風の声 "使者"
「ただいまー」
エマエルが家に帰ると、懐かしい声が居間から聞こえてきた。
「お姉ちゃん!」
慌てて居間へ行くと、そこには3年ぶりの姉の姿があった。
「エマエル!」
アンジェラもエマエルを見るなり抱きしめた。
「いつ帰ってきたの? また一緒にいられるの? 寂しくなかった?」
矢継ぎ早に出される質問に、アンジェラは笑顔で答える。
「ついさっきよ。残念だけど、少しの間だけなの。あたしも寂しかったわ。……毎日エマのことが心配で」
「むー、それどういう意味?」
姉妹のやり取りに、笑顔が咲いた。
「アンジェラは19になったのか」
「はい、お父さん」
夜。エマエルは久しぶりの姉と遊び疲れ、早くに寝てしまった。
「まだ年齢は達していないが、もう立派な大人だ。向こうでもよくやっていると風に聞く」
「まだまだ未熟者です」
「お前ほどの才覚者に言われたら、世界中の魔法使いや錬金術師は立つ瀬がないな」
付き合え。と、綺麗なグラスをアンジェラに渡し、地酒を注ぐ。
「しかし……」
「言っただろう、お前はもう大人だ」
それだけ言うと、また飲み続けた。
躊躇いながらも、アンジェラは初めての酒を口にした。
翌日、村の集会があるため、エマエルも早くに起こされて支度した。
「お姉ちゃんは?」
いつもより早く―――もう7時だが―――起きたのにアンジェラの姿が見えないので、母に聞いた。
「仕事に行くって、早くに出てったわよ」
「もう……?」
もっとお話したかったのに……。
「でも、すぐまた会えるからっていってわよ」
「へ?」
意味がよくわからないまま、村の集会へ向かう。
集会の広場へ着くと、そこはすでにたくさんの村人でいっぱいだった。
「皆さん、静粛に。すでに周知かと思いますが、昨日、王都アルフェルドより使者の方がおいでになりました。ご紹介しましょう、カイム・エルキス先生です」
拍手の中、カイムが簡素な高台に登壇した。
「ご紹介に預かりました。王都アルフェルド魔法学研究機関より参りました、カイムと申します。今日はもう一人助手を紹介します」
続いて登壇した女性に、エマエルは叫びそうになった。
「カイム先生よりご紹介に預かりました、助手を務めますアンジェラ・ワトソンです」
アンジェラの登壇に会場は一時ざわついたが、ほどなく落ち着いた。
「昨日のゴーレムの件に関しては皆さんご存知だと思いますが、現在、カイムと私とで封印処理をしておりますので、今後の発生はないと思われます」
「本当に、大丈夫なのかい?」という年配のおばあさんからの不安の声に、「大丈夫よ、おばあちゃん」と明るい笑顔で答えるものの、カイムの咳払いにハッとして会場を笑いに誘った。
集会が終わると、エマエルは真っ先にアンジェラのもとへ向かった。
「お姉ちゃん!」
アンジェラはエマエルに気づくと、笑顔で手を振った。
「もう、なんで教えてくれなかったの?」
「へへへ、サプライズのほうが楽しいじゃない?」
アンジェラは笑顔で言う。
「もう……、あのヴェルムの人、カイムって言うんだね」
「『早速正体を見破るとは、さすがアンジェラの妹さんですね』って、先生が言ってたわよ?」
それを聞いたエマエルの瞳は輝いた。
「本当に?」
「ええ、本当よ。あっちにいるから話してくるといいわ」
「……お姉ちゃん、さっきと全然違う」
「あはは、当たり前でしょ、こっちが本当のあたしよ」
「入っていいですよ」
この人は後ろに目があるのか!
エマエルが開いてる部屋のドアをノックする前に言われてビックリした。
「し、失礼します」
緊張しながら部屋に入ると、会った時と同じ、優しい笑顔のカイムがいた。
「また会えましたね」
カイムはかしずくと、エマエルの手を取り、手の甲にキスをした。
エマエルは、自分でも分かるぐらい、顔が赤くなった。
「え、えっ!?」
混乱していると、ふと昨日の夢に重なった。
なぞの王子さまがやってきて、いきなりエマエルの手にキスをする夢。そう、ちょうど今みたいに。
「王子…さま……?」
思わず口に出してしまい、ハッとなって口を両手でふさぐ。
「どうかされましたか?」
気付かれてないことにホッとして、混乱も治まった。
「いきなりキスされたから……」
「これは失礼しました。どうぞお掛けください」
用意された椅子にすわると、目の前のテーブルにお菓子があった。見てると「どうぞ、召し上がってください」と言うので、遠慮なく食べ始めた。
「さて、エマエルさん。王都へ行ってみませんか?」
カイムの言葉に、お菓子を食べようと開いた口が止まる。
「……へ?」
カイムは笑顔でもう一度言った。
「王都アルフェルドへ行けるとしたら、行きたいですか?」
「行きたいです!」
力強く返事した。
見る者が見れば分かるその輝く瞳は、決意と覚悟に溢れている。目の前のチャンスを逃すわけにはいかないと、食い入るようにカイムを見つめた。
「良い眼です。やはりあなたで間違いないようですね」
確認するように、カイムは小さく呟いた。
「なんですか?」
「いえ、なんでもありませんよ」
耳も良いようだ。
クスッと笑ってから、本題に入る。
「実は、あなたの噂を耳にしまして」
それを聞いて、エマエルの表情が曇った。
自分に関する噂といえば、一つしか思いつかないからだ。
「そんなに不安な表情をしないでください。からかうわけではありません。むしろその逆です」
「逆……?」
「あなたの能力が噂通りなら、ぜひ王都アルフェルドへ招待したいのです」
「本当に……アルフェルドに行けるんですか?」
自分のチカラが、初めて大人に認めてもらえる。エマエルにとって、これほど嬉しいことはなかった。
「はい。約束します」
行きたい。
エマエルの思いは強かった。
そわそわするエマエルを見て、「時間はあります。ご家族ともよく相談するといいでしょう。アンジェラもね」と、カイムはアドバイスした。
「お姉ちゃん?」
後ろを振り向くと、いつの間にかアンジェラが立っていた。
「やっほー」
「どうしたの?」
不思議そうに聞くエマエルに、アンジェラはカーテンで仕切られた隣の部屋を指さす。
「私の部屋もここなのよ」