第零話 王道の葉陰で泣く負け狗にはなりたくない
どうも始めまして、N氏といいます。
この小説には外道、邪道が多く含まれています。
それに弱冠、本当に軽くボーイズラブ要素も含まれています。
苦手な方はお戻りを。
皆様、現代から異世界へ行くとなればどのようなシチュエーションを思い浮かべますか?
例えば……暴走した車両に轢かれる、もしくは轢かれそうな誰か、何かを助ける。
そして死んで異世界転生、もしくは異世界転移?
例えば……勇者、巫女召喚?
魔王を筆頭とした世界の危機から助けてハーレム、逆ハーでも築き上げるのでしょうか?
例えば……神のミスにより死んだか、本来生まれるべきではなかったとか言ってやっぱり異世界?
他には……神の暇潰しだとか? 気がついたら異世界とか? 穴に落ちたら異世界とか? ゲームの世界に入り込んだりとか? 自宅の家具が異世界に通じていたとか? 空から異世界の住人が降ってきて連れ拐われたりとか? 寿命が尽きたら前世で良い事をしたから転生? 病気で死んでからあなたは死ぬべきではなかったとか言って転生? 異世界の英雄の生まれ変わりとか言われて異世界拉致? 魔物になる? 魔王として君臨? 神になって異世界創造?
王道ですね。
王道過ぎて吐き気がする。
王道が悪いとは言わないが、使い古された話には発展性がない。
しかし……
「何で俺が異世界に来ることになった……?」
回想での説明は正直嫌いだが、今回ばかりは妥協せざるをえない。
+=+
「オレ、実は神なんだよね」
夏の喫茶店、空調の入った店内で、俺の連れはそんなことをほざいた。
そいつの名前はカミサカ レイジ、一言で言うならば完璧超人。
性別は男、歳は16で俺と同じ高校生。文武両道を具現化したような奴。
その見目麗しさはありとあらゆる人を魅了する。
物語で言うのであれば“主人公”に当たるような人間だと考えてもらったら良い。
これで外道主人公ならまだしも、性格まで主人公さながらに博愛主義で人の好意には鈍感、なのに人の悪意には一際敏感。
人の不幸を悲しみ、人の幸福を喜ぶことのできる人間。
冗談も言うし、人を不快にさせないことで有名。
「黄色い救急車が必要か?」
紅茶の入ったカップをおきながらさらっと貶める俺は言うなれば物語の“悪役”ポジション。
人の不幸を指差して笑う、人に伝えて笑う、さらに辱めて笑い、失意のどん底にある人を救済し、洗脳する。
人の幸運には舌打ちし、己の幸せは己の物。
悪巧みと人の不幸を指差して笑うこと意外は『おしい』だとか『次点』になる人物、それが俺。
頭脳は悪くは無い、しかしその道を行く人には容易く負けるし、体力と器用さは有るのに運動神経が無い。
人に誇れるのは悪事と料理スキル、後は手芸に掃除に洗濯、そのぐらい。
あ、当然のことながら犯罪は犯したことがありません。
人を辱めて貶めることが好きなだけです。
「お前、信じていないな?」
当然。
暑さで頭がやられたか?
あ、少し睨まれた。
しかし、その程度でやめる俺ではない。
「自身を神と自称するのは宗教家だけにしてくれ……、それと、お前が言うと説得力があるからふざけたことをいうのはやめろ」
事実、こいつを神かそれに近いものとして崇拝している奴等もいる。
で、そいつらの敵意の矛先は当然こいつと幼い頃より一緒におり、何かと馴れ馴れしくしているらしい俺に向く。
そのおかげで今ではすっかり王道が嫌いになりました。
皆に慕われるとか、そんな出鱈目な王道具合が影で俺の様に苦労人を作り出すんだ……。
ん? ちなみに襲い掛かってきた人たちは皆返り討ちですよ? もちろん、嘲笑してあげましたとも!
