第漆話 愚者がいるからこそ物語は円滑に進む
お久しぶりです
PCクラッシュと言う悲惨な出来事に襲われようやく投稿です
「お待ちどうさま」
空気が暗く沈んだところで、宿の旦那さんが料理をいいタイミングで持ってきた。
何かは分からないが魚らしきものの煮付けの様だ。
しかし、俺の目を引いたのはそれでは無かった。
「何だ……? これ」
俺が手に取ったのは二本の棒。
片方は小さなへらの様な物で、木製の取っ手の先に、金属製の小さな台形の板がついている。
連結部分は軽く折れ曲がっており、握った手を傾ければへらの部分が水平になるようになっている。
もう片方は、十手といえばいいだろうか、それをかなり鋭くしたようなもので、長いほうの棒身の外側には刃がついている。
俺がそれをしげしげと眺めていると、旦那さんがこういった。
「何だ? 武手と護手を見たのは初めてとでも言うのか?」
「武手? 護手? なんだそれは」
俺がそういうと、旦那さんは驚いたと言うような顔をしながらも、俺に解説を始めた。
「武手って言うのは、これだな、これは物を切ったり、切ったものを刺して口へ運ぶために使う」
旦那さんは十手の様な物を手に取り、切ったり刺したりする真似をして見せた。
なるほど、食器というわけか、そりゃあ食器のことを知らない人間が居たら驚くか。
「すまない、俺の故郷ではこのような食器は使わなかったものでな」
俺がそう言うと、旦那さんは首を横に振る。
「気にしなくてもいい、それよりも説明を続けるぞ、こっちが護手だ、武手で物を切るときに食材を押さえたり、刺したりするときに食器が傷つかないように反対側に差し込んでいたりするのに使う、後はスープを飲んだときに具材をすくうのにも使う」
つまり、武手がナイフ兼フォーク、護手がフォーク兼スプーンという認識でいいのか。
それにしても、覚えるのが大変そうだ……。
あ、元の世界の食器召喚すればいいだけじゃないか。
俺は話を聞き終えた後、ローブの影で【家庭道具召喚能力】を使い、箸を召喚する。
やはり、魚の煮付けは箸で食べるものだと思うんだ。
すると、旦那さんが「その二本のつやつやした黒い棒は何だ?」と聞いてきたから「故郷の食器」とだけ答えておいた。
旦那さんはその答えを聞くと若干不思議そうにしながらも厨房へと戻っていった。
しかし、気になるのかこっちをちらちらと見ている。
俺はその旦那さんに見せるように箸を使い煮付けを食べる。
その瞬間、旦那さんが洗っていた食器を落とし、割った。
パリーンという耳障りな音の後、旦那さんは直ぐに我を取り戻したように作業へと戻っていった。
この世界にきちんと陶器があったんだということに驚きを感じた、昼の食堂では木製の器だったからな。
……、いや、そうじゃなく、まあ、箸なんて見たことも聞いたことも無いところで使ったらそうなるよな。
箸を見たことも無い人間から見たら俺は二本の棒だけを使い刺さずに器用に煮付けをとり、それを口に運んだことになるのだ。
面倒くさいが、そういうことだ。
しかし、目の前の少年はこっちを一切見ず、俯きながら護手と武手を使い器用に煮付けを食べている。
沈黙が、重い。
俺がその空気を何とかしようと口を開きかけたそのとき。
ピリリリリリリリッ……。
唐突に場に不釣合いな音が聞こえた。
「少年」
「……、なんですか」
若干むっつりした声を少年が発する。
「今、何か聞こえなかったか」
「ええ、何か鳴りました、聞いたことはありませんが」
「そうか……」
俺はこの場で聞こえてはならない、されど聞き覚えのある音に立ち上がり、外へ出ようとする。
「少年、直ぐ戻ってくる」
俺がそう声をかけると、少年は俯いたまま、僅かに縦に首を動かした。
それを見て、俺は直ぐに外へと出る。
ピリリリリリリリッ……。
外の裏路地に回った俺は、そこでポケットの中を探る。
聞き覚えのある電子音、これは正しく……。
「携帯電話……」
俺はずっしりと重量感のあるジャケットの胸ポケットに元の世界では見覚えのありすぎるデザインの機械を見つけた。
ただ、自分が持っていたものとは違い、純白で二つ折り式のものであった。
軽快な電子音が鳴り響く中、その携帯をあける。
