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虹と精霊の仮面舞踏会  作者: まるあ
一章 求めるは真実を視る能力
4/21

憎悪と愛情

実はこの小説。来年の雑誌応募用に、人物設定と物語設定を自分の中に定着させたくて書いてます(>_<)

なのでファンタジー色が濃いです! 回りくどい書き方もそのせいです(-_-;)

大風呂敷をたたんで完結する事を目指して書いてます!


読みにくいですかね? 読みにくかったらぜひご一報を!

 シトシトと落ちる雨音の中、補修された屋根裏でアイリスは一人考えていた。

 一週間ほど前に、皇帝から言われた言葉を。



『太子の側女として仕える事を命ず』



 始めその言葉を聞いた時、意味が解らなかった。

 目の前にある皇帝の冷酷さを秘めた瞳が、それは断る事が出来ない事だと物語っていた。

 玉座に立ちこめる暗雲に恐怖し、助けを求めるように王妃に視線を巡らせた。

 羽扇で顔を隠す皇妃はその表情を隠している。いつもアイリスに向かい、微笑んでくれたその顔は今、どのような表情を浮かべているのか判らない。

 その隣で、戸惑うアイリスに向かって、頬笑みを浮かべる皇太子シードレイド。

 皇妃似の流れる金の髪が眩しい皇太子。口元は皇帝に似たのか、冷酷さを感じさせる薄さがあったが、それは柔らかに微笑む顔で相殺されていた。その笑い方は、従兄弟だけあって少しグラティスに似ていると思った。

 けれど、澄んだ青空を思わせる碧眼は、恐ろしいまでに笑っていなかった。

 皇太子はそのままの表情で、得体の知れない恐怖に固まるアイリスへと近づくと、手を引いて謁見の間を後にした。

 扉前で誰もいない事を確認した皇太子は、手を握ったまま碧眼を細めた。

 傍から見れば、慈愛に満ちた笑顔。でも、アイリスから見たその顔は、貼りつけたお面の様なうすら寒いものだった。



「そんなに怯えないでいいのに。……君が十六になったらの話だ。その時が来たら、君は後宮に入る。それまで、お互いを知る努力をしようじゃないか」

「後宮……? 知る努力……?」

「そう。君は成人の儀を迎えたら、わたしの妻になる。そうだね……まずは、わたしの事をシドと呼ぶといい」

「……シド……?」



 名を呼んだ瞬間、きつい眼差しに射すくめられ、握られた手に痛いほどの力が込められた。それは一瞬だったけれど、確実におこった事だと、ジンと痛む関節が教えてくれた。



「―――っ!」

「そんなに怯えないでよ。……ただの握手だろう?」



 目の前の碧眼には、仄暗い色が浮かんでいる。アイリスに向けて憎悪すら感じられる。でも、その綺麗な顔に浮かぶのは、うすら寒いほどの笑顔だ。

(何なの、……怖い)

 自分で名を呼べと言ったのに、名を呼んだ途端これだ。

 いきなりの悪意に、魔法を使って逃げたくなった。

 安全な場所に、自分を守ってくれる人の所に。

(グラティス……! 怖い。助けて……)

 どうしてグラティスの事を思ったのか判らない。けれど、心に浮かんだのは、この王城に自分の手をひいて連れてきた彼の事だった。

 彼なら助けてくれると思った。

 物心つく前から、私に微笑みかけたくれていたグラティスなら。

 魔法を使おうと魔力を解放した瞬間、それを阻むように見慣れた茶の髪が、私とシドの間に入る様に現れた。その背で私を守ってくれるかの様に。



「アイリス、シドの前で魔法を使っては駄目だ。……シド。あまり苛めないでやってくれ。アイリスは悪意を向けられることに慣れていないんだ」

「悪意? コレはわたし流の挨拶だ。将来の伴侶にむけて……そうだろう? アイリス」

「――――――っ」


 その薄氷を表すかの如く凍てついた瞳に、言葉が出なかった。


「お前のその顔、一度鏡で見てみるといい。それが悪意の顔だと俺は思う。少なくとも、将来の伴侶に向ける顔じゃない。……行こうアイリス」



 固い声でアイリスに向ける凍てついた瞳を制しながら、シドの手をひきはがした。そして、痛く握られた場所を庇うかのように、アイリスの心ごとやんわりと包みこむように手を繋いだ。

