第肆話 反則であろうと正義なればそれもまた道義である
ちょっとネタに詰まって異世界に行って来ました。
キメラの肉は痺れるほど美味しかったです、その後、キメラの麻痺毒のせいで地獄の日々を送りました。
そんな夢を見ました、異世界の夢は時々見ますが全て楽しいです。
尤も、キメラを食べたと言ったときの周囲の有りえないと言わんばかりの視線が痛かったですが、夢の中でも痛覚はあるようで……。
俺の手の中にあるのは硬質な名刺のような物。
白地に紫色の文字が映える。
と、言うわけで、手に入れました、ギルドカード。
記載されているのは名前、俺のには通行人Y、少年のものには見物人Dと刻まれている。
それと職業、というか役割みたいなものだな、俺のには薬師と魔法師、少年のものには魔法師とだけ。
あと、ギルドランクって言うものも刻まれている、どちらもIランクと刻まれている。
まあ、この世界にアルファベットなんて存在しないから、俺の中で分かりやすい序列の文字で訳されているのだろう。
で、このIランク、本来はギルドの規定に背いたり昔何か犯罪を起こした者だけにつけられるランク、普通はGランクから始まるそうだが、出自不明というのがそれほど評定に響いたということだ。
このギルドランク、依頼……、クエストともいうな、それをこなしていく内に高まっていく、ギルドからの信頼の度合いというようなものだ。
そして、信頼できないものに重要な依頼は任せられないそうで……。
「薬師さん、ほんとに大丈夫なの?」
そう、クエストにもランクがあり、上は二段階上まで、下は三段階下までという規定がある、そして、クエストランクは最低がGランク。
そう、俺達が受けることが出来るのはこの最低ランクのGランククエストだけである、普通であれば。
「大丈夫、俺がそんなへまをするわけ無いだろう?」
そう、一気に昇進したい人のために存在するフリーランククエスト。
元は普通にランククエストだが、期限が近い、報酬が安い、危険度が高いなどの理由で忘れ去られそう、もしくは誰も受けないであろう依頼がフリーランククエストになる。
もちろん、このフリーランククエストは死んでも自己責任、失敗した際はランク一段階下降にクエスト失敗時に払う違約金が普通より多くとられる。
しかし、依頼を達成したならば元のランクでギルドランクが上昇換算される。
つまり、元Aランククエストのフリーランククエスト、通称『Aフリー』を達成したらAランククエストを達成したのとまったく同じようにギルドランクが上昇するのである。
で、俺達が受けているのは……。
「でも、無茶じゃない? 『Bフリー採取依頼』、それも奇跡の花とか言われる『夢幻華』を取って来いって……」
そう、元Bランク相当の依頼、ただ、花を取ってくるだけの依頼である。
あのギルド員登録したときに世話になった青年、そのまま俺の担当になるらしい彼、ヴェヴァヴィリェット=ヴァヴォルウォンという名前らしい……、面倒臭いから担当官と呼ぶことにする。
担当官からはこのクエストを受けるといったとき『難しいんですよ? 良いんですか?』と聞かれた程である、が、それでも良いと言った途端、『なら良いです』とクエストを受注させてもらった、あいつは恐らく根っからの面倒臭がりだ。
ちなみにこのクエスト、フリーランクの理由が『期限が近い』、そして『報酬が安い』、さらに『難易度が高い(発見できるかどうか)』という為である。
しかし、俺にはこれを達成することは大して難しくは思えない。
「それに、なんで草原に行かずに依頼者さんの家に行こうとするの?」
そう、俺達は未だに都市から出ずに、依頼者の家へと向かっていた。
その事を疑問に思った少年から、疑問の声が飛んできたので、道の脇においてある花壇……、とは言ってもレンガ組みではなく、魔法で無理やり固めたような物に腰を下ろす。
少年も、俺の隣に腰を下ろす。
「少年、依頼内容を覚えているか?」
俺の突如の問いかけに、少年はちょっと頭を捻りながら答えた。
「確か……、依頼者さんの娘の病気を治すためにどうしても『夢幻華』が必要、それを持って来てほしい……、報酬は……」
「あー、そこまでで良い。つまりだ、わざわざ『夢幻華』を探す必要は無いだろうという話だ」
続けようとする少年を遮って俺の言った言葉に少年は首を傾げる。
こちらに向けられる視線には、回答を求めるような色が篭るが、此処で話す必要も無いだろうと思い依頼者宅へと向かう事を告げる。
そのときに、少年が疲れたというので背負って移動を行った。
真っ黒いローブに身を包んだ二人組みに怪訝な視線を向ける人が多数だが、俺が小さい子供を背負っていることに気が付くと、妙に生ぬるい視線を向ける人と、敵意をぶつけてくる奴に分かれた、何故だ。
+=+
依頼人の家は実に普通だった。
いや、裕福であれば報酬も相応のものだろう、きっと出せる限度まで出したはずだ。
ちなみに、木造とかそう言うことは無いです、少年の魔法の記憶の中にはこういう建築物を生み出す魔法というものがあるらしい、尤も、何人かで行使するものらしいが。
そんな家でも、なぜか扉だけは木造である、何故だ。
あれか……、重いのか? だから軽い素材の木を使ったのか……?