【着信アリ・カミサカ】
「やはりか……!」
地面に携帯を叩き付けたい衝動を抑えつつ俺はその電話を取った。
-*-*-
食堂から出て行く背中を眺めながらボクは小さくため息をついた。
あの人はどれだけ自分に価値があるのかわかっていない、それこそ様々な国家がいかなる手を使っても手に入れたいと願うような力を持っていても。
(薬師さん……)
ボクは、あの人が心配だ。
蝕魔病に冒されて死を覚悟していたときに突然現れて、治せないはずの蝕魔病を治してしまった人。
夢凍病を治す薬を何のためらいもなく使ってしまう人。
瞬間移動をほんの一瞬で、しかも長距離行なってしまう人。
魔法の腕も、薬師としての腕も、最高峰のあの人。
あの人の能力はすごい、ボクなんかが一生追いつけないほどに。
でも、それはあの人を能力だけで、うわべだけで見たときの話。
あの人は、深い、まるで海のような人だ。
外から見れば時に大きな波があって危険かもしれない、けれど、その中に入ってしまえば全てを包んでしまう。
『外』なんて一切関係ない、独自の世界をもって接してくれる。
ボクを拾ってくれた。
ボクに力と役目を与えてくれた。
ボクを恐怖しないでくれた。
ボクを人として扱ってくれた。
ただの足手まといにしかなれないボクに。
そんなあの人は、あまりにも無知すぎる。
まるで、ここではないどこかから来たように。
いまは、このローブで隠している空色の髪の意味すら知らないのだろう。
ボクを連れている理由だって『世間知らずだから』と言っていた、だけど、あの人は世間知らずという域を越えている。
だから、ボクはあの人の側にいたい。
なのに、あの人は独りよがりだ、なんでも自己完結してしまう。
なら、あの人の側に無理やりにでも付いていけば良い、そうこの宿で目を覚ました時に決めたのに……。
「はぁ……」
ついたため息は以上に重い、あの人はまた一人で外に出て行ってしまった。
せっかく決めた覚悟も、これでは意味がない。
颯爽と出て行く薬師さんの姿を思い浮かべつつ、ついていけなかったボクがふがいないのか、それとも一人でさっさと出て行く薬師さんが悪いのか、つい考えてしまう。
このままではあの人は無理をしてしまうだろう、それこそ、何も知らないままで。
もう、何がなんでもついていってやる、結構な時間考えた末にそう心に決めた途端、視界が、目に見える風景が変わった。
白と黒になった視界に、縦横無尽に走るさまざまな波形を持つ色とりどりな線。
その視界に切り替わった途端、ボクは身構えた。
いつも、危険な目に会う前はこうやって視界が変化した。
なんでかは知らないけど、きっとボクの魔法神《クァルエンディスト》の加護が関係しているんだと思う。
もっとも、危険な目にあうのは、この加護のせいだと言ってしまえばそうなんだけど……。
祝福のように、無視していられるほどではなく、守護のように神の使いと奉られる程でもない、それが神の加護。
神が人間の都合を知らないとはいえ、一度なぜ加護を与えたのか聞いてみたいものである。
と、意識を別の方向に向かわせていたら、何かが割れる音が聞こえ、それに合わせて怒号が響く。
無意識の内にそっちのほうに目を向けると、いすに座って怒鳴り声を上げているいかにも荒くれ者と言わんばかりの三人の男たち、そして給仕の女の人、床には割れたお皿とぐちゃぐちゃになった料理がある。
なんでも、給仕さんの運んでいたコップの水がかかり、それで難癖をつけてさらにお皿まで割ったようだ。
……、陶器のお皿は高くて買い換えるのが難しいのになぁ……。
僕はそう思いながら、周囲に目を走らせる。
周囲で食事を取っていた人たちも食事をやめてそっちに注目している、でも、誰も助けようとしない。
そこでもう一度男たちを見る、そこで僕は、つい顔をしかめてしまった。
男たちの周囲に見える『線』が周囲の『線』のように綺麗な波の形じゃなく、ぎざぎざした、気持ちの悪い『線』へと変化していた。
いったい、この『線』が何をあらわしているのか、僕は知らないけれど、経験から分かる。
あれは、何かいけないことが起こる予兆、あの『線』に重なるものがボクに何かの悪いことを起こす予兆。
