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風の声 "異変"

「えー!?」

 叫びながら起き上がると、勢いよく天井に頭をぶつける。

「~っ! ったー……!」

 二段ベッドの上の方はとても天井に近いため、たまに天井に頭をぶつけることがある。

「どうした?」

 下からニュっと顔を出したのは、兄のピーターだった。

「うぅ、頭ぶつけただけ……」

 精一杯強がって我慢するも、やはり耐え難い痛みに頭を抱えてうずくまる。

「ドジだなぁ、ちょっと待ってな」

 そう言って、ピーターは部屋を出る。

 痛みに耐えながらも、エマエルの頭には一つの言葉が浮かんだ。

「……王都、アルフェルド」

 友だちに話したら「夢オチかよ!」とツッコまれそうだが、エマエルにとっては正夢であってほしかった。ヴェルムに憧れ、いつかはわたしも。という想いも、王都へ行きたいのも本当だからだ。ただ、実技が良いからといって王都へ行けるほど甘くはないことぐらいはエマエルも理解していた。

「行きたいなぁ……痛っ!」

 遠く夢へ思いを馳せていると、再び痛みが襲ってきた。

「エマ、降りてこられる?」

 ピーターに呼ばれ、なんとかベッドから降りる。

「どの辺りを打ったんだ?」

 ここ。とエマエルが頭の前の方を軽く触る。

「よしよし、少し辛抱しろよ」

 ピーターは持ってきたガラスの小瓶から砂を手のひらに乗せ、ポケットから小さな貝殻を取り出した。

「……大地の欠片よ、母なる海の使者よ、その偉大なる力を癒しへと変え、彼の者を助け給え」

 ピーターが言葉を紡ぐと、それに呼応したように砂と貝殻がポゥっと光り、ピーターの右腕に模様を描いて消えた。そのまま右手をエマエルが痛みを訴える位置へかざす。

「“ヒール”」

 一言発すると、光の模様がゆっくりと消えていった。

全て消えるとエマエルは「治った!」と顔を上げて笑顔になる。

「良かったな」

「お兄ちゃんの癒し魔法すごいねー」

「そんなことないよ。大自然の力を借りてるだけさ」

「それでもすごいよ!」

 ピーターは医療魔法士を目指している魔法学生。“ヒール”は一番初めに習う初期魔法で癒しの効果がある。熟練の魔法使いであれば砂や貝殻の媒体なしにでも発動できる。

 魔法には二種類ある。

 自然のモノ、砂、火、木、水などを使って大自然の力を借りる“媒体式”は効果が小さいが簡単に誰でも出来る。

 魔法式を用いて法則に従い陣を描き、魔力によって発動させる“魔法陣”はとても強力であり、しっかりと勉強して修練を積んだ魔法使いでなければ扱うことはできない。

 ただし、数千年も昔から伝えられる伝説によれば、もう一つの魔法があるというが……。

「さあ、これで大丈夫だ。朝ごはん出来てるぞ」

「今日はなんだった?」

「ミートスパゲティ」

 言うが早いか、エマエルは猛ダッシュでダイニングへ向かった。

「おーい! 転ぶなよー!」

 ピーターが大きな声で注意すると同時に、「痛い!」と派手に転ぶ音が廊下に響いた。




「変な夢?」

 食事中、いきなりエマエルが言うので、母は首を傾げた。

「どんな夢だったの?」

「んーとね、テストが……赤、点、で……先生に呼び出されて……」

「正夢なんじゃないのか?」

 ピーターは悪戯な笑みでからかう。

「大丈夫だよ、きっと! 多分……」

「それで、その後は?」

 母に訊かれ、再び思い出しながら話す。

「それがね、王都へ行けることになったの!」

「王都へ!?」

 今度はびっくりしてピーターがむせた。

「うん! お母さんもお父さんも行ってきなさいって! ……夢の中だけどね」

 と、付け加える。

「でもね、それから学校へ行ったらミーティアちゃんと、いじわるなジョージくんも知ってて、わたしに変なチカラがあるから、そのせいで行くんだろ! って……」

「まあ……」

「それでね、最後に変な王子様が出てきて夢が終わったの」

「なんで最後に王子様なんだ?」

「そんなの分かんない」

 話し終えると、エマエルは食事を再開した。

「でも、王都へ行けるのが正夢だったら、お母さんもとっても嬉しいな」

「本当!?」

「ええ。だって、私の大事なエマエルが王都へ行くんですもの。反対する理由がないわ。ねえ、お父さん」