分からない……、何故わざわざ木なんだ……。
そんな事を頭の片隅で考えながら俺の手は木の扉をノックした。
ちなみに、ノックの文化はこちらでも同じみたいです。
ノックはきちんと四回しました、二回だとトイレの確認になってしまうそうですよ。
と、ノックしたら中から憔悴したと思しき男の声が聞こえてきた。
そして、しばらく待つと家の中から出てくる痩身の男。
赤い髪に白いものが混じり、若干腰が曲がっているから初老から少し年を取っていることが分かる。
顔色は悪く、頬は削げ、目は充血している。
「……、何か御用か」
カサカサに乾いた唇から漏れる微かに掠れた声に、俺は極力穏やかに返答した。
「私、扶助ギルドの者でして、貴方様が依頼なされた件について少々お話があるのです」
俺は極力、人の良さそうな笑みを浮かべて目の前の初老の男性を見つめる。
同時に【解析】を発動させ、目の前の男を見た。
-*-*-
名称:アルス
種別:火礎性人間種
年齢:58
性別:男
職業:司書
出身:アイゼリク王国・ヒュゼイト
能力:無し
物理攻撃力:G
物理耐久力:G-
魔 力 量:53/60
魔法行使力:G
魔法防御力:G-
精 神 力:F
精神守備力:F+
敏 捷 性:G
知 能 :A+
運 :F
称号・功績:無し
祝福・加護:無し
備考:極度の衰弱状態、栄養不足。
-*-*-
五十九歳という年齢が高いのかそれとも若いのか良く分からないが、ともかく酷く弱っていることは分かる。
「扶助ギルド……? もしかして、『夢幻華』が見つかったのか!?」
そういいながら首を締め上げるようにして俺のローブを掴みあげる男性。
ゆったりとしたローブだから実際には首は絞まっていないけど服が伸びる、やめろ。
「その事なんですが、一つ聞いておきたいことがありまして……」
「何だ!?」
「娘さんの罹っている病……、なんと言う病でしょうか?」
俺の突如の問いかけに男性はきょとんとした顔をするが、すぐさま立ち直ると唾の掛かりそうなほどの距離で叫ぶように言ってきた。
「『夢凍病』だ!!」
近い、顔が近い、そして唾が掛かる、汚い……。
しかし……、『夢凍病』とは何だ?
そう思った俺の背後から……、正確には俺の背に乗っている少年から驚愕の声色を宿した言葉が漏れた。
「『夢凍病』……? あの治療薬の存在しない病? 確か体が冷たくなって目覚めなくなり、そして死んでいくあの病気?」
それ、死んでいるといわないのか……?
