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王道嫌いの薬師は異界で神を嘲笑す  作者: N氏
【壱の章】薬師は異界を睥睨す
4/9

第参話 幻を見せたる薬師は現実を見据え非常識を行う

お気に入り、評価ありがとうございます。

もう名前なんて、必要ない。

「案外簡単に抜けれたな」


「今日は野宿しなくてすみそうですね」


 朝食を食べ終わり、服を着替えた後、俺達はすぐさま森を抜けるために陽の上ってきた東へと向かう。

 ……、この世界に東西南北の概念があるかは甚だ疑問だが、歩いていたら案外直ぐに抜けることができた、もちろん街道ではない、ちょっとした草原だ。

 それにしても疑問ばっかり募る、いい加減ある程度は解消しておかないと。


「なあ少年、少年は魔法が使えるのか?」


 そう、俺が疑問に感じることは魔法に関すること。

 魔法を使った後俺が自身に再び【解析(アナライズ)】を掛けたところ、少年の持っていた【無杖の魔法師】の能力も獲得していた。

 魔法の説明をよく読んでみると、どうやら杖などの触媒が無いことには普通、魔法は使えないらしい。

 しかし、【無杖の魔法師】の能力はそういう触媒がなくとも魔法が行使できるらしい。

 俺が【無杖の魔法師】を獲得したのは少年の記憶を読んだからではない、そんなことが出来るのであればとても恐ろしくて記憶の抽出なんてそうできなくなる、恐らくもともと素質があっただけなのだろう。

 そして少年は魔法神《クァルエンディスト》の加護のおかげで【無杖の魔法師】が覚醒したと考えるのが妥当だろう。


「はい、使えますよ?」


「使って見せてくれないか?」


 俺が規格外なのは理解しているが、一般でどれほどの威力なのかは知っておきたい。

 しかし、少年は。


「杖が無いのに魔法が使えるわけ無いですよー、【無杖の魔法師】の能力でも持っていない限りはね」


 ん? 少年は自身が【無杖の魔法師】だと気が付いていないのか?

 この世界に能力を測定する魔法か器具が無いだけか、もしくは測定する前に捨てられたのか……。

 これを伝えるのが良い事なのか悪い事なのか……、まあいいや、こいつが俺を裏切るようなら死ぬより苦しい目を見せればいいだけだ。


「いいから、やって見せろ」


「……うん」


 そういう気の無い返事をした後、少年は小さく呟く様に唱える。


「『我、水龍神《リステリアン》に(こいねが)う、我求めんとす水の矢をここに、【ウォーターアロー】』」


 すると、宙に半透明の長さ10cmほどの水の矢が出現する。

 びっくりしたような顔をする少年に、俺はとって付けたように言う。


「なんだ、出来るじゃないか」


「え、そ、そんなはずは……ま、まって、『神よ、我に力を貸せ、かの神の名は水龍神《リステリアン》、我信奉する神の名において我は力を行使する、力を請い、我求めたる水の矢を此処に、【ウォーターアロー】』!」


 少年が再び詠唱すると、今度は長さ20cmほどの水の矢が出現する。

 先程のものよりも長く、太く、先が鋭くなっている。

 ……あの呪文でこの程度なのか。

 しかし、少年にとっては違うらしく、大はしゃぎしていた。

 まるで鬱憤を晴らすかの様に様々な魔法を浮かべては消している。

 それにしても器用なものだ、普通ではあんな風に魔法を連発するのは難しいらしいのに。

 そうそう、【解析(アナライズ)】で詳しく見てみたところ、魔法には四つの要因があるらしい。

 一つは魔力、そのままの意味で魔法を使えば消費する、最大値はそう滅多に伸びないらしい。

 次は魔法行使力、これは魔法の威力を決定付けるものらしい、修練しだいで高くなる。

 そして、精神力、こっちは魔法の威力を決めたりはしないが、どれだけ緻密に魔法が扱えるかということを示している、これは直接メンタルと繋がっているため、精神守備力が高くないと、すなわち神経が図太くないと簡単に弱ってしまうそうだ。

