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虹と精霊の仮面舞踏会  作者: まるあ
一章 求めるは真実を視る能力
20/21

湖畔のお茶会はある意味戦場

時を経ても荘厳さを感じる恐ろしいまでの檻を前に、アイリスは服をぼろぼろにしながらも何かに拗ねたように、膝を抱えて座り込んでいた。

 以前、この場に来た時よりも身長は伸びて、スカートから覗く足は白く艶めかしさを感じる程。幼かった顔立ちもやや大人びている。兎耳のように揺れていた金の髪は、今は顎のラインで切りそろえられて耳の上から薄桃の紐で結われている。穏やかに吹き付ける風が、紐の端を揺れさせている。

 風の精霊の声でも聞こえたのか、アイリスは上空を見上げて微笑んだ。

「……服はぼろぼろだけど、けがはしてないよ。大丈夫。今回も檻の魔法を解く事は出来なかったけれど、何とか自分の魔法を防ぐことは出来るようになったから。それにね、水の精霊達が私を助けてくれるようになったの」

 彼女を助けた精霊とは、檻に閉じ込められている竜を守るよう飛び交っている精霊達である。

 習得したばかりで使い慣れない正規の魔法を駆使して、檻の魔法を破壊しようと試みるも、すべて失敗して自分に跳ね返って傷つくアイリスを、初めのうち精霊達は見ているだけだった。

 しかし、アイリスがこの地に降り立つ回を重ねるごとに、精霊達は警戒心を少しずつだが解いてくれた。爆風で吹き飛ぶ彼女を受け止めてくれたり、反射魔法を封じようと使った封印魔法を失敗して自分に返ってきた時も、この場に居る精霊達は彼女を助けてくれたのだ。

 頬を撫でる優しい風の精霊が、アイリスに別れを告げた直ぐ後、耳に心地よい低音ボイスが耳に響く。

「―――水の精霊は心優しいからね。俺みたいにさ」

 不意にアイリスの頭上に影が落ち、見上げれば蒼い髪の精霊が腕を組んで立っていた。人外だからこその妖艶な美貌を持った彼は、その秀麗な口元を弧に描き、組んだ手を解きアイリスへと差し出す。

「今日()ぼろぼろだね。ここ数年ほど、日参してくれるお嬢さんに敬意を表して、お茶会に招待してあげようと思ってきたんだ。狭小な心を持つ王様の忍耐力強化の為にも、招待されてくれるかな? ……ああ、断ったら君の家を木っ端みじんに粉砕するから」

「ヒュドラ、……それって、お誘いじゃなくて脅迫って言うのよ」

「そう? 帰る場所が無くなれば誘いに乗ってくれるだろう?」

 にっこりとほほ笑みながら差し出され続けるヒュドラの手を、アイリスは呆れたため息を吐きながら取った。





 見渡す限り湖、といった湖畔の一角に設けられた茶会の席。

 円形テーブルには三つのカップが湯気を放ち、それぞれの持ち主が口を付けるのを待っている。

「……なぜ、この子供がまた(・・)居るんだ」

 椅子に座りながら苛立ちを含んだ声を落とす黒い精霊。その表情も、苛立ち加減が判るほどに眉間にしわが寄っている。斜め向かいに座るアイリスに対し、すさまじいまでの威圧感を放っている。さすがは精霊界の王を名乗るだけの事はある。普通の女の子ならば、失神しているかもしれない程である。