いや、この世界は魔法があるんだ、呪いとかあるのかもしれない。
と、言うわけで詳しい突っ込みは無し。
「それで、その娘さんを治すために必要な薬の調合材料に『夢幻華』が必要だと?」
「でも、『夢凍病』は治療薬が無いんじゃないの?」
俺達は、それぞれの問いかけをした。
俺の問いかけにはハイ、『娘の病気を治す薬を作るのに『夢幻華』が必要』だと。
そして、少年の問いかけには……。
「その薬を作れるという人が現れたんだ!」
なんでも、娘さんの病を治すために司書という立場を使ってこの街の図書館があるらしいのだが、そこで普段は閲覧禁止になっている書物なども読み漁っていたそうだ、大丈夫なのか? そんな職権乱用をして。
しかし、調べれば調べるほど治療は絶望的、しかし、それでも治療法を求めた彼は神職の人に祈祷をしてもらったり、治癒術師と呼ばれるいわゆる回復魔法を使える人に治癒術を掛けてもらったりしたそうだ。
だが、結果は芳しくなく布施や料金だけが取られていくという始末。
増してや、そんな奇病の娘の話が広がると誰も治療なんかしなくなった。
当然だろう、俺だって治せると断定できる状況で無かったらそうする、皆、看板と顔が重要なのだ。
金は無駄となり、誰も治療を施してくれない、そんな失意の中に沈む彼に、とある男はこう声を掛けたそうだ。
『娘の命を助ける薬がほしくないか?』と。
彼はそれに縋り付いた、いくらでも高価な素材も集めた。
しかし、どうしても集められなかったのが『夢幻華』、今回の依頼の品である。
それを収集することを扶助ギルドに任せつつも、自身はどこかで手に入れらないかと不眠不休で尋ね回った。もっとも、何処にも見当たらなかったようだが。
そんな無茶な生活が祟り、常に娘の看病をしてくれていた奥さんも体調を崩し、彼は衰弱しきった体で奥さんと娘の二人を看病していたそうだ。
そして、その話を聞き終わった俺が真っ先に思いついた可能性、それは。
(詐欺だろ、どう考えても)
高価な素材を集めさせて、高価な報酬を奪い取る、対象は心身ともに疲れ切った若干老いの入り、絶望しきった人物、そして、上流階級でもなく大事、国が動くような自体にはならない中流階級、詐欺の常套な手段のような気がしてならない。
まあ、別に詐欺どうこうは一切俺には関係ないので突っ込まないでやるが、依頼達成のためにも、その詐欺師にはちょっと懐を寂しくしてもらわなければならないようだ。
「一度、娘さんを見せてもらってもいいですか?」
相変わらずの人のいい笑みを浮かべながら俺は依頼者に問いかける。
男は若干顔を顰めたものの、俺たちを家の中に通した。
そして、ゆっくりとした歩調で進む男の背で家を観察していたところ、この家で分かったことが、二つほど。
まず、魔法で固めて作っただけあって通気性が悪い。
雨漏りなどの心配は無いだろうが、これだけ空気が澱んでいては体調も悪くなるだろう。
それに、窓が小さい、日の入りも悪く、空気の循環も悪いだろう。
つまり、健康的な生活を送るのに適していない家なのだ。
「なあ、少年」
「なんですか?」
小声で背に乗る少年へと問いかけてみる。
「この一帯の家は……、全てこうなのか?」
こんな光も入りにくく、空気も澱むような家に住んでいるのか?
そういう意味を篭めて発した言葉を、少年は意図を正確に読み取ったようだ、聡明な子だ。
「うん、都市の景観を保つために守護壁内の家は大体似たような物が多いよ、薬師さんが道で見たように全て同じような大きさの家が並んでいる、魔獣に襲われない様に作られた守護壁が逆に人の住む土地を狭くしちゃっているんです、だから、皆とおんなじ様な大きさの家を建てないと反感をかっちゃうんです」
たとえ、国に仕えている人でも、ある一定以上の地位が無いとね……、少年はそう付け加えた。
つまり、王侯貴族は大きい家に……、屋敷や城といったほうがいいかもしれない、官吏であろうとそれ以外は皆とあわせて小さい家に、そういうことらしい。
窓が小さいのはどういうことかと聞けば、『窓が大きければ大きいほど早死にしやすい』という風潮があるらしい。
なんでも、アイゼリクといったかな? この王国はもともと北にある国の属国だったらしい。
そして、北では『窓が大きいほど冷気が家の中を冷やし凍え死ぬ』と言われていることが原因で、独立した今でもその風潮は残っているそうだ。
もっとも、アイゼリク王国は温帯とまでは行かないもののそれなりに暖かい気候のため窓が大きくても早々死なないとか。
つまり、願掛けや呪い、風習の類に入るそうだ。
「よくこれまで変わらなかったな」
俺は目の前を非常にゆっくりと歩く男性の背を見ながら、小声で少年に返答する。
