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第二話:百合、ドン引きする

こんなハイテンションな人間がいたら、即座に家を出る。

そういうモノをイメージしました。

 羨ましいって思った、そこのお前。

 ちょっと代われ。頼むから。





 植草五郎の朝は、エロい夢から始まる。

「………………」

 朝方眠りが浅くなる頃に見る夢は、大体エロい。

 原因は分かり切っている。分かり切っているが粗雑に扱うわけにもいかない。

 五郎は眠っている人間を叩き起こすことができないタイプの男である。

 毎朝のように起こさないように丁寧に起きて、毎朝のように憮然とした顔をして、そっと部屋を出た後に股間に全力のでこぴんを叩きつけ、しばらく悶え苦しんだ後に家業の手伝いをする。

 家業……弁当屋である。

 五郎の母親が若い頃キャバクラで稼いだ元手で開いた弁当屋は、そこそこの儲けを出しながら、地元に馴染んでいるらしい。ちなみに父親は普通のサラリーマンで係長程度の役職に就き、日々あくせく働いている。

 弁当屋……とはいえ、五郎にできることなどほとんどない。

 雇っているパートさんはそこそこ優秀だし、味付けは母親が決めているので、五郎にできることは弁当箱に決まったおかずを詰めていく作業くらいだ。

「五郎ちゃん、今日の日替わりは唐揚げ弁当だから。よろしくね?」

「うん」

 いつものように弁当におかずを詰めていく。

 決まった量のおかずを詰め、決まった量のご飯を詰め、それを延々と続ける。

「相変わらず五郎ちゃんは仕事が早いわねぇ。お母さん助かっちゃうわ」

「そんなことはないよ」

 十年間同じことを繰り返していれば、嫌でも覚える。

 もちろん、ニーズに応じてマイナーチェンジはしているが、基本が同じなので変わった部分にだけ気を付けていれば問題はない。慣れれば誰にでも出来る仕事だ。

 ちなみに時給は出ないし、弁当屋を継ぐつもりもない。

 家の手伝いの延長戦上で五郎は弁当のおかずを、十年間詰め続けている。

 地味な上に早寝早起きを強制されるので、姉の美恵子は高校に上がると同時に弁当屋の手伝いはやめたが、五郎はなんとなく続けている。

 二時間ほどかけて作業は終了し、五郎は母親の弁当屋を離れた。

 時間は朝の六時。前の日は十時、遅くとも十一時には寝て、四時に起きて作業をするのだが、今日はわりと早く終わった方で遅いと六時半頃までずれ込むこともある。

 弁当屋の裏にある自宅に戻り、作り置きしておいた水出し紅茶を飲んで一息吐く。

「…………はぁ」

 時給は出ない単純作業。これを十年続けるのなら、もっと有意義な趣味に費やすべきだと五郎は思っているが……なんとなく、この時間のために続けているのかもしれないと最近は思っている。

 自由で孤独な時間。自分の駄目さ加減に振り回されることがない時間。

 一仕事終えてゆっくりして……ぼんやりとできる時間だった。

 と、そんな時間を満喫していると、不意に視界が真っ暗になった。

「だ~れだ♪」

「姉さんしかいないしやめて」

「五郎ちゃん、なんか昨日からつれない態度じゃない?」

「眼鏡に指紋が付くからやめろって言ってんの」

 五郎は眼鏡をかけている。眼鏡が特別好きというわけではないが、眼鏡とはつまり視力である。眼鏡に指紋を付けるということは、眼球に指で触れることに等しい……とまでは言わないが、わりと酷いことだと五郎は考える。

 植草美恵子。前髪ぱっつん、後ろに伸ばした髪は長い。大きな目。長いまつ毛。ほっそりとした顔立ち。熊がプリントされたパジャマ。体の凹凸は優れている方に入るだろう。姉のことを美少女とは形容したくない五郎だったが、クラスの男子数人から『生徒会長紹介してくれ』と言われたので、恐らくは美人で美少女なのだろう。

 ちなみに、全員に紹介したのだがことごとく玉砕したそうな。

「ちゅー」

「やめろ。やめてください。弟に毎朝のようにキスをねだるのはやめて。口が臭い」

「美少女に向かって口が臭いとは失礼な!」

「自分で美少女言うなよ……正直、ただの脅し文句で別に臭くはないけどさ、ふりでもそういう行為をする時はせめて歯を磨くのがマナーでしょうが」

「歯を磨いたらちゅーしていいってことね」

「いいわけないだろ。『ふりでも』って言ったよね? 誰がマジでやれと言った」

「ちぇー。弟が反抗期だー」

 脹れっ面ながらも納得したのか、美恵子は洗面所に向かった。

 ほっと息を吐き……五郎は紅茶を飲みながら、少しの間なにも考えずにぼんやりと天井を見つめた。

(ウチのお姉ちゃんはなんでこんな風になっちゃったんだろうなぁ……)

