第九十二話 僕らが描く、未来の地図
「――最高の証明になるんじゃないかな……!」
興奮したように僕の両手をぎゅっと握りしめ、目をキラキラと輝かせている優愛。
その熱に浮かされたように、僕の胸も、熱く、高鳴っていた。
(……僕が、そんな、大それたことを……)
正直、僕が口にしたのは、本当に、ただの素朴な疑問だった。
でも、優愛の言葉によって、その何気ない一言が、とてつもなく壮大で、意味のある目標へと変わっていく。
「……できるかな、僕らに」
弱気な僕の呟きに、優愛は、握った僕の手に、さらに力を込めた。
「できるよ。……ううん、やるの。二人で」
その瞳には、もう何の迷いもなかった。
そうだ。僕らはもう、一人じゃない。最高のパートナーなんだ。
「……ああ。やろう」
僕が力強く頷くと、彼女は「うん!」と、最高の笑顔を見せた。
その日の帰り道。
僕らの足取りは、来た時とは比べ物にならないくらい、軽やかだった。
今まで、どこか「受け身」で考えていた、光道家の未来。
それを、初めて、僕たちが「創り上げていく」ものなのだと、実感できたからだ。
「でも、どうやって?」
家の近くの角を曲がりながら、僕が現実的な問題を口にする。
「四人のおじいちゃんたち、みんなそれぞれの会社の社長で、プライドもあるだろうし。いきなり『会社を一つにしましょう』なんて言っても、聞いてくれるかな」
「……そうだよね」
優愛も、少しだけ、表情を曇らせる。
「まずは、もっと勉強しないと。会社のことも、経営のことも。一つにまとめることの、メリットとデメリット、ちゃんと説明できないと、きっと、聞いてもらえない」
「だよな……」
結局、僕らは、目の前のテスト勉強すらままならない、ただの高校生なんだ。
壮大な目標が見えたのはいいけれど、そこに至るまでの道は、果てしなく遠い。
「……でもさ」
僕が少しだけ落ち込んでいると、優愛が、何かを思いついたように、僕の顔を覗き込んできた。
「溢喜が言ってた、『似てるところ』。そこから、始めてみるのはどうかな?」
「え?」
「例えば、雑貨。ライトウェイ(優誓おじいちゃん)も、シャイン(真実おじいちゃん)も、それぞれの会社で扱ってるでしょ?」
「ああ」
「だったら、まず、その雑貨部門だけ、協力してみるとか。共同で新しい商品を開発するとか、仕入れルートを一つにまとめるとか」
優愛の目が、またキラキラと輝き始める。
「いきなり全部を一つにするのは無理でも、小さな『成功体験』を積み重ねていけば……。いつか、おじいちゃんたちも、分かってくれるかもしれない。『ああ、あいつらが言ってたのは、こういうことだったのか』って」
その、あまりにも賢くて、前向きなアイデアに、僕はもう、感心するしかなかった。
すごいな、優愛は。
僕がただ漠然と大きな夢を語るだけなのに対して、彼女は、そこに至るまでの、具体的で、現実的な「最初の一歩」を、もう見つけ出している。
「……敵わないな、本当に」
僕がぽつりとそう言うと、彼女は「え、何が?」と、不思議そうに首を傾げた。
「ううん、なんでもない。……やろうぜ、それ。まずは、雑貨からだ」
僕の言葉に、彼女は「うん!」と、力強く頷いた。
家の前に着き、僕らは名残惜しそうに、手を離す。
「じゃあ、また明日な、委員長」
「うん。また明日、副委員長」
僕らは、どちらからともなく、そう呼び合った。
それは、涼風祭の時だけの、特別な呼び名だったはずなのに。
今、僕らの間では、新しい意味を持ち始めていた。
僕らの、未来へと続く道。
その、広大な地図の、最初の目的地が、確かに、記された瞬間だった。




