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風の声 "異変2"

「お姉ちゃんはずっと王都にいるんだよね?」

「ええ、そうよ」

 アンジェラは紅茶の香りを楽しみながら答える。

 エマエルとカイム、そしてアンジェラの3人で、小さなお茶会が開かれていた。

「王都って、どんなところ?」

「んー、そうねぇ」

 ティーカップを置いてクッキーをかじる。

「とても良いところよ。水や空気はここのほうがいいけど」

「水や空気?」

 エマエルにはピンと来なかった。

「水や空気はね、自然が多いと綺麗で美味しいの。王都は発展と利便性を代償に、自然が少なくなってしまったし、機械がまだ現役なところもあってね……」

 話しながら、エマエルがぽけーっとしているのを見て、しまったと、頭を掻いた。

「王都は自然が少ないので、シロイ村のような自然の恵が少ないのですよ」

 見かねてカイムが代弁する。

「え、じゃあお水や空気はどうしてるんですか?」

 エマエルの純朴な質問に、カイムとアンジェラは笑った。

「お水も空気も、まだ大丈夫ですよ。ダメにならないように、私たちが頑張ってます」

「ふーん……お姉ちゃんもカイムさんも頑張ってるんだね」

 エマエルがお菓子に手を伸ばすと、お皿は空っぽだった。

「エマエル、食べ過ぎじゃない?」

「そんなことないもん!」

「まだありますから、喧嘩はやめましょうね」

 カイムが席を立ってお菓子を取りに行くと、ほどなくしてあの青年がやってきた。

「先生! いませんか、先生!」

 アーシア先生と校舎内で気絶していた謎の青年だ。

「あなた、誰ですか?」

 怪訝な目で見るエマエルを見て、青年は胸を張って言った。

「俺は先生の一番弟子、グリムだ!」

「一番弟子……?」

 エマエルとアンジェラが戸惑っていると、そこへお菓子をいっぱい持ったカイムが戻ってきた。

「お待たせしました。どれがいいですか? チョコにクッキーに……!」

 お菓子をテーブルに置いてから、カイムもグリムに気付いた。

「先生! ただいま報告に参りました!」

 元気はつらつな青年を見て、カイムはため息をついた。

「あれほど誰にも正体を明かすなと言っておいたのに……」

やれやれと、頭を振る。

「仕方ありません。アンジェラ、エマエルさん、紹介しておきますね。先行調査として“極秘”にこちらへ派遣されていたグリムです」

 極秘の部分を強調した。

「ちなみに弟子ではありません」

「違うんですか?」

 すっかり信じていたエマエルは驚いた。

「ええ。ただの研究生です」

「そんなあ!」

「もしかしてあの時……」




『エマエルさんもそうですが、少し心配の種があるんですよ』

『なんですか?』

『まあ、シロイ村へ行けば分かります。何事もなければ、それでいいですから』

『……?』




「王都を出る前に言ってた心配の種って、このことですか?」

研究室での会話を思い出した。

「ええ……まあいいでしょう、罰は後で考えることにして……」

「罰あるんですか!?」

「当たり前でしょう。さて、それよりも調査結果を聞かせてください」

 3人の仕事スイッチが入り、空気は若干重くなった。

 エマエルは少し離れた所でお菓子を食べながら、その様子を見ていた。

「まず闇森ですが、やはり封印が弱まっているようです」

「やはりそうですか……。他は?」

「現在は結界で応急処置をしていますが……1人、女の子が神隠し、つまり行方不明になっています」

「位置は分からないのですか?」

「はい。なにぶん結界を外すわけにもいきませんので、追跡魔法はできませんでした」

「そうですか……」

『行方不明の人の子ってあれだよな、エマエルとよく遊んでる……ジョージだっけ? の家族だっけ』

『あー、あの可愛らしいお嬢さんね』

「メリルちゃんだよ……」

 アンジェラたちに聞こえないよう、小声で言う。

『そいつなら闇森の入り口で寝てるよ』

 あっけらかんとした答えに、エマエルの頭の上にはクエスチョンマークが浮かんだ。

「メリルちゃんが?」

『うん』

 精霊にしては、とても素直だった。

 精霊というのは元来、人に開けていない。情報を与えるにしても、歌にしたり、難解な暗号にしたり、とにかく素直には教えてくれない。もっとも、悪戯好きという性格もそうさせている一因かも知れない。

「早くみんなに教えなきゃ!」

『でも、みんな信じてくれるかなぁ?』

 その一言に、立ち上がろうとしたエマエルは俯いた。

 そうだ、あたしが言っても、誰も信じてくれない……。そうか、それが分かってるから……。

 言いたくても言えない。そんな困ってるエマエルを、精霊は見たかったのだろう。

 そう思うと、エマエルはたまらなく悲しく、泣きたくなった。

『でも、あの3人なら信じてくれるかもねぇ』

 もう一人の精霊の一言にハッとした。

 そうか! カイムさんやお姉ちゃんなら!