 昨日、五十鈴に『甘やかすから付け上がる』と言われたことを思い出す。

 確かにそれは事実だ。学校でストレスが溜まっているんだから、ある程度好きにさせてあげようと思ったのは……確かに事実だし、否定できない部分が多々ある。

 甘えられて嬉しいということも、ある。

 しかし、『こんな風になっちゃった』のは自分の責任ではない……と、五郎は思う。

 そんなことをつらつら思っていると、顔を拭きながら美恵子が戻って来た。

「五郎ちゃんは、また母さんの手伝い? もうやめたら? お金も出ないし。体よくこき使われてるだけだと思うよ? これで積立貯金とかしてたら美談なんだけど、お母さん頭パッパラパーだからそういうことしてる気配ないし」

「相変わらず、姉さんは母さんのこと嫌いだよね……」

「嫌いじゃないわよぅ? 母さんの作るお弁当は大っ嫌いだけど」

「………………」

 それは、弁当屋としてアイデンティティの崩壊だし、五郎の母親の弁当目当てに買いに来る全てのお客に対する侮辱の言葉でもあったが、あえて五郎は指摘しなかった。

 美恵子がこんな風になってしまったのは、両親の責任が大きい。

 よくある話だ。あまり娘に構うことができない両親と、守らなければならないほどの不器量な弟。プレッシャーだのなんだの、色々あって今に至っている。

 きっかけなどない。あったら話はもっと早い。ないからこそ困っている。

「ウェーイ! がふがふくんくん」

「姉さん。頭の匂いを嗅いだり首に噛みつくのはやめて。普通に痛い」

「やめてもいいけど、その前にちょっと尋問」

 後ろから抱きついたまま、美恵子は五郎の首に腕を回した。

 軽いチョークスリーパーである。もちろんこのまま絞め上げれば窒息する。頭の後ろに美恵子の胸が当たっていたが、いつものことなのである程度まで無視する。

 ある程度ということは無視できていないということだが……それはともかく。

「ね、姉さん? 尋問って……」

「回答次第では尋問が拷問に変わることもあり得るわ。嘘は吐かないように。あと……姉さんではなく『お姉ちゃん』と呼びなさい。それからイエスの後にマムと付けろ」

「い、イエス・マム」

「昨日……五郎ちゃんが女の子と付き合うって話は聞いたんだけど……男の子なんだから付き合ったりふられたり、ふられたりするのは成長の兆しだからいいんだけど……」

「別にふられる前提で話を進めなくても……あと『私は納得してません。納得しません』みたいな口調で思わせぶりに言われても困るよ」

「五郎ちゃんのお相手、五十鈴ちゃんよね?」

「相手は秘密だって言ったでしょ。大体、五十鈴ちゃんって誰さ?」

 振り下ろされた刃をなんとか受け流す。虚を突いてきた尋問ではあったが、五郎に精神的動揺はない。

 どうにでもなれ、というある種の境地が、五郎の心を落ち着かせていた。

「ぺロリ……これは、嘘を吐いている味よ!」

「やめろや。分かる人にしか分からないネタもそうだけど、人の顔を舐めんな」

「さっき歯を磨いてきたから大丈夫よ」

「汚れの問題じゃないよ。気分の問題だよ。……っていうかさ、ぼくのことより、お姉ちゃんこそ彼氏とかこさえて、彼氏にこーゆーことすりゃいいじゃん?」

「高校三年生は受験に専念しなきゃいけないのよ? 私は会社立ち上げるつもりだけど、それでもやっぱり立ち上げなかったって時に備えて、勉強はしておくべきよね」

「一、二年の時にもっと頑張れよ」

「一年生の頃は五郎ちゃんの成績をカチ上げなきゃいけなかったし、二年生の頃は五郎ちゃんに先輩風吹かせるのに忙しかったから……合間合間に付き合ったり別れたりはしたけど、結局五郎ちゃんに戻って来てしまうのよねぇ」

「お姉ちゃん。今すぐ腕を離してここに座れ。いや、座れやがりなさい」

「えー?」

 嫌そうな音を出しながらも、五郎の前に座った美恵子はにやにやと笑っていた。

 なぜにやにやと笑っているのかは分からないが、五郎は口を開いた。

「あのね、お姉ちゃん。……お姉ちゃんは自分の将来をどう考えてるのさ?」

「会社建てて、テキトーに仕事しつつ社員か金持ちな男を見つけて結婚し、子供は二人か三人で、適度に人生の荒波を乗り越えつつ、私の両親と旦那が死んだ頃に五郎ちゃんと子供たちと一緒に老後を暮らすのが理想です」

