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虹と精霊の仮面舞踏会  作者: まるあ
一章 求めるは真実を視る能力
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初めての使役精霊はお友達

 屋根に落ちる激しい雨音を聴きながら、カイムと話をした。

 新芽を思わせる明るい双眸は、神秘的な光を宿しながらアイリスを捕えている。その期待が浮かぶ真剣な眼差しとこの場に流れる雰囲気に負けて、名前を呼ぼうかと思った。

 でも、呼べない。友達は友達なのだ。使役してしまったら、それは友達とはいえない。

 迷うアイリスの顔をその掌に乗り期待の眼差しで見ていたカイムは、やがて小さな身体に見合った己の手で顔を覆うと泣きだした。



「……ううっ! 我が姫ともあろう方が嘘付きにっ! 私の事を名前で呼んでくださるっておっしゃったのにぃ~! だから、秘密にしてた事まで話したのに~!!」

「いやいやいや! 呼ぶって言ってないよ? 考えるって言ったんだよ?!」

「あああ~っ! 私の姫が嘘つきにぃ~~!!」

「嘘ついてないってばっ! ……だって、友達は使役できないもの。使役するって、相手が自分よりも下になるってことでしょ? 使役者の奴隷みたいなものでしょ? そんなの、嫌だよ」



 言葉が足りなくてごめんね、そう思った。

 この広大な敷地から出る事が出来ないアイリスは、精霊しか友達がいない。その数はたくさんいるようだけれども、実は少ない。だから数少ない友達を無くしたくないのだ。

(心で会話が出来るなら、何度でもカイムって呼ぶのに……)

 なおも掌の上で泣き続けるカイムを慰めるかの様に、アイリスは屋根裏の棚から飾り箱を取り出した。


「……ほら、見て? この箱は私の宝箱なの。グラティスにも秘密にしてる箱だよ。これにはね、精霊達から貰った贈り物が入ってるの。アナタから貰った綺麗な髪もこの中に入ってる」

 鍵のかわりのカラクリを回して箱を開けると、涙を拭いたカイムはのぞき込み、そこに小瓶に入った自身の髪を見つけた。


「ああ……。姫っ! 私の髪を宝物にしてくださったのですね。そうとわかっていたら、根元から切り落としましたのに! ……いえ、なんなら今から―――」


 どこからともなく短刀を出し、肩付近で切りそろえられている髪を掴んだ。思いっきり髪を引っ張り、短剣を根元に当て引こうとしている。躊躇など無いのか、切先に当たった髪はハラリと床に舞った。



「いいいいい要らないから~っ!! 女の子が丸坊主にでもするつもり?!」

「大丈夫です! 髪など直ぐに伸びます!」



 指先で止めようにも、小さなカイムの短剣にはアイリスの指では大きすぎて止める事が不可能である。

 何かを切る鈍い音が指先に振動で伝わった。同時に、カイムの髪がひと房掌を撫でるように落ちた。カイムの手は止まることなく、再び髪へと伸びる。

 アイリスは慌てた。このままではカイムが丸坊主になる、と。

(女の子が坊主頭なんてありえない!)

 その時に、目の前の新芽色の精霊の名を呼んだらどうなるかなんて、頭から抜け落ちていた。

 咄嗟だった。


「やめて! カイムッ!」


 その名を呼んだ瞬間、カイムは何かに反応するように一瞬だけ身を震わせ、なぜか俯いた。

 俯くカイムの手から短剣が消えた事を見たアイリスは、ホッと安堵の息をこぼして、若干散切り頭になったその部分に手を当てた。

 そこで初めて気が付いた。カイムが震えている事に。


「……どうしたの? 何か―――」

「姫。我が姫。……姫と確かな絆を持つ事が出来た事が、心を震わせる程嬉しいのです。ずっと望んでいたのです。たとえ隷従を強いられようとも、我が姫の傍に行きたいと」


 カイムは涙に震える声で、音を紡ぎアイリスを見上げた。


「グラティス様によって生みだされた風のカイム。これからは我が姫のものとなりましょう。その珊瑚の唇から呼ばれる名は、姫が望まれれば禁忌の場所にさえ馳せ参じ、いかなる命令をもこの魂に変えて遂行いたします。いかなる能力をも、カイムの前では『皆無になる』。ですからご安心を」