 最後に、何処にも書かれてはいないが、魔力の回復速度も結構重要らしい。


 まあ、少年にとって魔法は杖が無いと使えないと思っていただけあってはしゃぎ様はすごい分かる。

 しかし! 【解析(アナライズ)】が使える俺には彼の残りの魔力も見えるのだ。

 さっきから消費効率とか考えずに魔法を使っているから、すでに最大値の半分ほどになっている。

 やはり、【無杖の魔法師】は杖がなくとも魔法は使えるが、消費魔力が跳ね上がるらしい。

 もっとも、魔力の消費効率なんか俺には関係ない話だが、少年の魔法は浮かれすぎて無駄に魔力があふれている。


「少年! 魔力を使いすぎだ!」


 俺の言葉に少年は魔法を使うのをぴたりとやめる。

 集中が切れたのか水属性の魔法が操作できなくなり地面に落ち、水たまりを作る。

 少年は泣きそうになりながらこっちを見てくる、怒られるとでも思っているのだろうか。


「少年、魔法が使えて嬉しいのはよく分かる、しかし魔力を無駄にしすぎだ、それに杖無しで使えることに浮かれていてはいけない」


 諭すような口調で語る俺に、少年は『ごめんなさい』と俯きながら言う。

 その、ちょうど良い高さにある手触りの良さそうな頭に俺は手を置く。


「驕るなよ、少年、少年よりすごい奴は一杯この世界に居る」


「……、おごるって何ですか?」


「調子に乗るなって事だ、ほら、『我に誓え蒼空の星、【アルカディア】』」


 俺が少年の頭を軽く叩きながら唱えた呪文、即興で作った呪文だが上手く発動した。

 少年は俺の詠唱に驚き、顔を上げると同時に辺りの風景に絶句した。


 ありとあらゆる、そう、一度も見たことのないような美しい花の咲き乱れる草原、いや、花畑に、ふわふわと飛び交う光の粒子、幻想的にかかる霧。

 アルカディア、それは他の俗世からは切り離された牧歌的な楽園を示す。

 この魔法も同じく自分達だけを世界から少しずれた場所におき、元からある風景の上に幻術をかぶせる。

 正しく、己だけの楽園、全てまやかしの地。

 とはいえ、少しずれただけの世界、少しでも干渉されたら容易くこの魔法は壊れ、そして元の世界に戻されるだろう。

 一度も使ったことが無い、というか思いつきの魔法だからどれほどの威力にすればいいか分からなかったため中間ほどで、『従属節』は『誓え』、『空間節』は『蒼空の』、『天体節』は『星』の組み合わせで使ったところ、ちょうど綺麗に仕上がった。