「これは酷い! 旦那さん謀殺してそうなあたりが特に酷い!」

「参考文献は逆転大奥。あれには感銘を受けたね。五代目から六代目の転換期の場面を見て『これだ!』って思ったもん」

「思ったもんじゃないよ! 酷過ぎて言葉がないよ! いいからもう、頼むからぼくのことは放って置いて自立しろ! お姉ちゃんならできるでしょ!?」

「むぅ~りぃ~」

「うっわ、なにその言い方。超殴りたい」

「五郎ちゃんから自立とか冗談抜きで無理ですぅ~。お付き合い最短記録三日、最長記録一週間を舐めんなよ?」

「なにそれ怖い。なにやらかしたのさ?」

「別になにも。逆になにもしなかったから別れることになったのかもしれないわね」

「お付き合いしてるんだからなんかしろや!」

「生徒会忙しいもん。あと、私からするぶんにはいいけど、相手にべたべたされるのはなんか嫌なのよね。調子こいてんじゃねぇぞコラって気分になるし」

「え? お付き合いしてるんだよね? なんで喧嘩腰なの? 意味不明なんだけど」

「何回かお付き合いして分かったことは……私には恋愛のドキドキは要らないってことなんだよね。安心感と安定感が必要なのだよ。その点、五郎ちゃんはなに言ってもなにやっても的確に反応してくれるからね。安心で安定してます」

「………………」

 信頼感のように見せて好き放題やっていい相手が欲しいだけだろ、それ。

 五郎はそんな風に思ったが、あえて黙っていた。

 言っても良いことと、言わなくてもいいこと。五郎は確かにそれを把握している。

(お姉ちゃんは我がままなんだよね……基本的に)

 内心で溜息を吐いた。もちろん外には出さない。出してもいいが面倒なことになる。

 口元をつり上げて、美恵子は口を開いた。

「話を戻すけど、私は別に五郎ちゃんが誰にふられても構わないと思うのよね」

「おい、せめて『誰と付き合って』みたいな文言は入れてよ。その言い方だとぼくに彼女ができないでしょうが」

「そこなんだよね……。私は五郎ちゃんの交際相手は五十鈴ちゃんだとシャンプーの匂いで確信してる。五十鈴ちゃんに探りを入れてみたら全力で否定してたけど、その否定の仕方も『そんなわけないですよ、あはは』みたいな感じだったし。……でも『誰ですかそれ?』って言わないってことは、少なくとも面識はあるってことだよね? 五郎ちゃんの話とは食い違うよねぇ?」

「食い違うって……その人が単にぼくのことを知ってただけじゃないの? ぼくは目立たないタイプの人間だけどさ、お姉ちゃんの弟ってだけで知ってる人もいるし」

「五郎ちゃんは、なーんにもできないけどお話だけは本当に上手だよねェ? 動揺も出さないって、男の子としてどうかと思うよ? でも、五十鈴ちゃんはそうじゃない。あの子は隠しごとがあんまり得意じゃないからね。揺さぶればボロが出る」

 そう言われても、五郎の心はあまり揺らがなかった。

 五郎とはしては隠すつもりはない。今は五十鈴のことを慮って名前だけは伏せているがどう足掻いても美恵子の勘と嗅覚は誤魔化せそうにない。いずれはバレる。

 バレたらバラせばいい。そんな風に考えている。

(隠したり誤魔化したりする意味は……正直あんまりない)

 バレても問題はない。美恵子がどう出ようが、五郎はこの付き合いは継続させるつもりなのだ。振られるにしても『一ヶ月お付き合いした』という経過が欲しいのだ。

 姉から自分を切り離すことができれば、それで御の字だと五郎は思う。

 最悪、五十鈴が石村未来に脅されていることを言ってしまうかもしれないが……元々が五十鈴の自業自得なので五郎には関係ない。あくまで、姉に『弟は自立しようとしていること』が伝わればいい。

 とぼけた表情のまま、美恵子はにやにやといやらしく笑う。

「まぁ、五郎ちゃんの浅知恵くらいは分かってるよ? どんなことを考えてるのかも大体分かってるつもり。だからあえて言うけど……彼女ができた程度で、この駄目な姉がブラコンをやめると思ったら大間違い。五郎ちゃんのファーストキスの相手は五十鈴ちゃんじゃない。このお姉ちゃんだァーーーーー!」

「だから知ってる人しか知らないネタはやめろって言ってるだろ。有名なネタらしいけどぼくは七部からしか読んでないから知らないんだよ。あと……キスの話は普通にトラウマだからやめてくんない? 酒に酔った中二病の姉に押し倒されてキスされた上に舌まで入れられたとか、尋常じゃないトラウマだから」

「嫌なら拒絶すれば良かったじゃない?」

「純粋に腕力が足りないのが分かっててそういうこと言うのは、どうかと思うな!」

 嫌だし全力で拒絶したのだが腕力が足りなかった。ただそれだけである。酔った中二病の姉に成長期の男子が腕力で負けるというのは、さすがに泣きそうになった思い出だ。

 腕力が足りていないのが全ての原因なのかもしれないと、五郎は思う。

「というか、キスならちょくちょくしてるじゃない?」

「してるんじゃなくてされてるんだよ! 腕力で劣る相手の唇を強引に奪うってのは日本じゃなくても犯罪だよ。っていうかさ……前々から言おうと思ってたけど、力づくってのはやめようよ? 布団に潜りこむのとかもさ」