このまま行動しなければきっとボクも巻き込まれてしまう。
でも、ここから逃げるのはなし、だって、困っている人は助けないといけないから。
どうせ巻き込まれるのなら、ボクから巻き込まれて流れをつかんでしまえばいい。
そう決めると、ローブの両袖に薬師さんとボクの武手をそれぞれ隠して、席から立つ。
そして、ゆっくりと男たちのほうへと近づく。
一部の人たちはボクに気付いたようだけど、当事者の給仕さんと男たちは夢中で気付いていない。
そしてボクは、滑り込むように男たちと給仕さんの間に入る。
男たちと給仕さんからすれば、ボクは急に表れたように見えるだろう。
そして、その現れた子どもはいかにも子どもらしい声を出しながら。
「あーあ、お皿をわっちゃいけないんだよ?」
と、男たちのほうを見上げながら首をかしげて言う。
もちろん、ローブを深くかぶっているから空色の髪は見えないだろう。
当然、話を中断させられた男たちは幼いボクに向かってさえ怒鳴り散らす。
「なんだガキィ! 痛い目見たくないんだったらとっととママの所へ行きなっ!」
そう怒鳴ってくる男たちに、ボクはこう返す。
「ママは、いないよ? パパも、いない……、よ?」
俯きながら悲しげな声を出せば、男たちは一瞬怯む、そこで追撃をしかける。
「でもね、ママ、言ってた、物を壊したらごめんなさいしなきゃダメなんだよって……」
肩を振るわせつつそういえば、周囲の視線はイバラのようにかわり、男たちを突き刺す。
これで、周囲を味方につけることは出来た。
しかし、一方で激昂する男たち、周囲の視線に耐えかねたのかボクに怒鳴りつけてくる。
「ちょぉっと痛い目見ないと気がすまないようだなガキィッ!!」
そういって、机の上にあった水の並々と入った木のコップを投げつけてくる。
ボクはとっさに避けようとした、けれど足がうまく動かない。
薬師さんに長く歩けないと言われたことを思い出した、けれど、それだけじゃなくってとっさの動きも出来なくなっていることにボクは気付いた。
避けられない、ボクがそう覚悟を決めた時、給仕さんがボクと男たちの間に割って入り、その水とコップをぶつけられる。
コップが落ち、にぶい音を立てて転がり、ぽたぽたとしずくのたれる音がする。
「大丈夫ですか……?」
給仕さんは微笑むつつ、ボクに聞く。
ボクはすこしあっけに取られながらも首をたてに振る。
すると給仕さんは微笑みつつ、立ち上がり、男たちを睨む。
一変した給仕さんの態度に男たちは一瞬怯むが、すぐに怒声をあびせる。
「んだぁ? このアマ、調子にのんじゃねぇぞ!」
そういうと、男のうちの一人がすぐに殴りかかる。
しかし、それは突如飛んできた氷の玉によってはじかれる
「なっ……」
「お兄さんたち、そこまでにしておきなよ?」
当然、氷の玉はボクの魔法だ。
呪文はともかく声で言葉をつむげば発動する。
口の中でもごもごつぶやいていても、同じだ。
男たちの視線がボクに集う、ボクはその時手に武手を持っていた。
ただ、刃の部分を軽く握っているので、男たちからは小さな木の杖を握っているように見えるだろう。
ともかく、男たちの怒りは完全にボクに向けられた。
そして、言葉にならない怒声を上げながら飛び掛ってきた男に、ぼくは魔法を発動させ、なかった。
魔法を発動させる前に、にぶい音を立てながら、円形のものが飛び掛ってきた男の側頭部に当たったのだ。
その円形のもの、トレーは軽い音を立てながら地面に落ち、男はバランスを崩し倒れる。
軟弱とボクが思っている間に、給仕さんは先ほどよりも怒気を篭めた声で睨みつけつつこういった。
「子供にまで手を出すなんて最低! 悪魔! この人でなし! すぐに出て行って頂戴!」
給仕さんがそういうと、周囲の人からもまばらに、しかしどんどんと増えた罵声は、男たちに飛ぶ。
ボクは念のために、長めの呪文を詠唱し始めた。
しかし、それが完成する前に顔を怒りからか真っ赤に染めた男たちはいっせいに給仕さんに殴りかかった。
だが、男たちの拳が届くことはなかった。
「うちの看板娘に手を出さないでくれるかい!?」
「いい加減にしてもらおうか、うちは暴力沙汰はお断りだ」
