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面倒見のいい幼馴染が、今日も僕を叱る  作者: Takayu
第六章 僕の彼女
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第八十六話 最大の試練、彼女の食卓

「……今日の溢喜、すごく、かっこよかった」


夕暮れの帰り道。

僕の右手を、両手でぎゅっと包み込みながら、優愛が、少しだけ潤んだ瞳でそう言った。

その、あまりにもストレートな言葉と、愛おしそうな眼差しに、僕の心臓は、もうどうしようもないくらいに、甘く締め付けられた。


家の近くの角を曲がり、僕らの家が並ぶ道へと入る。

名残惜しい気持ちを振り切るように、僕は繋いでいた手をそっと離した。

家の前で、いつまでも手を繋いでいるわけにはいかない。


僕らが、それぞれの家の前で、もじもじと立ち尽くしていた、その時だった。

ガチャリ、と。

優愛の家の玄関のドアが、不意に開いた。


「あら、二人ともおかえりなさい」

ひょっこりと顔を出したのは、優愛のお母さんだった。


「ちょうどよかったわ。今夜は、お父さんも、おじい様(優誓さん)もいるから、溢喜くんも、一緒に晩ごはん、どうかしら?」

「え……!?」


予想だにしなかった、あまりにも突然の、お誘い。

いや、これはもう、お誘いというよりは、召喚令状に近い。

僕の背筋を、冷たい汗が、すっと伝った。


「え、でも、僕は親に何も……」

「ああ、それなら大丈夫よ。さっき、あなたのお母様とお話ししたから。『たまには、うちの子がお世話になります』ですって」

「あの母さん……!」

完全に、外堀を埋められた。


「……」

優愛が、心配そうに僕の顔を覗き込む。

僕は、もう、観念して頷くことしかできなかった。


通されたリビングには、すでに、食卓を囲む三人の姿があった。

にこにこと人の良さそうな笑顔の、優愛のお母さん。

そして……。

新聞を広げたまま、僕を一瞥し、「……」と、ただ無言で視線を新聞に戻す、優愛のお父さん。

その隣で、優誓おじいちゃんだけが、僕と優愛の顔を交互に見て、意味ありげに、ニヤリと口の端を吊り上げていた。


(……やばい。全部、バレてる……!)


食卓についたものの、食べたものの味が、ほとんどしない。

優愛のお母さんが、当たり障りのない話で場を和ませようとしてくれるが、お父さんの放つ、静かな威圧感の前では、全てが無に帰していた。


食事が終わりに近づいた、その時だった。

優誓おじいちゃんが、僕の隣にそっと体を寄せ、誰にも聞こえないような小さな声で、囁いてきた。

「……どうだ、溢喜。孫娘との『恋人ごっこ』は、楽しいか?」


「ぶっ!?」

思わず、飲んでいたお茶を吹き出しそうになる。

やっぱり、この人は全部お見通しか!


僕がわたわたしていると、おじいちゃんは、楽しそうに喉の奥で笑いながら、続けた。

「まあ、案ずるな。お前たちのことは、俺が黙っておいてやる。……せいぜい、あの堅物を、お前たちの力で、こじ開けてみるんだな」

そう言って、おじいちゃんは、ちらりと優愛のお父さんの方に視線をやった。


その言葉の真意を測りかねていると、それまで一言も発しなかったお父さんが、新聞を畳み、真っ直ぐに、僕の目を見た。


「青空くん」

「……は、はい!」

「最近、娘は楽しそうだな。……君といると」


それは、責めているわけではない、ただの事実確認のような、静かな声だった。

でも、その目の奥には、娘を想う父親としての、鋭い光が宿っていた。

これは、試されている。僕という人間が、優愛の隣に立つにふさわしい男かどうかを。


僕は、背筋を伸ばし、震えそうになる声を必死で抑えながら、はっきりと、言った。


「はい。僕も、優愛といると、楽しいです。……昔から、ずっと。僕たち、ただの幼馴染ですけど、僕にとっては、誰よりも大切な……」


そこまで言って、僕は言葉に詰まった。「幼馴染」という言葉が、今の僕らの関係を表すには、あまりにも足りなすぎる。でも、ここで「恋人です」なんて、言えるはずもなかった。


僕がしどろもどろになっていると、優愛のお父さんは、ふっと、本当に、ほんの少しだけ、口元を緩めた。

そして、「……そうか」とだけ、呟いた。


その一言が、許しなのか、それとも保留なのかは、分からない。

でも、僕には、それが何よりも重い、第一関門突破のサインのように、聞こえた。


食事が終わり、僕は逃げるように、優愛の家を後にした。


「……ありがとな、今日」

玄関まで見送りに来てくれた優愛に、僕は小声でそう言った。

「ううん。私の方こそ。……ごめんね、お父さんがあんなで」

「いや、別に……。心臓に、悪かったけど」

僕がそう言って笑うと、彼女も、くすくすと楽しそうに笑った。


「じゃあ、また明日な」

「うん、待って」


僕が帰ろうと背中を向けた、その時だった。

優愛が、僕のシャツの裾を、きゅっと掴んだ。


「え……?」


振り返ると、彼女は、リビングにいる両親に聞こえるか聞こえないか、くらいの、絶妙な声の大きさで。

でも、僕の目だけを真っ直-ぐに見つめて、こう言った。


「さっき、溢喜、言えなかったでしょ。私のこと」


「……」

「だから、私が代わりに、言ってあげる」


そして、彼女は、少しだけ背伸びをして、僕の耳元に、唇を寄せた。


「もう、ただの幼馴染じゃないよ。……私の、大切な彼氏だもん」


その、吐息混じりの甘い声が、僕の心臓を、真っ直ぐに、射抜いた。

僕は、その場に立ち尽くしたまま、動けなかった。

顔が、熱い。

心臓が、うるさい。

さっきまでの緊張なんて、全部吹き飛んでしまった。


優愛は、満足そうににこりと笑うと、僕の裾から手を離し、「じゃあ、また明日ね」と、今度こそ僕を送り出した。


今日の僕は、彼女のヒーローになれただろうか。

答えはまだ、分からない。

でも、僕の未来を照らしてくれる、最高のヒロインが、すぐ隣にいる。

それだけは、もう、確かな事実だった。

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