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虹と精霊の仮面舞踏会  作者: まるあ
一章 求めるは真実を視る能力
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晴天の霹靂

 グラティスの手を振り払い、風魔法で移動した先は家の屋根だ。

 木を隠すなら森の中という。まさか、逃げた人間が自分の家の屋根の上に居るとは、誰も考え付かないだろう。事実、未だかつて見つかった事は無い。

 アイリスと一緒に風を切ってついてきたのは、グラティスが高学院という場所に通い出してから知り合った精霊だった。


 新芽の様な明るい緑の気配をまとった、人語を話す尖った耳先を持つ手乗りサイズの人形中級精霊だ。男女の区別はつかない中性的な顔立ちをしている。本人曰く「女ですからね」との事である。

 初めて会った時に中級精霊の彼女は、自らの髪を切り取り差し出すと、名前を名乗り使役を願い出た。

 勿論断ったが……。髪はせっかくなので貰ってしまってある。


「姫。いい加減に私の名を呼んでくださいませ。カイムと」

「嫌! 友達を使役するなんて、変じゃない」

「友達……!」


 短くなった緑髪を風になびかせてアイリスの傍を飛び回るカイム。彼女は何時もアイリスの事を『姫』と呼ぶ。アイリスはその事に疑問を感じていた。もらわれ子である私の事を、なぜ『姫』と呼ぶのか。

 しかし、何度か聞いてもカイムはその事は答えてはくれなかった。いつも言うのは決まった言葉だ。そう―――「『カイム』が『皆無』であるように、『秘め』だから『姫』なのです」と。

『ヒメだからヒメ』

 そのように聞こえたアイリスには、その意味がまだ分からなかった。自分が『秘められた姫』だと言われている事に。

 


 屋根に寝ころぶアイリスの周りを飛んでいたカイムは、友達発言に大いに驚いた。その拍子に、まとっていた風が屋根一面につむじ風を引き起こし、アイリスを巻き込み、兎耳の様なツインテールを掻き乱した。

 風に乗った髪が、鞭のようにアイリスの頬を何度も叩く。「痛ったぁ!」小さな悲鳴と次第に赤みを帯びる頬。それを見たカイムは吹き荒れる風を纏めると、ひれ伏さんばかりにアイリスから離れた。



「ああ~~!! 申し訳ございませんっ! 姫の愛らしい顔に紅色の傷をっ!! グラティス様に怒られる~~!」 

「何でアンタがグラティスに怒られるのよ?」

「グラティス様に、姫を見ているように、頼まれているからでございます」

「ふ~ん? ―――んんんっ?!」



 意味がわからない、と乱れまくった髪をいそいそと直しだすアイリスに向かい、シレっと重大発言をするカイム。あまりに何でも無いように言うから、聞き逃す所だった。

 高学院に通うようになってから、最近遊んでくれなくなったグラティス。

 そんな彼が、私を見ているようにと、まるで子守でも頼むように精霊を頼るとは……。

 感動で涙が―――! ……出るわけないでしょうがっ!

 髪留めを外した金の髪が、イラつくアイリスの心境を表すかのように、海に生息する海藻の如くウネウネと波打つ。無意識に魔力を放出しているのか、アイリスの瞳は金色に輝いている。



「見ているように……?」

「はいっ! 姫がこの広大な敷地で迷子にならない様に、拾い食いしない様に、そして有事の際は逐一報告するようご命令を受けております!」

「何だソレはぁ~~!! 私はそこまで子供じゃないでしょうが~~~っ!!」 



 アイリスが叫ぶと同時に、空気を揺らす程の耳をつんざく爆発音がして、屋根から白煙が上がった。

 爆発の根源となった彼女の足元には、爆発の残骸がひしめく屋根裏が見下ろせる程の、大穴が口を開いていた。

(……やってしまった)

 魔力が暴走したのは、今ので今年に入って三度目だ。頭を押さえて少し後悔する。

 今までは「黒い虫が横切ったから驚いた」だの「泥棒が……」だの嘘をついていたが、三度目は言い訳がみつからない。ダメ元で「幽霊が……!」とでも言っておこうか。

 ハァ、と重いため息を吐くアイリス。

 そんな彼女の前に移動魔法陣が浮かび上がり、一つの影が現れた。茶色のやや長い髪をたなびかせたその人は、目の前で項垂れる少女に溜息を吐くと、その労働を知らない華奢な腕を掴んだ。



