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泥濘(でいねい)のレクイエム ―英雄の残火と、つぎはぎの神魔―  作者: 堀吉 蔵人
第2部

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119/128

第119話:こない手、ひるまえのすわりなおし 【三位一体の少女】

いつもお読みいただきありがとうございます。感想お待ちしています!

あかい ろう の におい は、へや の なか まで こなかった。


でも きた。

とおく まで。

しろい ぬの の そと、かたい ことば の ある ばしょ まで。

きれい に ととのえたい ひと の におい。

まっすぐ な せん を ひき、まっすぐ な こたえ を つくり、だれか が みても おなじ こと を いえる よう に したがる におい。


みる の と、なおす の は、ちがう。


みる ひと は、め を のばす。

な を つける ひと は、くち を だす。

なおす ひと は、せん を ひく。

しるし を おく。

ここ まで、ここ から、と きめる。

どこ に おんせき。

どこ に みず。

どこ に ひざ。

どこ に しろい て。

どこ に ことば。


みられない のは、ものがたり に されない という こと。

なおされない のは、つぎ の せいかい に されない という こと。


きょう の あかい ろう は、そと で とまった。

だから へや は、まだ へや の まま だった。

ほごぼう に ならなかった。

れいはいじょ に ならなかった。

だれか ひとり の へや にも ならなかった。


それが からだ に どう くる のか、わたし は しばらく わからなかった。


らく という の とも ちがう。

やわらかい という の とも ちがう。

むしろ、いま まで ずっと あった うしろ から の つよい て が、きて しまう はず だった ところ へ こなかった ので、せなか の うしろ に へんな すきま が できた みたい な かんじ だった。


