プロローグ:シスコンが思う、恋愛というモノ
この物語は同作者の『好感度0の男女を閉鎖空間に間閉じ込めました。どうなるでしょうか?』及び『オートマチックアブノーマル・モンスター!』と世界観を同一にしています。読んでいるとちょっとだけお得感があります。
が、別に読んでも読まなくてもどーでもいい仕様ですww
アホみたいに長いので、PCでの閲覧を推奨します。
尊敬する人は野比のび太です。
へこたれない、諦めない、面倒くさがりで、やりたいことはやりたくない。
女と友達のために死力を尽くせる。
単に能力が伴わないだけで、やっていることは英雄と大差ない。
植草五郎は、男らしくない男である。
まず、頭が良くない。
かろうじて赤点を逃れる程度の頭である。その『かろうじて』も、授業が終わって分からない所をクラスメイトや教師に聞いて、わりと勤勉さを発揮しての『かろうじて』であり、それがなかったら恐らくはとっくに退学している。
家業がある程度関係しているとはいえ、成績の悪さにいつも頭を悩ませていた。
そして、体が弱いし、腕力も弱いし体力もない。
小さい頃に大病を患ったせいか、別に太ってもいないのに運動神経が壊滅的である。すぐに息が切れる。マラソンではそこそこ太っている熊原敦に抜かされ、ブッチ切りで最下位を記録した。走り終わった後に貧血で倒れた。情けない話だ。
風邪が流行れば風邪を引く。
インフルエンザが流行すればインフルエンザになる。
一度かかったら二度とかからない系の病気は、大体コンプリートしている。
体は細く、目は悪い。当然のように眼鏡は常時付けている。
そして、執念深い。一度やられたことはネチネチと覚えているし、忘れられない。忘れる努力はしたが、許そうとしたが、納得しようとしたが、おおむね無駄な努力に終わった。自己啓発なんてクソだと思い始めたのは、その頃からである。
趣味は読書と散歩。雑食で色々読むが、これが好きというジャンルはない。
散歩については姉に『散歩ってレベルじゃない』と言われるが、五郎は散歩だと思っている。ぶらぶらして目的のない出歩きが好きなのだった。
友達もそんなに多くはない。古賀三日月、剛力武、神谷真、空野博という友達はいるが……向こうから友達と思われてるかは、微妙なところだと五郎は思っている。
女友達は、いないと言いたい所だが、いる。
同じクラスの、奥山香という『真正』のヤンデレだ。
「こんにちは、五郎君」
「ああ、奥山さん、こんにちは。今日も使うの?」
「うん。……ごめんね? 毎日毎日お仕事の邪魔をして」
「気にしないで。クラスメイトの世話を焼くのもそれなりに楽しいし……友達の逢引を手助けするのも、意外と気分が良いもんなんだよ?」
「……五郎君は、本当に良い人ね」
「いやいや、如月ほど良い人じゃないよ。んじゃ、ご利用は計画的に」
軽く笑って、香に鍵を渡し、図書準備室を出る。
あるいは……逃げるように、図書準備室を出た。
(ヤンデレの調教に間接的に手を貸しているのかもしれないけど……まぁ、もうなんかこう、仕方ないよね!)
