかも定かじゃない。そこは追々って事で今は触れない事にする。『霊』と言ったら、これらの総称って事で良いな?
頷く三人。
徹:
じゃぁ改めて。鉄、お前は霊を信じるか?
鉄:
げ、俺からかよ。いや〜信じるって言うか、正直言うと全然分かんねぇ…。
でも存在して欲しいっていう希望というか、願望はあるな。
徹:
ん〜じゃぁ、中立だけど肯定寄りって事で良いか?
鉄:
あぁそれで良い。でも基本は肯定寄りって事で。
徹:
分かった。で、咲はどう?霊感あるなんて俺も聞いてなかったけど…。
ま、それなら否定する訳ないな。
咲:
そうね。私は子供の頃から『ある』と思ってたし…うん、ある方で。
徹:
ん、分かった。じゃぁ肯定派ね。
で〜、最後に直、聞くまでも無いけど信じないよな?
徹はこの上ない笑顔だ。
直:
その言い方は気に入らんなぁ…。俺ってそんなに頑固で偏屈なイメージな訳?
でもまぁ、幽霊が居るかって聞かれたら、そりゃ居ないだろうよ。
流石に三対一じゃ分が悪いけど、全員肯定じゃ、議論になんねーしな。
ま、俺は完全否定だね。
徹:
ん?三対一って、俺はまだ何も言ってねーぞ。
鉄:
オイオイ!そりゃねーだろ。
徹:
ははは、冗談だよ。俺が否定したんじゃ始まらないだろ?俺は信じるよ、当然だ。
直:
やっぱ三対一な訳ね。さぁてどう戦おうか?
徹:
まぁ、そんな構えんなって。そんじゃ本題に入るぞ。先ずは問題提起が必要だけど、誰か、何か意見はあるか?
直:
意見じゃないけど、頼みがある。
徹:
なんだ?
直:
一つ一つの事象について議論してたらキリが無いだろ?それに例えば『俺が見たアレが霊でないなら何なんだ?』と聞かれても俺には何の回答も無いし説明は出来ない。だから、出来るだけ大きく捉えて議論したい。それが俺の希望だよ。
徹:
確かにな。よし、そうしよう。二人も良いな?
咲:
うん、分かった。出来るだけそうする。
鉄:
了解。でも俺バカだから、そうなっちまったら言ってくれ。
徹:
よし。じゃこれで良いな、始めよう。
…無言の数十秒…
徹:
って、無言かよ?
咲:
何かアバウト過ぎて何も言えない…
鉄:
咲と同じだな。で、どーすんだ?この空気…
徹:
あー、分かったよ。だめだなこりゃ…。
なぁ直、俺が質問する形で始めるけど良いか?
直:
あぁ、その方が助かるな。今の時点で俺から言う事ってやっぱ特に無いし。
徹:
OK〜では質問します。先ずは直の思考の変遷、それが聞きたい。
お前、ガキの頃から信じてなかったのか?
直:
いーや。流石にガキの頃は信じてたよ。実に単純だったしな。そうだよ、中学ん時の修学旅行だっけか?みんなで怖い話で盛り上がったりしたじゃん。
鉄:
あぁ、そんな事あったよなぁ。部屋真っ暗にして話し込んでな。俺がいきなり写真撮ったらフラッシュでみんな驚いてさ、その後酷い目にあったよ…
徹:
あの時お前ボコボコにされてたな。
鉄:
…でも面白かった。
徹:
じゃあ、いつから信じなくなったんだ?それに何で?
直:
う〜ん、大人になりながら徐々に、かな。何でかって言われるとちょっと困るけど、多分テレビとか見てて、なんか嘘くせぇと思い始めたのが切欠だろうな。
徹:
へぇ…。なんか意外に普通だな。
咲:
うん。でも確かに嘘っぽい番組って多いよね。私が見ててもこれって嘘だなって思うことあるもん。
直:
だろ。印象に残ってるのがあってさ。霊能者とリポーターが自殺の名所に行く訳よ。それで霊視が始まって、一人の自殺者とコンタクト出来たと言い出す。その人は事業に失敗しての自殺だそうで、中学生になる娘が心配で…とか、謝りたい…とか色々言ってるって。
咲:
それで?
直:
リポーターが名前を聞いたら『K』さんです。…ってアホか?
咲:
匿名って事じゃないの?
直:
違う違う、『K』のイニシャルが浮かぶけどそれ以上は分からない。本人もなぜか答えないって。
咲:
へ〜。
直:
しかもその後、霊視で浮かんだ風景を元に地図書いて、その自殺者の家を探しに行った。
鉄:
見つかった?
