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神の手と悪魔の唾液  作者: 横山晋朋
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13. 捜査令状

ほぼ事実に基づいていますが、一部創作があります。

現役医師による小説は面白いか?

田所が、その情報を頭の中で反芻していた、まさにその時だった。会議室の内線電話が、けたたましく鳴り響いた。事務部長が取ると、その顔がこわばる。

「院長…。玄関の総合受付からです。万田署の刑事が、複数名、捜査目的で来院された、とのことです」

もう、着いたのか。その行動の早さに、田所は相手の強い意図を感じ取った。 彼は、一瞬だけ目を閉じて思考を巡らせた。まだ、こちらには正確な情報が何もない。この状態で、捜査員を院内に自由に入れるのは、他の患者に無用な混乱を招くだけだ。

「…わかった。まだ当方としても、事態がまったく呑み込めていない。その旨を伝え、まずは私の部屋に来ていただくよう、丁寧にご案内しろ」

田所は、そう指示を出した。これは、時間稼ぎであると同時に、相手の出方と、事件の輪郭を、この院長室というコントロール可能な空間で、まず見極めるための、防御的な一手に他ならなかった。


数分後、院長室の重厚なドアの外から、複数の足音が響いてきた。それは、革靴が床を叩く、硬く、統率の取れた音だった。まるで軍隊の行進を連想させるその音は、ドアの前でぴたりと止まった。 案内係の職員が、ドアノブに手をかけようとした、その時だった。ほとんど同時に、ドアが何の遠慮もなく、勢いよく開け放たれた。

挿絵(By みてみん)

室内にいた田所院長をはじめとする病院幹部たちは、その侵入者の威圧感に、一斉に椅子から立ち上がった。誰もが、驚愕の表情を浮かべている。 集団の先頭に立って部屋に入ってきたのは、あの黒木と名乗った刑事だった。

「性被害を受けたとされる方からの通報に基づき、参りました。この病院内で犯罪が発生しているようですので、これより捜査を開始します」

黒木は、早口で、しかし一言一句が聞き取れる明瞭さでそう言うと、室内の全員を見下すように一瞥した。

「私は、所轄万田署の刑事、黒木と申します」

彼は、儀礼的な挨拶を終えるや否や、田所院長の目の前まで進み出ると、懐から折り畳まれた書状を取り出し、突き付けた。捜査令状だった。


田所は、まるで教師に厳しい叱責を受ける子供のように、硬直していた。彼は、震える右手で眼鏡の縁を押し上げ、令状に印刷された、冷たい活字に目を落とした。その公式な文書が持つ絶対的な強制力が、病院側のいかなる弁明も、初期段階で封殺していた。


その、院長と刑事の息詰まる対峙の陰で、一人の人物が、静かに、しかし素早く動いていた。舟越師長だった。 彼女は、深く頭を下げ、恐縮しているかのようなポーズをとりながら、誰にも気づかれぬよう、するりと輪の中から抜け出した。その足取りは、まるでその場から逃げるかのようだったが、その目的は全く逆だった。


舟越は、院長室の外にある秘書のデスクまでたどり着くと、わしづかみにするように電話の受話器を取り上げた。そして、内線で四階のナースステーションを呼び出す。電話に出た、外科病棟の佐藤主任ナースに対し、舟越は切迫した声で、しかし要点だけを的確に伝えた。

「佐藤さん、よく聞いて。今、警察が院内に来ています。性被害事件の通報があった、と。捜査令状も持っている」

一瞬の沈黙の後、彼女は核心に触れる質問をした。

「原因は、おそらく四〇八号室の倉科さんではないかと、私は考えているの。彼女の術後せん妄について、何か気になる点はなかった? 誰かに、連絡を取ったりするような素振りは」


電話の向こうで、佐藤主任が息を呑む気配がした。

「……舟越師長。おっしゃる通りかもしれません。倉科さんですが、先ほど、---電話をかけたいので、スマートフォンを貸してほしい---と言われ、渡すと誰かにメールをしていたようです。それを担当の看護師が目撃しています。せん妄状態でしたので、会話が成立していたかは不明ですが…。その可能性は、十分に考えられます」


その答えを聞き、舟越の中で、バラバラだったパズルのピースが、一つの歪んだ絵として、はっきりと形を結んだ。


2016年に起きた乳腺外科医の冤罪をベースにしたノベルです。

この小説の中に現れる、人名、団体名、施設名は全てフィクションです。

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