奥山香は真正のヤンデレである。同じクラスの、倉持英俊と付き合っている。
倉持英俊は香と出会う前は絵に描いたようなチャラ男だった。クラスに新田俊介を始め数人のチャラ男がいるが、それらとは比べ物にならないほどのチャラ男だった。最低のクズ男のようなクズで、何人も女の子を泣かせていた……らしい。
真偽のほどは知らない。ただ、倉持英俊という男がどうしようもないクズだということは分かっていた。見栄と虚勢だけで女の子を泣かした結果、クラスの物理攻撃担当に三階から投げ飛ばされ骨を折り、精神攻撃担当から徹底的に攻撃を食らい、石村に面白半分で噂を広められ、女子連中に蛇蝎のごとく嫌われるという地獄のような事態になった。
さらに地獄から奈落に転落したのは、自業自得以上に運が悪いとしか思えないが。
その運の悪さも、あるいは日頃の行いが影響しているのかもしれない。
植草五郎は、恋愛をするのには資格が要ると思っている。
前に進む意志と、全力で足掻く心の強さ。
今の自分を変革して、相手に告白しようという覚悟の力。
五郎が最初から無理だと決めてかかっている……男らしさというものだ。
そういう資格がなく、恋愛をしようとすると、とんでもないしっぺ返しを食らうと、勝手に思い込んでいる。
倉持英俊のように、奈落に落ちると思っている。
奥山香と付き合うようになってから、倉持英俊は変わった。変わり果ててしまった。
テストの点は良くなったし、素行も良くなった。髪の色はそのままだが、チャラチャラしていた以前の彼はどこにもおらず、真面目で、品行方正で、誰かを面と向かって馬鹿にするような真似もせず、陰口も愚痴も叩かず、むしろ優等生っぽくなった。
更生した……と、考えるのが普通だろう。
普通ならば、そう考えるだろう。
『すみません。俺、もう香以外は女として見れないんで……』
優しくなり、評価の上がった倉持英俊が誰かの告白を断った時の言葉を思い出し、五郎は背筋に薄ら寒いものを感じて、頬を引きつらせた。
一途と言えば一途だ。しかしその裏に潜むものを思うと、背筋が震える。
五郎が一方的に敵視している如月与一に相談したこともあるが、彼はしばらく悩んで、目を細めて、真っ黒い目をぐるぐるに回して、ぽつりと言った。
「まぁ……うん……倉持は、運が悪かったんだよ。あるいは、良かったのかもな。自分一人だけの女がさっさと見つかってラッキーだったんだよ……うん」
「あれだけ劇的に人間をビフォアアフターさせちゃうのに?」
「……ほ、本人たちが幸せなら、いいんじゃないッスかね? それよりおっぱいの話しようぜ! あは……あははははは!」
声が震えまくっていてエロ方面に逃避していたが、あえて指摘はしなかった。
五郎にも、本当に怖い物とそうでないものを見分けることくらいはできる。
少なくとも……誰にも理解し難い深く重く喰らうような愛で、チャラ男を愛情一筋に行き過ぎる男に変革させてしまうような事態は、本当に怖いものだと思う。
奥山香は、見た目は普通である。見た目は本当に普通なのだ。普通に振舞っている。髪が長く、黒縁眼鏡でふっくらした顔立ちで、笑顔は可愛い。世間で俗に言う『ヤンデレ』らしさというものがまるでない。……そういう風に振舞っている。
故に、性質が悪い。
奥山香は、自分がヤンデレだと自覚していて、それを完全に制御していた。
少しずつ、ほんの少しずつ、捕食するように、ちょっとずつ自分に意識を向けさせる。自分一筋にさせる。重く深く喰らうような愛で、男の目を自分に向けさせ、男の愛を自分に向けさせ、最後には自分なしでは生きられないようにする。
そういう……少々業が深過ぎる、ヤンデレなのだ。
泣いたり暴れたり刺したりせず、相手の意志を尊重し、相手を少しずつ喰らうように自分を愛しさせる。もちろん自分も相手を愛する。爪先から心臓まで、全てをだ。
その事実に気づいているのは、与一と五郎くらいなものだろう。
与一は直感で気づき、五郎は香の鞄の中身を『うっかり』見てしまったという違いはあるが、見て見ぬふりをしたという点では共通している。
