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面倒見のいい幼馴染が、今日も僕を叱る  作者: Takayu
第六章 僕の彼女
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第八十五話 君のヒーローに

優愛と手を繋いで登校するのが、僕らの新しい日常になった。

最初は心臓が爆発しそうだったけれど、一週間も経てば、その温かさが隣にあるのが当たり前になってくる。

いや、当たり前じゃない。

毎日、新鮮にドキドキして、毎日、どうしようもなく幸せだ。


「お二人さん、すっかりお似合いのカップルって感じだな」

「本当に。見てるこっちが幸せになっちゃうよ」

昼休み、希望と美褒にそうからかわれるのも、すっかり日常の一部になった。

僕と優愛は、顔を見合わせて、ただ照れ笑いをすることしかできない。


そんな穏やかな日々が続いていた、ある日の古典の授業。

先生が、気まぐれに生徒を指名して、古文の現代語訳をさせていた。

そして、その指が、ぴたり、と一人の生徒を指した。


「――じゃあ、次は、海波」


「はい」

すっと立ち上がる優愛。

いつもなら、どんな教科でも完璧にこなす彼女のことだ。

僕も、安心してその姿を見ていた。

でも、その日の彼女は、少しだけ様子が違った。


「ええっと……この、たまふ、は……尊敬の、助動詞で……」

教科書に視線を落としたまま、口ごもる。

珍しい。

どうやら、少し上の空で、授業を聞いていなかったらしい。

クラス中から、くすくすと小さな笑いが漏れる。


「どうした、海波。優等生のお前が、珍しいな」

先生の言葉に、優愛の顔が、みるみるうちに赤くなっていく。

その表情を見て、僕は、どうしようもない衝動に駆られた。


(……助けたい)


いつも、僕が助けられてばっかりだった。

数学のヒントをくれたり、寝癖を直してくれたり。

今度は、僕の番だ。


僕は、自分のノートの隅に、教科書のその部分の現代語訳を、できるだけ大きな文字で、走り書きした。

先生の視線が黒板に向いた、その一瞬。

僕は、机の天板を、指先で、「こん、こん」と、ごくかすかに、二度だけ叩いた。

僕と彼女にしか聞こえないような、小さな秘密の合図。


隣で、優愛の呼吸が、ほんの少しだけ、浅くなるのを感じた。

彼女は、驚いたというよりは、「え?」と問いかけるように、ゆっくりと僕の方に視線を向けた。

僕は、目線だけで、机の下で開いたノートを指し示す。


「!」

僕の意図に気づいた優愛が、はっとしたように僕の顔を見る。

その瞳が、感謝の色に揺れていた。

僕は、ただ、にこりと笑って、小さく頷いてみせた。


一瞬の沈黙の後、優愛は、僕のノートに一度だけ視線を走らせ、そして、顔を上げて、はっきりと、美しい声で、完璧な現代語訳を口にした。

教室中から、「おおー」という小さな感嘆の声が上がる。


「うむ、よろしい。座っていいぞ」

先生の言葉に、優愛は「ありがとうございます」と頭を下げて、席に座った。

そして、僕の方を向いて、誰にも聞こえないような、本当に小さな声で、こう言った。


「……ありがと」


その、少しだけ潤んだ瞳と、心の底から嬉しそうな、はにかんだ笑顔。

それは、僕が今まで見た中で、一番、愛おしい笑顔だった。

ヒーローになる、なんて、大げさなことじゃない。

ただ、君が困っている時に、一番に、その手を引いてあげられる。

そんな存在に、僕はなりたいんだ。


帰り道。

僕らは、いつもより、ほんの少しだけゆっくりと、夕暮れの道を歩いていた。


「……さっきは、ごめん。助かった」

優愛が、小さな声で言う。

「いいって。お互い様だろ、パートナーなんだから」

僕がそう言うと、彼女は「うん」と頷いて、そして、僕の右手を、ぎゅっと、両手で包み込むように握った。


「ねえ、溢喜」

「ん?」

「……今日の溢喜、すごく、かっこよかった」


その、あまりにもストレートな言葉に、今度は僕が、顔を真っ赤にする番だった。

夕日が、僕らの二つの影を、どこまでも長く、そして、優しく一つに、重ねていた。

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