風の声 "異変"
「メリルちゃんが?」
ジョージの妹、メリルが昨日の夕方から帰っていないという。今朝になって行方不明者と認定された。
「それが、噂なんだけど……〈闇森〉へ行ったらしいんだ」
言ってはいけないことを言うように、声を潜めて言う。
「〈闇森〉に? あそこって行っちゃいけないんでしょ?」
エマエルも、昔から両親にきつく言い聞かされていた。
「メリルちゃん、大丈夫かな……。でも、なんで〈闇森〉って行っちゃいけないんだろ?」
「行っちゃダメだから、ダメなんだろ」
エマエルの率直な疑問に、男の子は素っ気なく答えた。
「んー、なんでかなぁ……」
こうなると、エマエルは自分の世界へ入ってしまう。周りを一切忘れ、納得がいくまでずーっと考えこむ。
「恐い動物がいるのかな、それともお化け?」
こういうエマエルにも慣れてるのか、男の子はミーティアにエマエルを任せ、再びジョージたちの輪へと戻っていった。
「はーい、皆さん席に着いてくださーい」
教室のドアが開き、担任のアーシア先生が入ってくる。
「先生! メリルちゃんが行方不明って本当ですか!?」
「本当です。ですが、今大人の方々が総出で捜索にあたっています。すぐに見つかるでしょうから、心配しないように」
その質問があることを分かってたようで、ハッキリとそう答えた。
「では、出席を取ります。エマエルさん」
少し待って、チラッとエマエルを見ると、またか。と溜息をつく。
「エマエルさん、朝礼が始まってますよ」
いい加減に帰ってこないエマエルを見かねて、アーシアは教鞭の代わりに綺麗な紫の杖を持つ。
「ディモリ」
短く言い放つと、杖から小さな赤い閃光がエマエルの額めがけ飛んでいった。
「あうっ!」
光を受けたエマエルは、軽く仰け反ると、目をパチパチさせ、周りをキョロキョロと見た。
「あれ? わたし何してたっけ?」
「朝礼が始まってますよ、エマエルさん」
「え? あ、はい! すみません……」
やっと状況を把握したエマエルは、恥ずかしさで小さくなり、クラスは明るく笑いに包まれた。
「村長、ワトソンです」
木戸を叩くと、中から村長が出迎えてくれた。
「よく来たな。入れ」
「はい」
中に入ると、奥の広間にはすでに4人が待機していた。
「遅れました」
「気にするな。休みだというのに、すまんな」
そう労ったのは、集まった5人のリーダーを務めるアーサー・リビアスという初老の男性だった。
「皆が集まったところで、緊急のシロイ村役員会議を始めたいと思う」
シロイ村には、重要な取り決めや話し合いが必要なさい、村の代表が話し合う役員会議がある。役員と言っても、特別な特権や待遇があるわけではなく、代表責任者のことである。代表は村人の投票や推薦によって選ばれる。
「すでに伝達魔法で知らせた通り、〈闇森〉に女の子が1人喰われたとのことじゃ」
「村長、その女の子というのは?」
「知らせに来た者が言うには、ウッドロックのところのメリルだという話じゃ」
「ウッドロックの親父、暴れなきゃいいけどな……」
「そっちはわしが引き受けよう。誰だって我が子が危険に晒せれれば、正気でいることが難しいじゃろうからな」
役員の1人、フェルチ・コーストの呟きに、村長はいち早く答えた。
「それで、捜索隊を結成するのですか?」
この中では最年少の1人であるロバート・ワトソンが本題に入る。
「うむ。ロバートとキーマスには、捜索隊の指揮を頼む。そのさい、万一の戦闘を許可する」
「戦闘を、ですか……。あまり暴力は好みませんがね……、了解しました」
ロバートと同じ最年少であるキーマス・エルドモンドは、少し大袈裟に頭を振りつつも、恭しく頭を下げた。
「アーサーには全体の統括を、フェルチとラルフは〈闇森〉の封印準備を頼む」
「封印、ですか」
それまで黙って聞いていたラルフ・エドガーが口を開く。
「左様。あの悲劇を二度と繰り返してはならぬ」
その言葉に、全員が口をつぐみ、まるで黙祷するかのように、数分の間沈黙が流れた。
その静けさを打ち破ったのは、甲高い警告音だった。
「何事じゃ!」
「……どうやら、うちの結界が破られたようです」
音は、フェルチの指輪からだった。