もっと正確に言えば見捨てたのだが、倉持英俊が見捨てられるような人間だったのがそもそもの発端であると、五郎は思っている。
と、そんなことを考えていると、当の倉持英俊とすれ違う。
「あ、植草サン。今日も御苦労さまです! その……香は準備室に?」
「うん、準備室にいるから、早く行ってあげるといいと思うよ」
「いや……ホント、五郎サンにはなんてお礼をしたらいいか……香を紹介してくれたのも五郎さんだし、本当に感謝してもし足りないくらいだ。この恩は絶対に忘れない。一生賭けて返していくからな!」
「ま、まぁ……うん。仲睦まじくて羨ましい限りだよ……はは」
紹介したのは悪意の賜物であるが、想像以上の変貌に罪悪感すら覚える。
数ヶ月前まで『五郎、ちょっと金貸してくれよ?』とか言ってた人間と同一人物とは思えない変貌っぷりに、五郎は乾いた苦笑を返すしかなかった。
(最近、妙なことばっかり起こるなぁ……)
五郎の友達の古賀三日月という男に、最近彼女ができた。
その彼女は佐々木桜子という少女で、五郎にとっては『中学校時代に嫌味言われまくった最高に嫌な女』という扱いである。
最近、その桜子に土下座された。
『本当にごめんなさい! あの時はどうかしてました……許してくれとは到底言えませんし、私がやったことはもうなかったことにもできません! でも、ごめんなさい!』
どうやら、彼氏である古賀三日月経由で色々と伝わってしまったらしい。
悪意を振りまいた結果、土下座になって返って来たという訳の分からないことに仰天しつつ……結局、桜子を憎むに憎めなくなってしまった。
今も絶対に許さないと思ってはいるが……憎めなくなってしまった。
恋愛とは、そこまで人を変貌させるものなのかと、少しだけ不安になる。
(まぁ、ぼくには関係ないけど……ね)
若干の寂しさと諦観、胸を刺すような痛みに顔をしかめ、五郎はそんなことを思う。
やることがないので校舎内を適当に歩き回る。教室に戻って読書なり、クラスメイトと話をしても良かったのだが、食後の運動というやつだ。
体力がないことを、わりと気にしている五郎である。
「……体力って……マジでどうやったら付くんだろうな……」
階段を四階ぶん上がって、息を切らしながら、溜息を吐く。
「ナマケモノはすごいよな……ずっと木にぶら下がっていられるんだから」
情けない独り言を呟きながら、休憩地点に向かう。
休憩地点。正確には、五郎が勝手に休憩地点にした空き教室のことである。もちろんそういった空き教室は施錠されているが、五郎は簡単な鍵なら開けることができた。
元々祖父が鍵作り職人だったのだが、時代の波に飲まれて廃れてしまい、祖父に懐いていた五郎がなんとなく教わった……という、ただそれだけの話である。
「じーちゃんには感謝しないとな……っと」
鍵を開けて、ドアを開ける。
音を立てないようにそっとドアを開き、ちらりと中を覗いて、口元を引きつらせた。
誰もいないと思っていた教室の中には……一人の少女がいた。
やたらごついカメラを構えた少女が、にやけ顔で校庭を見つめていた。
「ひっひっひ、さすが室町先輩の胸部はたまりませんなぁ。おっと、あそこにいるのは我が部活の最近の稼ぎ頭、卯月水面じゃないですか。ブルマ世代がもう少し頑張ってくれれば脚線美が根元まで観賞できたものを……まぁ、スパッツはスパッツでなかなか。おっとぉ! お姉さまと副生徒会長が揃ってお出ましだぁ。ひっひっひ、今日はついている、ついていますよ。まさに入れ食い。くそっ……このアングルだとぎりぎり見えない」
外に響かないようにだろう。声を抑えた独り言をぶつぶつと喋っている少女の姿は、まごうことなき異常者のそれである。
音を立てないように、こっそりとドアを閉めた。
一刻も早くこの場を離れなければならないと直感する。これは見てはいけない類のものだ。この学校に蠢く魔性のものである。
写真部が、こっそりとマズい写真を売ってるとか……漫画でよくあるアレを、現実にしてしまったのが、今の光景である。
二次元をリアルに持ち込んではいけないという、典型のような光景だった。
(ぼくはなにも見なかった。ぼくはなにもみなか……っ!?)