俺に逆らおうとするのが悪いなんて言わないけど、一応のところ被害者なんだから嘲笑する権利はあるんだけどね……。
その後、全面的に俺が悪いという虚偽の証言をした崇拝者共も、それを全面的に信じ、俺の意見を聞かずに説教をかました先生も全て返り討ちにしてやりました、拳ではなく口でですけど。
まあ、あれは自分も悪いところがあったかなー……、なんて、思うわけ無いんですが。
そんなほどに狂信、いや、妄信か? ともかくそうされているこいつが不用意にそんな発言をすると宗教でも立ち上がりかねん。
「いや、事実そうなんだが……」
「しつこい、人は神になんてなれないし、そもそも神なんて存在不確定なものがお前だと信じたくない、あと頭を冷やせ」
そういうとすっかり顔を伏せてしまうカミサカ、言い過ぎたかもしれんがこれが奴の為……、なんて思っていません、ただいじるのが面白いだけです。
それにしても、こいつがこんな風にしょぼくれるのは俺の前だけなんだよな……、なぜかは知らないが。
ただ、こうしている姿を見ると……、つい……。
愛したくなる……!
なんて思わなくも無いですが、きっちりと理性が働いている状態ではそんな事態にはなりえませんよ。
いつからこんな危険思想が芽生えたのか俺自身にも分からん。
と、己の危険思想を払拭していると、唐突にカミサカはこっちをキッと睨み付けて来た。
若干目尻には涙が煌く。
可哀想だなぁ、俺のせいなんだけどね。
「なら、証明してやるよ! オレが神だって事を!」
はいはい、分かったから声抑えましょうね、店内の皆さんこっち見てるから……。
って、あれ?
風景が消えただとっ!
あ、これはもしかして……。
「白昼夢か」
「違う!」
一瞬で喫茶店の風景は消え去り、一面真っ白な世界。
飲もうとした俺の紅茶はどこかへ消えた。
ああ……、紅茶は何処……。
「なあ、聞いてるか?」
「聞いてる、紅茶返せ」
と、さっきからカミサカの声が聞こえる方へ顔を向ける。
カミサカの色が変わっていた。
黒かった髪の毛は白く染まり、腰ほどの長さまで垂れ、瞳の色は赤、服装も、宗教画などでよく見かけるひらひらふわふわした一枚布の服装へ変わっていた
その手にはまさしく生きたまま杖にしちゃったとでも言いそうな感じの樹木の大仰な杖が握られていた。
「いや、もっとこの空間にワーッて驚くとかさ、このオレの姿見てどうしたのとか……いや、お前に普通の反応を求めたオレが馬鹿だった」
失礼な、俺だって内心驚いてはいるさ、表に出さないだけで。
「で、紅茶を返せ、ついでに説明を求む」
「……お前の優先順位相変わらずおかしいなっ!」
+=+
「ふーん、へぇー、で? 神って言うことは分かった、で、お前は何の神なんだ?」
俺は真っ白な椅子に座り、真っ白な机の上に置かれた真っ白な紅茶カップを取り中身を啜る。あ、この紅茶、ヌワラエリヤか、上品で華やかな香りがする。
御茶菓子は真っ白な皿の上に盛られたマドレーヌ。
色相感覚がおかしくなりそう。
何より信じられないのがこれを奴は杖を振るうだけで生み出した。
うん、紅茶出せたから神だという事は判明した。
正確には無から有を生み出したことからわかるんだけど。
そんな神は今目の前で棒立ちしている。
……椅子もう一個作って座ればいいのに。
「神といっても、この世界にはたった一人、オレ以外はいない、言うならば絶対神だな」
「何で?」
分割統治とかしないと大変だろうに。
国一つですらまともに治められない人間も多いのに世界を一人で管理するって、失敗したら大変じゃないのか?
あ、神だからいいのか。
「神話とかで神同士の争いってあるだろ? あんな事が起こりかねないからな、絶対王政のようにしておいたほうが仕事は増えるが安心できる、事実、神同士の争いで滅んだ異世界もある」
「じゃあ、八百万の神ってデマ?」
「……普通は異世界ってところに驚くんだろうけど……。うーん、八百万の神はあながち間違いじゃない」
「どういうこと?」
「物に宿っているのは神ではないが精霊だとか妖精だとか霊魂だとか、そういう力が一段下げられた存在だな」
「ふぅん……、で、俺をここに呼んだ用件は何?」
俺は目の前で未だに棒立ちになっているカミサカに声をかける。
その瞬間、彼は顔を曇らせる。
嫌な予感がする、逃れる術は存在しないが。
「その……、本当に言い辛いんだけど……」
「何?」
「異世界トリップって……、知ってる?」
異世界トリップ……、王道中の王道だな、異世界に行って? 最強やチートになってありとあらゆる人を幸せにして? 影で誰かが迷惑被るあれ?