 今まで黙っていた父は顔を上げ、一言「そうだな」と言った。

「エマエルは昔から面白い夢を見る子だったからな」

 そう言って食事を終えた父は「出かけてくる」と家を出た。

「今日お父さんお仕事?」

「今日はお休みだと思ったけど」

 母も少し首を傾げながら食器を片付ける。

「おい、そんなことより学校遅刻するぞ」

 ピーターに言われて時計を見るともうすぐ八時だった。

「あっ!」

 時計を見て慌てて残りのパンを食べ、鞄と帽子を持って家を出る。

「行ってきます!」

 外へ出ると、大人たちが慌ただしく動いていた。

「おい、そっちはどうだ?」

「いや、いない。そっちは?」

「駄目だ……!」

 その時、大人たちがエマエルに気付いた。

「なにか用かな?」

 慌てて笑顔で言う大人にとても違和感を感じたエマエルは、ちょっと後ずさって「なにかあったんですか?」と訊いた。

「ああ、いや、なんでもないんだよ……ほら、学校遅れてしまうよ」

 エマエルはすごく気になりつつも、確かに遅刻してしまいそうなので、お辞儀をして学校へと向かう。

 澄み渡る空、自由な形で浮かぶ雲、心地良い風と木々の音色。少し遠くに見える風車と羊の群れ。

 ここがエマエルの生まれた所、エマエルの大好きなシロイ村。

「エマエルちゃーん!」

 校門で手を振っているのは一番の友だちのミーティアだった。

「ミーティアちゃーん!」

 合流して門を抜けると、一直線にクラスへと走る。

「おはよー!」

 勢い良くドアを開けると、いつも騒いでいる男子が沈痛な面持ちで皆と話し合っていた。

「ねえ、どうしたの?」

 その輪に話しかけると、なぜか違う学年にいる1つ上の悪がきジョージがいた。

「なんだ、エマエルか! 脅かすんじゃねえよ!」

「……ごめん」

 謝る必要はないのに謝ってしまった。

「それで、どうしたの?」

「女の子が行方不明になったらしいんだ」

 クラスメイトの男の子が教えてくれた。

「女の子って誰?」

「それが……」男の子は一瞬迷いながらもジョージへ視線を向けた。

「ジョージの妹なんだ」




 その報せが入ったのは、夜明け前のこと。

「村長!」

 1人の青年が、木戸を強く何度も叩く。

 急いで走ってきたのか、髪はボサボサで汗は滝のように流れていた。

「なんじゃ、騒々しい……」

 半分寝ながら出ると、目の前に幽霊のように立っている青年を見て腰を抜かすところだった。

「なななんじゃい、びっくりさせるでない!」

「そ、村長、女の子が!」

「女の子がどうした?」

「や、や、〈闇森〉に喰われました!」

 一気に目が覚める。

「どこの子じゃ、誰が見た?」

「た、多分メリルかと……、見たのは、俺だけです」

「うーむ……」

 しばし俯いて考えると、険しい顔で青年を見た。

「……これは、まだわしとお前さんだけの秘密じゃ、よいな」

「は、はい! ……あの、救出は……?」

「ばぁっかもん!!」

 あまりの気迫に、青年は思わず「ひぃっ」と尻もちをついた。

「救出するに決まっておろう! わしはこれから救出隊を組織し、指揮を執る。お前さんは混乱のないよう、子供たちに付いておれ。不安を与えるでないぞ」

「は、はい」

「よいか、子供というのは敏感じゃ。お前さんの表情、行動、言葉に不安や混乱があれば、すぐさま察知する。救出はわしらに任せろ。お前さんは徹して子供たちを教職員の方々と守り抜け!」

「分かりました!」

 先ほど気圧され尻もちをついた青年とは見違えて、眼に光が宿り、力強く返事をする。

 青年が去った後、伝達魔法を慎重に使い、数人の大人へ緊急招集を呼びかけた。

「ワトソンか、早くにすまんの、実はな……」

 緊急の伝達魔法は夢の中にも届く。その瞬間から明晰夢となり、しっかりと内容を覚えたまま起きることができる。

「村長、どうされました?」

「斯く斯く然々というわけでの、家族や無関係な者に悟られず来れぬか?」

「分かりました。ただ本日は休暇を頂いておりますので、朝食後でもよろしいでしょうか?」

「構わん。よろしく頼む」

 伝達が終わり、一息つく。

「ふぅ……。また、繰り返さなければよいのだが……」

 朝陽と秋の風が、やけに冷たく感じた。

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