肩を掴まれる感触に、五郎は顔を引きつらせた。
恐る恐る振り向く。閉めたはずのドアが開いていて、そこから伸びている細い腕が、五郎の肩をしっかりと掴んでいた。
ものすごい力で教室内に引き込まれる。
「ぐぅっ!?」
壁に押し付けられると同時に、ドアを閉められ鍵をかけられた。
ぴたり、と頬になにか冷たい物が押し当てられる。
「動かないでください。動くと頬に穴が開くことになりますよ?」
「っ!?」
頬に当てられていたのは、少なくとも平和な国の学生が持ってはいけないタイプの、動物なんかを解体する時に使う大型のナイフだった。
(せっ……せめて、折り畳めるナイフにしておけよ!)
的外れなツッコミを心の中でしてしまうほど、五郎はパニックになっていた。
パニックになりながら、目の前の少女を観察する。
身長は五郎と同じく百六十センチ程度。髪型は適当にくくったツインテール。意志の強そうな瞳。手足は細く、胸は控え目に見ても出っ張っている。着飾れば美少女の範疇に入る顔立ちになるのかもしれないが、少なくともナイフを片手に狂信的な目でこちらを睨みつけてくる少女を……美少女とは形容できないだろう。
「やれやれ、です。まさか誰も入らないはずの空き教室に……誰かが来るだなんてね。鍵まで丁寧に開けて……誤算というか、なんというか」
「…………っ」
「さてさて、よく見たら見知った顔ですね。えっと……植草五郎君、だったかしら?」
「っ!?」
身元が割れていることに、五郎は驚愕した。
あまりの恐怖に喉を鳴らし、それでも恐怖を抑えつける。
少女は目を細めて、ナイフを突きつけながら、口元を緩める。
「今から私が言うことをよく聞いてください。これは……脅迫です」
「っ……わ、分かった」
「まず一つ。今見たことは絶対に吹聴しない。誰にも言わない、喋らない。あなたはここに来なかった。いいですね?」
「う、うん。大丈夫。ぼくは口が固い方だから……」
「そして、もう一つ……あなたのお姉さんの私物、なにか一つを持ってきてもらえませんか? できれば常用しているものがいいんですが」
「………………は?」
「いえいえ、『は?』ではなくて……あなたのお姉さん、生徒会長の『植草美恵子』の私物を一つ、欲しいと言ってるんですよ。まぁ、これは単純に、個人的な嗜好ですが」
口元を緩めて、ツインテールの少女は、そんなことを言った。
その目に映るのは『狂気』である。
要求を断れば、今ここで頬に穴を開ける。その目は確実にそう告げていた。
(…………ああ)
言われた言葉を思い出す。
何気ない言葉。まさにその通りだと思って、事実だと自分で認めていたから、その言葉がずっと棘になって刺さって……言った相手をお門違いに恨んで、敵視した。
その言葉を言った人物は、魂は死んでいるけれど、とんでもなく良い奴なのに。
『別に、お姉ちゃん子でもいいんじゃねぇの?』
植草五郎は、男らしくない男である。
頭が悪く、体が弱く、執念深くて、ついでにシスコンだった。
しかし……『らしく』なくても、彼はどう足掻いても……男だった。
「やってみろ」
「……ん?」
「穴でもなんでも開けてみろ、生徒会書記二年A組、坪倉五十鈴」
「へぇ……私のことを知ってるんですか? まぁ、腐っても書記ですからね……」
「生徒会のことなんか知るか。お姉ちゃんの話に『良い子』がいると、そういう話がよく出てくるから覚えてただけだ」
「っ!?」
そして、植草五郎は知っていた。
人は、己の体面に異常なまでに固執する。みっともなく見られれば排斥され、侮辱されれば誇りが傷付くのだと、知っていた。
例え、己の立場に固執しない人物であろうとも。
好意を持っている人間の好感度を下げられるのは……絶対に嫌なはずだ。