直:
んな訳無いじゃん。
徹:
何だそりゃ。
直:
良く見てるとそんなの多いじゃん。
鉄:
確かになぁ。色々見たけど、その手の話で本人が特定されたケースは見たこと無いな。
直:
だろ?そんなの繰り返し見てたら、信じられなくもなるよ、普通。
徹:
でも、そんな事で全否定って訳でもないだろ?
直:
そりゃね。
咲:
他にもあるの?
直:
いやいや、徹が『思考の変遷』て言うから、切欠の話をしたんだよ、一々挙げたらキリが無くなる。それに…こんなのは理由にならんだろ?
咲:
じゃぁ理由を話してよ。
直:
理由なぁ…。ちょっと違うかも知れねーけど、俺の考え話していい?
徹:
どうぞ。
直:
サンキュ。
いやね、今のテレビの話もそうだけど、霊云々の情報とか説明とかって、無理があり過ぎるし矛盾だらけなんだよ。例えば…そう例えばね、霊には色々な能力がある事になってるだろ?
咲:
能力って?
直:
だから、生きてる人に姿を見せたり、声を聞かせたり。物を動かしたりとか、不思議現象色々。
咲:
あぁ、そういう事ね。
直:
うん。でもその力が本当にあるなら、未解決の殺人事件とか有っちゃいけないだろ。逆に時効寸前で犯人が捕まるのもおかしいし、まぁ、そんな感じの矛盾がたっぷりあると思うわけ。
咲:
でもぉ…
直:
でも、そんな事が否定の根拠にはならないよ。
咲:
そうなんだ…
直:
で考えた訳、もっと色々と。
霊が存在する場合としない場合はどちらが自然か。存在しないなら何故こんなに人々に浸透しているのか。存在しているとして、何故今でも証明できないのか…とかね。
徹:
で、出た結論が否定って事か。
直:
そういう事。どう考えても居るとは思えない、と結論付けた。
徹:
なるほどね。じゃ、その話聞こうよ。な、咲。
咲:
うん。聞きたい。
直:
じゃ、俺が話せばいい訳ね?
徹:
あぁ。
直:
話、遠回りするけどいい?
徹:
あぁ、いいよ。
直:
質問もしたいんだけどいい?
鉄:
いいよ〜。何でも聞いてちょうだい。
直:
OK、そんじゃ聞きます。いきなりだけど、みんなは神様を信じるか?
徹:
神様ぁ?
直:
あぁ。宗教絡みでなくていいよ。全知全能の神でも、山の神でも海の神でもいい。要するに、人とか人の魂を越えた存在としての神様って意味で。
鉄:
いや信じないな。
咲:
私も。
徹:
仏教は無視するにしても、俺も神と言われるとな…
直:
うん…。じゃぁ、妖怪は?
徹:
はぁ?妖怪って、妖怪?
直:
まんま妖怪だよ。カッパでも雪女でも何でもいい。ゲゲゲの世界だよ。
徹:
そりゃ、居ないだろぉよ。
咲:
吸血鬼ってちょっと魅力感じるけど、カッコいいんでしょ?でも居るかって言われたらNOよね。あ、吸血鬼って妖怪?
鉄:
さぁ…。でも、どの道居る訳ねーな。
直:
じゃぁ、イエスは居たか?モーセは、ムハンマドは、お釈迦様は実在したと思うか?
徹:
そりゃ居たろ。
咲:
そう思う。
鉄:
居た…かな。なぁ直、何でこんな事聞くんだ?
直:
あぁ、済まん。でも分かったよ。みんな俺と同じ考えだ。
徹:
同じ考え?
直:
あぁ。最後の偉人達はまるで話が別として、みんな神様や妖怪変化は否定する訳だろ?勿論、魔女なんてのも信じないよな 。
咲:
うん…。で?
直:
つまりさ、人類は時代背景とか、その時の都合に応じて、神様とか妖怪とか、悪く言えば人外の存在を、勝手に創造したり破棄したり、受け入れたり放棄したりを繰り返して来た事になるとは思わない?
咲:
そうなるの?
徹:
まぁそうだな。だから神話や伝承は今でもあるし、過去に教会主導の時代もあれば、魔女狩りが実際に行われた歴史もある…だろ?
直:
その通り。
徹:
つまり、霊や魂はまだ放棄されていないだけ……ってか?
直:
正解。その通りだよ。
徹:
まぁ、分からない話じゃないな。
咲:
でも神様とカッパが同列?それに霊とは違うでしょうに…
徹:
直にとっては同じだよ。な?
