風の声 "裏切り"
「そろそろ、出てきたらどうですか?」
カイムはエマエルを後ろ手に隠しながら、木の陰に潜む不審者に呼びかけた。
「村長たちの魔法は解きました。あとはあなただけですよ」
少しして、諦めたのか、不審者が姿を現した。
「いやですね、犯人みたいに。私は先生たちが心配で様子を見に来ただけですよ」
「グリム! あんたが……」
アンジェラは警戒して杖を構えた。
「はは、参ったな。エマエルちゃんの先生も助けたじゃないですか、ほら」
そう言って横にずれると、後にアーシアの姿があった。
「先生!」
駆け寄ろうとするエマエルをカイムが手で制止する。
「その人も洗脳したのですか」
カイムがそう言うと、グリムの表情が変わった。
「洗脳……?」
空気がざわつく。ハッと息をのんだ瞬間、アーシアがアンジェラに肉薄していた。
「ぐぅっ……!」
後方に吹き飛ばされながらも、受け身を取って体勢を立て直す。
「吹き飛べ、“フバ”!」
魔法を紡ぐと、杖から突風が出てアーシアを吹き飛ばす。
「アンジェラさん!」
加勢に入ろうとするカイムを「来ないでください!」とアンジェラが止める。
「こちらは私をご指名のようです。先生はグリムを!」
そう言うと、そのままアーシアへと向かっていった。
「グリム……今すぐ戦闘をやめさせなさい!」
カイムは今までにない形相でグリムを睨む。しかしグリムは意に介さず独り言のように話し始めた。
「この芸術を洗脳なんて呼ばないでくれよ」
「なんですって……?」
「これは完全なる支配なんだ。全てが俺に屈服し、全てが俺に跪き、全てを俺に差し出す。俺が絶対君主として君臨する世界。それが俺のファーストマジックだよ」
「まさか、ファーストマジックを会得していたとは……」
「ファーストってなんですか?」
エマエルが小声で訊くと、「ファースト、つまりその人にとっての最高位魔法のことです。魔法使いにはそれぞれ個人にしか到達できない独自の最高位魔法があります。彼にとっては、これがそのファーストなんでしょう」カイムは後ろを見ずに早口で答えてくれた。
「ということは、あなたを倒す以外、解く方法はない。ということですね」
「さすが先生、理解が早いですね。そうだよ、俺を倒す以外にこの支配を解除することはできない!」
「では、行きますよ!」
カイムは杖を構えると、素早く魔法を紡ぎ放った。
「カルセイヤ!」
一瞬で光の紐がグリムを縛る。
「なにっ!」
「さあ、降参しなさい。次は怪我じゃすみませんよ」
杖に光りを集め、放てる準備をしながらグリムに呼びかける。が……。
「……くくく」
「なにがおかしい?」
「いや失礼。俺のファーストマジックが人間を支配するだけだと、いつ言った?」
グリムを縛っていた光の紐が解けてゆく。
「まさか!」
「俺のファーストマジック、ワルワールは、全てを支配できるんだよ!」
解けた光の紐がカイムを襲う。
仕方ない……。
魔法を消そうとするが、消えない。
「なに!」
完全に油断したカイムは光の紐に捕まってしまう。
「言っただろう、全てを支配できると。ワルワールに支配された時から、もうあんたの命令は効かないんだよ」
ゆっくりとカイムに近寄る。
「もうじき俺の仲間も到着する。そうすれば闇森は俺たちのものだ」
「おかしな話ですね、それこそファーストで支配すればいいのでは?」
「黙れ……」
グリムは初めて敵意を露わにし、声を低くした。
「なるほど、闇森相手には、魔法による服従も通用しませんか」
「黙れぇっ!」
グリムは力を込めてカイムを殴る。
「ここはなぁ、ただ魔法が通用しないだけなんだよ……。魔法が使えれば、こんなもの俺が支配してやる!」
「支配して、それからどうするつもりですか。平和に貢献してくれるようには思えませんが……」
「教えてやるよ……」
カイムの髪を掴み、顔を引き寄せる。
「ここを落とした暁には、俺は王になる」