第8話:泥に咲く花、呪いの残滓(魔王城の決戦) 【アレン】
ホリヨシです! 本当の戦いはここからだ ! (終わりません)
「一緒に生きて帰るんでしょ、アレン」
ドロドロに溶けた黒曜石の床と、燻る業火の熱風の中。
泥と血と煤にまみれたエリスが、無理やりに作った不格好な笑顔で俺を見上げていた。
その瞬間、俺の脳内にずっとこびりついていた『聖剣の声』が、ノイズに掻き消されるように完全に途絶えた。
代わりに流れ込んできたのは、ひどく熱くて、痛くて、泥臭い「俺自身の感情」だった。
俺は、死のうとしていたのか。
この得体の知れない剣の言いなりになって、全部を諦めて、一番守りたかったこいつを後方に置いたまま、勝手に神様になって消えようとしていたのか。
「この大馬鹿野郎! なんでここまで来たんだよ!」
俺は気がつけば、喉が張り裂けんばかりの怒鳴り声を上げていた。それは、エルダ砦で剣を抜いて以来、初めて腹の底から出した「人間の声」だった。
「防衛陣を破壊された程度で、粋がるなよ人間どもォッ!!」
玉座の前で、左腕を消し飛ばされた魔王が鼓膜を破るような咆哮を上げた。
残った右腕に、禍々しい闇の魔力が収束し、巨大な黒い刃となって俺とエリスへ振り下ろされる。
俺は反射的にエリスの前に飛び出し、聖剣を両手で構え、斜め下から跳ね上げた。
――ガァァァァァァンッ!!
世界が揺れた。
今までのように、ただ無尽蔵の光を放出して全てを蒸発させるような戦い方ではない。
足を踏み締め、歯を食いしばり、腕の筋肉を軋ませながら、魔王の凄まじい膂力を「ただの剣士」として正面から受け止める。
「重ぇ……っ! けどな……!」
痛い。苦しい。だが、それがどうした。
背後にはエリスがいる。
俺がここで一歩でも下がれば、彼女が死ぬ。
その明確な恐怖と焦燥感が、俺の心臓を激しく打ち鳴らし、生きる意志を爆発させていた。
「俺は、こいつと一緒に生きて帰るんだよッ!!」
「ハァァァァッ!!」
俺は刃を滑らせて魔王の巨剣をいなし、懐へと深く踏み込んだ。
神様の作った結界なんかに頼らない。バルガスさんに叩き込まれた、泥臭い帝国軍の歩兵の剣術。
聖剣の圧倒的な光を刃の極小の範囲にのみ圧縮し、魔王の分厚い装甲の隙間――黒い心臓が脈打つ胸の急所へと、真っ直ぐに突きを入れる。
「ガ、ァ……ッ!?」
白銀の刃が、魔王の胸を深々と貫いた。
圧縮された光が魔王の体内で爆発し、黒い血が噴水のように玉座の間を汚す。
致命傷。誰の目にも明らかな、大戦役の終結を告げる一撃だった。
「見事だ、忌まわしき光の器よ」
だが、胸を貫かれたまま、魔王は血反吐を吐きながら嗤った。
その六つの赤い瞳が、俺ではなく、俺の背後で膝をついているエリスをねっとりと見据える。
「我を討つことは定まっていた運命。
だが、その過程を歪め、貴様をただの人間に引き戻したあの小娘の業火……あれは、我々の計画にはなかった『泥』だ」
「何を……っ!」
俺は嫌な予感に背筋を凍らせ、剣を引き抜こうとした。
だが、魔王の巨大な右手が聖剣の刀身を素手で握りしめ、俺を逃がさない。
「世界を救う神の剣に、人間らしい執着など不要! 貴様は、その泥に足を取られて永遠に苦しむがいい!」
魔王の残された全生命力が、どす黒い『呪い』の塊となってその口から吐き出された。
標的は俺ではない。魔王の視線の先――魔力枯渇で動けないエリスだ。
「エリス!!」
俺は聖剣から手を離し、彼女を庇おうと振り返って手を伸ばした。
だが、呪いの黒い瘴気は俺の体をすり抜け、真っ直ぐにエリスの胸へと吸い込まれていった。
「あ」
エリスの口から、間の抜けた小さな声が漏れた。
彼女の胸元に、禍々しい茨のような黒い痣が浮かび上がり、それが瞬く間に彼女の首筋、そして頬へと這い上がっていく。
「アレン……なんだか、すごく、寒」
彼女はそのまま糸が切れたように前へ崩れ落ちた。
俺は血塗れの床に滑り込み、間一髪でその細い体を抱きとめる。
冷たい。
氷のように冷たかった。
彼女の体内で燃え盛っていたはずの強大なマナが、あの呪いの痣によって完全に凍結させられ、生命力ごと喰い荒らされようとしている。
「ははっ、はははははっ!!」
背後で、魔王が崩れ落ちながら狂ったように笑っていた。
「それは『永久凍土の呪縛』。
いかなる神の光でも癒せぬ、魂の封印だ!