 引かれて歩き出した私たちの後ろ姿に向かい、嗤いを含んだ冷えた声が掛かる。



「随分と手厳しいね、我が従兄弟殿は」

「そうだね。アイリスに関する事なら、手厳しいよ? 俺の育てたお姫様だからね」



 歩みを止めたグラティスは、冷えた一瞥をシドに向けると、再びアイリスの手を引いて歩き出した。

 後ろからは、何故かシドの嘲笑じみた笑い声が聞こえた―――。





 ***



 嵐が来る事を告げる様な、雨が強く窓をたたく音がした。アイリスは自分が屋根裏でまどろんでいた事を知った。

 一週間前から、あまり深く眠れないのだ。

 眠ろうとすると、シドの仄暗い瞳を思い出す。

 自分を憎んでいると思える瞳を。



「……私って、知らない間に皇太子―――シドに何かしてたのかな?」



 どれだけ考えても、あんな視線を向けられる理由が思い浮かばない。

 なんせこの間、初めてあの人と会話をしたのだ。

 皇帝と皇妃とは、何度も話した事はある。けれど、シドだけは今まで避けられていたと感じるほど、会ったことも無ければ話した事も無かった。



「なんで……?」



 アイリスの呟きは雨音に消えたが、それとは入れ違いで、新芽の色をまとった精霊が現れた。

 グラティスから子守を預かっていたと言った中級精霊カイムである。


「姫っ! そんな浮かない顔をしないでください!」

「カッ……!」


 いきなり現れた精霊に驚き、『カイム』と言おうとしてしまった。

 今のアイリスなら、カイムは名を呼んだだけで使役できてしまう。友達を使役したくないアイリスは、咄嗟に口に手を当て名を呼ぶ事を阻んだ。

 カイムはその行動を残念そうに見て、尖った自身の耳のように「カイムと呼んでくださいってば」と口もとがらせている。


「だからぁ! 友達は使役できないの! したくないの!」

「私は使役を望みます! 姫のお傍で御身を守れるように。……それは、私だけではなくグラティス様の願いでもあります」

「グラティスの?」

「そうでございますっ!!」




 アイリスの顔の前を飛びながら、胸の前でお願いポーズをとるカイムに疑問を抱く。

(何でグラティスがそんな事を願うの? どうして自分が使役しないの?)

 思えばそうだ。

 カイムはグラティスの遣わせた精霊だ。それならグラティスが使役しているのが普通ではないか。

 精霊が人間に使役を願うのは、誰にも使役されていない証拠である。

(……あやしい)

 グラティスの事だ。絶対(・・)に何か企んでいる。それも、私を使って何かをやろうとしているに違いない。

 つい胡乱な瞳でカイムを見てしまった。




「ひ、姫? 何ですかその妖しい物でも見る目は?!」

「……グラティスの目的は何? 全部話してくれたら、名前を呼ぶか考えてあげる」

「えっ!!」

「嘘をついたら、二度と私に近寄らせないからね」

「ええ~っ?!」



 そんなぁ、と小さい声で愚痴るカイム。嘘をつく気だったのだろうか。

 カイムは暫く屋根裏を徘徊するように飛び回ると、何かを決めたかの様にアイリスの手に止まり、口を開いた。


「我が姫! 我が風の精霊王の名にかけて、嘘は申しませんと誓います!」

「そう。精霊王はどうでもいいけど、嘘は止めてね」

「はい! ですが、姫に約束して欲しいのです。私の言った言葉を誰にも、精霊にさえ漏らさないと」

「……いいよ。約束する」



 言葉には、言霊が宿る。

 精霊との約束には、呪縛さえ生じると召喚士長の養父から聞いた事がある。

 だから、精霊との約束は守らなくてはならない。

 アイリスの覚悟が伝わったのか、カイムは大きく頷くと口を開いた。



「姫。彼の君は魔法の勉学に励んでおります。……抜群に魔法の才がある姫に追いつく為に。『自分よりも年下に負けるのは矜持が許さない』と彼の君は仰っておりましたが、本心は、姫の進む未来に常に自分が在りたいのではと私は思います」

「私の進む未来……?」

「はい。姫は『秘め』。生まれ出る前から大きな運命の環の中に居るお方。彼の君はこのままでは姫に置いてきぼりになります。それを急いておいでなのです」

「よくわからないけど、グラティスは何かに焦ってるんだね。それとアナタとどう関係があるの?」

「私は何も無い物の『皆無』でした。私に魔力を分け与え自我を芽生えさせ属性を与えたのは、グラティス様です。彼の君は私の創造主、人間で言うと親です。そんなお方が、初めて私にまみえた時に仰ったのです。『自分が傍にいない時は姫を守ってあげて』と」



 成程、と思った。

 カイムは、グラティスが居ない時に現れて、グラティスが居るとあまり出てこないから。

 言われてみれば、カイムからはグラティスの魔力の気配がする。

 ただの子守で精霊を使わせたのではなく、私を心配してくれたのだというのが、カイムの長い説明で何となくわかった。

 シドの視線で凍えた心が、温かくなった気がした。

 


 「ありがとう―――」

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