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小さな討論会

敢えてホラーに投稿してみました。

無条件で『霊』を信じている方は、是非一読ください。怪しい世界へ踏み出す前に…

俺の名前は『直樹』。

仲間内からは『なお』と呼ばれている。

仲間って言っても、偏屈な俺に親しい仲間なんてのは数人しか居ないんだけどね。

その数少ない仲間が今夜もいらっしゃるそうです。

とり合えず、明日の寝不足だけは確定だな…



★☆★☆★☆★☆



7月。

猛暑と言われていたはずだが、梅雨が長引き涼しい日々が続いている。

三人はコンビニで買い込んだビールやつまみを持って、友人宅に車で向かっていた。

「なぁ、とおる、今日は直に何の話振るつもりなんだよ。」

質問した青年は名を『鉄也』といい、皆からは『鉄』と呼ばれている。知りたがりな性格で質問が多い割りに、自ら考える事には努力しない、楽天的と言うかお気楽なタイプ。高校を卒業後、自宅から遠くない小さな部品メーカーに就職。十年に満たないキャリアだが、今や会社に欠かせない設計者となっている。設計と言ってもデザイナーに近く、その方面の感性は持ち合わせていたようだ。しかし、センスだけで勝負している訳では無い様で、今では小さいながらも一つの部隊の責任者となっている。その意味でも決して馬鹿ではないのだが、自身の生活に直結しない事柄に対しては、やはり本気で物事を捉える事はしない。仲間内ではそのキャラゆえにムードメーカーでもある。因みに無類の酒好き。

「お楽しみに…って事も無いけどさ。今日は古典的なネタで攻めるよ。」

徹は薄く笑みを浮かべ、ミラー越しに目をやり後部座席の鉄也に答えた。

「ふ〜ん…。さきも知らないの?」

矛先を変え、鉄也が問うた彼女は『美咲』。肩書きは徹の会社の同僚にして彼女。『美咲』の名から後ろを取って『咲』と呼ばれる事が多い。少なくとも徹を始めとして周囲の男共は皆『咲』と呼ぶ。

「知らな〜い。今日は忙しくて。そう言えば話もしてないもんね?」

「そーだな。」

そっけなく答えて徹はウィンカーを出す。車は見慣れた駐車場に吸い込まれた。直樹の待つ、いや本人に待っている認識は全く無いが、彼らが来る事は承知している彼のアパートに着いた。

「さて行くか。」

徹の声に従い、残る二人も車から降りた。



★☆★☆★☆★☆



玄関のチャイムに応じて扉を開けた直樹の前には、珍しくも何とも無い三人組が立っていた。

「よっ。」

サクっと挨拶を交わして三人は部屋に上がり込む。一番最後に入った鉄也は慣れた手付きで玄関の鍵をガチャリと閉めた。恐らく今夜、これ以上の訪問者は絶対に居ないと鉄也は確信している。直樹にそんな相手は居ないはずだから。

直樹と男性客二名は思い思いの場所、と言っても定位置となりつつある場所に各々腰を下ろす。美咲はまるで我が家のキッチンにでも向かうように、この部屋のその場所へ…。直樹がこのアパートで一人暮らしを始めて今年で四年。何度も繰り返されてきたこの四人の動きはもうお馴染みの光景。

直樹がタバコに火を点けながら最初の言葉を発する。

「お前ら、ホントに暇だな…」

苦笑いの鉄也がこれに答える。

「お前に言われたかないね。大体暇で寂しい思いをしてんだろうって、こうやって来てやってる俺等の友情に感謝して欲しいよ。」

「だよね〜。ところでさぁ、冷蔵庫ん中またビールしか入ってないじゃん。直、ゴハンちゃんと食べてんの?」

キッチンで酒やらつまりやらの準備を終えて、それらを運びながら美咲が引き継いだ。

「はいはい。皆さんで色々と俺様の心配してくれてるって訳ね。」

肩を落とす素振りを見せながら直樹が答えた。視線の先の徹が、やや苦い笑みを浮かべている。恐らく美咲のお節介発言に対してだろう。だが人付き合いが面倒でならない直樹にとって、この友人二人とその連れ一人は、何の気兼ねも無く接する事の出来る数少ない存在である。絶対に口には出さないが、実は彼らの訪問を心待ちにしているのもまた確かであった。呑み過ぎと寝不足、それにお隣さんの冷たい視線を除けばであるが…