「変わらなかったんじゃないよ、変えようと誰もしなかった、だって皆がそれを信じているんだから」
耳に息が掛かりそうなほど近くで呟かれた言葉に俺は若干の疑問を覚える。
皆が知っている、なのに何故彼はそれを信じていないのか、信じていないとまでは行かないものの、疑問を抱いているのか、窓の小ささで起こる弊害をこいつは知っているのか、俺の脳内をありとあらゆる疑念が駆け巡る。
たどり着いた結論は。
「転生者……」
少年自身が転生者なのか、はたまたすでに転生者がこの世界にいるのか。
どっちにせよ、俺は既に転生者との関わりをもちつつはあるようだ。
その場合、その転生者の居た中位世界は気流という概念がありそうだ、発展の仕方は魔法か科学かは知らないが。
そして、幸いにもかなり小さく呟いた言葉は背中の少年には聞かれなかったようだ。
もし少年が転生者だったら気まずすぎる、可能性は低めだが。
【解析】を使っても少年が転生者であることは分からなかった、これは、一度死んだことで経歴が完全にリセットされたのか、はたまた制限された【解析】では読み取れないのか、もしくは他に理由でもあるのか。
そもそも、少年がこの窓の理論に疑問を抱いたのは独力と言う説も忘れてはならない。
どっちにせよ、まだ時期ではない、これに限る。
「ここです……、娘が寝ているのは」
そんな風に考え事に嵌っていた俺の耳に男性のしゃがれた声が聞こえた。
男性が俺たちのほうを見てくる、俺は軽く頷く。
それをみて、男性はゆっくりと木製の扉を開けた。
そこで見たものは……。
「……、彫刻……?」
俺が無意識に小さく漏らした言葉を誰が責められるだろうか。
ただ木の板を組んだ上に申し訳程度の布団が敷かれたベッド、元の世界では普通に使われていたマットレスも無い、酷く寝ていたら体に悪そうなベッドの上に眠っていたのはまさしく美しく作られたような女性であった。
そう、作られたかのようなのだ、人としての温かみも僅かな表情も、何も無い、彫刻、それも氷のように冷たい彫刻。
赤く鮮やかな髪も、それなりに大きい胸も、造形の整った顔も、全て人形のように見える。
それが第一印象だった。
微かな胸の上下だけが外から見たときにこの彫刻の如き美しい女性が唯一生きているものなのだと認識できる術であった。
そして、俺は戸惑いなく……。
(【解析】実行)
-*-*-
名称:エリアス
種別:火礎性人間種
年齢:24
性別:女
職業:魔法師ギルド六位長
出身:アイゼリク王国・ヒュゼイト
能力:【詠唱短縮】
物理攻撃力:G+
物理耐久力:G
魔 力 量:793/3962
魔法行使力:C
魔法防御力:D+
精 神 力:D-
精神守備力:D+
敏 捷 性:E+
知 能 :E+
運 :F
称号・功績:無し
祝福・加護:無し
備考:魔力の極度の吸収による昏睡状態。
魔力を抜き取る魔法の痕跡あり。
-*-*-
魔法師ギルド……、どこかで聞いたことがある名前だが別に今は関係ない。
それより、魔力の極度の吸収、それに抜き取る魔法の痕跡……、少しずつ魔力が減っていくのが分かるが、それが原因のようだ。
備考を詳しく【解析】してみる。
-*-*-
備考:魔力の極度の吸収による昏睡状態。
魔力を抜き取る魔法の使用痕跡および継続発動を確認。
魔法検出、呪術の類と認定。
呪術を解除する手段として魔法薬が有効。
-*-*-
……? 呪い? 病ではなく呪いなのか……?
てか、魔法薬で解除……。
【粉塵創造主】を使うにしても仔細が分からないと意味が無い、しかし、これ以上制限を解けば情報量が多すぎて読み取るのに時間が掛かる。
こうしている間にも、彼女の魔力はほんの少しずつ、しかし確実に吸われている。
……、しょうがないか、諦めたくは無いが……。
「……、なにをして……」
「ちょっと静かにしてください……!」
男性が後から声を掛けてくるが俺は鋭く声を発することで男性を静かにさせる。
少年からは、何をやらかすのかと若干大きくなった心臓の鼓動が伝わる。
俺は、【解析】の制限を大幅に解いた。
「グッ……、ゥウ……!」
俺は少年を片手で支えながらもう片方の手で頭を押さえる。
頭がひび割れそうなほど痛い……。
しかし、その程度で思考を乱すような神経はしていないので大幅に制限が解除された【解析】で備考を詳しく見る。
少年や男性が何か騒ぐのが分かるが、その内容は俺には聞き取れない。
情報を逐一分類していくことに集中する……。
魔法の種類? この段階では要らない! 魔法の行使者? それは不要! 魔力減少度も彼女の身体状況も魔力の質も魔力回復速度も要らない!!