「春と秋と冬は人肌があった方が寝やすいし、五郎ちゃんなら仮に襲われてもぶっ飛ばせばいいかなって思って……」

「その考え方、飢えた人間の前で御馳走食べながら『近づいたら殺す』って銃口向けるようなもんだと思うよ? なんかもう、酷い。色々酷い。……そもそもさ、ぼくに彼女ができたからって、姉さんには関係ないじゃん? 昨日は問い詰められたから白状しただけで、別に言う必要すらないと思ってたよ」

「ほほう? 五郎ちゃんにしちゃかなり強気だね。まぁ、確かに五郎ちゃんはお姉ちゃんのモノってわけでもないし、誰かに譲ってあげるのもやぶさかじゃないんだけど」

「そう言いつつ、思いっきりモノ扱いしてるよね……っていうか、譲る譲らない以前に彼氏作れよ。作れるんなら作れよ。ぼくをそろそろ解放してあげてよ」

「彼氏とかめんどい。奴らときたら『べたべたしてくるのになんでキスは駄目なんだ』とか『美恵子は重い』とか『証拠はないけど別の男の気配がする』とか散々言うわけですよ。自分から告白してきたくせにやっぱり無理とか、そりゃねぇよと思いますですよ? 実の弟との浮気くらい見逃せっての」

「発想が飛躍し過ぎてツッコミが追いつかないけど……実の弟と浮気ってなにその気持ち悪い発想っ!? 意味が分からないんだけどっ!?」

「男と付き合ってる時に別の男(弟)とちゅーするって、普通に浮気じゃない?」

「身内とのキスとか普通にノーカウントでしょ?」

「え?」

「……え?」

「うん……五郎ちゃん。ちょっと正座しようか? お説教だけど十分かからないから」

「うん。でも、お姉ちゃんも正座しようね? お説教だけど十分かからないから」

 全く同じことを互いに言い合い、互いに正座して訳の分からない言い合いが始まる。

 それは客観的に見れば痴話喧嘩と呼ばれる類のものだったが、当事者である五郎と美智子には全く関係ないことだった。

 ちなみに二人の『お説教』は一時間以上続き、互いに遅刻寸前になるのだった。



「ってなことがあってさ……ったく。朝から面倒ったらありゃしない」

「そ……そうですか……ハハ……」

 昼休み。件の空き教室に五郎と五十鈴に集合していたのだが、あんまりといえばあんまりな愚痴に、五十鈴は引いた。ドン引きした。ついでにちょっと涙目だった。

(怖っ! この姉弟……ちょっと怖過ぎですよ!?)

 いちゃいちゃし過ぎというのもあったし、お前ら結婚すんの? と言いたくもある。

 しかし……一番怖いのは……。

「ところで、私はお姉さまに『恋人いるの?』とか聞かれた覚えはないのですが……」

「そうだろうね」

「……そうだろうねって……」

「別に確認する必要はないんだよね。お姉ちゃんとしてはぼくの動揺を引き出せればそれでいいだけだし。ぼくは『恋人はいる。でも坪倉五十鈴って人は知らない』ってスタンスで動いてるから、それを崩せればなんでもいいんだよ。ぼくとしてはどう言われようがなにを聞かれようが、追及されるのが恥ずかしかったって開き直ればいいだけ。……簡単に言うと、動揺した方が負けっていう、チキンレースだから」

「昨日撮った私の顔で色々バレたりしなかったんですか?」

「ちゃんと帰りにSDカード買ってそっちに保存してあるよ。家に帰る前に待ち受け変えればいいだけだしね。携帯見られても問題ないようにはしてるし。だから昨日は写真撮るだけで電話番号とメールアドレスは聞かなかったでしょ?」

「あの……失礼ですが、スキル『強心臓』にステータスを極振りしたんですか?」

「いや、これはただの経験値。女の子はこの程度の嘘くらい平気で吐くもんでしょ? 知ってることと知らないことの隙間で揺さぶりをかけるくらい、普通じゃない?」

 違う。断じて違う。嘘は吐くがそこまで悪辣な騙しの手法は取らない。

 五十鈴が少しばかり青くなっていると、五郎は持って来た弁当の包みを開いた。普通の弁当箱と仰々しい黒い重箱が一つ。重箱を開けると中には唐揚げが詰まっていた。

 五郎は微妙な笑顔を浮かべながら、重箱を五十鈴の方に押しやった。

「まぁ、昨日のお礼ということで」

「なんで唐揚げなんですか?」

「ぼくの家が弁当屋でね……こういう風に、材料が余ることがあるんだ」

「ふむ。ではお一ついただきましょう」

 五十鈴も弁当箱を広げ、唐揚げを箸でつまんで口に運ぶ。

 揚げたてのようなサクサク感は望むべくもなかったが、味はしっかり染みていて、既製品にしては美味しいのではないか。そんな風に思った。

「なかなか美味しいですね……」

「唐揚げ弁当は、日替わりメニューの中でも売れ行きがいいからね」

「ふむふむ……で、そのお弁当屋さんはどこにあるのでしょうか? お姉さまの売り子姿は、是非一度拝見したいところですね」

「期待に添えないようで悪いけど……姉さんは一切家の手伝いとかしないよ。家の手伝いをしない口実を作るために生徒会に入ったようなもんだし。そもそも、あんまり親と仲良くないしね」