 その突如として現れた理想郷の風景に少年は見惚れているのかどうなのか分からないが言葉を発していない。


「少年、少年以上の人間なんて大量に居る、だから努力していけ、そうすればこんな景色もお前は作れるかもしれない」


 そういい終わると、俺は指を鳴らし【アルカディア】を終了させる。

 少年は名残惜しそうに光に手を伸ばすもののその光もとけるように消える。


「もっとも、俺は努力なんて嫌いだが」


 俺の発言に少年はギョッとした様にこっちを見てくる。

 そりゃそうだろう、発言が矛盾しているのだから。


「やりたくない事はやりたくない、そもそも俺はやろうと思えば結構なことまで出来てしまうからな、事実あの幻覚は俺の全力じゃないし」


 その発言に少年は驚いたように目を開く。

 俺は真顔で少年を見つめ返す。

 しかし、少年はふんわりと微笑む。


「薬師さんがなんであっても、僕の命を救ってくれたことに変わりありません」


「俺が怖いか?」


「何でそんなことを訊くんですか? 怖くありませんよ、あんなきれいな幻術も作れるんですから」


「……、そうか」


 少年がそう考えているのならばいいか、別に。


「そんなことより少年、これから近い町はどこだ?」


 俺が聞くと少年は考え込む。

 しばらく待つと、少年は、


「ここからしばらく北へ行くとヒュゼイトの街があります、そこそこ大きな町で様々なギルド支部もあり、とりあえずはそこを目指すべきだとおもいます!」


 ふーん、ここにも方位の概念はあるのか。

 それに……、ギルド? 職業別の組合ってことか。

 ここは王道な世界だからきっと冒険者ギルドもあるんだろうな。

 俺は頑張ったとばかりに少年を撫でつつ、問いかける。


「なあ少年、ギルドはどんな種類があるんだ?」


「えっとですね……、商売を全般的に扱う商業ギルド、材料を融通しあったり技術の秘匿を行ったりする鍛冶ギルドに、魔獣の討伐から薬草探し、果てには簡単な仕事も護衛も任せられる扶助ギルド、扶助ギルドは世間的には何でも屋とか呼ばれたり、格好をつけたい人向けで冒険者ギルドなんて呼び方もありますけどね、簡単に言ってしまうのであれば職業斡旋所です、他にも細々したギルドはありますが有名なのはこの三つです」


 酷い言われようだな冒険者、いや扶助ギルド。

 まあ、力仕事だし職にあぶれた人でも入れるって言うのが品格を下げているんだろうな。

 とりあえず、急務として身分を証明するものがほしいし、金銭も必要だ。


「そうか、ならその町に行っていったん扶助ギルドにでも入るか」


「え……?」


 俺が行動方針を言ったところ、少年は意外とでも言いそうな声を出した。


「何だ少年、何か不満があるのか?」


「あ、いえ、薬師さんならもっといい職に就けるのにと思いまして……」


「たとえば?」


「えっと、宮廷薬師や宮廷魔法師、あと、先ほど言った細々したギルドの中に魔法師ギルドというのもありまして……」


「つまり、全て地位のある仕事なんだな?」


「は、はい……」


 そうかー、安定した仕事な……。


「俺は地位に縛られるのが嫌なんだ、正確には地位に縛られて好き勝手出来ない事が、だがな」


「そうですか、すいません口出ししてしまって」


「いい、俺を心配しての言葉だ、感謝はするが怒ることは無い」


 地位のある仕事なんかついてもややこしいし、好き勝手して人を嘲笑できなくなる。

 そう考えての言葉に、少年はうつむいてしまった。


「まあいい、少年、行くぞ」


「はい……」


 未だに落ち込んでいる少年の頭を軽く叩き、顔をあげたところで意地の悪い笑みを浮かべてみせる。

 その笑みに疑問符を浮かべる少年の手を握り、そのまま告げる。


「少年、とばすぞ……、『我に誓え天の星、【クイックロック】』!」


「え? ふわぁ!?」


 俺の使った魔法、【クイックロック】はやはり即興で作った魔法、効果は行使者とそれに触れているもの以外の時間経過を遅くする魔法、つまり、自分達だけが世界で早くなる魔法である、似た魔法に【クイックムーブ】というものもあるらしいが、そっちは魔法の解けた途端に酷い筋肉痛が襲ってくるのだと。

 しかし、詠唱内容から言うと、【クイックロック】で俺たちの速さの倍率は精々2倍にしかならない。

 まあ、それでも十分なんだろうけど。

 ちなみに、少年が俺と手を離したら少年はあっという間に俺に置いて行かれます。


 そんな【クイックロック】をつかいながら少年を引きずるようにして走る俺。

 外から見たら黒のローブを着ている俺と、同じく黒いローブの少年がかなり早い速さで動いているように見えるのだろうが、ここは人気の無い草原、人に見られる心配はない。


 しかし。


「あ、あのっ、薬師さ、ん!」


「何だ少年!?」


「あ、足、い、痛い、で、す!」


 その言葉に俺は無意識に【クイックロック】を終了させる。

 と、下を見ればいつの間にかむき出しの茶色い道。

 どうやら無意識に道に入ってそれに沿って動いていたらしい。

 なるほど、これだけ硬い地面なら歩いていたら疲れるだろう。

 そう思い、俺は少年に背を向けて屈む。


「乗れ」


「し、かし」


「いいから乗れ、手下の分際で逆らうことが許されるとでも?」


「はい……」


 ふ、嫌がる少年に命令してやったわ!