五郎は真っ直ぐに五十鈴を見据えた。
「アンタの趣味のことなんざ、ぼくが知るか。勝手に写真でもなんでも撮って販売でもなんでもするがいい。……だがなぁ、お姉ちゃんを裏切れってのは、ぼくにとって誇りを捨てろと言われているも同然なんだよ。誇りを捨てるくらいなら、死んだ方がましだ」
「なんですか、それ? 漫画の主人公気取りかなんかですか?」
「主人公? 馬鹿を言いうな。男はみんなこうなんだよ」
「………………」
五十鈴はしばらく五郎を睨みつけていたが、やがて溜息を吐いてナイフを引いた。
その目からは狂気が消え失せて、諦観だけがあった。
「困りましたね。まさか脅迫に抗う馬鹿だとは……私がオススメする写真数枚とか、諭吉さん数枚で手を打ってもらえませんか?」
「そういうのは要らないし、吹聴もしないよ。……人の趣味をどうこう言うのは好きじゃないし、さっきはああ言ったけど、顔の穴が開くのも絶対に嫌だしね」
「では……交換条件でどうでしょうか? 諭吉さん数枚か写真数枚で、パンツとは言いませんが、お姉さまの好みや趣味なんかを……」
「断固として断る」
「なんでお姉さま絡みになるといきなり強硬になるんですか! シスコンですか!?」
「シスコンじゃないよ! 万一シスコンだったとしても、気持ち悪くない方のシスコンだよ! お前こそ人のお姉ちゃんを『お姉さま』とか呼ぶんじゃないよ!」
「尊敬している上に愛しちゃってるんだから仕方ないでしょう! どーせあなたも同じ穴のむじなでしょうが! お姉さまだから仕方ないですけど、シスコンとか気持ち悪いし普通にドン引きですからね!」
「シスコンは確かに気持ち悪いけど、盗撮も同じようなもんだろうが!」
「需要があるんだから仕方ないじゃないですか! 買うのは大体野郎ですけどね! これだから野郎は! 臭くて汚くて下半身でしかモノを考えられないんですから!」
「臭くて汚くて下半身なのは『人間だから仕方ない』って割り切ることもできない女がグダグダ言ってることほどみっともないもんはないぞ! 大体臭くて汚くて下半身なのは女も大体同じだろ! 金、容姿、世間体! 上半身が混ざってるからなお最悪だよ!」
「自覚はありますけど、はっきり言わなくてもいいでしょう!?」
「自覚あんのかよ!? 性質悪いぞ!?」
「痴話喧嘩かなんか?」
『ふざけんなァ!!』
二人で、全く同じ言葉を吐き出して、硬直する。
空き教室のドアを開けて立っていたのは……五郎の、見覚えてのある人物。
ショートカットの髪の毛に猫のような丸い目が特徴の女子。背丈は女子の中では高い部類に入り、五郎より少しだけ上。常ににやにやと、楽しそうに笑っている。
今日は口元が少しだけ引きつっていたが、笑っていた。
噂が好き過ぎる女子。石村未来だった。
「生徒会書記と生徒会長の弟が恋仲。なかなか面白そうな噂話になりそうだけど、片方が写真部部長で、弱みとしては五分五分……いや、これでオレ様の方が一枚上手かな?」
「好きに広めたらいかがですか? 噂なんか知ったこっちゃありません」
「同じく。それに、噂は確度が命だろ? 火がない所に煙は立たない」
「ありゃりゃ、これはやりにくい」
未来は肩をすくめて、口元を緩めた。
「では、交渉といこう。三方一両損ということで」
『は?』
「すずっちには私がピックアップした男性の写真を撮ってもらおう。女性と同じようになるべく自然な形でね。もちろんお客は斡旋するし、私も金は払おう」
「なんで私が男の写真なんて撮らなきゃいけないんですかっ!?」
「たまには女子の需要にも応えろってことさ。……五郎君は、すずっちになにか情報を提供してあげること。生徒会長の好きな物とか趣味とかかな? 少なくとも女性用下着を要求されるよりはいいだろう?」