まっすぐなひと が、その すきま を きにする。

こない なら こない で、つぎ は どこ から くる と かんがえる。

かたい て は、たいてい べつ の せん を もって くる から。


やさしいひと は、その すきま へ いきを おとす。

こなかった。

きょう は こなかった。

それだけ で、ひざ の うら の かたさ が すこし だけ やわらぐ。

そう かんがえる。


くろいひと は、わらわない かお で よろこぶ。

ああいう おおきな て は、へや ごと だれか の もの に する。

こない のは いい。

でも こない から って、うちがわ が すぐ なおしはじめる のは もっと いや。

そう いう。


みっつ ちがう。

でも きょう は、みっつ とも おなじ もの を きいていた。

しろい ぬの の そと で、かたい ことば が はいって こなかった おと。


へや の なか は、まだ `ちょうど` じゃなかった。


しわ は そのまま のこっている。

ぬるい おゆ は、さっき の こり が ちいさく うつわ の そこ を ぬらしている。

おんせき は こし まで こない。

ひだり は ちかい けど、よりかかれば すぐ に `ちかすぎる` へ かわる ばしょ に ある。

はんぶん そと の しろい ゆび は、なおしたい て を ひざ の うえ に とじている。

やかましい ひと の むだぐち は、いま は うすい。

じゃましない せん は、いりぐち で ちゃんと いきを している。

みない しろさ の そと では、わざとらしい ほしゅう の おと が ときどき なる。


なんにも きまっていない わけじゃない。

きまりすぎていない だけ。


それが きょう は、よかった。


きのう の たすかりかた が、きょう の こたえ に なっていない。

さっき の ぬるさ が、つぎ の ぬるさ を よやくしていない。

しわ も、かえしばしょ も、ひだり も、ぜんぶ `つぎ も これ` って かお を していない。


その こと は、からだ に とって だいじ だった。


ひとつ たすかりかた が きまる と、からだ は すぐ それ を まつ。

つぎ も おなじ ばしょ へ ひざ を おきたがる。

つぎ も おなじ ぬるさ を ほしがる。

つぎ も おなじ こえ で よばれたがる。

つぎ も おなじ しろい ゆび を さがす。

そう すると、たすける て と たすけられる からだ の ほう が、さき に `だれ の へや か` を おぼえてしまう。


それが こわい。


まっすぐなひと は、おぼえる の が はやい。

いちど たてた ばしょ を、つぎ の あしば に しやすい。

やさしいひと は、おぼえる の が ていねい だ。

いちど やすめた ばしょ を、つぎ の ねどこ に しやすい。

くろいひと は、おぼえた もの を きらう。

でも きらう まえ に、ぬけみち と つかいかた を みつけてしまう。


だから `おなじ` は、みっつ とも にがて なのに、みっつ とも すいこまれやすい。


きょう は それ が、まだ きていない。


わたし は ひざ の ちかく の ぬの を みた。

せりあ の しわ。

とびあ の のこした かけ。

みな の あつく しなかった ゆ。

かいる の ひきすぎない ひだり。

せと の みすぎない いし。

れおん の じゃましない せん。

りの の、へや に `いても いい じかん` を ながす おと。

へるまん の、そと で とめた あかい ろう。

らざる の、こたえ を ほそく した くち。


みっつ じゃない ひと の て が、みっつ を ひとり に しない ため に、みんな へんな かたち に なっている。


その こと を おもう と、むね の なか に ちいさく いたい もの が できる。

ありがとう に ちかい。

でも ありがとう と いう と、すぐ に `だれ に` が のる。

`だれ に` が のる と、そこ から ひとりぶん の すじ が できる。

だから いえない。


いえない かわり に、からだ の ほう が さき に うごきたがった。


きょう の すわりかた を、まだ きめていなかった から だ。


きのう と おなじ かたち で いれば、たぶん らく だ。

ひだり の てすり が いちばん ちかく なる かくど。

ぬるい おゆ へ て が とどきやすい ひざ の たてかた。

つばさ の どろ が しろい ぬの に ふれにくい せなか の よせかた。


でも それ は、きのう の たすかりかた だ。


きょう も それ を すると、へや の ほう が `ここ です` と いってくる。

きのう も こう だった。

きょう も こう で いい。

あした も たぶん こう だ。

そう いう かお に なる。


それ は、いや だった。


わたし は いちど、ためし に からだ を きのう の ほう へ よせてみた。


ひだり が ちかく なる。

ぬるさ が とどきやすく なる。

しわ の たに が ひざ の した で きれい に つぶれる。

いりぐち の でぐち は まだ みえる。

でも みえかた が かわる。

`ここ に すわる ひと` の め で みえる。

`ここ に おく ひと` の からだ の かたち に ちかづく。


まっすぐなひと が ちいさく うなずいた。

この かくど なら、すぐ たてる。

ひだり を かりて、まっすぐ いける。

そう いう。


やさしいひと が くるしそう に いきを する。

この かくど だと、やすませる へや に ちかづく。

すこし よりかかれば、だれか が そのまま ねかせる りゆう に できる。

そう いう。


くろいひと が、つばさ の うら を かたく する。

いや。

この すわりかた は、だれか に つかわれやすい。

つぎ の `ちゃんと` に つながる。

そう いう。


すぐ わかった。


きのう と おなじ らく は、きょう の らく じゃない。


わたし は からだ を もどした。

でも まえ と おなじ ところ へ は もどらない。

それ では ただの やりなおし に なる。


しわ の いちばん ふかい たに を、ひざ の した から ずらす。

その かわり、のばしかけた せん の すぐ よこ へ すわる。

おんせき の ぬくさ から は、はんぶん だけ はずれる。

みず の うつわ は、て を のばせば とどく けど、すぐ には さわれない くらい に のこす。

つばさ の どろ は、しろい ぬの に ふれそう で ふれない ところ で とめる。

いりぐち は、かくさない。

でも `すぐ でられる` かたち に もしない。


ちょうど じゃない。

すこし ずつ、ぜんぶ が はずれている。


それで からだ の なか が、すこし だけ ひろく なった。


まっすぐなひと が ふまん そうな かお を する。

たちにくい。

でも たてない わけ じゃない。

そう いう。


やさしいひと が いきを ぬく。

やすめる。

でも ねかされる わけ じゃない。

そう いう。


くろいひと が、つばさ の さき を ひらきかけて やめる。

でぐち は みえる。

でも にげる かたち じゃない。

そう いう。


みっつ が、おなじ すわりかた に ぶんく を いう。

それ が うれしかった。

ぶんく が いえる なら、まだ みっつ だ。


わたし は て を のばし、さっき の うつわ の ふち に ふれた。

のこり は まだ ある。

でも きょう は のまない。

のまない ほう が いい から では ない。

