第九十五話 君へのプレゼント
『光道グループ雑貨部門・共同プロジェクト』は、僕らが想像していた以上に、順調に進んでいた。
幸葵さんが描いてくれた、星空をモチーフにしたパッケージデザインは、大人たちからも大絶賛だった。
美褒と希望も、学校で「宣伝隊長」を名乗り、涼風祭の時以上にクラスメイトたちを巻き込んで、僕らのプロジェクトを応援してくれている。
「――というわけで、来週には、試作品の第一号が完成するみたい」
土曜日の書斎。
優愛が、嬉しそうに報告する。
僕らのアイデアが、ついに、現実の「商品」という形になる。その事実に、僕の胸も高鳴っていた。
「すごいな……!」
「うん。本当に、すごい。……なんだか、夢みたいだね」
二人で顔を見合わせて、笑い合う。
最近、僕らはこうして、同じ目標に向かって、同じ気持ちを分か-ち合うことが、当たり前になっていた。
それが、たまらなく嬉しくて、心地よかった。
「……そうだ」
ふと、僕は何かを思い出し、机の引き出しから、小さな紙袋を取り出した。
「これ、優愛に」
「え? なに?」
僕が差し出した紙袋を、彼女は不思議そうに受け取る。
中から出てきたのは、小さな、ベルベットの小箱。
「……開けて、みて」
僕の、少しだけ緊張した声。
優愛は、ごくりと唾を飲み込むと、おそるおそる、その小箱の蓋を開けた。
「……あ」
彼女の、小さな吐息が、静かな書斎に響く。
箱の中に入っていたのは、あの日の、雑貨屋で。
彼女が「綺麗」だと、見つめていた、小さな星のモチーフがついた、華奢なブレスレットだった。
「これ……!」
「……うん。あの時、優愛、すごく欲しそうだったから」
実は、あの一週間後。僕は一人で、もう一度あの雑貨屋に行っていたのだ。
自分のなけなしのお小遣いを、全部はたいて。
「……でも、なんで、今?」
驚きと、喜びと、戸惑いが混ざったような瞳で、優愛が僕の顔を見る。
「……言っただろ? プロジェクトが成功したら、お祝いしようって」
僕は、少しだけ照れながら、言った。
「でも、まだ、成功したわけじゃない。だから、これは、その……なんだ。お守り、みたいな」
僕の、不器用な言い訳。
でも、優愛には、僕の本当の気持ちが、ちゃんと伝わっているようだった。
「……つけて、くれる?」
彼女が、震える声で、そう言った。
僕は「うん」と頷くと、小箱からブレスレットを取り出し、彼女の細い手首に、そっと、つけてあげた。
カチリ、と留め金が音を立てる。
白い肌の上で、小さな星が、キラリ、と輝いた。
「……どうかな?」
「……すごく、綺麗だ。優愛に、すごく、似合ってる」
僕の言葉に、彼女の顔が、ふわりと綻ぶ。
そして、次の瞬間。
優愛は、僕の首に、そっと、腕を回した。
「……!」
不意打ちの、あまりにも甘い抱擁。
僕の体は、完全に固まってしまう。
「……ありがとう、溢喜」
耳元で囁かれる、吐息混じりの、甘い声。
「世界で一番、嬉しい、お守りだよ」
その言葉と、首筋に感じる彼女の柔らかな髪の感触に、僕の心臓は、もう、どうにかなってしまいそうだった。
ああ、もう、ダメだ。
プロジェクトの成功まで、なんて、待てそうにない。
僕は、そっと、彼女の背中に、自分の腕を回した。
そして、今、この瞬間の、どうしようもないくらい溢れ出す、この気持ちを。
伝えるべきか、否か。
僕の心は、嬉しい悲鳴を上げて、揺れ動いていた。