「俺に異世界トリップしろというのか」
「物分りが早くて助かるよ」
断れますか? 断れますよね? だって俺たち親友だからな!
そんな全力でお断り希望の篭った眼差しで見たら瞬間カミサカは萎れる。
そ、そんな目で俺を見るな、捨て犬みたいな目で俺を見るな!
『親友なんだろう……? 親友の頼み事聞いてよ……お願い……』みたいな顔をしないでくれ……
「は、話だけ聞こうか」
その瞬間花が開くように活気を取り戻した彼は机に身を乗り出して俺に説明を始めた。
……言われなくとも分かっている、これは絶対に引き受けてしまうルートだって事、重々承知している。
とりあえず、そんなに足震えるほどにつらければ座ればいいと思うよ。
+=+
奴曰く、異世界トリップするのはこの世界よりも位が低い、下位世界に当たるそうだ。
なんでも世界の位と言うものはどれだけ神がその世界に干渉したかによって決まるそうで、俺の今いる世界……便宜上『宇宙軸世界』とでも呼ぼうか、この『宇宙軸世界』はほぼ神の干渉が加えられていないらしい、つまりカミサカが起こしたのはビッグバン程度だそうだ、後は精霊とか妖精とかそういう有象無象が勝手に引き起こした事象だから神の干渉には当たらないらしい。
で、自力で進化してきただけあって世界の位はかなり高いそうだ。
つまり、この世界は神の手からきちんと自立できた世界に当たる。
しかし、俺のトリップ先らしい下位世界、便宜上『幻想軸世界』とでも呼ぼう、その世界は『宇宙軸世界』に比べて神がかなり手を加えてしまっている世界らしい。
その分、『宇宙軸世界』と違い『幻想軸世界』にはこの世界には無い法則があるし、それこそ神獣だとか幻獣だとか魔獣だとか、果てには魔法とか魔術とか魔道とかすら存在するらしい。
しかし、神が手を加えすぎたせいで、その世界は自力で進化することが出来なくなったらしく、その世界の神に依存している状態になる。
何より、その『幻想軸世界』には神と呼ばれる存在が大量にいるらしく、神同士での戦争も何度か起こっているらしい。
つまり、その世界が決壊するのも時間の問題という事である。
で。
「俺にどうしろと?」
俺はまだこいつから俺が何をすべきなのかは聞いていない。
「その世界から要請があったんだ……」
「どんな?」
どうせ、世界を救えるような人材でも派遣して下さいとかなんだろう、世界の位は神の位と同等らしいからカミサカのほうが位は高い、丁寧な文章で書き送ってるはず。
しかし、その予想はことごとく裏切られる。
「言い難いんだけど……『おい、お前の世界の人間一人よこせ、それで世界に革命でも起こそうかと思ってるからとっとと寄越せ、寄越さずにこの世界が崩壊したらお前の世界まで余波が届いてそっちの世界は大惨事になるだろうなぁ? 分かったらとっとと優れた人材一人寄越しな』……って……」
「それ、原文?」
俺の問いにカミサカは沈痛な面持ちで頷く。
ふざけているのか? 目上の神に対して脅迫って……嗤える。
「で、そんな世界に俺を送り込もうって言うのかお前は」
「うぅ、そんな風に睨まないでくれ、あいつは下位世界の神だけど一応神ではあるんだ、しかも奴は俺よりも位の高い最上位の神の使徒からの成り上がりだから付け上がってるんだよ……、上からも圧力は掛けられるし、この世界よりも位が低めの中位世界の神はすでに人材を派遣してしまっている」
神の世界も大変なんだな……
って、他にもトリップした奴がいるのか?