英雄よ、せいぜいその空っぽの腕に泥を抱いて、絶望の中で生き続けるがいい」
ズォォォン……!
魔王の巨体が完全に崩れ去り、光の塵となって消滅した。
後に残されたのは、主を失って床に転がる聖剣と、薄暗い玉座の間。
そして、俺の腕の中で、死者のように冷たくなっていく幼馴染だけだった。
「エリス……エリス! おい、嘘だろ、目を開けろよ!」
俺は彼女の頬を叩き、何度も名前を呼んだ。
だが、エリスの目は固く閉じられたまま、微かな寝息を立てるだけで一切の反応を示さない。
呪いの痣は、彼女の命をゆっくりと、だが確実に削り取っている。このままでは、彼女が死ぬのは時間の問題だった。
『魔王は討たれた。お前の役目は終わったのだ、我が主よ。世界は救われた』
床に転がる聖剣が、ひどく事務的な、無感情な声を脳内に響かせる。
俺はギリッと奥歯を噛み締め、その白銀の剣を力任せに蹴り飛ばした。
ガラン、と無様な音を立てて、世界を救った最強の兵器が玉座の隅に転がる。
「ふざけるな……。俺の世界は、まだ救われちゃいない」
俺はエリスの冷たい体をしっかりと抱きかかえ、ゆっくりと立ち上がった。
帝国暦842年12月。
大戦役は終わり、歴史書には「英雄アレンによって魔王は討たれ、世界に平和が訪れた」と記されるだろう。
だが、俺の本当の戦いは、ここから始まるのだ。
英雄というくだらない肩書きを捨ててでも。神の奇跡に背を向けてでも。
俺は絶対に、この泥だらけの幼馴染を救い出してみせる。
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「ははっ、はははははっ!!」
背後で、魔王が崩れ落ちながら狂ったように笑っていた。
「それは『永久凍土の呪縛』。
いかなる神の光でも癒せぬ、魂の封印だ!
英雄よ、せいぜいその空っぽの腕に泥を抱いて、絶望の中で生き続け」
ズォォォン……!
魔王の巨体が完全に崩れ去り、光の塵となって消滅した。
後に残されたのは、主を失って床に転がる聖剣と、薄暗い玉座の間。
そして、俺の腕の中で、死者のように冷たくなっていく幼馴染だけだった。
「エリス……エリス! おい、嘘だろ、目を開けろよ!」
俺は彼女の頬を叩き、何度も名前を呼んだ。
だが、エリスの目は固く閉じられたまま、微かな寝息を立てるだけで一切の反応を示さない。
呪いの痣は、彼女の命をゆっくりと、だが確実に削り取っている。このままでは、彼女が死ぬのは時間の問題だった。
『魔王は討たれた。お前の役目は終わったのだ、我が主よ。世界は救われた』
床に転がる聖剣が、ひどく事務的な、無感情な声を脳内に響かせる。
俺はギリッと奥歯を噛み締め、その白銀の剣を力任せに蹴り飛ばした。
ガラン、と無様な音を立てて、世界を救った最強の兵器が玉座の隅に転がる。
「ふざけるな……。俺の世界は、まだ救われちゃいない」
俺はエリスの冷たい体をしっかりと抱き抱え、ゆっくりと立ち上がった。
帝国暦842年12月。
大戦役は終わり、歴史書には「英雄アレンによって魔王は討たれ、世界に平和が訪れた」と記されるだろう。
だが、俺の本当の戦いは、ここから始まるのだ。
英雄というくだらない肩書きを捨ててでも。神の奇跡に背を向けてでも。
俺は絶対に、この泥だらけの幼馴染を救い出してみせる。




