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虹と精霊の仮面舞踏会  作者: まるあ
一章 求めるは真実を視る能力
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寂しがり屋の虹

 子供の背丈を隠す程長い葦の群生。

朱色の空が広がり葦の影も随分長い。闇が迫る時間にも関わらず、少女はぬかるむ足場を気にしながら息を殺し隠れていた。

 風で葦が音を立てて揺れると、少女の長い髪も揺れる。こめかみ辺りで二本に縛っている金の髪。少女が動くと兎の耳の様に揺れ動く。

 少女の周りには、先ほど葦を揺らした風を運んだ精霊が集まっている。それは蛍の様に輝く小さな光で、少女に向かい声なき声で、何をしているのかと聞いている。



「静かにしてね。今、草の精霊達とかくれんぼ中なの。私が勝ったら、美味しい木苺の場所を教えてくれるって約束したから。だから今はダメなの。風の精霊達、また今度駆けっこで遊ぼう? 」



 少女は近くを浮遊する草の精霊を指さして教えると、(はしばみ)の瞳を優しく細めながら風の精霊が移動しやすいように、かつ草の精霊達に見つからない様にそっと風魔法を練り始めた。

 魔法を練り始めた少女の瞳の色は魔力に反応して徐々に薄くなり、今は黄金色へと変化している。

 頬を撫でる様な風が少女の手から放たれると、優しげな風に気分を良くした風の精霊達は、またねと歌いながら去って行った。

 同時に、少女から魔力の気配が消え瞳も元の榛へと戻っている。



「今日こそは教えて貰うんだから!」



 少女は息まくと再び屈みこみ、長い影が伸びる葦の群生へと身を隠した。

 風も無い穏やかな夕焼けの下、輝く草の精霊達の光に見つからないよう警戒する少女。背後の葦が、風も無いのに乾いた音を立てながら揺れ動いた。

 怪訝な顔をしながら揺れる葦を見つめる少女。揺れ動く葦は少女を囲うように響き、禍々しい気配を放っている。

 少女が危険を感じると同時に、無数の黒い手がうごめきながら少女の足を捕えた。

 凄い力で引く葦の陰から伸びる無数の手に、少女は引きずられ尻もちをついた。



「―――()ったぁ……!」



 なおも葦の陰に引きずり込もうとする手に抵抗しようと、少女は闇を照らす光の魔法を練る。

 (何なのこの触手みたいな手!)

 少女の瞳が黄金に変わり、手には眩い光の球が輝く。

 魔法律など関係無い、でたらめの少女特有の魔法。少女はそれを気味の悪い手に放った。

 手だけの物から僅かにくぐもった唸り声が上がる。少しはダメージを与えれたみたいだ。

 もう一度、と再び少女の手に球を繰り出そうとした、その時―――



「アイリス? 魔法なんて使って何をしてるの?」



 長い葦を掻き分けながら一人の少年が現れた。

 青年と少年の中間くらいの、少女―――アイリスよりも四つほど上の少年である。

 耳元の装飾で少し束ねてある、肩ほどの茶の髪。

 顔の中心にはスラリと伸びた鼻梁。少しだけ酷薄さを感じさせる薄い唇。

 しかし二重の瞳は優しげに細まり、酷薄さを和らげている。その瞳の色はアイリスと同じ榛色だ。



「グラティス! 助けてっ! 気持ち悪い手が私の足を引っ張るの!」

「ええっ?!」

 アイリスの慌て様に、グラティスは泥水が跳ねるのも気にせず走り寄り、その足を見た。

「……手? 何も無いけど」

「今まで私の足を引っ張って、どこかに連れていこうとしてたの! 凄く気持ち悪い気配だった。本当だよ?」



 ほら、と指さしたアイリスの白い足首は、禍々しい気配を発っする赤い手形が付いている。

 グラティスは目を閉じ、辺りの気配を感じ取ろうと探るが、草の精霊達以外の気配は感じ取れなかった。

 顎に手を当ててやや考えるものの、居ないものはいない。かといって泣きそうなアイリスの顔と、残っている手形から彼女が嘘をついているとは思えなかった。



 グラティスはアイリスを生かすように命令を受けている。故に彼女を害するものを見つけ出して処分しなければいけないが……。

 う~ん、とやや悩みながらも、グラティスは持ち前の面倒臭がりな性格から、考えるのを止めた。



「そうだ、おじさんが呼んでたよ? 大事な話だから直ぐに来いってさ」

「どっちのおじさん? グラティスのおじさん? 私の方の?」

「俺の方の ”おじさん”」



 今の出来事から話を変えるように、グラティスはアイリスの手を引いて立たせようとした。だが、手を掴まれたアイリスは首を横に振り、まだ遊び足りないとダダをこねた。


「ね? グラティスも草の精霊達とのかくれんぼに参戦して? 美味しい木苺の場所を教えてくれるって」

「……しないよ。あっちに友人を待たせてるし。第一さ、アイリスは紋章があるから、この敷地から出られないでしょう? 場所を聞いても無駄だよ」



 アイリスの胸元を指さしながら、淡々と事実を述べるグラティスに苛立ってアイリスは頬を膨らませた。

 貴族達が勉学に勤しむ高学院に通い始めてから、グラティスは遊んでくれなくなった。前はもっと一緒に居てくれて、些細な我がままにも付き合ってくれたのに。

 急いでいるのか、有無を言わせず力強く手を引いて歩き始めるグラティスに、「アイリスをどこに連れていくの?」と草の精霊達が話しかける。



「城だよ。呼んでるのは皇帝サマだからね」



 皇帝様―――この国を統べる者。彼の人はグラティスの伯父であり、アイリスを拾ってくれた人でもある。

 皇帝が領土拡大の為に遠征した際、国境の町にある神殿で瀕死の母親から託された子供だと、アイリス本人は養父母から聞いている。

 アイリス本人が生まれた時期は争いが絶えることなく起こっていた。孤児になった子供はごまんといる。

 皆平等に孤児院に入れられるのが普通なのだが、アイリスの場合は榛の瞳が周囲の精霊を刺激してしまう恐れがあるとかで、精霊に馴染み深く王宮の敷地内に居を構える召喚士長の家に引き取られる事になった。

 精霊がアイリスに悪さをしたり、連れ去ったりしない様にアイリスの胸に、王宮の敷地内から移動できなくする【制限印】を刻むように命じたのも皇帝である。

 アイリスは、見知らぬ拾っただけの子供に優しくしてくれた皇帝を子供心に慕っていた。

 故に皇帝が呼んでいると聞けば、時の如く飛んで行った方が良いというのは判っている。

 ……判っているが、



「今は行かないんだからっ! ……ふふっ! グラティスが私を捕まえれたら考えてあげる!」

「えっ?! ちょっ―――アイリスッ!」



 ちょっとした遊び心と最近冷たいグラティスに対しての反抗心で、小さな手を温かく包む彼をはねのけ、下肢に風魔法をかけて金色の瞳になりながら長い葦の中を駆けだした。

 義父である召喚士長から使い方を習った風魔法は、アイリスの得意とする属性である。

 会得した今は、陣や複雑な言葉を唱える事無く、頭に浮かべるだけで高く跳躍する事ができるし、野生動物並みに速く駆けることもできる。

 もしも捕まりそうになったら、でたらめな光魔法で周囲のの風景を屈折させて隠れればいい。

 それに、そここに居る精霊達も、私の味方だ―――。




 魔法を使った私を、誰も捕まえる事は出来ない。




  

 

 

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