「カンパ〜イ!」

の掛け声の後、一通り挨拶代わりの近況報告を交わしつつ、賑やかに談笑が続いた。



★☆★☆★☆★☆



徹と美咲はある薬品メーカーの研究所に勤務している。二人はそこで知り合い現在の関係になった。徹は所謂研究者である。研究者と言えば聞こえも良いが、残念ながら徹の最終学歴は……。大学も出ていない彼に与えられるのは、真の研究者達の助手であり、指示に従い、実験を繰り返しているに過ぎない。時にはナイスなアイデアが閃き活躍する事もあるのだが、結局お手柄は、それを更に発展させてしまう上役の秀才達に攫われる。実に浮かばれない話だがこれが社会の現実でもある。もっとも、有名大学出の上役達にはどう頑張っても勝てない現実は、残念ながらそこにある。

美咲はというと、こちらも徹と同じ研究室に籍を置くものの、本人は白衣に全く縁が無い。単なるアシスタントであり、仕事は事務処理が中心。徹が居るから今も働いているが、出来るなら早いところ寿退社したいと望んでいる。あの堅物共を結婚式に呼ばなくてはいけないのかと、飛躍した悩みを抱えつつ…。


「しっかしなぁ…。鉄は設計屋で直は技術屋か。羨ましいなぁ…」


あ〜始まった、と直樹は思う。


直樹は『ある有名な樹脂』専門の成型メーカー勤務であり、そこで技術屋をやっている。『ある樹脂』は有名だが会社はベンチャーに近く無名で小さなものだ。営業部門から持ち込まれる「こんな物が出来ないか」という話を形にするのが直樹の仕事であるり、これに必要な事なら素材の調合や製造方法の検討,試作品の評価から製品の立ち上げまで何でも引き受ける。毎日の様に違うテーマと戦う事になり、また無理難題も多くて大変ではあるが、それが直樹には向いていた。事実、直樹は今の仕事内容や自身の立場にそれなりに満足しており、このアパートを借りたのも会社の近くに住む事が第一の理由だったりする。

野郎三人の内、最も給与の面で恵まれているのは他ならぬ徹だ。直樹や鉄也は社内の良いポジションについてはいるが、詰まる所会社の規模が徹のそれとは違い過ぎる。だが男の心理とは、いやプライドとはそう単純ではない。収入は現実的に多いほど良いが、しかしそれが全てでは無いものだ。徹にとっては自分で物事を考え組み立てて、それが成果,結果となって帰ってくる直樹や鉄也の仕事が羨ましくてたまらないらしい。


「俺なんか試験管と睨めっこしてるだけだもんなぁ…」


徹がまた呟いた。

いい嘆きを入れ始めた徹だが、これは一定量の酒が入り、同時に徹の討論開始スイッチが入ったサインでもある。いつものパターンだから皆承知している。

鉄也がそんな事は無い、一流会社の研究所勤務で高収入なら文句は無いだろう云々と、鉄也にとっては至って本気、別に慰めでも何でも無い言葉を掛けても、徹は俯いたまま反応を示さなかった。これもいつもの通りだ。

徹としては、三人の内で最も成績が良く、優先的に大企業に就職出来たはずの自分が、何年経っても助手であるのに対し、当初収入面で徹を羨んでいた二人が今や会社で大活躍しているという現実が苦しかったのだ。二人に敵意は無いが、慰めて貰うのは流石に不愉快だ。何よりそれが分かっていながら愚痴ってしまう自分にも腹が立つ。

だから愚痴の後は必ず自分で話題を変える。それゆえに徹の愚痴は話題変更のサインになるのだ。


しばし無言の時が流れ、徹は思い出したかの様に口を開く。

「なぁ…」

来た!と直樹は心の中で身構えた。

「あぁ?」

と答えて続きを促す。


「幽霊って、いるか?」


どうやら徹は、今夜のスタートボタンを押した様だ。



★☆★☆★☆★☆



「い、今何と?」

直は素っ頓狂な声で聞き直した。

「だからさ、幽霊はホントにいるのか。つまり信じるかどうか…いや違うな。肯定でも否定でもどっちでも良いけど、その根拠があるかって事だな。」

徹の説明に三人とも軽く固まった。

その話タブーなんじゃ…と、徹以外の三人は同じ事を思う。


直樹と鉄也、徹と美咲の四人は、この部屋に頻繁に集合している。

直樹は人付き合いは嫌いだが、喋るのが苦手とか、対人恐怖症や赤面症とかそんな理由は何も無い。単に面倒だから、友人知人の輪を広げたくないと思っているだけだ。だからこの四人でいる時は普通に話すし、男としてはむしろお喋りな方だ。同じように徹も良く喋る。というより、直樹と徹の二人はとにかく議論・討論が好きなのだ。意見をぶつけ合うのが好きなのである。

鉄也はそんな二人の、ややマニアックであったりもする話を聞くのが好きであり、時折参加すればそれも楽しかった。質問すれば大抵は答えが得られるし、何より酒の肴にこの環境は素晴らしいと感じている。