要するに偶像崇拝の否定って事さ。それが直の宗教論に繋がるんだろ?
直:
あぁ。流石は徹。
咲:
何で?
徹:
俺に聞くなって。直、続き頼む。
直:
あぁ。宗教はさ、古代の百科事典なんだと思うんだよ。それに道徳の教科書かな。
咲:
へ?
直:
へって…。想像してみると分かるよ。古代人だって人間だ、それに人類はその頃から全然進化なんてしてない。だから…
咲:
だから?
直:
古代人も馬鹿でのろまって訳じゃなかったって事。大昔に科学なんか無かったから、単に何も知らなかっただけって事さ。
咲:
えぇ、分かんないよ。だから何なの?
直:
古代人にも色々な奴がいたのさ、鉄みたいなお気楽な奴も、徹みたいに賢い奴もな。
鉄:
オ、オイ!
直:
ふふ。冗談はともかく、人には知識欲があるだろ?知らない事,分からない事を、知りたい,理解したいと思う訳で、それは古代人も現代人も同じはずなんだよ。
咲:
で?
直:
神様が生まれた。
咲:
何それ。
直:
俺に言わせりゃ神様は便利屋だよ、便利神だな。
咲:
ねぇねぇ、直ちゃん。いい加減、私に分かるように話してくれない?
鉄:
プッ。
咲:
鉄、プッって何よ!
徹:
まぁまぁ。直、大体言いたい事分かるけど、咲の言う通りに頼むよ。
直:
あぁ。やっぱ少し回りくどい話になるけど勘弁な。
徹:
それでいい。
直:
言葉、つまり言語は世界に何種類も存在するだろ?これは人類がアフリカから移住し始めるよりずっと後になってから、それぞれに言葉が発達したって証拠だろ?
咲:
人ってアフリカ出身なの?
徹:
咲、その話は後でな。進まないから。
咲:
あ、はい。すみません。
直:
続けるよ〜。
それなのに、言葉も通じず、文化交流もなかったと思える、辺境地の少数民族にも神様は居るし、信仰心なら科学文明に染まった社会に住む人々より圧倒的に強い。
鉄:
テレビで見る限りはそうだな。なんとか族とかだろ?
直:
うん。でも世界中に居る神様は、一部を除いて全部違う神様だ。言語の数だけ、民族の数だけ神様が居ると言っていい。一神教とは限らないから、実際には確実にもっと多い。
この状態を考える時、それだけたくさん神様が居るからだ、と解釈するのは無理がないか?
鉄:
確かに…。
直:
で結論。神様ってのは人類の造ったもんだ。創造神なんて言っても、結局は人類に造られたって事。創造神にとっちゃ皮肉な話だけどね。
徹:
なるほどね、お前が言うと余計に正しく聞こえる。けど、みんなそれは承知だろ。
直:
そう。みんな同じ様に思ってると思う。
咲:
私は考えた事も無かったけど、実在しないなら人が作ったとしか考えられないもんね。
鉄:
そうだな、神を否定する以上はそうなるな。
徹:
ここまではOKだ。それでどうなる?
直:
あぁ。さて、神様とは何とも便利な存在だ。空が青いのも、葉っぱが緑色なのも、夜が暗いのもみんな神様が決めた事だ。雨が降るのも、暑いのも寒いのも神様の仕業さ。何か悪い事が起これば神様がお怒りで、逆に良い事が起これば神様のお陰。便利だろ?神様さえ居れば、説明の付かない事なんか何も無くなるんだから。どう?
鉄:
古代人達がそう考えたって事だろ?あぁ、それが原始宗教ってことか…
直:
大正解!鉄やるね。でもそんな事当たり前だと思わない?
鉄:
当たり前なのか?
直:
当たり前かはともかく、でも恐らく、確実にそうやって原始宗教は出来たんだと思う。
徹:
だな、それは確かだろう。実際、古代宗教の太陽に対する信仰の多さも、対象としての分かり易さを思えば当然と思えるし。偶像崇拝の走り…か。
咲:
ねぇねぇ、さっきも思ったんだけど、偶像崇拝って何?
鉄:
プッ。
咲:
テ〜ツ〜!
鉄:
はいはい、偶像ってのはね、有りもしないものって事だよ。
直:
まぁ、正しい意味だと木とが銅とかで作った『像』そのものを指すんだけど、『像』そのものは見たことも無い神仏を模したものだし、広義には鉄の言った事で正しいよ。
鉄:
ねぇ咲ちゃん、分かった?
咲:
フン…
直:
あの〜進めても…?