「……まぁ……いいの、かな?」
「で、私はなにをするかというと……この場で脅迫して君らを付き合わせる」
『はい?』
沈黙が落ちた。
五十鈴と五郎は同時に首を横に振った。
本能が、理性が、こいつだけは無理だと絶叫していた。
にやりと、悪魔のような笑顔を浮かべて、石村未来は言葉を続けた。
「拒否は認めない。火がないなら火を起こすまでだ。拒否をするなら火種にガソリンをブチ撒けるだけさ。噂を広められたくなかったら、恋仲になってしまえ」
「い、石村? なんか……滅茶苦茶怒ってないか?」
「隣の空き教室でイチャイチャしてたのに、邪魔された時の女の報復って、こんな感じだと思うんだよね!」
「あっ……そ、そうだね。ごめん」
「っ……あ、相変わらず五郎君はやりにくいな! とにかく君らは付き合え!」
付き合えと言われて付き合えるはずもなく、五十鈴は未来を睨みつけて拒否した。
「嫌です! なんで私がこんなボンクラと!」
「拒否は認めない。拒否するなら退学クラスの証拠物件を学校に提出する」
「あ、あなたも無事じゃ済みませんよっ!?」
「死なばもろともだ。オレ様だってやりたくてやってるわけじゃないと心得ろや!」
未来は、どうやら色々とヤケクソのようだった。
五郎は溜息を吐く。こうなったらテコでも動かないことは経験で知っている。五郎と未来は中学校が同じで一年、三年は同じクラスだった。
滅茶苦茶言うのはいつものことだが……五郎は少しだけ悩んでいた。
(……ただ、これは……チャンス、なのかもしれない)
五郎は、五十鈴と未来が言い争っている五分の間、たっぷり悩んだ。
悩みに悩み抜いて、悩み続けた。
「ちょっと、あなたもなにか言うべきでしょう!? 自分のことですよっ!?」
「……分かった」
「へ?」
「分かったけど……石村、もちろん条件とかはあるんだろ? 今日口約束で付き合って、明日別れましたなんてことは、許さないんでしょ?」
「最低一ヶ月はお付き合いだ。昼食は一緒に摂ってもらうし、放課後も二時間は一緒にいること。それから休日もなるべく一緒にいるように。ただ……すずっちは生徒会所属だからね。基本はそっちを優先して構わない。すずっちが労力を、五郎君が身内を少しだけ売るのと同様に、オレ様も対価を払おう。強制されている一ヶ月の間は、会える場所や遊戯施設の斡旋はするし、時給も出す。七百円でいいかい?」
「給料なんか要らない。払うなら、坪倉さんに全部払ってくれ」
「ちょっ……なにを勝手に決めてるんですかっ!? 私は嫌ですよ!?」
「坪倉五十鈴さん」
名前を呼んで、嫌がる五十鈴を真っ直ぐに見つめて、五郎は口を開いた。
「……本当にごめん。ぼくは君を利用させてもらう」
言い切って、五郎はなにかを言われる前に、教室から出て、走り出す。
恐らく、無駄だとは思う。無駄になるだろうとは思っている。
(これは身勝手だ。最低な上に身勝手だ。無駄で最低で身勝手だ……それでも)
これが最初で最後のチャンスだと、五郎は思った。
自分に巡って来た、最初で最後のチャンス。恐らくは無駄になるだろうが、それでも一歩踏み出さずにはいられなかった、ようやく巡って来たチャンスなのだ。
「男らしさなんて要らない……でも、僕は」
それでも、男なのだと。
そう言い切るために、このチャンスに賭けることにした。
チャンスなど巡らないし、自分はもうとっくに駄目だと。
植草五郎は知っていた。知っていながら生きていた。
それでも、誰かに迷惑をかけてでも……やりたかったことを、実行した。
そういうわけで、ニッチな層にしか需要がなさそうな物語を開幕。
概要はタイトルの通り。それ以上でも以下でもありませんww