 と、ふざける俺の心を諌めて、背中に乗った重みと共に立ち上がる。

 手で少年を支えつつ、今度はゆっくりと進む。


「あ、守護壁が見えてきました!」


「守護壁?」


 確かに石造りの壁が見えることは見える。


「えっとですね、他国からの侵略や魔獣の襲撃に備えて大き目の街に作られる大きな壁のことですね」


 城壁みたいなものかと俺は納得した。

 少年の耳元で囁くような声がローブに当たって、それがさらに耳に当たりくすぐったい。

 しかし、まだ大分距離がありそうだな……。

 ちょっと距離を短縮するか。


「少年、しっかり掴まっていろよ」


「あ、はい!」


 少年がしっかりローブを掴むのを確認した後、俺は周囲を見渡す。


「誰もいないな……、よし、『我に隷属せよ天空の太陽、【テレポート】』」


 その瞬間グラッと眩暈がするような感覚がし、俺たちは守護壁の結構近くにきていた。

 もちろん、人から見えないような影に。

 それにしてもかなりの威力の呪文だったのに直ぐ側まではいけなかったな……。

 しかし、少年にとっては意外だったらしく、興奮したような声を出していた。


「な、何ですか今の魔法は……!?」


「ただの瞬間移動……、じゃないな、空間を捻じ曲げてさっきいた場所から一瞬でここに現れたわけだな」


 その言葉に少年は絶句した。

 ……? 何がおかしいのだろうか、少年の記憶の中にも瞬間移動に関する知識はあったし、今も使われていると分かっていたから使ったのに。


「少年、瞬間移動に関する魔法は今でも使われているはずだろう? 何を驚く必要がある」


「な、なにふざけたことをいっているのですか!? 瞬間移動の魔法は王城や神殿で莫大な設備と膨大な魔力、それに空間系の魔法師が10人いて三日間昼夜問わず呪文を詠唱し続けてようやく人一人を移動させることができる魔法ですよ!? しかも移動できるのは上手くいって隣街に着けるぐらいですからね!?」


「あー、わかったわかった、つまり簡単な詠唱だけで瞬間移動の魔法を使ったのがすごいと」


「すごいなんてものじゃありません! あなたは二人も移動させたのに魔力切れを起こしていません! こんなことが国か神殿、もしくは魔法師ギルドなんかにばれたら薬師さん、あなた一生追われますよ!」