「それ、そんなサラッと言っていいようなことなんですか?」

「年頃の女の子なんだから、両親と仲悪いくらい普通でしょ」

「……そう、ですか」

 確かにそうだ。自分達は高校生で、年頃なのだから両親と仲悪いくらいは普通だ。

 反抗期で、自立したくて、親から離れたくて仕方がない年頃なのだから……普通だ。

 五十鈴はあまり気に留めないように、唐揚げを頬張って、パックの牛乳を飲んだ。

 五郎は弁当のご飯をよく咀嚼して飲み込み、口を開いた。

「確認しておきたいんだけど……坪倉さんのご両親って、息災?」

「へ?」

「いや、なんか『両親と仲悪い』の所で微妙な表情してたからさ、もしかしたら無神経なこと言っちゃったのかもしれないなーと思って……」

「……いえいえ、特に無神経な点はありません。無神経なのは私の家庭の方でしょう」

「それ、聞いちゃってもいい話?」

「大したことじゃないですよ。父親は世界中飛び回ってるカメラマンで、母親はとっくに他界してて、私は祖父母に育てられたというありきたりな話で……だから、私には『両親と仲が悪い』という感覚が、分からないだけですから」

「それ、分からないっていうよりも……喪失感的なものなんじゃないかな?」

「え?」

「他人に当然のように『ある』ものが、自分には『ない』って、意外とキツいよね」

 しみじみと語りながら、五郎はほうれん草の辛子醤油和えを口に放り込む。

 その様子は、寂しそうでも苦しそうでも諦めているのでもなく、普通だった。

「まぁ、ぼくには坪倉さんの気持ちは分からないから、他人事だと思って流し聞きしてくれていいんだけどさ……『他人が持っているモノを獲得する機会すらなかった』って、本人が思う以上にキツいと思うんだよね。例えば、ぼくは坪倉さんを見てるとなんだかちょっとばかりイライラするけど、それも『嫉妬の』裏返しなんだよね。坪倉さんはぼくが望んでも得られなかったものを持っているから……すごく、羨ましい」

「私のどこが羨ましいんですか? 私は見ての通り……わりと駄目人間ですけど」

「好みの女の子に対する熱意」

「……えっと?」

「情熱、熱意、熱中、夢中……ぼくは、そういったものを得る機会がなかった」

 どうしてそんなに夢中になれるの? そのことだけ考えていられるの? どうしてそんな下らないことに心血を注げるの? それは好きだけどそこまでじゃねぇよ。君の考え方にはついていけない。

 心の底に冷めた自分がいる。感動している自分を客観的に見る自分がいる。

 後先考えている……冷静な自分が、冷たい眼差しで自分を見つめている。

「ぼくの友達に低身長童顔前髪ぱっつんの可愛い系男子がいるんだけどさ……そいつが最近女の子と付き合い始めたんだ。経緯を聞く限りじゃかなり露骨にアプローチしてたらしいんだけど、なんでそいつが、女の子にそこまでできたのか、さっぱり分からない」

「それはまぁ、恋の力ってやつではないですか?」

「ぼくも十六年生きてきたから恋くらいはしたけど、そんな力は出なかったよ。恋い焦がれるって経験もない。『好き』を諦めて……それでおしまい」

「分かった風な顔をして、その想いを遮断して、苦笑して諦めたわけですね。根性無しの上にチキンと呼ぶにふさわしい。一緒にしないでもらえます?」

「そう言われると思って、唐揚げに激辛唐辛子を仕込んでおいたよ」

「ふぐおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」

 唐突に口の中を侵す灼熱と激痛に悶えながら、慌てて口の中に牛乳を流し込む。

 牛乳を一パック飲み切ったところで、ようやく口内の激痛はおさまってくれたが、舌がひりひりしていた。

「なにするんですかっ! 私の舌を殺す気ですかっ!?」

「言葉の暴力を物理で返しただけ。まさかあんだけクソミソに貶しておいて、無事で済むとは思わなかったよね? 自分の言葉には責任を持たないと」

「私がなにも言わなかったらどうするつもりだったんですか?」

「ぼくが食べればいいだけ。……まぁ、実は夜食や総菜としては意外と好評な激辛唐揚げはともかくとして、恋に恋する気持ちとか、なにかに熱中して時間を忘れるとか、そういうことがよく分からないから、坪倉さんのことはすごく羨ましいと思うよ」