美咲は徹の彼女として、彼と一緒にいたいという漠然とした理由もあるが、時にやりあい、時に笑いあうこの三人の世話を焼くのが好きだった。小難しい話は苦手という女性も多い中、彼女は彼らの、自分にとってはややレベルの高い話に耳を傾けるのも嫌いではなかった。勿論、分かる話題なら参加もする。

そんな四人だからこれまで色々な話題で盛り上ってきた。芸能,スポーツや時事ネタも多いが、政治経済は勿論の事、進化論だったり宇宙論だったり、量子力学なんてのもあった。流石に量子力学は直樹と徹の二人の会話に近かったが。


だがこの四人の小さな討論会には、一つのタブーが存在した。それが幽霊や魂などといった、カテゴリーで言えば『心霊』である。オカルトの中でもUFOや超能力はOKだし、宗教論も構わないのだが、心霊に限っては御法度だった。


それには理由がある。

徹の父方の実家は由緒正しいお寺だという事実…これだ。徹の叔父が現在の住職であり、同年代の従兄弟も居たので徹は子供の頃、よく寺で過ごしていた。従兄弟共々住職から色々な話を聞き、当然の様に仏教に精通している。徹も、徹の父親も仏門に入ることは無かったし、これからもその必要は無いのだろうが、祖父,叔父は勿論、先祖代々が住職である家柄に生れた者にとって、人に魂が宿るのは当たり前の事であり、ここだけは絶対に譲れないはず…なのである。


「あぁ、分かってるよ。これだけ色々と話してきたのに、お前らが一切幽霊だの魂だのをテーマに挙げなかったのは、俺の家系に気を遣って、だろ。」


いや、そうではないと直樹は思う。心霊ネタをテーマにしなかったのは、徹がそれを挙げることが無かったからだと。三咲と知り合うずっと前から三人で色々な話をしてきたが、今まで心霊について語られた事は一度も無かった。メディアから流れて来た体験談などが紹介されたりはしたが、

「へぇ…」

「すげぇな…」

「怖ぇ…」

「鳥肌たったよ!」

程度の反応に止まり、それ以上に発展することは無かったし、その真否を追求したり、根底を探る様な議論はしてこなかった。正しく言えば、それを避けて来た。


「あぁ、そうか。俺がその手の話を避けていると思ってたんだろ。」


その通りだと三人は首肯する。


「良いんだよ、別に避けてた訳じゃないんだ。確かに俺の家は仏教に通じるし、逆にその事で、みんなが言いたい事も言えないだろうと思って、話題に挙げるのを遠慮してたとこはあるけどね。でも、どうしてもこの件で一度、みんなと話してみたかったんだよ。」

三人を順に見据えながら話す徹の言葉に、どうやら嘘は無い。無理している様子も無いし、恐らくは本音なのだろうと直樹は思う。なぜ今なのか、その単純な疑問は残ったが。

「良いのかよ。仏教にとっちゃ、許し難い方向に話が行くかもしんねーぞ。」

言う鉄也に徹が頷き、

「それは良いよ。それよりさぁ鉄、な、古典的なネタだろ?」

と言い笑う。

「な〜るほど、確かに古典的なネタだな。」

と同じく笑顔で鉄也が答えた。

直樹はその二人のやり取りを見ながら考えていた。

(これは不味い。寝不足どころじゃない。長くなる…朝になるかも…)

恐らくこの思いは的中することだろう。それでもテーマの決まった今宵の討論会に、僅かではあるが期待も膨らみ始めて来た直樹であった。


「私ね、少し霊感があるのよ…」


突然の美咲の告白に、三人が一斉に彼女に注目した。

その顔三つは一様に『驚き仮面』。


「ちょっ、な、何よみんなその顔!」

予想外の注目度に少しうろたえた美咲だが、気を取り直して彼女は続けた。

「いや霊感って言っても、そんな大袈裟なもんじゃないのよ…。見えるとか聞こえるとかじゃなくて、何か感じるのよ、そう…何と言うかこう、嫌な感じとか、気配みたいなもの…」

直樹は内心ホッと胸を撫で下ろした。その程度なら良いだろう、と。意見をぶつけ合い、相手を論破する事に躊躇いの無い直樹ではあるが、この場合は相手自身を否定し兼ねない問題だ。友人の恋人であり、良く見知った女性を責めるようなことはしたくなかった。


「ホントにやるのか、その話。」

直樹はようやく口を開いた。その問いに徹は力強く頷いた。他の二人にも異論は無い様だ。

「じゃ、今日はこれで決まりだな。」

鉄也が言い、本日の討論会が始まった…



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