風の声 "裏切り"
「まさか……アルフェルド王になると?」
「ハッ、小せえな。世界はアルフェルドだけじゃねえだろ」
「……なるほど、世界征服ですか」
「世界征服! ああ、響きは悪くねえ。だが、征服なんてのは頭の弱いお偉方の考えることだ。そんなのはスマートじゃねえ。俺は全てを支配するんだ。この世界を、俺が支配する!」
「支配した果てに何を望みますか? 栄光、名誉、地位、それとも財産ですか?」
「いつになく喋るじゃねえか。何を企んでる……?」
気づかれた……?
密かに構築している魔法式を見破られたかと警戒する。
「……まあいい、あと少しで完成する。そうすればヴェルムといえど、何もできやしない」
内心、胸をなで下ろしつつ、再び魔法式を構築する。
あと少し。なんとか注意を引きつけなければ。
「できませんよ」
カイムが考えていると、少し離れたところで見ていたエマエルが唐突に言う。
「あ? 何ができませんだ?」
グリムは掴んでいた髪を離し、エマエルに近づく。
「に、逃げなさい!」
しかし、エマエルはカイムを見ると、軽く頷いて再び前を見る。
あの時の、王都へ行くと決意した時と同じ眼だ。
エマエルにも、何か考えがある。そう感じたカイムはこの隙に魔法式を一気に進めた。
「あの魔法道具は、起動しません」
「なんだと?」
殺気のこもる気迫に後ずさるが、負けじと睨み返す。
「面白い。どうして起動しないのか、教えてくれよ……おい!」
大きな声に、ビクッと震える。
恐い。今すぐにでも逃げ出したい。……でも。
今ここで、逃げるわけにはいかない!
「あの魔法陣が使えないからです」
「…………ふ、はっはっは!」
「何がおかしんですか」
「あの魔法陣が使えない? 何を根拠に言ってる?」
「ここだと、魔法が使えないから」
「おいおい、さっきまで魔法戦してただろ。……いや、今もか」
少し離れたところで戦うアーシアとアンジェラを見る。両者とも疲れが見える。
「なんでこれで魔法陣だけ使えないっていうんだ? ハッ、所詮お子様の考える時間稼ぎはその程度か」
グリムは腰から小さな杖を取り出すと、素早くカイムのいる位置へ電撃を放った。
「カイムさん!」
「ハハハ! 俺が気付かないとでも思ったか! ……ん?」
手応えを感じず後ろを振り向くと、そこにカイムはいなかった。
「なんだと……奴はどこだ!」
「ここですよ」
声の方を向くと、目を覚ました村長たちと共にいた。
「馬鹿な! なぜお前らが起きている!」
「不思議ですか?」
これ見よがしに、カイムは人数分の指輪を取り出した。
「それは……」
「魔法道具の一種で、身につけた人にかけられた魔法を解析するものです」
「なんだと? そんなもの聞いことないぞ!」
「当然でしょうね。私のオリジナルですから。あと、誰かに聞かれたら『村に伝わる伝統の指輪』と言うように言ってありましたから」
「なんだよそれ、まるで、こうなることを分かってたようじゃねえか!」
「あなたがアルフェルドに入った時点では、何もできませんから、危険ではありますが、こうする他はなかったんですよ」
「泳がされてたってことか……くそっ!」
「さぁ、観念しなさい。もうすぐ王都の特殊部隊も来るはずです。あなたに逃げ場はありませんよ」
グリムはがっくりと項垂れるが、低く笑い声が聞こえる。
「ククク、俺が、これで終わるとでも思っているのか?」
「ああ、バックの組織なら、今頃壊滅していると思いますよ」
「なんだと!?」
「あなたがアルフェルドに来てから一度、通信したでしょう」
「まさか、あの通信はほんの2、3分だぞ!」
「それで十分、特定できました」
「……くっそぉぉー!」
追い詰められたグリムは、魔法陣へ走る。
「何をする気ですか!」
「もう少し時間が欲しかったが、仕方ねえ、コイツを起動する!」
魔法陣に手を触れ、魔力を流す。
「覚醒しろ!」
……しかし、何も起こらなかった。
「なんでだよ、なんで起動しない!」
「言ったでしょう、魔法が使えないと」
「なに……?」
エマエルが近寄り、赤い石を取り出して見せる。
「これ、キーストーンって言うんですよね」
「馬鹿な……幾重にも重ねた結界で守っていたはずだぞ!」
「精霊さんが、教えてくれたんです」
「精霊だと?」
「はい。カイムさんが縛られてる時に……」
『おい、エマエル』
「精霊さん! お願い、カイムさんを助けて!」
『いいから聞け。その魔法陣に赤く光る石があるはずだ』
「赤い石?」
『それを引っこ抜けばあの魔法陣は使えなくなる。俺の言うとおりにやってみろ』
『いいの? 人間にそこまで肩入れして』
『あの人間は、俺たち精霊を貶めようとした。それも、この闇森に棲む最高位たる主の俺たちをだ。黙って見過ごすには度が過ぎてるぜ』
いつも子供のように陽気で明るい精霊とは違う。厳格ある精霊の姿が、おそらくそこにはあったのだろう。
『分かりました。精霊王には、私から報告しておきます』
『時間がねえ。エマエル、やるぞ!』
「はい!」
「……そうか、まさか精霊の主と会話できるとはな」
「そうでなくとも、私やアンジェラがどうにかして破壊する手筈でした。けど、助かりました。おかげでグリムと対峙する時間がたっぷりできましたので」
カイムはグリムの腕に、頑丈な魔法の枷をつけた。
「この罪は決して軽くはありませんよ」