「そんなことで羨ましがられても困るんですがねぇ……」

「うっわー、ウチのかーちゃんちょーうっぜーわー。マジあのババァむかつくわー」

「っ……はいはい羨ましいですよ! 五郎の家はご家族が息災で超羨ましいですよ! 母親の手作り弁当とか食べてみたいですよ! これでいいですか!?」

「よろしいです。……それと同じように、坪倉さんがやたらとぼくに突っかかってくるのは、ぼくが『お姉さまの弟』だからだろうね」

「……そりゃそうですよ」

 自分に手に入らないものを容易に手にしている、憎いあいつのコンチクショウ。

 先ほどまで延々と惚気話のような愚痴を聞かされていたが、やっぱり腹が立つ。

 一番の感想は『怖い』だが、二番の感想は『羨ましい』なのだ。

 自分もそんな風にお姉さまとは言わないが……誰かといちゃいちゃしたい。

(できれば、可憐で背が低く大人しくてちょっとドジな女の子といちゃいちゃしたいとかそういう願望はともかく!)

 五十鈴は腹立ち紛れに唐揚げを頬張って、喉に詰まりそうになり五郎の飲み物を奪って飲み込んで、ヤケクソ気味に聞きたいことを聞くことにした。

「大体、一体なにをどうやらかしたらお姉さまがそこまでデレるんですかっ!?」

「ぼくのお茶を強奪した上に逆ギレとか……いいけどさ」

 溜息を吐き、少しだけ考える素振りを見せて、五郎は口を開いた。

「……分からないけど、姉さんの日々の言動を含めて考えると、ぼくが姉さんの欲しいモノを供給しているからって気がする」

「欲しいモノ?」

「一言で言えば『無制限の許容』なのかな? その辺はぼくもよく分からないけど、要するに『あなたがどんな人でも、私はあなたを愛しています』っていう心構え、かな?」

「あっ……愛っ!? 愛してって……っ!?」

「恋愛的なラブじゃないよ? 家族的な、親愛ってやつだよ?」

「しっ……知ってますし! 分かってましたし!」

 いや、絶対に勘違いしたよね? そういうんじゃねーから。

 その一言を、五郎はあえて言わなかった。勘違いされても仕方がないようなことを散々言ってきた自分にも責任があると思ってのことである。

 少々気まずい気分になりつつ、言葉を続けた。

「甘やかしてるだろと言われりゃ言葉もないけど、ぼくも頼られれば嬉しい。頼られたり甘えられたり、そんな経験はお姉ちゃん経由でしかしたことないから。……あるいは、そういうことを分かってて、甘えてくれてるのかもしれないけど」

「聞けば聞くほど悪循環な関係のような気がしますが……」

「そうだね」

 あっさりと認めて、五郎は五十鈴からお茶を取り戻し、当たり前のように飲んだ。

(ん? なんかこの男、今サラッととんでもないことしてますよね?)

 女の子が飲んだお茶を、あっさりと回し飲みする。

 確かに気にしない人間は気にしないだろうが……五十鈴はなんとなくイラッとした。

「五郎君。それは、私が口を付けてしまったお茶なのですが?」

「激辛唐揚げの処分には水分が不可欠なんだよ。あとこれ、ぼくのお茶だから」

「いえいえ、そういうことではなくて……確かに私は百合という最低辺の趣味を持っていますが、それでも女性扱いされないというのは、普通にイラッとしますよ?」

「間接キスごときでドギマギしろってのは、ちょっと要求高いと思うなァ」

 生まれた時のステータス値をスキル『強心臓』に極振りした男は、あっさりとそんなことを言った。

 少し考えて、五十鈴は慎重に口を開いた。

「ふと、思ったんですが……ちょっと色々麻痺してません?」

「麻痺?」

「ぶっちゃけますと、五郎君には初々しさが全くもってこれっぽっちもありません。日々の職務に圧殺されるサラリーマンのような、倦怠感を常に感じますね」

「……じ、事実だとしても言い過ぎだと思うなぁ」

 自覚はあるのか、五郎は抗議をしながらも目を逸らした。

 言い過ぎとは言われたものの、言わずにはいられないので、五十鈴は言葉を続ける。

「いいですか? そりゃ、五郎君のお姉さまは魅力的な女性ですが、あれだけが女性の全てというわけではありませんし、あんな廃スペック女子を物差しにして基準を作ってはいけません。また、五郎君は自分を駄目だ駄目だと言い張りますが、そもそも人間など駄目な所があって然るべきなのです。駄目なら駄目で開き直って恋愛をするべきなのです」

「なんてこった……良い事言ってるのに百合だから説得力が皆無だ」

「真面目に聞きなさい! こっちは真面目に話しているんですよ!」

「いや、でもねぇ……坪倉さんだって『自分を女扱いしてない』とか言うわりに、ぼくのことも男扱いしてないじゃん? 言ってること矛盾してますぜ?」

「してますよ? 百合は男には萌えません。故に間接キス程度じゃ動揺しないのです」

「あっ……はい。すみません」

「すみませんとか言いながら憐れむような視線を感じるのは……まぁ、いいでしょう。それはともかく真面目なお話です」

 食べ終わった弁当箱を脇に置いて、五十鈴はきっぱりと断言した。


「五郎君が、お姉さま以外に関心を抱ける女性を探しましょう」


 空き教室が沈黙に包まれた。五郎は首を傾げて『こいつ、いきなりなに言い出すんだ?』といった感じの表情を浮かべていたが、無視して五十鈴は続けた。

「昨日と今日の話を総合すると……五郎君は『画面の向こうにいる女性にはあまり興味はないが、見て聞いて話せる、目の前にいる女性にはそこそこ興味が持てる』ように思えます。恐らく、好きなアイドルとかもいないんじゃないですか?」