「それは困るな……」


 少年が珍しく熱血的に説明してくれたおかげでともかく使わないほうがいいということは理解した。


「とりあえず少年、そんなに大声を出してたら逃亡生活を送ることになるぞ」


「あ! ……すみません」


「いいって、もう瞬間移動の魔法は使わないからさ」


「そうですか、ならよかったです!」


 その言葉を聞き、俺は道に出る。

 王道なら誰かに聞かれているんだろうけど、【索敵(サーチ)】を使ったところ周囲には誰もいない。

 俺は少年を背負ったまま守護壁まで向かった。


+=+


 うむ、やはり街に入るには審査が必要みたいですね。

 俺は守護壁の前の結構長い列に並びながら待っている。

 並んでいる間は少年に背中から降りてもらい、その間に身分証明書の無い自分はあるものを三つほど作り上げる。

 どんどん消化されていく列、次に自分の番となったとき、門番は不審げな表情を浮かべた。


「次! そこの二人! 身分を証明できるものは!」


 少年がびくっとしたのが分かる。

 しかし、俺は門番と向き合いながらローブの中を探る。


「えっと、身分証明書は……、これかな?」


 俺がローブの中から出したのは薄い黄色を帯びた絹で作られた巾着。

 俺はそれを門番へと渡す。

 と、中身を見た門番の目の色が変わる。

 それを尻目に俺は再びローブを探る。


「それじゃ無かったかい? じゃあ、これかなぁ?」


 次に取り出したのは銀糸で幾何学模様の刺繍をした絹の巾着。

 俺の取り出したそれを門番は恭しく受け取る。

 焦ったように中を探る門番の瞳がよりいっそう怪しくなる。

 それを見て、内心ほくそ笑みながらも俺はとぼけた様にさらにローブから真っ白い絹の巾着を取り出す。


「それでも無いならこれだと思うのだが……」


 後ろがつかえているからこれで最後だと言葉の裏に含ませながら門番に巾着を渡す。

 もはや門番は中身も見ない。

 呆けた様に俺の隠されている顔を見る。

 それをみて、俺は門番に声をかける。


「門番さんよ、俺たちは通っても良いかい?」


「あ、はい! どうぞお通りください! つ、次!」


 俺は門番に三つとも巾着を渡したまま少年の手を引き早足で去る。

 しばらく行ったころ、少年にクイッとローブの袖を引っ張られる。


「薬師さん、一体何をしたの?」


 その問いに、俺はどこか座って話せる所へ行こうと言い、食堂を探すことにした。


+=+


「で、薬師さんは一体何をしたの」


 人もまばらな食堂の中、黒ローブの人間二人、俺と少年だ。

 あの後、調理の良し悪しに拘らずどこか空いている食堂に入った。

 ちなみに、看板などに書かれている文字は全て日本語ではなかったが、意味はきちんと分かった、カミサカの言語チートの影響だろう。


「簡単なことさ、賄賂だよ、賄賂」


 その答えに少年はびっくりし目を見開く。


「三つ袋を渡しただろ? 一つ目の袋には金、二つ目の袋には銀、三つ目の袋には宝石が入れてあったわけさ」


 袋は【家庭道具召喚能力】で待ち時間の間に作ったし、金と銀、正確には金粉と銀粉は【粉塵創造主(パウダーメイカー)】で作った。

 宝石に至ってはダイヤモンドを、【粉塵創造主(パウダーメイカー)】の詳細設定で炭素を生み出し、魔法で凝縮した代物、

 それなりに大きいものではあるが労力はほぼ掛からなかった。


「でも、それって違法だよ?」


 少年は少し悲しそうに問いかけてきたが、俺は笑顔でこう答えた。


「違法じゃないよ、不法侵入および不法滞在の罰金を先に支払っただけさ」


 そういうと、少年はあきれたようにため息をつく。

 しかし、俺はそれを無視し、食事の注文を行う。


「すいませーん! このハイネルのムシュロポタン焼き二つくださーい!」


「ハーイ!」


 俺がハイネルのムシュロポタン焼きとやらを注文した途端、店中から同情と不審者を見る眼を向けられた。

 しかし気にせず、威勢よく返ってきた返事に俺は再び少年と向き合う。

 少年はどこか諦観した様な感じになっている。


「あのさー、薬師さん」


「なに?」


「あんなみっともない真似はもう止めてよね」


「わかってる、だからここで食事を終えた後は扶助ギルドに行って身分証明書を発行してもらうよ」


 そういうと、少年は笑顔を浮かべて頷く。


 しばらく待つと。


「お待たせしましたー、ハイネルのムシュロポタン焼きが二つですねー!」


 威勢の良い女性がそのハイネルのムシュロポタン焼きとやらを持ってきた。

 主にムシュロポタンという語感が気に入ったから注文したのだが。


「おいし……そう?」


 少年は目の前の料理に顔を引きつらせている。

 しかし、俺の顔は喜びに染まっていた。

 肉が幾つか丸められ、焼かれたものの上に茶色いソースが掛かっている。

 俺はすぐさま【家庭道具召喚能力】でフォークを召喚し、その肉の塊に刺し、食べる。

 その味はまさに……。


「肉団子の甘酢餡かけじゃないか!」


 口の中に広がるほんわかとした酸っぱさ、肉の質感、見た目もまさしくそのまま!