徹:
はい。脱線組みは無視で。
直:
だな。さて、これで古代人に信仰心てものが生れて、広く受け入れられた…ここまでは良いよな?
徹:
あぁ。でもその古代宗教も、信仰の対象も変化していくよな?
直:
うん。でも、それも当然だよ。古代人だって馬鹿じゃないって言ったけど、時代毎に当然賢い奴は居た筈だろ?そうすりゃ、矛盾点も見えてくるし、新たな疑問も湧いて来る。そうなると、結局、神様の在り方や能力にも修正が必要になる。
咲:
それも結局人間が直しちゃうの?
直:
そうだよ。原始宗教とは言え、宗教が出来れば指導的な立場の人物が居た筈だからね。長老とか、シャーマンとかね。そいつらが新たな能力やストーリーを神様に加えるんだよ。ま、想像の域は出ないけど、無理な考えじゃないだろ?
徹:
そこから枝分かれを繰り返して現在の宗教分布に至るって訳か…。
直:
証拠は無いけどね、俺はそう思ってる。モーセだ釈迦だと名前出したけど、彼らの偉業も時代にマッチしていたからこそだと思う。人にとって信仰心ってのは必要不可欠な物だったんだと思うんだ。特に古代人にとっては、ね。
咲:
あ!ねぇねぇ、直って霊を信じないんだよね?
直:
あぁ。
咲:
でも今、信仰心は必要不可欠と言った。
鉄:
特に古代人って言ったぞ。
咲:
そうだけど!
もう、うるさいよ。
鉄:
すんません…
咲:
じゃぁ、直はどうなの?信仰心って無いの?
直:
無いよ、全〜然。
徹:
はっきり否定すんな…
咲:
じゃー、じゃぁ、直はお墓参りとか、お仏壇にお線香あげたりとかしないの?
直:
するよ。むしろよくする方だと思ってる。
咲:
何で?まさか世間体とか?
直:
矛盾するって言いたい訳ね?
咲:
だって…矛盾するでしょ。ねぇ、徹どう思う?
徹:
ん…、まぁ一見そう感じるけど、でも必ずしもそうとは言えないかな。
咲:
え、何で?
徹:
直の考え方だと、それとこれとは話が別って事だよ。仕来りとか伝統に近い物だし、霊の存在云々とは別に、先祖を敬うとか感謝したりするのは有りかなって。どう直?
直:
うん。徹の言う事も一理あるけど、俺はもっとドライだよ。
咲:
ドライって?
直:
あのさぁ、なんかホントに独演会みたいになってきたけど、また回りくどい話して良い?
鉄:
まだ時間も早いし俺はOKよ。
徹と咲も頷いた。
直:
結論から言うと、俺は本能に従ってるだけだ。
鉄:
なんだそりゃ…
咲:
???
徹:
本能?流石に分かんねぇな…。
直:
あぁ、そんなに簡単に理解されたらつまんねぇからな。
鉄:
あのね、時間はあるけど無理やり遠回りすんなよ?
直:
はいはい。
ところでまた質問。人間の本能って何だと思う?
鉄:
食う、寝る、やる…
咲:
馬〜鹿。
直:
でも、まぁ普通、そう答えるよな。
咲:
にしても言い方が悪い。
鉄:
じゃぁ、食欲に睡眠欲に性欲か?変わんねぇだろ。
咲:
…
直:
はは。まぁ大きく言えば『自己保存』と『自己複製』かな、でもちょい違う。それは人間に限ったもんじゃない。質問の仕方も悪かったな。それじゃぁ、哺乳類の本能って事でどう?
咲:
自己…何?
直:
あぁ、『自己保存』と『自己複製』。後で出てくるかも知れないから覚えといて欲しいけど、とりあえず置いといて。今は哺乳類の本能の話…
徹:
要するに生態の特徴って事だろ?なら、子育てじゃねぇか。単孔類でも有袋類でも、哺乳類に分類される動物はみんな子育てするよな。
直:
はい、そうです。
咲:
はぁ。なんかホント遠回りしてる感じしてきた。
直:
いやそうでもないよ。子育てがキーワードなんだから。
咲:
へ〜。じゃぁ続けて。
直:
うん。人間に話を戻すけど、俺らが日本語喋ってんのは親に教えられたからだろ?
咲:
まぁね。当たり前過ぎるけど…
直:
そう、当たり前。でも言葉だけじゃないだろ?要するに人間てのは、全〜部何から何まで教えてもらわないと何も出来ない訳。例えば…あぁ、狼に育てられた女の子の話とか最近もあったろ?