「あー……そうだね。確かにいないね。エロ本とかも持ってないしなぁ」

「あの、下世話な話になりますけど性欲の処理とかどうしてるんですか? 答えたくないなら答えなくてもいいんですが……あ、もしかして本は駄目だけど動画はOKとか?」

「……ど、動画は……興味はあるにはあるけど……持ってはいない、かな」

 五郎は思い切り顔を逸らして、顔を真っ赤にしてぽつりと呟いた。

 先ほどのふてぶてしい様子とは『打って変わって』である。背筋に這い上がる熱い血流を感じて、五十鈴は頬を緩めた。

(なるほどなるほど……エロ方面が弱点ですか。草食系男子っぽいですねぇ)

 五十鈴は女性限定だが肉食系で、しかもわりとサドだった。

 人を困らせるのは、大好きなのだった。

「おやおや? 持っていないということは、普段どうされているのですか?」

「なっ……なんだよ、その妙な食いつきは……そんなのどうだっていいでしょ?」

「いえいえこれは素朴な疑問なのですよ。一般高校生男子が持っていて当然のものを持っていない。ならばどのように『なさっているか』というのは、興味があります。いや、興味というよりは危機感と言うべきでしょう。『他人が持っているモノを獲得する機会すらなかった』という喪失は、エロ方面においては際立った異常性になりますから」

「………………」

 もちろん詭弁ではあるが、五郎は渋々ながらも納得した表情を見せた。

 五十鈴は内心でほくそ笑んでいた。今まで散々色々言われてきた仕返しである。もちろん、自分が言ったことや、やったことは忘れている。

(あらあら……男のくせになかなか可愛い顔もできるじゃないですか)

 恥ずかしがる顔は、男女問わず良いものだ。男は基本的に嫌いだが、応用的に良い物は良いと認める度量程度はあるつもりだ。

 ほくそ笑む五十鈴の内心は知らず、目を逸らしたまま、五郎はぽつりと言った。

「……テキトーに……」

「ん? よく聞こえませんでしたけど……」

「だから、その……どうしても我慢できなくなったら、トイレとか風呂場で……テキトーに……してる、けども」

「トイレとお風呂場? 自分の部屋でいいのではないですか?」

「部屋数の関係で自分の部屋とかないからね。部屋は姉さんと共有だし、本棚とかパソコンも共用。寝床は二段ベッドなんだけど……上の段がほとんど使われてないね」

「まぁ……色々物申したいことはありますが、とりあえず置いておくとして……パソコンが使用できるなら、なんとでもなるのでは?」

「ウチのお姉ちゃんはアホみたいな嗅覚してるから無理だよ。単に鼻が利くってだけじゃなくて、別ユーザー作ってもパスワードとか無理矢理聞き出そうとしてくるし、検索履歴とかゴミ箱も容赦なくツールで漁ってくるし……他にもまぁ、色々」

「それ、姉っていうより『彼女』の挙動じゃないですか?」

「そんなことはないでしょ。共用スペースに変な物持ちこまれたくないだけでしょ」

 のほほんとした調子で五郎は言ったが、少々行き過ぎたものを五十鈴は感じていた。

 しかし……行き過ぎようが逸脱しようが五十鈴には関係ないし、そもそも『女の子大好き』と自称している五十鈴に、美恵子を糾弾する権利などない。

(どう足掻こうがマイノリティはマイノリティ……ネタなら面白いけど、マジになると引かれる。それならば、ひそかにこっそりと楽しむしかないですからね)

 五郎が美恵子の毒牙にかかろうが、知ったことではない。

 坪倉五十鈴は、背筋に寒い物を感じながらもそれを無視するくらいは平気でやる、ごくごく普通の女子であった。

「なるほど……事情は分かりました。確かに五郎君の行動は正しい。シスコンブラコン以前に、客観的に見て少々どころか、かなり異常です。現状の環境では『独りの時間』が全くないと言っても過言ではありません。四六時中お姉さまに監視されているようなもんですよ? 彼女を作るどころか、友達を呼ぶこともできません。閉じた人間関係の行きつく先は大抵破滅だと相場が決まっているものです」

「………………」

「解決方法は二つ。もう分かっていると思いますが、お姉さまが五郎君から自立するか、五郎君がお姉さまから自立するか……ただ、家を出る機会があれば、これはもしかしたらある程度解決の見込みがあるかもしれません。お姉さまの卒業待ちというのも、あながち間違った選択ではないかもしれませんよ?」

「姉さんは、卒業後即就職予定です。会社立ち上げるんだってさ。お金はどこから調達したんだか知ったこっちゃないけど……正直心配だね。毎度のごとく赤点ギリギリのぼくが心配するようなことでもないのかもしれないけどさ」

「………………っ」

 五十鈴は、動揺をぎりぎりで押し隠した。

 滅茶苦茶である。五十鈴は美恵子のことを『廃スペック』と表現したが、己の能力に任せてそこまでやるとは、思いもしなかった。

(囲い込み……ですよね。たぶん……)

 全く、進学も就職もままならない五郎ちゃんは仕方ないね。私の会社で働きなよ!

