第八十三話 星空の下の、本当の気持ち
「……好きだよ、優愛」
僕が囁いた言葉は、満点の星空を解説する、穏やかなナレーションの中に、静かに溶けていった。
僕の肩の上で、優愛の頭が、ぴくり、と小さく動いたような気がしたけれど、彼女が目を覚ます気配はない。
(……だよな。聞こえるはず、ないか)
少しだけ、がっかりしたような、でも心の底からほっとしたような、複雑な気持ち。
もう恋人同士なんだから、何度「好き」と伝えてもいいはずなのに。
いざとなると、やっぱり恥ずかしくてたまらない。
僕は、そんな自分のチキンぶりに、心の中で苦笑した。
やがて、上映が終わり、場内がゆっくりと明るくなっていく。
「……ん」
優愛が、ゆっくりと顔を上げる。
そして、自分が僕の肩で眠っていたことに気づき、はっと目を見開いた。
「ご、ごめん! 私、また……!」
「いいって。疲れてたんだろ。……気持ちよさそうに、寝てたな」
僕が、少しだけ意地悪くそう言うと、彼女は「え……?」と、きょとんとした顔をした。
そして、何かを思い出したように、みるみるうちに顔を真っ赤にして、僕からさっと目を逸らしてしまった。
その反応に、僕の心臓が、大きく、そして楽しげに跳ねる。
(……やっぱり、聞こえてたのか)
プラネタリウムを出ると、空はもうすっかり、プラネタリウムと同じ、深い藍色に染まっていた。
街の明かりが、星のようにキラキラと輝いている。
「……あのさ」
帰り道の途中、優愛が、小さな声で僕を呼び止めた。
「ん?」
「さっきの……その、プラネタリウムでのこと、なんだけど」
「ああ」
「……あれ、ずるいよ」
拗ねたように、でも、どこか嬉しそうに、彼女は僕の顔を見上げる。
「寝てると思って、油断してたのに……。心臓に、悪い」
その、あまりにも素直で、あまりにも可愛い文句に、僕はもう、どうしようもないくらいの愛おしさで、胸がいっぱいになった。
「ごめん」
僕はそう言って、彼女の前に一歩、踏み出した。
そして、人通りの途切れた道端で、彼女の冷たくなった右手を、そっと、僕の両手で包み込んだ。
「でも、本気だから」
僕の、真剣な眼差し。
優愛は、息を呑んで、僕の言葉の続きを待っている。
「何度でも言うよ。……好きだ、優愛」
今度は、はっきりと、彼女の目を見て、伝えた。
そして、今までで一番、美しい笑顔で、優愛が言った。
「……うん。知ってる。私も、好きだよ」
その答えだけで、十分だった。
僕らは、どちらからともなく、顔を見合わせた。
言葉はなかったけれど、僕らの心は、固く、固く、結ばれている。
僕をエスコートしてくれるはずだった、特別な一日。
それは、僕の想像を、何倍も超えるくらい、甘くて、幸せな一日になった。
そして、僕らの関係が、ただの「恋人」から、もっともっと深いところで繋がっていく、忘れられない一日にもなった。




