エピローグ
「あのー」
「なんじゃ?」
「これから、精霊さんのお話を代弁させていただきます。
『あの事件は俺たちじゃない。あの娘は熊に襲われた人間を庇い、熊に殺された』だそうです」
「人間を庇って、じゃと?」
少しの沈黙ののち、村長は鋭い眼光をアーサーに向けた。
「たしかお主、当時熊に襲われ辛くも逃げ切った。と自慢げに話しておったの」
「いや、そう、でしたかな?」
その動揺は、火を見るより明らかだった。
「アーサー!」
村長が一喝すると、アーサーは気を付けの姿勢でお手本のように頭を下げた。
「も、申し訳ありませんでした!」
「なぜじゃ、なぜ助けや応援を呼ばなかった。助かったかも知れぬのに」
「……呼べるわけ、ないですよ」
苦虫を噛んだように表情を歪ませ、後悔の念と共に、ゆっくり言葉を吐き出した。
「俺は、その子を……無理矢理襲ったんですから」
あまりの衝撃な真実に、場の空気は一気に凍り、緊張が張りつめた。
「それは、本当なのか?」
信じられないという様子で、村長は聞き直す。
「ああ、そうだよ! 俺が無理矢理あの子を襲ったんだ! 近くに熊がいるのにも全く気付かなくて、あの子が熊がいるって教えてくれて、慌てて逃げようとしたら転んでしまって、俺が熊に襲われそうになったんだ。そしたら……そしたらあの子は、俺を庇って熊に殴られた! 枯れ木みたいに吹っ飛ばされて、本当に見るに耐えない無惨な姿に……」
最後の方は涙と嗚咽で、ほとんど声になっていなかった。
「……あとはあまり覚えてないよ……。無我夢中で逃げて、気付いたら村中があの子を探してて。多分、罪滅ぼしのつもりだったんだと思う。一緒にいないはずの場所を延々と探し歩いた。何度も本当の事を言おうと思った。けど、そのたび怖じ気付いて言い出せなかったんだ……」
全てを言い終わると、力なく膝から崩れ落ちた。
「特殊部隊が、まだ近くにいるはずです」
虚ろな眼が、カイムを見る。
「調べれば、おそらく時効となる事件でしょう。しかし、今のあなたにまだその子を想う心があるのなら、罪を償おうとする思いがあるのなら、勇気を出すべきです」
カイムの言葉が響いたのか、アーサーの眼に、再び生気が戻ったように見えた。
そして、静かに両手を差し出した。
「ああ、そうだ」
グリムとアーサーを連行する特殊部隊と一緒に帰ろうとして、カイムがエマエルに振り向く。
「一緒に行きますか? 王都アルフェルドへ」
夢のような誘いを思い出したエマエルは慌てたが、すぐに落ち着き、
「村のみんなとよく話してからにします。でも、いつか必ず会いに行きます」
しっかりと、返事をした。
「分かりました。それでは、再びお会いできるその日を、楽しみにしています」
去り行くカイムの背中を見て、エマエルは目標をしっかりと認識した。
いつか、あたしもカイムさんみたいなヴェルムに……。
澄み渡る青空と、澄んだ空気。豊かな自然のあるシロイ村で、エマエル・ワトソンは今日も精霊の声を聴く。
いかがでしたでしょうか。
今回は読み切り短編でしたが、感想などいただけると嬉しいです。