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第15話 涙の理由

――昨夜


ルナを晒し、その収益で豪遊したカップルは悲惨な末路を辿っていた。

会計時

動画は炎上と規制の煽りを受け、収益化は停止。

二人の全預金でも支払いが足りず

一晩中、店の雑用をやらされていたのだ。


ようやく解放された頃には、日は高く昇っていた。


顔だけ見れば女受けが良さそうな金髪の男が

苛立ちを隠そうともせず、石ころを蹴り飛ばした。


「くっそ、こんな時間までコキ使いやがって!」


その隣で、ゆるふわの黒髪にピンクメッシュ

淡いピンクのコートを纏った女・ナナが唇を尖らせた。


「ほんそれ!も~、マジ最悪なんですけどぉ!」




第15話 涙の理由




男の顔色が、すっと変わった。


「は……?」

「どしたん?」

「マジかよ、うそだろ……アカBANされてる!!」

「ま!?」


ナナも慌てて自分のサイトを確認した。


「……あれ?」


一瞬、目を疑った。


「クソが!登録者数100人超えてたってのに、あの女ぜってぇ許さねえ!」


また石ころを蹴り上げ、男はAIに捜索を命じた。

その隣で、ナナの足が止まった。


「どうした?」


「うちの、動画……」


ナナの顔が、ぱっと輝く。


「ねぇ、見て――」


声を掛けようとした、その時だった。


「見ろよ、すげえ騒ぎになってる。このすぐ近くだぜ」


共有画面が空中に展開された。


『――昨夜、旧港町で発生した騒動の映像です』


ナナは息を呑んだ。


身を寄せ合う市民達

その周囲を、爆音を上げ暴走するバイクの群れ

果敢に応戦する警官隊


男は目を輝かせ


「やっべえ、生で見たかったわ~~!」

「これ、ま……?」


だが次の映像に、二人は眉をひそめた。


警官隊の「戻れ!」という必死の制止を無視し

ぼろぼろのコートを羽織った少女が

唄いながらバイクの群れへと歩いていく。

勇敢に護ろうとした警官達が、次々と薙ぎ倒されていった。


「うわっ、最悪だな、この女」

「ね、待って……この子って……」

「ん?」


突然駆け出す少女に、暴走バイクが殺到していく。


「ああ、そうだこいつ、昨日の脳無しじゃねえか!マジか、ヤバ過ぎんだろww」


『警察は現在、この少女が事件に何らかの関与をしていると見て、行方を追っています』


「ねぇ、これマジ?」

「わかんねえけど、ガチじゃね?警察からも追われてやんのwざまぁww」

「だとしたらさ――」


ナナは何かを言い掛けたが、大声に掻き消された。


「あ!ってこた、もうこの辺にはいねぇって事じゃねえか!

あいつ虐めんの、楽しみで頑張ってたってのによぉ、な!?」


ナナは、はにかみ、釣られるように頷きかけたが

次の解説で、動きを止めた。


『たった今情報が入りました。この少女は、数日前から付近で路上生活をしており金銭目的で男性に暴行を加えた事が事件の発端と見られ――』


ナナは、ぽつりと「うそ……」と漏らした。



――わかんない? 完全にお涙頂戴じゃん!