そう言う風に痛む頭の中で大量に流れ込む情報を捌いていく中で、ようやく目当ての情報が見つかった。
呪術解除の魔法薬の情報。
それを見つけた途端、俺はその他の情報を全て脳内から廃し、【粉塵創造主】の詳細設定を発動させつつ、その項目だけを深く【解析】していく。
脳内に送られてくる情報を無理やり【粉塵創造主】の詳細設定に送り込んでいく。
頭痛は時間経過と共に酷くなり、それでも気絶しない自分に妙な関心をした頃、ようやく【解析】が全て終了する、そして、すぐさま脳内に追加で送られてくる不要な情報を遮断するため【解析】を終了、【粉塵創造主】に情報を転送することだけに心血を注ぐ。
頭の頭痛はマシになったが、それでも余韻のせいでかなり気持ち悪い。
そして、俺はローブの内側に右手を忍ばせ、ローブの影の中で【粉塵創造主】を実行させる。
脳内に蔓延っていた膨大な情報が一瞬で処理され、綺麗になると同時に俺の右手には薬包紙が握られていた。
つい脱力し、その場に崩れ落ちかけるも気力だけで踏ん張る。
頭が徐々に明瞭になると同時に、周囲の声も戻ってくる。
しかし、それをあえて俺は処理せずに忍ばせていた右手をローブから抜き出し、男性へと薬包紙を渡す。
生憎、【解析】して効果を確かめたいが今は【解析】をする気になれない。
「それ……、お前達が『夢凍病』と呼んでいる呪いの解除薬……、直ぐに飲ませろ」
頭痛からか、若干言葉遣いが荒くなったが必要な用件は伝えた。
しかし、男性は俺と薬包紙を見比べたまま突っ立っている。
「呪い……?」
男性の掠れてほとんど聞き取れないような声に、俺は異常なほど過剰に反応した。
冷静に考えれば、見知らぬ男が突如として取り出した薬を飲ませたくないというのもあっただろうし、病気だと思っていたそれを呪いだといわれた困惑もあっただろう。
しかし、頭痛のせいで内心平穏で無かった俺にその言葉は琴線に触れた。
「いいから早く飲ませろ! 娘を殺したいのか老いぼれ!」
俺の怒声に、男性は薬包紙を取り落とす、俺は男性をきつく睨みながらも少年を降ろし、地面に落ちた薬包紙を拾い上げると近くに置いてあった水差しの水をこれまた近くにおいてあったコップの中に注ぎ薬包紙の中身を溶かしいれた。
男性も少年もまともに身動きしない。
それがさらに俺の心を苛立たせる。
床を踏み抜かんばかりの勢いで女性……、眠り姫でいいか、眠り姫へと近づく俺。
眠り姫の傍らで膝を付き、コップを眠り姫の口元に押し付ける。
しかし、昏睡状態の眠り姫はまともに水も飲めない。
そんな状況、俺は咄嗟に、普段ならば絶対にしないであろう方法をとった……。
いや、口移しとは一言も言っていないが。
口を無理やりこじ開け、その中へと薬液を注ぎ込む。
後は鼻をつまむ、それだけ。
少年のときと同じじゃないかと言われるかも知れないが、あの時は自意識がはっきりとしていたし、水があったとはいえ粉状であった。
しかし、今回は横たわって意識不明、増してや水に溶かしたものを口に含めて鼻を塞ぐ。
これがどれだけ危険かは直ぐに分かるだろう。
気管に水か入るかもしれないのだ、そのせいで咽られたら周囲が酷い惨状になるのは明らか。
俺にはもう【粉塵創造主】と【解析】を発動させるだけの気力はもう無い。
しかし、魔法薬のおかげかはたまた体が受け入れようとしたのか、あっさりと飲み干していく。
ほっとして、鼻を放すと同時に後頭部にそれなりの衝撃が来た。
姿勢を崩すような無様は晒さなかったが軽く痛い。
後ろをゆっくり振り向くと、男性が手を握り締めて俺を睨んでいた。
と、ここでようやく冷静な思考が戻ってくる。
正直、今で殴られたことを俺に責める権利は無い、いや、むしろ殴られて当然だろう。
大事な娘に変な物を飲ませたんだから。
尤も、理論では納得できるが心情的には納得できないのが本音だが。
「……、娘さんに許可なく薬を与えたことは謝罪します、しかし、今は娘さんを見てあげることが先決ではないのでしょうか」
生憎、この世界では飲んで直ぐに目覚めるほど薬は即効性が無い、一応、即効性を肉体に負荷が掛からないうちであげるだけあげてはいるが。
ともかく、俺の言葉を聞きすごい勢いで俺を跳ね飛ばし眠り姫の傍らに控える男性。
……、別に痛くもなんとも無いが……、少し傷つく、何がって心が、あればの話だけど。
「一応、効果は実感できると思う、呼吸がしっかりとしてきている、脈も……、大丈夫だ」
