最悪の裏切り者
「俺はさ。金のために傭兵をやっているんだ」
それが君の口癖だった。
「だからよ。俺は利に目敏いし、損をすると思ったらすぐに裏切るさ」
雇い主である私にあっけらかんと言い放つ。
「だから裏切られたくなきゃ、精々金払いはよくしてくれよ? お嬢様」
実際、君は私を何度か裏切った。
だけどそれはあくまで傭兵家業故だ。
私は君を恨んだことなんて一度もない。
「へえ。こないだ斬りかかったってのに、よく俺をまた雇ってくれたな」
意外そうな顔をする君に私は告げた。
「情なんて曖昧なものを私は信じるつもりはない。結局のところ金という確かなもので雇っていた方が確実なの」
君は肩を竦める。
「女だってのにえらく冷たいな。女ってのは愛を信じるロマンチストばかりだと思っていたが……」
「全ての女が愛に飢えているとでも?」
「可愛げないな」
冷たい言葉に君は笑う。
「ま、俺は好きだけどな。あんたみたいなの」
「それはどうも」
私は君の裏切りを常に見越してお金を渡していた。
事実、君は私の予想通りの動きをしてくれることが多かった。
だからこそ私としては嬉しかった。
なにせ、どんな状況でも必ず生還する傭兵ってのは実に価値のあるものだから――。
***
「ねえ、聞こえる?」
私は君が好きだった酒を開ける。
漂う香りは君と同じだ。
まったく、馬鹿みたいに酒ばかり飲んで。
「良くも裏切ってくれたね」
君は答えない。
「絶対に裏切って欲しくないタイミングで……この大馬鹿」
君と私はもう会話が出来ない。
死者と生者が話すことは不可能だから。
「聞いたよ。君の奮戦っぷり――一瞬でも長く時間を稼ごうとしたって」
君は私を逃すために足止めを買った。
君の事だから適当なタイミングで逃げるとばかり私は信じていた。
――その期待を君はあっさり裏切った。
「まったく。そこまでの金なんて受け取ってなかったでしょうに」
私はくすりと笑って墓に酒をふりかけた。
「これだから情で動く人って嫌いなの」
私の言葉が墓の下で安らかに眠る君に届けと思わずにはいられなかった。