そう、宿の女将さんと旦那さん、確か女将さんはリリシエ、旦那さんはクレイドという名前だったと思う。
ともかく、リリシエさんが男の一人を殴り倒し、クレイドさんが一人を羽交い絞めにしながら最後の一人に足を引っ掛けて転ばす。
周囲の机にも多少被害は出たようだが、そんなことに気を配ってもいられない。
しかし、転ばされた男はすぐに立ち上がると旦那さんを睨みつけ、殴りかかろうとした。
だが、ここでボクの呪文が完成する。
「やめてっ!」
その言葉に、食堂中の視線が集まり、今殴りかかろうとした男もボクの方を見る。
ボクは手をかかげ、手のひらを天井へと向け、最後の言葉をつむぐ。
そして、誰もが目を外せなくなる。
「……、これ以上争わないで……?」
ボクの手のひらの上に現れたまばゆい青い光を放つ精密な魔法陣。
普通、魔法を使う時にはこういう風に魔法陣は現れない。
だけど、注ぎ込む魔力が発動する人の全魔力に近づけば、自然と魔法の構造を記した魔法陣が出る。
多く注ぎ込めばそれだけ、魔法陣の輝きは上がり、威力も上がる。
つまり、今ボクの発動させようとしている魔法にはボクの全ての魔力の内、多くが注ぎ込まれている、と言うことになる。
それを見た男たちは急に顔を青く染め、拘束を振り払い、すごい速さで逃げ出した。
それを確認して、ボクは魔法陣を消す。
すぐに女将さんと給仕の女性が駆け寄ってきて、大丈夫か声をかけてくるのに、ボクは笑顔で頷く。
魔力の消費はほぼない、それは発動させなかったからと言うわけではなく、ただあれは『魔法陣に似たものを表示させる魔法』。
そう、つまりあの魔法陣で魔法が発動することなんかないのだ。
見せ掛けでも、脅しに使えるのであれば有用だと思って一応習得しておいたものだ。
ともかく、ボクは女将さんたちに大丈夫と微笑みかけると元の席に戻り、料理を再び食べ始めた。
……、だけど、お礼と言って大量の料理を持ってこられても困るんだけどなぁ……。
-*-*-
『異世界トリップ一日記念おめでとう!』
「死ね」
着信を取ってすぐに響いてきた聞きなれた親友の声に俺はいつも通りの返しをする。
というか、一日記念ってなんだ、一周年とかでもないのに、馬鹿なのかこいつ。
『酷いな! いきなり酷い! いつもどおりだけど何時にも増して酷い!』
「うるさい、黙れ」
いつにも増してテンションが高い、そしてうるさい。
「俺は食事を中断しているんだ、さっさと用件を言え、用件」
『まあ、そう焦るなよ』
「知っているか? 空腹も過ぎればイライラが募るんだぞ?」
『分かった、すぐに言うから! 直ぐに言う!』
そういつもみたいに馬鹿みたいなやり取りを交わした後、唐突にカミサカは押し黙る。
「……、まさか用件がなかったとか、言うつもりか?」
『……、テヘッ?』
「俺の時間を返せ、そして直ぐに詫びろ」
『だ、だって退屈なんだもん! 世界の時間止めているからさぁ、一人ぼっちは寂しくて暇なんだからな!』
「誰が言い訳しろと言った、カミサカ」
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……』
まさか用件がないとは思わなかった。
もっと……、こう、特殊能力の補足とか……、って、あ。
「なあ、カミサ……」
『本当にごめんな! 食事の邪魔して! 直ぐに切る! だから許して!』
そういうと、無慈悲に単調な機械音が耳に響く。
……、最後に付け足された能力を訊こうと思ったのに、あいつ、本当に神なのか疑わしい。
何度か掛け直してみたが、そもそもこっちからは繋がらないらしい、なんて迷惑な。
俺は溜息を付くと、その白い機体を胸ポケットにしまい、宿へ帰る道を歩き始めた。
帰ると、少年が食事の山に埋もれていた、何でこうなった。
※魔法陣補足
魔力50の人が魔力を30消費する魔法を使えば魔法陣が出ます
しかし、魔力10000の人が魔力を30消費する魔法を使っても魔法陣は出ません
つまり、魔力消費の割合が大きければ魔法陣は出ます
少年は比較的王道主人公です、ですが自分の容姿を理解して利用したりなど薬師に近いところもある。
誤字脱字感想、その他お待ちしております
……、次の更新は、近いうちに……、したいなぁ……