俺は男性に語り掛けつつ眠り姫の脈を取る。
弱いことは弱いが、徐々に強くなってきているのが回復の証だろう。
男性の顔に、ようやく小さな笑顔がこぼれた。
「生憎、その薬に即効性は無い、一応普通の魔法薬より早く効きはするが、回復するまできちんと看病できるか、それが彼女の生死を分けるといっても過言ではないだろうな、看病しなかった時死ぬのは彼女の命ではなく肉体機能だろうがな」
魔力を吸われての昏睡とはいえ、暫く飲まず食わずならば肉体もだいぶ弱っているだろう。
魔力が吸われなくなったとはいえ、肉体のほうが回復するわけではない、もし、このまま放置しておいたら肉体はかなり衰弱するだろう、歩けなくなるかもしれないし五感に失調をきたすかもしれない。
そのことを説明したら男性はすごい勢いで首を上下に振ると部屋から飛び出し、作ってあったのであろう食事を持ってきた。
冷めてしまっているその食事に【レンジデチン】を掛けつつ、眠り姫を見る。
ちなみに、【レンジデチン】を掛けたとき、男性は少し目を見開いただけであった、別に珍しくも何も無いのだろう、炎熱で暖めることもできるだろうし。
眠り姫は、口元に差し出されるおかゆのようなものを少しずつ、ナメクジが菜物を食べるくらい少しずつ、しかし、しっかりと食べていった。
眠り姫が一口食べたとき、男性の目尻に光る涙を俺は見逃さなかった。
少年は無言だったが、俺の背からその光景を見て感動しているようであった。
その後、俺は依頼用紙に依頼達成の判を押してもらい、その場を去った。
こういう、採取系の依頼は依頼主に依頼達成の判を押してもらうことで証明として、それをギルドに持っていくことで評価され、報酬がもらえる。
『また、また後日、別でお礼をさせていただきたい』
目に涙を浮かべつつ判を押しながら言った男性の言葉が俺の脳裏に残る。
今回の依頼達成はイレギュラーだ、別に『夢幻華』を持っていったわけでもない、ただ過程を飛ばして完成済みの薬を渡しただけだ、毎回、この方法で通るとは思えない。
しかし。
『一生、このご恩は絶対に忘れません』
今回は、うまくいったから、まあいっか、俺はそう思った。
そう、俺は暢気だった。
+=+
「ありえません! こんな物!」
ヒステリックな叫びを聞きながら、俺は無残に破られた依頼達成の判の押された紙を見つめた。
回想での説明は嫌いだが、今回も妥協せざるを得ないようだ。
俺はあの後、真っ先に依頼についてのカウンターへと向かった。
しかし、俺の担当官である青年は他の人の処理に追われており、臨時で女性の人に担当してもらった。
青年から任される形で来た女性は、気のきつそうな赤髪の女性だった、赤い髪が多いのか?
ちなみに、担当官の髪は茶色である、明るい茶色は金髪のようにも見えるのであった。
で、あの赤髪の女性……、臨時担当でいっか、その女性はギルドカードを確認し、手元の用紙から依頼内容を確認するといきなり『依頼失敗の報告?』と聞いてきたのだった。
少年はムッとした気配を出していたようだが、そこで俺は怒ったり突っ込んだりムッとした気配を出す事無く、ただ無言で依頼達成の判の押された紙を差し出した。
それを見て、女性はフッと鼻で笑った。
「いったい、どんな脅しを掛けて判を押させたのかしら?」
目は、まさしく犯罪者を見つめる目だ、それも、怯えだとか、汚物を見るような感じではなく、甚振って弄ぶ、俺の嫌いな目だ、同族嫌悪、とも言う。
もちろん、これは挑発だ、俺もよく使っていた手だ、尤も、後に反感を呼びやすくなるこの手はあまり使わなくなったが。
挑発と分かっていながら乗ってやる義理も無い、むしろこういう手合いはこっちが挑発し返せばそれに躍起になるタイプだ。
絶対なる自分への自信、それを崩されかければ相手を貶めることで己を守るタイプ、俺はそう見た。
なので、無機質的な声を選択し、発する。
「それを脅しだと思う根拠を示せ、示せるよな? 示せないくせに俺を犯罪者扱いする気か?」
そういうと、あざ笑うかのようにローブの下で唇を見えるようにゆがめる。
できる限り相手を下に見て、嘲笑い、貶め、挑発する、そんな笑みだ。
顔の大半が見えない状況では、これが一番の侮蔑となる。
当然、女性は顔を真っ赤に染める。
その程度か、味気なさ過ぎる。
「あなたは最低のIランク! 犯罪者でもない限りそんなランクには付かないわ! それに! 今日受注したばかりの元Bランククエストが直ぐに達成できるわけが無いわ! 増しては『夢幻華』よ! 早々見つからないわ!」