 と、俺の声を聞きつけたのか先ほどの威勢の良い女性がこっちに駆けつけてきた。


「美味しいですか!? ハイネルのムシュロポタン焼き!!」


「ああ! 旨い、旨いよ! 口の中で広がる上品な酸っぱさ!」


「それでいて損なわれない肉のうまみ! 私が考えたんですよ!」


 ほう、この女性が考えたのか。

 異世界でまさか元の世界の味か食べられるなんてな……。

 しかし、少年はそのハイネルのムシュロポタン焼きを一口食べた途端に口を押さえる。

 それを見て女性は、苦笑した。


「いやー、ハイネルのムシュロポタン焼きって口に合わない人はとことん合わないらしくて、滅茶苦茶不人気なんですよ」


 女性がそういうと同時に人のまばらな店内からブーイングが起こる。


「何が口に合わないだ! あれは不味いとかそういうものじゃねぇぞ!」

「嬢ちゃんの自信作って言うから頼んだら死ぬかと思ったぞ!!」

「金返せー!」


 唐突にざわざわし始めた店内で俺は急いでハイネルのムシュロポタン焼きを少年が残した分も含めて食べ終え、会計するために店の入り口まで向かう。

 一応直ぐに砂金を作れるように準備はしていたが、女将さんはこういった。


「あたしゃ料理は出してないよ、ただあんたがあれを食ってうまいと感じただけだ、料金はいらねぇ、さっさといきな! ……あの子の料理、美味しいって言ってくれてありがとうね」


 最後のほうは小声で聞き取りにくかったが、意味は分かったため礼をしてすぐさま少年と共に店から立ち去った。


+=+


 あの食堂から結構歩いたころ、結構大きな建物の前に着いた、看板には『扶助ギルド・ヒュゼイト支部』の文字。

 まあ、着くまでに少年が何度も吐き気を催したため吐き気止めの粉薬とブロック状の栄養補助食品を渡しておいた。

 そのためもう少年はすっかりもとの元気を取り戻していた。

 少年は道中、「ハイネルのムシュロポタン焼きを美味しいっていえるなんて……」といっていたが、俺はまた食べに行きたいものである、ハイネルのムシュロポタン焼き。


 ともかく、そんなことよりも扶助ギルドである、恐らく登録しなくちゃいけないんだろうし、まだ日が高いうちに行っておきたい。

 俺は少年を連れてギルドの中へと入る。

 清潔ではあるし綺麗だが、どうやら酒場も一緒にやっているらしく酒と煙草の匂いがけっこうする。

 そんな中に入ってきた黒ローブの俺と少年には、大して視線も向けられない、恐らく依頼の方だと思っているのだろう。

 俺はそれらを無視してそのまま『ギルド員登録窓口』と書かれた窓口へと向かう。

 進むたびに不躾な視線が増えて送られる、気持ち悪い。

 そんな嫌悪感もそぎ落としたまま俺は窓口へと向かう。

 もちろん、窓口は男のところを選んだ、女性のほうの窓口に向かったら絶対厄介ごとが待っているという不文律があるからな。


「いらっしゃいませ、こちら扶助ギルドヒュゼイト支部でございます、えっと、依頼の方でしたら左手の窓口に……」


「ギルド員登録だ、文字ぐらいは読める」


 穏やかそうな青年の案内を途中で遮り、ギルド員登録をしにきたことを告げると同時に厭味も言う。

 しかし、青年は不審げな色を隠す事無く俺に言う。


「失礼ですが、お連れ様はまだ幼く見えますが……」


「こう見えても11だ、それに戦う力ぐらいはある、ついでに言っておくが親子でもないぞ、俺は16だが兄弟でもない、二人とも登録だ」


 少年が幼く見えるといわれた時点で少年が握っている手に力を加えたことが分かり、きちんと反論する。

 しかし、少年はそんな俺を驚くように見つめる。

 ……、あ、少年の年齢を俺は訊いてないから知らないはずだ、それとも俺が若いのが原因か?


「はぁ、ならいいんですが……」


 そういうと青年は直ぐに二枚の荒い紙を取り出す。

 そこには様々な記入欄があり、同時に俺にペンが渡される。

 ……、俺、文字書けるか分からないんだが、まあいいか。

 俺はすらすらと日本語で文字を書いていく。

 すると書いた文字がどんどん自分の見慣れない文字へと変換されていく。

 意味は理解できることから、カミサカの言語チートのおかげだろうと思う。

 すぐさま少年のと俺の二枚を書き上げ、青年に渡す。


「えー、登録内容を確認させていただきます、まずお連れ様のお名前が、見物人D? えっと、扶助ギルド内での職種は魔法師、年齢は11で、出身、特技は白紙と、で、貴方様の名前は、通行人Y? 扶助ギルド内での職種は薬師に魔法師、年齢は16、出身、特技は白紙ですか……、書かなくてもいいですけどその分評定は下がりますよ?」


