第10話:泥に塗れた王冠(終戦と消失) 【ゼクス】
ホリヨシです!
初投稿から一週間が過ぎました。
お楽しみいただけているでしょうか?
「馬鹿な……あり得ない!
徹底的に周辺を捜索しろ! 穴という穴をすべて掘り返せ!!」
王都に設けられた大本営の作戦会議室。
普段はふんぞり返って安全な場所から駒を動かしているだけの恰幅の良い将軍たちが、顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていた。
分厚い絨毯の上には、前線から届けられた報告書が吹雪のように散乱している。
帝国暦843年1月。
魔王城が陥落し、大戦役が終結してから一ヶ月。
帝国中が勝利の喜びに沸き返り、毎夜のように祝賀の鐘が鳴らされているというのに、軍の最高指導部だけはお通夜のような、いや、それ以上にヒステリックな絶望に包まれていた。
「なぜだ! なぜ『聖剣』だけが玉座に転がっている!?
魔王の死体は確認したのだろう! ならば、なぜあいつは剣を置いて消えた!」
「英雄殿だけではない!
後方支援部隊の宮廷魔術師、エリスも行方不明だ!
彼女の部下たちの証言によれば、決戦前夜に単独で魔王城へ向かったと」
「ええい、たかが魔術師一人などどうでもいい!英雄だ!
神の使いであるアレンが戻らなければ、我々が民衆をどうやって統治していくというのだ!」
部屋の隅、濃い影に溶け込みながら、私は将軍たちの醜い喚き声を極上の音楽として楽しんでいた。
滑稽だ。
本当に、腹の底から笑いが込み上げてくるのを堪えるのに必死だった。
連中は、自分たちが作り上げた「都合の良い神様」が、まさか自分たちの手から逃げ出すなどとは微塵も考えていなかったのだ。
魔王と相打ちになって死ぬか、あるいは大人しく王都へ凱旋して操り人形の玉座に座るか。
その二つしかシナリオを用意していなかった彼らにとって、圧倒的な力である『聖剣』をゴミのように投げ捨てて失踪するという結末は、完全に理解の範疇を超えていた。
(……くっ、はははっ。やってくれたな、宮廷魔術師殿)
私は腕を組み、密かに口角を吊り上げた。
あの日、オースの街で手に入れた『光塊反転の法』の羊皮紙。それを、狂信者だらけの陣営の中で唯一「まともな人間の目」をしていたあの小娘に託した、私の気まぐれ。
あの娘は、私の期待をはるかに超える狂気でそれに応えてみせたのだ。
前線の猟犬たちから集めた情報によれば、魔王城の玉座の間は、致死の陣形ごと超高熱の業火で跡形もなく焼き尽くされていたという。
そして、雪の荒野には、魔王領のさらに奥地、誰も足を踏み入れない死の極寒地帯へと向かう、不格好な「二人分の足跡」が残されていたと。
あの馬鹿げた英雄は、神様になることをやめたのだ。
世界の救済だの、人類の希望だのという綺麗で重たすぎる冠をあっさりと捨て、たった一人の幼馴染を抱えて、泥の底を這いずる「人間」に戻った。
「長官。いかがいたしましょうか」
怒号が飛び交う中、私は静かに情報局の長官の背後に歩み寄り、感情を殺した声で尋ねた。
「歴史書には、どう記載しますか? 『英雄アレンは魔王討伐後、女と駆け落ちして失踪した』とでも?」
「馬鹿を言え!!」
長官は血走った目で私を睨みつけた。
「そんな事実が公になれば、帝国の威信は丸潰れだ!
……記録にはこう残せ。
英雄アレンは魔王と激しい一騎討ちの末、深手を負いながらも相打ちとなり、その尊い命を世界のために捧げた、と。聖剣は彼が命を賭して遺した、我が帝国の永遠の至宝である、とな!!」
「御意に」
私は深く頭を下げ、皮肉の笑みを完全に隠し通した。
かくして、帝国暦842年の大戦役は幕を閉じた。
表の歴史では、英雄は美しく散ったことになっている。バルガスという老兵だけが、「あいつはどこかで生きている」と周囲にこぼしているらしいが、狂人の戯言として処理されるだろう。
私は会議室を後にし、夜の王都を見下ろすバルコニーに出た。
凍てつくような冬の夜空の下、民衆は「死んだ神様」を讃えて熱狂的な祝杯を上げている。
だが、その光の届かない遥か彼方、死の荒野のどこかで、泥と雪にまみれた本物の馬鹿二人が、今も必死に足掻いているはずだ。
「せいぜい泥水をすすって、生き延びてみせろよ。元・英雄様」
私は誰に聞こえるでもなく呟き、手にした安酒の入ったスキットルを、遠い北の空に向かって軽く掲げた。
世界から神様がいなくなり、泥臭い人間の時代が戻ってきた。
その事実だけが、今の私にとって唯一の救いだった。
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今回で第一章は完結となります。
が、まだまだ続きます。
では、第二章でまたお会いしましょう!