 以前はこの表情と威圧感に圧倒されたが、招待されるたびに精神力が鍛えられたのか、今はもう慣れてしまった。

 美人は三日で見慣れる、というやつかもしれない。 

「ヒュドラに脅迫されたからに決まってるでしょうが」

「脅迫? 嫌だなあ、日参しても進化しないお嬢さんに敬意を表してあげてるだけだろう? 同時期に魔法の勉強を始めた子は師から離れたのに、嘆かわしいねぇ」

 くっくっと喉を鳴らして笑うヒュドラ。アイリスはその首を絞めたくなった。

「グラティスは私よりも四つも上だからしょうがないの! 十八と十四の脳の許容量は違うのよ!! ……たぶん」

「もう十八なんだね、君の国だと成人の歳だっけ?」

「うん。だから最近は色んな場所に出かけてて、忙しいみたい。人間関係の勉強とか言ってた」

「ふうん? それで最近は金魚の糞をしてないんだ。ちょっと前まで檻に行くと絶対に付き添ってたのにねぇ」

「金魚の糞って……。最近は私も魔法を制御出来るし、お父さんから私の魔力を漂わせない道具を貰ったの。だから、いつまでも一緒に居る必要はないでしょう? ……それに」

 普段は竹を割ったようにきっぱりと言いきる彼女が珍しく言い淀んだ。戸惑う表情がおかしくて、ヒュドラは笑いを隠せない。

「『ある意味、身の危険を感じる』? それとも『グラティスの妻の座を狙う姉さま方が恐ろしい』のどっちかな?」

 心を読む能力を使いアイリスの言い淀んだ言葉を暴露してみれば、彼女は瞠目し、手にしたカップを震わせた。

 ばつが悪そうに視線をずらすアイリスを、意地悪な笑顔を浮かべながら見た後、ヒュドラは斜め向かいで座る仏頂面の王様に話を振ってみた。

「さて、高位精霊の女性に纏わりつかれて困っている王様。何か助言してあげたら?」

「―――諦めろ。満足に魔法を覚える事も出来ないお前の小さな頭では、考えるだけ無駄な時間を費やす」

 間髪いれずに聞こえてきた声に、アイリスは眼を瞠った。

表情をどこかに落としてきたに違いないこの男が、返事をするとは思わなかったのだ。

「うっわー、お互いに酷い事を言ったり思ったりしてるねぇ。……そのどちらにも同意できるから不思議だよ」

 うんうんと首を振っているヒュドラに向かい、アイリスと仏頂面の王様は胡乱な視線を送った後にお互いを視界に入れた。


 最初に鼻を鳴らして口火を切ったのは、アイリスだった。

「グラティスの事はどうでもいいけど、魔法はちゃんと覚えてるんだからね! 魔力も上がったし、制御出来る。その証拠にアナタの名前も判るんだから。―――魔法の名前になってる風の精霊王さん?」

「お前……っ!」

 唸るような声を吐き出しながら立ち上がる仏頂面の王様。いや、彼はもはや仏頂面ではない。般若顔の王様である。

 彼はテーブルをなぎ倒さんばかりの風を湖全体に呼びこみ、端正な口元を歪ませて声を荒げた。

「その首を切り落としてくれる!」

「いつも私を慰めてくれる優しい風精霊と違って、アナタって怒りやすいんだね。……受けて立ってやるわよ! 絶対に名前を呼んでやるんだからっ!!」


 お互いの魔力がぶつかり合い、乱気流ともいえる風を作り出す。

 周囲の木々は乾いた音を立てて、揺れている。時折、地響きが聞こえてくることから、一本や二本は倒れたのかもしれない。

二人はお互いの魔力が作り出した風に押されて徐々に下がり、アイリスは普段は滅多に見せない魔法媒介である杖を持ち、王様は酷薄な笑いを浮かべてお互いに攻撃の機会をうかがっている。

荒い風の中を葉や枝が舞う中、どちらともなく魔法を繰り出した。

「―――周りの風を巻き込み荒れ狂え、エアリエル!」

「クソガキがっ!!」

 エアリエルという自分の名前を使った風魔法を使われ、般若顔が一層深まった。王様―――エアリエルは、迫りくる虹の光彩をまとった風魔法を蹴散らすべく、瞳と同じ黒緑の魔力を片手を突き出して放つ。

 逆回転する風魔法同士が衝突し、接触箇所に閃光と稲妻が迸った。

 幾度もの衝突に耐えきれないように、風魔法が爆風をあげる。巻き上げられた石や枝が礫となって二人に降りそそぐのを、互いに顔をしかめて構える。

 頭を庇ったアイリスの二の腕には枝がかすめたのか服に切れ込みが入り、そこに鮮血が滲む。対するエアリエルの頬にも、端正な顔に似合わない赤い筋が走っていた。

 しかし、彼が顔をしかめながら頬に手を伸ばし血を拭えば、そこには傷痕すら残っていないきめ細やかな肌があった。上級精霊でもあるエアリエルは、かすり傷など一瞬で治るのだ。アイリスは不利な状況であることを察し、心の中で舌打ちをした。

 腕の痛みなど忘れて、アイリスは次の策を練り始める。

(風魔法が効かないなら―――)

 ちらりと周囲を見回せば、たくさんの水を湛えた湖。

(水魔法!)

 湖の水を使っての大きな魔法を使おうと考えた。

「幽玄なる湖の水よ、精霊の頂点に立つ―――」

 次の攻撃が来る前に、エアリエルを湖へと引き込んでやろうと考えた。言葉と共に膨大な魔力を編んで律を声という音で刻んでいた。しかし、半ばでアイリスの口が止まる。

 いや、止められたのだ。口を大きな手で覆われて。

「アイリス」

 しゃらん、と心地よい音を奏でる耳飾りを付けた、その艶を含んだ声の持ち主に。


 アイリスが手の持ち主の顔を拝む為に振り向くと、グラティスが大人びた頬笑みを浮かべていた。なぜか、その榛の瞳は笑っていない。心なしか怒りの焔が見えている。

「手に怪我までして、何をやっているんだい? いきなりアイリスの魔力が膨れたから、何事かと思ったよ」

 グラティスはアイリスに返答を求めているのに、口を塞いだまま周囲を見回した。

 榛の視線が、蒼い髪の精霊が黒髪の精霊を押さえている所で止まる。

「……あの黒いのが、君の手に怪我をさせたの?」

 その視線がやや剣呑な光を浮かべる。

 ビクリとアイリスの肩が揺れた。それを肯定と取ったのか、グラティスはヒュドラに抑えつけられているエアリエルを睨むと低い声を放った。

「そう。……これが人間だったら消せるのに」

 残念だ、と最後はにっこりとするグラティス。あくまでも、その瞳は笑っていないのが不思議であり、器用だとアイリスは思った。


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