「マジかよヤッバ、俺等も危なかったな、なあ?」



「……どした?」


男が覗き込んでも、ナナは返事をしなかった。



やがて男は「ははぁん?」と顎に親指と人差し指を添えた。


「やっぱお前、イイ女だな」


ナナの肩がビクっと跳ねた。


「そんな、うち――」


だが、男はそれを遮り


「もし襲われて、俺が怪我でもしてたらとか想像したんだろ?」


「え……?」


ナナは目を瞬かせた。


「心配すんなよ、普通に守ってやってたし!」


男は親指で自分を指しながら、キメ顔で言った。


「俺って超イイ男、だろ?」


ナナの顔から、血の気がすうっと引いた。



――うちってば、超イイ女♪



固まるナナ


男は「決まった」と、言わんばかりに踏ん反り返った。


が、突然そのポーズを解き、笑い出した。


「マジか、見ろよ、なんだこいつらw」


再び共有される映像


『なお、拘束された構成員は、現在も錯乱状態にあり――』


警官隊に縋り付くモヒカン達の映像が流れる。


「助けてくれ! ねこ……ねこだ、ねこが居たんだ、信じてくれよ!」

「違う、女だ!女がねこだったんだ!ねこむすめが、何もかも…うぁぁぁ!」

「逃げろ!ここは危険だ!おい、なんとか言え! おい……おい!来るな!たすけ……悪かった……俺が、悪かったあぁぁ!!」


『などと、意味不明な言動を繰り返しており、警察当局は違法薬物による集団幻覚の可能性も視野に捜査を進めています』


『次の話題です。異空間転移の実験について政府は――』


「マジウケルよなw」


愉快そうに手を叩いた。

だが、ナナの反応は真逆だった。


「……ね」

「ん?」


「あの子も…ねこ、連れてなかった?」

「あ? ありゃぬいぐるみだろ」


「でも……」


その時だった。



♪――――――♪



遠くから、掠れた歌声が聞こえて来た。


男の口元がにやりと歪んだ。


「おい、この声……」


だが、言い切るより早く、ナナは駆け出していた。


「おい、待てよ、なぁおい!」


ナナは止まらず、男は舌打ちし


「ったく…ま、俺も気持ちは同じだけどなw」


その後を追った。





さむいね…

おなか すいたね…


わたしがそばで

うたうから……



つらいね…

くるしいね…


ずっと そばに

いるからね……




ナナは言葉を失った。

目の前で唄う少女は


冷たい風が吹く中

血で汚れた素足に、薄いキャミ一枚の姿だったのだ。


痩せたこねこを毛布でくるみ

子守歌でも唄うかのように

白い吐息を立ち昇らせている。



なんで…

ニュースじゃ…

でも、昨日だって、何も……



ナナの唇が動きかけた。その時


「うっひょ~!指名手配犯が唄ってるぜwこりゃぜってえバズる♪」


隣で男が指をパチンと鳴らし、少女に声を掛けた。


「よし、そのまま唄ってろ!今の感じ、めっちゃ使える!」


だが少女は、心ここにあらずといった様子で一切反応を示さず

ただ、白い吐息を吐き続けた。


ナナがぽつりと言った。


「……ねぇ、大丈夫、かな?」


「大丈夫だって! 今度はぜってぇ炎上させねえ! お涙頂戴でいくぜ~♪

鬼寒いのにキャミ一枚で唄う少女! あ、お前こういうの嫌いなんだっけ?」


――鬼寒いだろうけど、頑張ってね~♪


ナナの表情が強張った。


男はそれに気付かず

上機嫌のまま、配信を立ち上げる。


【配信タイトル】極寒の下、肌着で唄う逃走中の少女【実況中】


開始ボタンを押し


「ん?」


浮き出た画面に、にやついた顔が固まった。


【警告】


対象コンテンツは現在「社会不安を煽る自粛対象」に指定されています。

公開した場合、利用規約に基づき**アカウントの永久凍結(BAN)**および、蓄積された全収益の没収が行われる可能性があります。


続行しますか?


「はぁ!?ふっざけんな!ぜってぇバズるってのに!!」


地団駄を踏んだ。


ナナはそれを横目に、ステージを見ていた。




ちいさな からだ

つめ……たいね……


ごめんね

ぬくもり ひとつ……


あげ……られ……なくて……




歌声が、目に見えて掠れていく。

男が舌打ちし


「ひでぇなぁ。どうする?」


ナナは答ない。


「おい、聞いてんだろ!」


肩に手を掛ける。

それでもナナは答えない。


代わりにその瞳が、大きく見開かれた。


男は眉をひそめた。


「お前、まさか……」


何かを調べ始め――凍り付く。


「は? ちょ、おま!これ実況してんのか!?」


だが、再生数はほぼゼロ。


「おい、やめとけよ。なぁ、どうせ稼げやしねえって、今ならまだ――」


跳ね上がっていく、数字。

男の眉に、シワが寄っていく。


一桁

二桁

三桁

息をつく間もなく

四桁――


「は? なんで?? おま、何した!?」


ナナは、一言


「黙って」


男は唖然とし

流れるコメントが、目に飛び込んでは消えていく。


『歌?ひど…なんでこれでトレンド入り?』

『血塗れの歌姫キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!』

『偽物だろ、逃走中にこんなとこで唄わん』

『注目課金アイテムぶっぱでこのクオリティは逆に芸術』

『てかこの配信者、昨日顔晒してた女じゃん』

『マジだw アカBAN覚悟で重課金とかやっぱ低能ww』


男の顔から、みるみる血の気が引いていく。


「は?課金??」


AIに推定金額を聞き――


「20万!?お前、そんな金一体どうした!?」


男はナナの両肩を乱雑に掴んだ。

ナナは、唇を噛みしめ、言った。


「あの子のお金だよ…」


男が、首を傾けた。


「……なんだそりゃ?」


「うちの昨日の動画、多分、無加工だったから…削除されてなくて、それで……」


「はぁ!? その金ありゃ遊べんだろが!」


ナナは、そこで初めて男を睨み返した。


「あの子、あんな恰好で……自分だって凍えてるのに……ねこに、唄ってるんだよ?」


その声は、震えていた。


「……それに、昨日うち――」


男は、信じられないものを見る顔で捲し立てた。


「ばっかじゃねえの!?

色々追われてやべえってのに!

20万も課金とかイカレてんだろ!

アカBAN不可避だぞ!収益なんて見込めねえんだぞ!そもそも――」


「うっさい!!」


ナナの叫びに、男は喉を詰まらせた。


「これ見て、金しか思わん方がよっぽどイカレてる!」


男は口を開いたまま固まり――擦れた歌声だけが響いた。




♪――――――♪




ナナが冷たく言った。


「どいて」


男は大きな舌打ちをした。


「勝手にしろ。俺はもう知らねえからな」


ナナの肩を突き飛ばし

その耳元に口を近付けた。


「低能女が」


苛立った足音が、遠ざかっていく。



ナナは、目に涙を溜め

じっと配信を続けた。




いきて、いて

ほしいのに……



それ、さえ…

かなえて

あげられない……





歌声が掠れていくほどに

止まる足が

増えていった。

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