「出身は訳あって書けません、特技は一体どういうことを書けばいいのか分からなかったもので、評定は下がっても構いません」


「そうですか、なら今からギルドカードを発行してきますね、少々お待ちを」


 所々元の世界の言葉が入ってくるな……、まあ、分かりやすくていいんだけど。

 名前は特に意味は無い。

 あと、そんなにずさんでいいのか、警備とかそのあたり。

 と、そんなことを考えていると少年が袖を引っ張ってくる。

 足が疲れたというサインだ、こうするように言っておいた。

 だから俺はすぐさま少年を背負う。

 少年のほっとした雰囲気が背中から伝わる。

 しかし、そんな時。


「よぉ、兄ちゃん、そんな子供連れで何をしてるんだい?」


 ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべる男達。

 一瞬で数え上げれば4人だろうか。

 周囲からはかわいそうにという視線が向けられる。

 なるほど、荒くれ者達にイチャモンつけられる様式美すら踏襲しちゃうのですね、この世界は、さすが王道世界。


「生憎、子供と呼ばれる筋合いは無い、それに答える義理は無い上に、どうして囲んでいるのかと訊きたい」


「いや、な、兄ちゃんに冒険者としてふさわしいか見てやろうって訳さ」


 あー、冒険者っていっちゃったよ、正確には扶助ギルド員なのに……。

 まあ、いいや、どれほどの身体能力なのか見てみたいからな。

 【解析(アナライズ)】は使わない、知る必要すらないからな。


 と、考え事をしているうちに男の一人が殴りかかってくる。

 少年を支える手に力を入れて足に力を入れ一気に跳ねる。

 男達を飛び越え、広いスペースに移動する。

 さっきの場所じゃ後がカウンターだから戦いにくい。

 そして着地した瞬間に。


「『我、氷龍神《キュルアリアン》に(こいねが)う、我求めんとす氷の矢をここに! 【アイシクルアロー】』!」


 少年の魔法が発動し、男達に向かう。

 氷の矢は男の一人の眉間に命中する、命中した男は脳震盪でも起こしたのかその場に倒れる。


「て、てめぇ!」


 あーあ、怒らせちゃった。

 残った男三人がそれぞれの獲物を手に取り、俺に襲い掛かる。

 剣が二人に斧が一人か。

 俺はすばやくそれでいておちょくる様にそれらをかわす。

 時にはかわした後に舌を出してみたり、振り降ろされた剣を蹴飛ばしたり。

 その間に、少年の二発目の魔法が炸裂する。


「『我、火龍神《グェインリアン》に(こいねが)う! 我求めんとす火の矢をここに! 【ファイヤーアロー】』!」


 しかし、俺が動きまくっていたせいか少年の魔法は男達の近くに落ちるものの、男達には当たらなかった。


「そろそろ、けりをつけますかねぇ」


 俺は決心するように言うと、これまでとは違い、男達のほうへと向かう。

 戸惑った男達の隙を見逃さず俺は懐にもぐりこむと。


「必殺! 男殺し!」


 男の急所を蹴り上げる。

 全力ではないが、かなり痛いとは思われる。

 すかさず残り二人にも食らわし、悶絶させる。

 どこかから「鬼……」と聞こえたが、完全に無視。

 周囲を見渡すと、大抵の男は股間を押さえていた。

 と、そこへ。


「見物人D、通行人Yさん、ギルドカード発行しましたよー、後は私の説明を聞いて加入すると言っていただければお渡しできますよー」


 一切事を見ていなかったのか相変わらずな青年ののんびりした声が聞こえてきた。

 俺は悶絶した男を嘲笑えなかった事を不満に思いつつも、窓口のほうへと向かっていった。


 ちなみに、少年は俺の背中で軽くグロッキーになっていたため事の次第を覚えていませんでした。

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