風の声 "予知夢"
「エマエル・ワトソン」
先生に名前を呼ばれて、エマエルは教卓へと進む。
「もう、次はありませんよ」
そう小声で言われ、渡された答案用紙の結果を見ずに知ってしまった。
「放課後、お話がありますので残っているように」
「はい……」
がっくり肩を落とし、トボトボと席に戻る。
「エマちゃん、……ダメだった?」
隣の席のミーティアが不安げに訊ねる。
「うん……」
答案用紙を開くと、予想通りのひどい点数が目に入る。
「うわぁー……」
フェードアウトするため息と同時に机にうつ伏す。
エマエル・ワトソンは魔法学の小学4年生。勉強も運動も苦手で内気だけど、エマエルには魔法とはちょっと違う不思議な力がある
。それは……。
『あらあら、また赤点?』
『エマはバカだなあ』
「もう、うるさいなぁ……」
エマエルは小声で抗議する。
これはエマエルにしか聞こえない、風の精霊の声。姿は見えないけど、気配は感じる。
みんなには聞こえない精霊の声を聞くことができる。それが魔法とはちょっと違う、エマエルだけの不思議な“チカラ”。
「なんのお話か、分かりますね?」
放課後、エマエルと机を二つ挟み、担任のアーシア先生が諭すように話す。手元には赤点の答案用紙が並び、教室は嫌な空気になった。
「あなたが遊んでばかりで何もしていない。という生徒ではないことは重々承知しています。むしろ努力家で勤勉な真面目な生徒だと、私も自慢できると思っています。しかし……」
手元の別資料を見て、アーシア先生は続けた。
「このままではいけません。でも実技のほうはむしろ目を見張るほどの結果を残しています。どうでしょう、実技の魔法スキルを一点に伸ばすために王都へ行くというのは」
王都という言葉に、エマエルは驚きが隠せなかった。
「王都ですか!?」
期待に胸膨らませ、エマエルの瞳は爛々と輝いた。
「ええ。近いうちに先生たちで話し合いがあるので、そこでお話しようと思っています。行ってみたいですか?」
「はい!」
アーシア先生からのサプライズ発表に、エマエルは大きな声で返事した。
『王都だってよ!』
『いいわねえ』
精霊たちの声に、エマエルは「えへへ」と笑った。
「どうかしたのですか?」
声が聞こえないアーシア先生は、いきなり笑ったエマエルを不思議に見つめた。
「あ、すみません、なんでもないです」
「……そうですか」
精霊の声が聞こえるというのは、友だちのミーティアとヒューリーを除いて他は知らない。というより隠してきた。
昔は声が聞こえると周りに言ってたけど、それを周りは変な目で見た。「構ってほしいのね」「遊びたいんだろう」と、勝手に子供の妄想と決めつけられた。悔しいけど、それは今のエマエルにはどうしようもなかった。声は聞こえても、姿までは見えないから絵も描けない。と言っても、それほど絵が得意でもないので、見えてたとしても描けないかも知れない。
それからは信じてくれる友だちのミーティアとヒューリーにだけ精霊の話をした。家族にも、もう聞こえないことにしてある。
だから、アーシア先生にも精霊の声のことは内緒にしている。
エマエルが行くかもしれない王都“アルフェルド”は、エマエルの住む“シロイ村”を領地に含む世界最大の都市。最先端の魔法技術が研究され、常に魔法先進都市として栄えている大きな都。その中でも特に優れた魔法使いたちは“ヴェルム”と呼ばれ、王の警護を任される人や魔法を教える人、精鋭が集った親衛隊など、魔法使いにとって憧れの存在。もちろん、エマエルにとっても夢であり憧れの人たち。
王都へ行けば、ヴェルムと呼ばれるすごい魔法使いから色々教えてもらえるかも知れない。そう考えただけで、エマエルはあれこれ想像が尽きなかった。
「決まったら、またお話しますね。それでは、また明日学校で会いましょう」
「はい、ありがとうございます!」
「王都へ行くの?」
台所に立つ母親が、エマエルに振り向いて聞き直した。
「行けるかもしれないんだって! アーシア先生が今日教えてくれたの!」
エマエルはアーシア先生とのお話が終わると真っ直ぐに家へと帰り、母親へ報告した。
「まあまあ、なんてことでしょう。お父さんー、エマエルが大変よー!」
目の前にいるのに大声で呼ぶものだから、父親は眉間にシワを寄せた。
「聞こえてるよ。それで、エマはどうしたいんだ?」
「へ?」
「王都へ行きたいのか?」
「行きたい!」
「行って、何がしたい?」
「わたし、ヴェルムの人に魔法を教わりたい!」
母親と父親は、その一言に目を丸くして、お互いを見た。
「エマは、ヴェルムになりたいの?」
「うん。でも、まだいっぱい勉強しないといけないから……」
両親も、エマエルの実技が飛び抜けて良いということや、勉強が苦手なことをよく知っていた。
「今よりももっと難しくなるのよ? 勉強できる?」
「……分かんない。でも、実技ならって、先生が言ってくれたから。……やっぱり勉強できないとダメかな?」
本気で悩み、困っているエマエルを見て、父親が大きな手で頭を撫でた。
「行ってきなさい」
「行っていいの!?」
「あなた……」
「いいじゃないか」
立ち上がると、今度は母親の頭を撫でた。
「エマエルも10歳だ。それに、この子の瞳にはしっかりとした輝きがある。決意があるのさ。父さんと母さんが応援してやろうじゃないか」
うん、そうね。と、母親もエマエルの頭を撫でる。
「わたしたちのエマエルですもの。王都でも大丈夫よ。ヴェルムにだってなれるわ」
「じゃあ、わたし、行っていいの?」
信じられないような顔で両親を見る。
「もちろん! 今度お母さんたちもアーシア先生にお会いして、ちゃんとお話してくるわ」
「ありがとう! お母さん、お父さん、大好き!」
そして翌日、学校へ行くとすでに噂が広がっていた。
「エマちゃん、王都へ行くの?」
一番に聞いてきたのはミーティアだった。
「うん、そうだよ」
そう、素直に答えるエマエルを、ミーティアは訝しげに見つめた。
「どうしたの?」
いつもと違う様子に気付く。
「おい!」
エマエルが戸惑っていると、後ろから大きな声がしたので振り向くと、大きな男の子が立っていた。
「お前、ズルして王都へ行くんだってな!」
「はぇ?」
男の子はジョージ・ウッドロック。1つ年上のいじめっ子悪ガキだ。そんな彼がいきなりズルをしたんだろうと言う。しかしエマエルにはさっぱりだった。
「どういうこと?」
「お前、変なチカラがあるんだろ? それのせいで王都へ行くんだろ!」
今度は軽く肩を押され、体勢を崩して床に尻餅をついた。
「ひきょうもの!」
「どうしてそんなこと言うの……?」
「お前は気味悪いんだよ! いつも一人でなにか喋って!」
怯えるエマエルに、ジョージは畳み掛けるように言った。
「エマちゃんは悪くない!」
そのジョージに立ちはだかったのはミーティアだった。
「お前も味方すんのかよ!」
「いくらなんでもひどいよ! エマちゃんがジョージくんになにしたの!?」
勢いある正論に、ジョージは一瞬押し黙った。
「はいはーい、そこまで」
緊迫した空気に軽い拍手がパチパチと響いた。
「君がエマエルちゃんかな?」
細身の男は教室に入ってくるなり、いきなりエマエルの手を取り、手の甲にキスをした。
「えー!!」
当たり前のようにクラスは騒然となった。
「ああ、ボク? 王子様」