あー、つまんない、欠伸が出そうなほどつまんない。
「Iランクなのは申請時に記入しなかった点があるため、即日の達成は元々『夢幻華』を持っていたならばできるのではないか? そこまでは普通に頭が回るはずだろう?」
尤も、俺は『夢幻華』を持っていたわけではないが依頼者が自己意思で達成の判を押したのならば別に構わないだろう。
あと、そろそろ終わりにしてほしい。
少年がさっきから耳元で『薬師さんを侮辱するなんて薬師さんを侮辱するなんて許せない許せない赦せない僕の命の恩人を辱めるなんてこの恥知らずがいっそ消えてしまえば良い消してしまおうか』と小さく呟いているのが怖いです。
しかし、臨時担当の女性は少年の不穏な気に気付かず……。
「なら! 元から持っていたという証拠を出しなさい! 証拠を!」
「無理、もう依頼主に渡した、そう何個も持ってないし」
「ほーら! 証明できないじゃない!」
胸を張りながら言う女性、無い胸はっても無いものは無いぞ。
しかし、俺は今一番少年が怖い。
『消す潰す砕く、害虫駆除もきちんと出来ないなんてギルドも質が悪いみたいだね、いっそギルドごと消しさっちゃおうか……、僕の全魔力さえ使えば跡形もなく消し飛ばせるだろうね、フフッ……』っと耳元で呟き続けているのが怖い、それが出来ることも俺には理解できるから尚の事怖い。
尤も、そうなる前に少年を止める気ではいるが。
俺はとりあえず片手で少年を支えながら、もう片方の手で落ち着けという意思を篭めて少年の背を擦る。
まあ、言われっぱなしもアレなんできっちり言い返させて貰う。
「証明はその達成証明書、それでも無理なら依頼主に聞けば良いじゃないか」
一応、口裏を合わせてはもらっている、抜かりは無い。
しかし、ここで臨時担当の女性がありえない行動に出た。
「こんな物無効です!! 無効!!」
そういうと、依頼達成の判が押された達成証明書をびりびりに引き裂いた。
既に周囲の注目を集めているのに……。
そう考えていると、ついに少年が吹っ切れた。
「『火龍神《グェインリアン》、我に力を寄越せ、【ファイヤーダート】』」
明らかにこれまで聞いたことが無いような低い少年の声。
それに、明らかに異質な詠唱。
その詠唱は短い、しかし……。
周囲に五本ほど漂う小さい火の矢、それはまさしく、ダーツ、投げ矢そのものだった。
その五本の火のダーツは臨時担当の女性に恐ろしい勢いで迫る。
【ファイヤーアロー】よりも威力は弱いが数と機動性が売りの魔法なのか……。
そう、俺が感心していると見事というべきか女性の服と髪に的中、そのどちらもが燃え上がる。
このままでも良いかなとは思ったが、今後とも長く付き合っていくギルドだ、極力敵を増やす真似はしないほうがいいだろう。
と、言うわけで俺は【家庭道具召喚能力】を使って消火器を召喚した、もちろん、ローブの影でだ。
相変わらずいろいろ召喚できる、尤も、家電は無理なようだが。
まあ、それは今はどうでも良い、ともかく俺はすぐさまピンを外し燃え上がる女性に消火活動を行った。
当然、火が消えた女性は真っ白になる、物理的な意味で。
状況を理解した女性は俺に殴りかかろうとする、が。
「はいはい、そこまでそこまで」
女性は担当官の青年に後ろから押さえつけられる。
女性が何かを言おうとするが、すかさず青年はこういう。
「どう考えても、貴女の方に非がありましたよ、反省してくださいね?」
にっこりと笑いながら言う青年に、女性は何も言い返せなかった。
黒いのだ、笑みが。
雄弁に『仕事増やしてくれたね? どうしてくれるの?』と物語っていた。
そして、担当官は少年にも。
「見物人Dさん? そう直ぐに暴力に訴えては駄目ですよ?」
そう、若干黒い笑みで言っていた。
少年はしぶしぶといった感じで頷くのが顎の感触で分かった。
それから、担当官は俺にこういってきた。
「申し訳ありませんでした、ギルドの職員がこのような真似を、この娘に代わって深くお詫び申し上げます」
『いえ、構いません』と返そうとした俺の声にかぶさり、臨時担当の女性が叫んだ。
「ありえません! こんな物!」
そんなヒステリックな叫びを聞くと同時に俺は呆れた、つい、視線が破かれた達成書類へと向く。
『ありがとう、ありがとう!』と泣きながら言っていた男性の思いごとこの女は破いたのだと思うと酷く虫唾が走った。