 何かをアイリスに伝えようとしているのか、カイムは真っ直ぐに主人となった少女を見つめ続けた。その顔は、どこか人生を達観したヒトのようにも見えた。

 何か言葉を返さなければ、そう思いアイリスは小さな口を開いた。


「……おめでとう。今日はお赤飯だね?」



 アイリスが何かを言おうと思った瞬間、聞きなれた声が耳朶を打った。とっさに振り向いたそこには、大量の本を抱えたグラティスが、なにやら胡散臭い笑顔をしながらこちらを見ていた。


「グラティス様~っ! 聞いてくださいませぇ! とうとう我が姫がっ!……私の名を呼んでくださったのですっ!」

「うん。こそっと見てたから知ってる」



 カイムがグラティスの周りを、喜色満面で飛び回っている。二人が一緒に居るのはとても珍しい光景なのでは、と思った。

 一方が現れれば一方が消えて、いつもアイリスの傍に居るのはどちらかだったから。

 ぼんやりと二人を眺めていて、少しだけ違和感を感じた。それはほんの些細な違和感。―――ただ、二人の顔の造形が似ている気がするという、些細な違和感。

(精霊って、創りだした人に似るのかな?)

 カイムの事を探る様に見ていたら、どうやら瞳が金色に変っていたらしい。グラティスがその事に気付き、手に持っていた本を投げ捨てると慌ててその眼を隠した。



「アイリス、至近距離で金の瞳は止めてくれる? その瞳は危険だから」

「え?」

 グラティスの手をはがし取ると、私から視線を逸らして赤い顔をしていた。……めずらしい。

「……金の瞳は、多分だけど、俺の瞳を凌駕する『魅了眼』だと思う」

「『魅了眼』?」

 


 何かを思いついたのか、おもむろに驚くアイリスの顔を掴み、グラティスを見るように固定した。

 深い榛の瞳が、アイリスのやや薄い榛の瞳と合わさる。黒い瞳孔の動きまではっきりとわかる程の至近距離である。

 あまりの顔の近さに、年頃の女の子に差し掛かったアイリスの胸がやや弾んだ。いくら幼馴染でも、気心知れた仲でも、養父以外の異性と顔を近づけるのは初めてなのだ。

 グラティスは瞳を妖しく細めたが、直ぐにカイムが間に入り二人を引きはがした。



「な、な、何をしているのですか~!! このカイムの目の黒い……あ、いや、緑の内は、姫に対して破廉恥な行動は許しません!」



 慌てふためくカイムをよそに、グラティスは「やっぱり」と呟いた。

「やっぱり、ってなにが?」

 さっきの行動が解らないアイリスは、早くなった鼓動を持て余した。けれど、そんな心境に気付いていない無感情の表情を浮かべているグラティスに、一切合財を気取られたくない一心でそれを抑えた。



「俺の『魅了眼』が通じない。異性なら抜群に効くはずなのに……。おかしいな、普通の瞳なのに逆に俺の方が、なんだか……」



 片手で口元を覆いながら、眉を寄せて明後日の方を見たグラティス。そんな彼に向かい、カイムが冷静さを欠いた表情で唾を飛ばす勢いで口を開いている。

 ……とても必死である。



「グラティス様ぁ! 変な事を考えないでくださいませ!! 我が姫はまだ子供! 今はまだ十なのですよ!」

「……何も考えてないってば」

「いいやっ! 考えておいででした! このカイム、しかと見ておりましたとも! ……今、何かしたら貴方様は ”ろりこん” でございますよ!?」


 

 渋柿でも食べたかの様な表情を浮かべるグラティスに、般若の顔を浮かべるカイム。そんな二人の会話に耳を傾けながら、なかなか収まらない早い鼓動を持て余したアイリス。

 召喚士長の家の屋根裏部屋では、暫くの間和やかで微妙な空気が漂った。

 そして、この二人の会話により、アイリスの脳内辞書に『ろりこん』の単語が刻まれたのである。

 

 




 

 

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