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面倒見のいい幼馴染が、今日も僕を叱る  作者: Takayu
第六章 僕の彼女
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第九十一話 二人だけの復習会

光道家の勉強会から数日。

僕の日常には、新しい習慣が一つ、加わっていた。


「――で、この『B/S』っていうのが、貸借対照表のことで……」

「たいしゃくたいしょうひょう……。漢字、むずっ……」


放課後の図書室。

僕と優愛は、机を並べて、週末の勉強会の「復習」をしていた。

……いや、実質的には、優愛が僕に、一から授業をやり直してくれている、と言った方が正しい。


「もう!ちゃんとメモ取ったって言ってたじゃない」

「いや、取ったんだ!取ったんだけど、後から見返したら、自分でも何て書いたか読めなくて……」

僕が情けない声で言うと、優愛は、盛大なため息をついた。

でも、その口元は、ほんの少しだけ、笑っている。


「しょうがないなあ。じゃあ、もう一回だけだよ?」

そう言って、彼女は自分のノートを僕の方にぐいっと寄せて、僕の頭と自分の頭をくっつけるようにして、ペン先で項目を指し示した。


……近い。

まただ。

また、シャンプーの甘い香りが、僕の理性を麻痺させる。

目の前にあるはずの、難解な漢字や数字なんて、もう、一つも頭に入ってこない。

僕の意識は、全部、すぐ隣にある彼女の体温と、僕の肩に触れる、柔らかな髪の感触に、持っていかれてしまっていた。


「……聞いてる、溢喜?」

「へ!? あ、ああ、聞いてる聞いてる!」

「ほんとかなあ。……顔、赤いよ?」


悪戯っぽく、僕の顔を覗き込んでくる、大きな瞳。

その瞳に吸い込まれそうで、僕は慌てて、自分のノートに視線を落とした。


「……優愛のせいでしょ」

僕が、蚊の鳴くような声でそう言うと、彼女は「ふふっ」と、楽しそうに喉の奥で笑った。

もう、完全に、僕の方が遊ばれている。


「――じゃあ、今日の復習会は、ここまで!」

閉館を告げる音楽が流れ始め、優愛がぱん、と手を叩いた。

「結局、あんまり進まなかったね」

「……ごめん」

「ううん。でも、いいよ。また、明日も付き合ってあげる」


その、「当たり前」のように言ってくれる言葉が、今は何よりも嬉しかった。

僕らは、帰り支度をしながら、今日の勉強会の内容について、話していた。


「なあ、優愛」

「ん?」

「僕、思ったんだけどさ。光道家って、四つも会社があるだろ?」

「うん」

「でも、やってることって、結構、似てるところもあるよな。雑貨とか、家電とか」


それは、今日の授業を聞いていて、僕が漠然と感じた、素朴な疑問だった。

優愛も「確かに、そうかも」と、頷く。


「なんで、わざわざ四つに分かれてるんだろうな。一つにまとめちゃった方が、効率、良くないか?」


僕の、何気ない一言。

その瞬間、優愛が、ぴたり、と動きを止めた。

「……え」


「ど、どうした?」

「溢喜……。それ、すごいこと、言ってるよ」

「え、そうか?」


「だって、それって……。四つに分かれてしまった会社を、もう一度、一つにするってことだよ? 昔、ひいおじいちゃんがやっていたみたいに」

彼女の目が、今まで見たことがないくらい、キラキラと輝き始めている。


「もし、それができたら……。それって、光道家が、本当の意味で、もう一度『一つの家族』になるってことの、最高の証明になるんじゃないかな……!」


優愛の言葉に、僕は、はっとした。

そうだ。

僕が、あの日、優誓おじいちゃんに問われたこと。

『君が、光道の名を背負って何をしたいのかをな』


その、答えの、ほんの小さなカケラが。

今、この瞬間に、見えたような気がした。


「……すごいよ、溢喜! やっぱり、あなたは、私の最高のパートナーだよ!」

興奮したように、僕の両手をぎゅっと握ってくる、優愛。

その熱に浮かされたように、僕の胸も、熱く、高鳴っていた。

僕らの、未来へと続く道が、また一つ、確かに、照らされた瞬間だった。

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