『チェ、余計なことを……』

『ふふふ』

エマエルは、意を決して話に割って入った。

「あの」

「はい、なんですか?」

「メリルちゃんなら、闇森の入り口にいるみたいです」

 その言葉の意味を、最初は誰も分からなかったが、カイムの眼は光った。

「聞こえたんですね?」

 グリムは未だにクエスチョンマークが浮かんていたが、アンジェラは気付いた。エマエルが言った意味も、その覚悟も、カイムの狙いも。

「はい」

 力強く返事をするエマエルを見て、カイムも踏み込むことを決めた。

「詳しく話してください。あなたの真実を」

 ここで話は少しさかのぼる。




「フェルチの結界が、破られたと……?」

 指輪の警報音が鳴り止み、場に静寂と緊張が満ちる中、その静寂を打ち破ったのは村長だった。

「どこの結界が破られたというのだ」

「……闇森です」

 恐る恐る禁忌を言うように、重い口を開いた。

「闇森だと!? 誰が破った! 状況は!」

「申し訳……ありません。現地にて詳しい調査をしてみませんことには……」

「だったら今すぐに調査へ向かえ! 今すぐにだ!」

 内密に事を運ぶ予定が、狂ってしまった。

 神隠しも由々しき事態ではあるが、結界が破られたとなればそれ以上に緊急事態だ。破られたということは、誰かの意思によるもの。更に闇森の覚醒という最悪の事態を招く可能性もあった。

 これは、何者かの意思を感じずにはおれんな……。

 村長が出掛ける支度をしていると、キーマスが耳打ちをしてきた。

「実は、極秘の情報があります」

「なに? 今この事態以上にか……?」

 かつてない異常事態に緊張と苛立ちを隠せない、鋭い眼光がキーマスを射抜く。

「……はい、実は王都アルフェルドの研究機関からヴェルムの方が派遣されてくると」

「なに、ヴェルムじゃと? 何をしに?」

「さあ……もしや闇森の動きを察知したのでは」

「いかに王都の技術が優れているとして、まさか闇森の動きまで察知できるとは思えないがのぉ……」

 村長はしばし思案したのち、その場の全員に「ヴェルムには、一切を秘密とする」と言った。




 エマエルは精霊の声が聞こえることを打ち明けた。これまで以上に真剣に。そして、初めて真剣に聞いてくれる大人が、目の前にいた。

「なるほど。事前情報があっても驚きました。精霊の声が聞こえるとは……」

「そんなに変なこと何でしょうか」

「いえ。変なことではありません。周りから見たらそう映るかも知れませんが、それは大変貴重な能力ですよ」

 能力として、初めて認めてもらえたことに、エマエルは喜びを隠せなかった。

「それで、メリルという子がいるのは、闇森の入口で間違いないんですね?」

「はい。時々イジワルですが、精霊さんは嘘はつきません」

 カイムには、見ることも聞くこともできない。だからこそ、爛々と輝くエマエルの無邪気な瞳を信じることにした。

「アンジェラ、私と来てください。行きましょう、エマエルさん」

「あの、俺は?」

「ああ、グリムは留守を頼みます。万が一があってはいけません。ここを守る唯一の砦ですよ」

「わっかりましたぁ!」

 部屋を出ると、アンジェラは小さく「いいんですか?」と言った。

「彼はこの村に長くいすぎました。面が割れてますからね、私たちだけのほうがやりやすい。さて、まずは闇森ですね」

 名前とは違い、そこは光が溢れ、鳥のさえずりが聞こえる豊かな森林だった。

「ここが闇森ですか……」

「名前で戒めてるだけですよ。この森は昔から聖域として守られていますから、無闇に立ち入られて荒らされたら困るということで」

 初めて訪れるカイムに、アンジェラが説明する。

 しばらく歩いたところで、カイムが止まった。

「どうしたんですか?」

エマエルが進もうとしたところをカイムが制止する。

「カイムさん?」

「結界ですよ。わりと強力な」

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