なので俺は。
「いい加減に黙れ、でなければギルドごと潰すぞ」
極力平坦な声で言ったはずのその言葉はギルド中に響いたように感じられた。
注目されている中でこういったらそうなるか。
しかし、臨時担当、だった女性は叫び続ける。
「無理でしょう! 脅迫よ脅迫!!」
俺は担当官と目を合わせる、頷かれた、言ってやってもいいと受け取った。
「黙れといっている、どっちの意味でも可能だ、物理的にも、信用的にも」
その言葉に女性の叫びが止まる。
しかし、俺は続けて言ってやる。
「まず、物理的な破壊についてだな? これは魔法を使えば非常に簡単だろうなぁ? ただ少し詠唱すればいいだけだ。そして、信用的な破壊についてだが……」
そこでいったん息を吸い込み、ギルド中に響くように出来る限り重厚な声を出した。
「この、破かれた達成証明書、これが何を意味するか分かるか?」
「あ……、あぁ……?」
「ギルド加入員へのギルド職員の不審、及び達成した依頼を達成していないと一個人の主観から言い張り契約不履行、そして名誉毀損、及び依頼者の証明を破くという最大の信用問題、これだけの事、外に言いふらせばどうなるだろうなぁ……? 分かるかい? 分かるだろうねぇ? だって俺を犯罪者と証拠も無しに言い張るほど賢いんだもんねぇ? 一介のギルド職員の主観で犯罪者に? 一介のギルド職員のせいで信用なくしちゃうんだよね? かわいそうだなぁ……、俺」
既に赤毛の女性は泣き出していたが、俺は一切やめなかった。
俺は女性に優しくなんて精神は毛頭無い、本当に平等ならばどっちかに優しくなんて言える訳が無いはずだ。
しかし、ある程度言った所で担当官のストップが入った。
「通行人Y様、今回の件はギルドで処分を決めさせていただきます、この度は本当に申し訳ありませんでした、付きましては謝罪の意を示したく賠償をさせていただきますが故に、どうかこの件は我々ギルド側の裁量にお任せください」
ふーん……、つまり『金を払うからこの件はばらすな、この女の処分はこっちでする』というわけか。
まあ、別に構わないんだけどね、お金ほしいし、ギルドの信用なくなったらまずいのはこっちもだし。
「ああ、そっちの裁量に任せた、賠償は後日支払ってもらう」
その言葉に、担当官はほっとしたようだった、表情には出ていないが。
そのまま、女性は他の屈強な人に奥へと連れて行かれ、周囲の注目もばらけていった。
そして、担当官との会話。
「本当に、今回の件は申し訳ありませんでしたー」
「もう少し真面目な皮を被る事は出来んのか貴様は」
完全に元の面倒臭がりに戻った担当官となんとも気の抜ける会話に勤しんでいた。
少年は、無茶な詠唱をしたので疲れたのか、はたまた緊張の糸が切れたのかぐっすりと眠っていた。
「しかしですねー、こうも達成証明書が破かれてしまいますと事実確認をせざるを得ないんですよねー」
「まあ、当たり前だろう」
「なので、少々お時間をいただいてもいいですか?」
「ええ、いいですよ」
俺は担当官の言葉に頷きつつずり落ちてきた少年を背負いなおす。
「それでは、暫くお待ちください」
そうにっこりと笑いながら奥へと消えていく担当官を尻目に、俺は酒の匂いのきつい方向、酒場へと向かった。
昼間の時間は人が少なく、眠っている少年を椅子の上に乗せ、俺は別の椅子に座っても誰も迷惑しなかった。
ちょっと遠巻きにされているのはしょうがないと思う。
俺は水を注文しとりあえず待った。
しばらく、十分後くらいか? それ位経った頃、俺を呼びに来た見ず知らずのギルド職員が担当官が呼んでいることを告げた。
俺はその場を立ち去ると同時に、席代として砂金の入った袋を置いておいた、下には『席代』と書かれたメモを置いてだ。
担当官は、きちんと確認を取ってきたらしく、俺は本来の報酬を受け取ることが出来た。
ギルドランクもIからFへと急上昇を果たした、なんでもギルド職員の不敬からの謝罪の意も含まれているそうだ、心底どうでも良い。
あと、後に聞いた話ではあの女性はギルド永久追放処分を受けたらしい。
ギルド職員に復帰することも、ギルド員として活動することも禁止されたらしい。
その後の人生を俺はまだ知らないが、自業自得としか言いようが無い、ざまぁみろ。
主人公は基本的には良い人っぽいです。
まあ、無関心と利己的な打算で動く結果そうなっているといってしまえばそれ迄ですが。
誤字脱字の報告お待ちしております。