「なぁ、中位世界の人材って……」
「その人たちのほうが遥かに悲惨だ、中位としての力しかもたないから異世界トリップさせることの出来るような力はもっていない、だけど最上位の神からの圧力もあるから泣く泣く世界の住人を殺して異世界転生だよ……」
そうか、俺はまだ恵まれているほうなんだな。
「中間管理職も大変だな」
さながら重役の子供を部下にもつ上司みたいだ。
「人事みたいに言わないでくれるか!!」
怒鳴られた……、何が悪かった。
「人事だもん、断る」
そういうとカミサカは泣きそうに顔をゆがめる。
「なあ、頼むよぉ、親友の一生に一度の頼み、向こうの世界で死んだら俺が責任を持ってこっちの世界に戻してあげるから、こっちの世界で時間は一切進ませないから、だから向こうで死んでもこっちで元の生活送れるように最大の便宜を図るからさぁ……、お願いだよ、これ以上最上位の神に厭味言われたくないんだ……、言語チートも付けるし肉体能力もチートにするし魔法系統もチート級にする、だから頼むよぉ……、何か特殊能力をつけることもできるから……」
そういってカミサカは土下座をする。
神が土下座をするっていいのか、それ。
しかし、特殊能力ねぇ……
「……特殊能力、何個ぐらいまでだったら付ける事が出来る?」
そういうと彼は額を地(といっても、真っ白だからよく分からないが)につけたままぼそぼそという。
「能力の種類によるけど……、大体三個ぐらいかな」
三つか、三つもあれば十分だ。
そう、この時点で俺は異世界に行くことを決めていた。
カミサカに土下座されたら断るわけにもいけないし、何より付け上がった神の鼻っ柱を叩き折ることが面白そうだから。
比率はカミサカの土下座一に対して、神を嘲る事が百くらいかな?
「分かった、話は受けてやろう」
そういうと、彼は輝かしい笑顔でこっちを見上げてきた。
俺はニヤッと笑ってやる。
「本当かっ! 引き受けてくれるか!」
「向こうの神の鼻っ柱叩き折ってやるから楽しみにしておけ、カミサカ」
そういうと、俺は彼と特殊能力について話し合う。
「俺の希望の能力は三つだ。一つ目は【解析】、ありとあらゆるモノの情報を読み取る能力だ、これは出来るか? 出来れば記憶だとかも読み取れるようにしてもらいたいし、意識するだけで使えるようにしてもらいたい」
「それは容易いな、こう見えても高位の神だからな、最上位世界のものを読み取るのは難しいかもしれないが要望を全て答えることは出来る」
よし、【解析】ゲット。
「次は、【家庭道具召喚能力】、そのままの意味で調理器具、裁縫用具、洗濯道具、食器、その他消耗品を召喚できる能力だ、消耗品は主に布や糸だとか洗剤だな、食料に関しては向こうの世界に持ち込まないほうがいいと思うから除外しておいてくれ」
「お前……相変わらず着眼点が変だな、まあ、食料を向こうに持ち込まないでくれるのはありがたい、うん、ちゃんとできるぞ」
うん、【家庭道具召喚能力】も手に入れれば、後は大本命。
「最後の一つは大本命だ」
「お前の大本命ってなんだか恐ろしそうな能力なんじゃ……」
「【粉塵創造主】、俺がどんな粉でも創造できるという能力だ」
やっぱり【粉塵創造主】、粉を作る能力って重要だよね。
なのに、カミサカは。
「……はい? そんな能力でいいのか?」
やっぱり粉を無から創造できる能力の恐ろしさを知らない。
「そんな能力とは失礼な、茶葉を粉末にしたものも作れるし、小麦粉、片栗粉、塩、胡椒! 金粉に銀粉! ありとあらゆる物を作って市場破壊することすら簡単なこの能力! 貴様は侮りすぎだ!」
そう、よく創作小説とかで主人公に与えられる創造能力、しかし、固形物ばかり作りすぎ、液体や気体を作ればもっと楽になるのにと常日頃から思っていた。
しかし、創造能力ってありとあらゆるところから目をつけられそうで怖い。
ならば粉塵だけを作ればいいじゃないか!
「【解析】、【家庭道具召喚能力】、【粉塵創造主】……、それでお前の願いは終わりか?」
「ああ、それだけあれば十分だ」
そういうとカミサカは呆れた様な笑顔になった。
「また、お前とこの世界で暮らせる日を待っている」
差し出された手を俺は強く握り返す。
「交渉成立、向こうの世界で精々神を直接殴ってやることぐらいはしてやるよ」
その言葉にカミサカは苦笑を漏らした。
「それじゃあ、行ってらっしゃい」
カミサカに言われた途端、立ちくらみのような眩暈がした。
と、同時に。
「あ、そうそう、特殊能力の枠一つ余ってたから適当にひとつ入れておいたよ」
余計なこと、すんじゃねーよ……
俺、年齢16歳、高校生活を一時中断し、親友である神に土下座されて肉体改造されて、最強ではない能力もらって、異世界に神を殴りに行くという奇怪なる異世界トリップを果たしました。
誤字脱字の報告お待ちしております。