 妄想ではあるが、そんな恐ろしい言葉が聞こえた気がした。

「坪倉さん? どうしたの? なんか顔色が悪いけど……」

「い、いえいえ! なんでもありませんよ? ……とにかく、お姉さまが自立してくれないのなら五郎君が自立するしかないのですが、色々麻痺しているせいなのか、とにかく女の子に対して反応が薄過ぎます。夢中になれないならなれないで、好きになることに消極的なら消極的で、それでも『これは好みだ』という直感は大切にするべきでしょう」

「……で、具体的に、ぼくはなにをすればいいの?」

「カメラを一台預けるので、気になった女子をテキトーに撮影してください」

 昔使っていた、あまり性能が良くないデジタルカメラを五郎に手渡す。

 性能が良くないとはいっても、今使っているデジタルカメラと比較してのことである。普通に使う分には十二分に使用に耐え得るだろう。

「好みの傾向を探っていく……と、言い換えれば分かりやすいかもしれませんね。エロ本数冊持ってくれば大体分かることなんですが、持っていないなら仕方ないです。回りくどいですが、これも必要なことなのだと、割り切っていきましょう」

「写真なんて撮ったことないよ?」

「上手く撮ろうとしなくてもいいのです。顔が写ればなんでもいいんですよ? シャッター音は消してありますから、こっそり撮り放題ですし」

「それって犯罪じゃ……いや、まぁいいや。こっそりは撮らないようにしておくよ」

 溜息混じりに、五郎はちらりと腕時計を見て、口元を引きつらせた。

「うっわ……やばい。もう昼休み終わってるじゃん! チャイム鳴ったっけ!?」

「鳴ったとは思いますが、この空き教室はチャイム音切ってますし、時計もありませんからねぇ」

「早く戻らないと……んじゃ、また放課後!」

「あっ……ちょっとっ!?」

 引き止める間もなく、五郎はさっさと弁当箱を包んで、教室から出て行った。

 もちろんドアは開きっぱなし。鍵は五十鈴が持っているので五十鈴が出て行く時に閉めればいいだけの話なのだが、こんな所を教師にでも見られたらこの空き教室が使えなくなってしまう。

(っていうか……あそこまで急いで出て行くことないじゃないですか……)

 カメラの使い方など、説明したいことはまだあるのに。

 そもそも、授業などサボったって問題ないし、昼休みが終わった直後の体育授業は、なかなかいい写真が撮れる絶好の時間だと言うのに。

「ああ……でも、成績悪いって言ってましたね……」

 要領が悪そうに見えるし、そもそも『自分に見合っていない高校』とも言っていた。

 授業内容に全くついていけていないとも言っていたが……実際、どうなのだろう?

「ま、明日でもいいでしょう。伝言は石村ちゃんに頼みますかね」

 本日の放課後は生徒会があるので放課後の『逢引』はない。状況を急ぐ必要はないし、焦る必要もない。失敗したら失敗したでそれだけのことで、五十鈴には害はない。

 少しずつ恩を売って……最終的にその恩を一括返済してもらえればそれでいいのだ。

 坪倉五十鈴は打算的な女だった。

 常に計算が働いていて、利益と損失を計算していて、自分の得になるように動いているような女だった。

「さてさて、この時間は安達さんと、外見だけはすごい乾風香ですね。もう少し暖かくなればプール授業もありますし……へっへっへ、楽しくなってきましたよ!」

 今日もわくわくしながら、五十鈴はカメラを校庭に向けた。



 植草五郎はメールを打った。

 宛先は石村未来で、五十鈴宛に伝言を頼んだ。

「………………」

 なんとなく、携帯電話の待ち受けを昨日撮影した画像に変更して、歩き出す。

 携帯電話をポケットにしまいながら、五郎は息を吐く。

 たかが『画像』ごときに萌えたことなど一度もない。面白そうと思ったことも一度もないし、絵を描けば惨憺たる有様で、描こうと思ったことも一度もない。

 ただ……『これは好みだ』という言葉は、少しだけ引っかかった。

「好みねぇ……よく分からないけど、まぁいいか」

 息を吐いて歩き出す。

 面倒だったが、大人しく言われたことをやってみることにした。

タイトル通り、植草姉弟の姉弟関係に百合がドン引きする話でした。

というわけで次回に続くww

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