「グラティス……」

「見つけた。捕まえた。はい、俺の勝利。遊びはお終いだからね? まだ逃げるんなら、首に魔法無効の鎖を付けるよ?」

「そんなものを持ち歩いてるのっ? ……変態。そんな変な趣味があったんだね」

「うん? アイリス限定の鎖なら持ち歩いてる。……鎖、経験してみる?」



 意味深な笑いを顔に浮かべるグラティスに「嫌だよ。変態」とぼやいたアイリスは、掴まれている腕を引っぺがすと風魔法を使い屋根を蹴って地上へと飛び降りた。魔法とカイムの能力が重力を操作し、アイリスは音も無く地上へと降り立った。そして、未だ屋根の上に居るグラティスを見上げた。



「―――降りてこないの? 皇帝様の所にいくんでしょ?」

「アイリスみたいに、ホイホイと魔法は使えないよ。アイリスを探すために色んな精霊に聞き回ったり、さっきの移動魔法で疲れたし。……屋根裏から降りるから梯子持ってきて。あ、逃げたら夜中寝てる時に、鎖付けて引きずって行くからね」



 グラティスは懐から白金に輝く金属を取りだした。何かの魔法がかかっているのか、視界が悪い夕闇の中、階下からでも判る程の輝きを放つ鎖を。

 白金の光に照らされて、闇夜に浮かびあがるニッコリと笑んだ表情とは裏腹に恐ろしい事を言う、でも有言実行のコイツならやるだろう、とアイリスの顔は引き攣った。



 結局、グラティスに連行されるように連れて行かれた王城。

 豪華絢爛な『謁見の間』の扉前でグラティスと引き離されたアイリスは、一人寂しくその扉が開かれるのを待った。この王城には、精霊が入れない様に魔法が施されている。何でも昔、皇帝が王だった頃に精霊に悪さをされたとかいないとか。だから、精霊であるカイムとはこの建物に入る前に別れた。

(魔法や精霊の恩恵を受けるこの国の頂点が、精霊を否定するなんて変な感じ)

 言ってはいけないとわかっていても、精霊が好きなアイリスはそう言いたくなる。……口に出して言ってみた事はないが。



 どの位の時間、扉の前で待ちぼうけを喰らっただろうか。

 アイリスがこの場に連れてこられたのは、家を破壊して義父母から涙ながらのお説教受け、夕飯を摂った後だ。それから随分と時間が経っている。時折かみ殺しているあくびは、お子様のアイリスはもうすぐ就寝する時間と知らせている。

 あまりに待ち過ぎて、ウトウトしだしたアイリス。しかし、彼女を起こすかのように、固く閉ざされていた扉がゆっくりと重厚な音を立てて開かれた。

 ハッと目を覚ましたアイリスの目に入ったのは、玉座を取り囲む王家の眩い面々。アイリスをこの居城の一角に住まわせてくれた王と、珍しくも皇妃と太子までもが出迎えている。

 王家とあって、迎える者達の威圧感は怖い位に凄まじい。あまりの刺激に眠気が吹き飛んだ。

 アイリスは慎重に前へ出ると、赤絨毯の端に膝をついた。


「久しいな。アイリス(おもて)を上げよ」

「お久しぶりです。皇帝様。皇妃様。―――腕が!」

「ほほほ……少し火傷をしたのよ。大事ないわ」



 面を上げた瞬間、皇妃の白い腕に包帯が巻かれているのに気付き、叫んでしまった。

 皇后は、腕が痛むのか違和感が残る表情を浮かべ、口元に羽飾りが付いた扇を当てた。そして、「大丈夫よ、ご覧なさい?」と痛々しく包帯が巻かれた腕を振って見せた。

 ……痛みに顰める顔から、大丈夫ではないと知れる。

 

 


「皇妃よ、私はアイリスに話があるのだ。アイリスよ、その怪我は妃の不手際で起こった事。自業自得だ、気にするでない。―――それよりも、お前はいくつになったか?」

「はっ? ―――ええと、もうすぐ十一になります」



 そうか、と息を吐き出した皇帝の顔は少し影を帯びた。憂いを帯びた影である。

 しかしその表情は直ぐに戦場を駆けまわった威圧感にかき消され、何故か玉座の側に立つ皇太子へと視線を巡らせると、再びアイリスへと視線を戻し口を開いた。



「アイリスよ、この場にお前を呼んだのは他でも無い。―――お前に、皇太子の側女として仕える事を命ず」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

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