第九十四話 僕らのオフィス
『溢喜を最高にエスコートするプラン!』を成功させた、あの日曜日から、数週間。
僕らの日常は、すっかり様変わりしていた。
「――だから、ギフトセットのコンセプトは、『星降る夜のクリスマス』でどうかなって」
「いいね! それなら、ライトウェイが得意なアロマキャンドルと、シャインが得意なアクセサリーを組み合わせられる!」
放課後の図書室。
僕と優愛は、机を並べて、プロジェクトの企画会議に没頭していた。
もう、どちらかがどちらかに勉強を教える、なんて甘い空気はない。
僕らは、対等な「パートナー」として、意見をぶつけ合い、一つの目標に向かって突き進んでいた。
「パッケージのデザイン、どうする?」
「幸葵さん、絵、上手だったよな。頼んでみないか?」
「あ、それ、すごくいい! きっと、喜んで引き受けてくれるよ!」
美褒や幸葵、和満さんたちにも声をかけ、僕らのプロジェクトは、いつの間にか、はとこたちを巻き込んだ、大きなチームになっていた。
そんなある日の、土曜日。
僕と優愛は、光道本邸の、あの書斎にいた。
おじいちゃんたちの計らいで、プロジェクトが終わるまでの間、この書斎を僕らの「オフィス」として、自由に使っていいことになったのだ。
「うわ……。何度来ても、すごいな、ここは」
「うん。でも、なんだか、少しだけ、私たちの場所になった気がしない?」
そう言って、優愛は、大きなマホガニーの机の上に、どさりと資料の束を置いた。
その横顔は、もうすっかり、プロジェクトリーダーの顔だ。
僕らは、それぞれの会社の担当者と連絡を取り、商品の選定や、デザインの打ち合わせを進めていく。
最初は「高校生に何ができるんだ」と、どこか懐疑的だった大人たちも、僕らの本気と、四兄弟の後ろ盾があることを知ると、次第に態度を変えていった。
「――以上が、我々からのデザイン案です。いかがでしょうか」
パソコンの画面越しに、ライトウェイのデザインチームのリーダーが、深々と頭を下げる。
僕らが提示したコンセプトを元に作られた、素晴らしいデザイン案。
僕の胸が、熱くなった。
(すごい……。僕らが考えたことが、本当に、形になっていく)
オンライン会議が終わり、ふう、と大きく息をつく。
隣を見ると、優愛も、満足そうな、でも少しだけ疲れたような顔で、椅子の背もたれに体を預けていた。
「……疲れた?」
「うん、少しだけ。でも、それ以上に、楽しい」
そう言って、彼女は僕の方を見て、にこりと微笑んだ。
その笑顔に、僕の疲れも、どこかへ吹き飛んでいくようだった。
「……なあ、優愛」
「ん?」
「俺、思ったんだけどさ」
「うん」
「このプロジェクトが成功したら……その、お祝い、しないか? 二人で」
僕の、不器用な誘い。
優愛は、一瞬きょとんとした後、すぐにその意味を察したようだった。
みるみるうちに、彼女の頬が、夕日のように赤く染まっていく。
「……うん。もちろん」
か細い、でも、確かな声。
そして、彼女は、机の下で、そっと、僕の手に、自分の手を重ねてきた。
「だから……絶対に、成功させようね」
その、小さな手の温かさが、僕に、何よりも強い力を与えてくれた。
僕らの挑戦は、まだ始まったばかり。
困難なことも、たくさんあるだろう。
でも、この最高のパートナーと一緒なら、きっと、どんな壁だって、乗り越えていける。
僕は、重ねられた彼女の手に、そっと力を込めて、強く、強く、頷き返した。
書斎の大きな窓から差し込む西日が、未来へと向かう僕らの姿を、優しく照らしていた。