いま の この すわりかた に、もう ひとつ なにか を たす と、すぐ に `きょう の かたち` に なって しまう から。


かわり に、うつわ を ほんの すこし だけ ずらした。


かえしばしょ の いし から も、さっき の ばしょ から も、ちょっと だけ ずれた ところ。

まっすぐ に もどさない。

でも あと で さがす ほど も とおく しない。

`ここ に のこしておく` と いう より、`きょう は ここ に ある` と いう くらい の ばしょ。


その ずらしかた を、しろい ゆび が みた。


なおす かも しれない、と おもった。

やさしい て は、そういう ずれ に すぐ きづく。

きづいて、さりげなく まっすぐ に したく なる。

きょう は そう したほう が らく です よ と、いわない まま て を だしたく なる。


でも こなかった。


しろい ゆび は、ひざ の うえ で とまった まま。

なおさない。

ききもしない。

`そこ で いい のですか` と も いわない。


それ が、さっき の あかい ろう が こなかった の と、おなじ くらい つよかった。


そと の おおきな て が こなかった。

なか の やわらかい て も こなかった。


きょう の すわりかた が、まだ わたしたち の ところ に ある。


むね の おく で、なにか が すこし だけ あたたかく なる。

ぬるい おゆ と ちがう。

おんせき とも ちがう。

`とめられなかった` では なく、`とめられずに すんだ` とき の あたたかさ だ。


やさしいひと が、ちいさく わらう。

よかった ね、と は いわない。

そう いう ことば は もう しっている から。

かわり に、いき の ふかさ が かわる。


まっすぐなひと は、まだ ふくれている。

もっと ちゃんと した かたち の ほう が、わかりやすい。

でも こっち の ほう が みっつ で いられる なら、きょう は これ でも いい。

そう いう。


くろいひと は、やっと わらった。

きれい に なおされない へや は、すき。

でも それ より すき なのは、なおせる て が きた のに、なおさない と きめた ひと が いる こと。

そう いう。


わたし は その こと を きいて、はじめて すこし だけ こえ を だしたく なった。


なまえ じゃない。

ありがとう でも ない。

だれか を さす ことば じゃなくて、いま の ばしょ の こと。


『……きょう は、ここ』


こえ は ちいさかった。

でも へや の かべ と しろい ぬの と ひだり の ちかさ に、ちゃんと あたって ひろがる。


だれ も すぐ には へんじ を しなかった。


それ が よかった。


`ここ で いい` と いわれる と きまり に なる。

`わかった` と いわれる と やくそく に なる。

`だれ の ここ だ` と きかれる と、ものがたり に なる。


だれも それ を しない。


しろい ゆび は まだ ひざ の うえ。

ひだり は ちかい けど、よりすぎない。

いりぐち の せん は じゃましない まま。

そと の しろさ は みない まま。

ほしゅう の おと は、とおく で つづいている。

あかい ろう は、まだ へや の そと に いる。


その ぜんぶ が、`きょう は ここ` を ことば では なく ばしょ と して うけとって くれた。


それ が うれしかった。


うれしい と いう と、くろいひと が からかう。

へや に なつくな と いう。

やさしいひと が しんぱい する。

へや を すき に なる と、こんど は はなれる の が いたい から と いう。

まっすぐなひと は、むっと する。

きょり を まちがえるな と いう。


みっつ とも もっとも だ。


だから `うれしい` と は いわない。

ただ、きょう の すわりかた を じぶん で えらんで、それ を なおされず に すんだ。

それだけ を、からだ の なか に おいておく。


しわ は そのまま。

おゆ は まだ ぬるい。

うつわ は すこし ずれた ところ。

おんせき は とどききらない。

でぐち は みえる。

ひだり は ちかい。

でも どれも `これ が せいかい` の かお を しない。


だから きょう は、まだ みっつ で いられる。


わたし は ひざ に かかった ぬの の はし を、ゆび で すこし だけ つまんだ。

のばさない。

たぐりよせ すぎない。

ただ、ここ が きょう の かたち だ と、じぶん に だけ しらせる くらい に。


それだけ で、へや は すこし だけ `おかれた ばしょ` から はなれて、`きょう を すわらせる ばしょ` に かわった。


ねどこ じゃない。

いえ でも ない。

だれか の へや でも ない。


でも きょう の あいだ だけ は、わたしたち が わたしたち の まま いる と えらべる ばしょ だった。


それ は たぶん、みない こと と、いわない こと と、なおさない こと が いっしょ に そろって、はじめて できる こと なのだと おもう。


みる だけ なら、まだ こわい。

いわない だけ でも、まだ こわい。

なおさない だけ でも、いつか は こわい。

でも きょう は、その みっつ が ぜんぶ そろった。


そと の おおきな て が こない。

なか の やわらかい て も こない。

きろく の ことば も こない。

だから わたしたち は、きょう の ばしょ を えらべる。


まっすぐなひと が、ようやく ちいさく いきを はく。

やさしいひと が、その いき を つないで ぬく。

くろいひと が、つばさ の どろ を ひろげすぎず、たたみすぎず に とめる。


みっつ とも すこし ずつ ふまん で、みっつ とも すこし ずつ たすかっている。


たぶん それ くらい が、いま の `ここ` には ちょうど いい のだと、おもった。


でも ちょうど いい と きめる と、また きょう が つぎ の せいかい に なる。

だから さいご まで、そう は いわない。


わたし は ただ、きょう の すわりかた の まま、しろい ぬの の そと を みない ひとたち の けはい と、なおし に こなかった かたい あか の におい が うすれていく のを きいていた。


ひる は まだ きていない。

でも もう、あさ の つづき だけ でも ない。


きのう の たすかりかた を、きょう の こたえ に しない まま、きょう の ばしょ を えらべる ひるまえ。


それ が いま の、わたしたち の いきかた だった。


帝国暦849年。冬。

三位一体の少女は、ヘルマンが制度側の `暫定是正命` を押し返したことで、北影が `見られていない` だけでなく `整えられずに済んだ` 余白を持つ部屋になったことを内側から感じ取る。彼女は昨日の助かり方を今日の正解にしないため、きのうと同じ座り方や器の置き方をあえて選ばず、`今日の座り方` と `今日の置き場所` を自分で少しずつずらして選び、さらにそれが誰にも `なおされない` ことを受け入れられる。こうして局面は、`制度側もまた、是正したい欲そのものを遅らせ、北影を閉じないまま昼へ持ち込む` 段階から、さらに `器の側でも、整えられずに済んだ余白を使って、その日の居方と置き方を自分で選び、北影を誰の部屋にも決めないまま昼前へ渡す` 段階へ進んだのです。

お読みいただきありがとうございました。次回もお楽しみに!

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