徹:
あぁ、あったな。食事の仕方とか色々言われてたよな。
直:
そうそう。それにこんな話もある。人間の赤ん坊をお面被ったまま、つまり顔を一切見せずに育てると、その子は笑わない人間に育つそうだ。それどころか、全く他の人の姿を見ずに食事だけ与えて育てれば、その子は二本足で立つ事すらしないらしい。
徹:
あー、何となく分かったよ。
鉄:
分かんの?
徹:
あぁ。人間はどんな事でも誰かから教えてもらう様に出来てる。逆に言えば、教えられた事に従うのが人間の本能って事だろ?だから信仰心を持つかどうかも、それを教えられるかどうかが重要って事だ。教わりもしないで神や霊を信じる奴が居る筈ないもんな、だって知らないんだから。そういう事だろ?
直:
そうそう、全くそういう事。哺乳類が子育てするのは、生きて行く術を共に暮らす期間で子供に教える為。人間だって同じなんだよ。誰かが人間として育てなかったら、人間にもなれないのが人間なんだ。で、徹が言った通り人間が誰かから物事を教わり、それを受け入れるのは本能だ。俺がお墓参りに行ったり、お線香あげたりするのは、親にそうする様に教えられたからだよ。
鉄:
?でもそん時よぉ、なんでお墓参りするのか、とかも教わったろ?
直:
多分な。
鉄:
じゃぁ、それも信じなくちゃなんねーだろうに。
咲:
そうだよねぇ…
直:
まぁそうだな。でも鉄、お前出掛ける直前に爪切っちゃだめとか、聞いた事無い?
鉄:
また話飛ぶの?それ何となく聞いた事はあるけど…
咲:
私はあるよ。すっごくお母さんに怒られたこともあるし。
直:
良かった。咲、その後はどうしてる?守ってる?
咲:
うん、守ってるよ。出掛ける予定入ったら、前日に必ずチェックするしね。
直:
じゃぁ咲、何で爪切っちゃいけないか理由は聞いた?
咲:
そう言えばちゃんと聞いた事無いな…なんか縁起が悪いとか言われた気がするけど…
直:
ん…。いや実は俺も知らないんだけどね。でもこう思う。多分昔は安全な爪切りなんて無かったろうから、きっと爪を切るのも結構危ない作業だったんだろう。そんな危険な事を出掛ける直前になってから、しかも慌ててすると、結構な確率で怪我をする。そしたら肝心のお出掛けそのものが中止にるかも知れないし、遠足見たいなお楽しみ行事だったら台無しになりかねない。だからそうならない様に、戒めと言うか、警告と言うか…そんな目的で言われるようになった物なんじゃないかと思うんだよね。ことわざ…みたいなもんかなぁ。
それでね、実は俺も守ってる訳よ、ガキの頃からずっと。理由も謂れもハッキリしないのに、親にそう教わったが為に止められない訳。俺にとっては墓参りも同じ。理由を聞いて『違うんじゃないの?』と思っても、どうしようもない苦痛が伴うとかならともかく、苦にならない事は止められないんだよ。
これって説明になってないかなぁ?
鉄:
まぁ、何となくだけど分かる気はするよ。食い合わせとかでもあるんだろ、根拠の無いヤツって。それと同じと思えばいいんだろ?
直:
お〜、いい事言うじゃん!それだよ、それ。
鉄:
大袈裟な…。な〜んか腹立つのは気のせいか?
徹:
ははは、気のせいだよ鉄。
なぁ直、社会性とかは関係無いの?
直:
あるよね。やっぱ徹は的確だね。咲に世間体って聞かれたけど、ある意味正解だろ。
咲:
やった!
鉄:
やっぱムカつく…
直:
まぁまぁ…。誰かが誰かを教育するのが人間社会だから、社会性はどうしても必要になる。奇人変人なんて言うけど、そう言われない為には常識になっている事はするべきだろ。お墓参りなんかには、その要素が満載だからな。
徹:
直の結論なら、霊の存在とそれを肯定するかのような行動には矛盾があっていい訳か…霊どころか宗教もなにもみんな否定する訳だな。
直:
信仰心は否定してないよ。先祖を敬う事も、死者を悼む事もね。これは心の問題だと思ってるだけだよ。
徹:
なるほどね。しかし随分遠回りしてるな、ホントに。
直:
そうかもな。でも人の心理と行動を独立させて、それでいて両立させて考えるには、やっぱ避けて通れないのよね、信仰心と本能は。
徹:
ん…
俺、トイレと言って鉄也が席を立った。美咲も空き缶と、空いた皿を持ってキッチンへ向かう。自然な流れで小休止となった。




