第八十二話 君が選ぶ、僕の未来
約束の日曜日は、またしても、僕らの気持ちを映したかのような快晴だった。
待ち合わせ場所の駅前。
僕が少しだけそわそわしながら待っていると、見慣れた、でもやっぱり特別な私服姿の優愛が、駆け寄ってきた。
「おはよう、溢喜! ごめん、待った?」
「おはよ。ううん、僕も今来たとこ」
今日の彼女の手には、いつものバッグの他に、一冊の可愛らしいノートが握られている。
あれが、僕を最高にエスコートするための、虎の巻か。
そう思うだけで、口元が緩んでしまう。
「じゃあ、プラン通り、まずはショッピングモールに行きます! 副委員長、こちらへどうぞ!」
「はいはい、委員長さん」
わざとらしく僕をエスコートするように腕を差し出す優愛に、僕は笑いながらついていく。
僕らの、二度目の特別な一日が始まった。
ショッピングモールに着くと、優愛は僕の手をぐい、と引いて、真っ直ぐにメンズ服のフロアへと向かった。
「えっと、まずは、溢喜に似合いそうな秋服を探します!」
「いや、別に、服は足りてるって」
「だめ。いつも私の買い物に付き合ってくれてるんだから、今日くらい、私が溢喜をかっこよくするの」
そう言って、彼女は真剣な顔で、お店の服を物色し始めた。
ハンガーにかかったシャツを僕の胸に当てては、「うーん、色が違うかな」と首を傾げたり、「溢喜は、どっちのパーカーが好き?」と僕の意見を聞いてくれたり。
その姿は、まるで僕の専属スタイリストのようで、なんだか気恥ずかしい。
「……これ、ちょっと着てみて」
優愛が持ってきたのは、僕一人では絶対に選ばないような、少し大人びたデザインのネイビーのニットだった。
「え、これ、俺に似合うか?」
「いいから、早く!」
半信半疑で試着室に入り、ニットに袖を通す。
鏡に映った自分は、なんだかいつもより、少しだけ大人に見えた。
「……どうだ?」
僕がカーテンを開けると、待っていた優愛が、一瞬、息を呑んだように目を見開いた。
そして、次の瞬間、みるみるうちに頬を赤く染めて、小さな声で、こう言った。
「……すごく、いい。かっこいい……」
その、あまりにも素直な反応に、今度は僕の顔が熱くなる。
「そ、そうか? じゃあ、まあ……買うか」
「うん。絶対に、買った方がいい」
結局、僕はその日、優愛に選んでもらった服を、そのまま着て帰ることになった。
店を出て、鏡張りの柱に映った僕らの姿を見る。
いつもより、ほんの少しだけ、お似合いの二人になれているような気がして、胸の奥がくすぐったかった。
昼食は、プラン通り、ハンバーガーの美味しいと評判のカフェへ。
大きなハンバーガーに、二人でかぶりつく。
「美味しいね!」
「ああ、うまいな」
他愛ない会話が、今は何よりも楽しい。
そして、午後は、プラネタリウムへ。
ドーム型の天井に、満点の星空が映し出された瞬間、僕も優愛も、思わず「わぁ……」と感嘆の声を漏らした。
穏やかなナレーションを聞きながら、僕らは静かに、星の海を眺めていた。
隣に座る優愛の、規則正しい寝息が聞こえてきたのは、それから間もなくのことだった。
(……おいおい、エスコートする側が、寝るなよ)
心の中でツッコミを入れつつも、その無防備な寝顔が、たまらなく愛おしい。
きっと、僕のためにプランを考えるのに、夜更かしでもしたんだろう。
僕は、そっと、自分の右肩を、彼女の頭がもたれやすいように、少しだけ傾けた。
こてん、と、小さな重みが、僕の肩にかかる。
甘いシャンプーの香りと、穏やかな寝息。
「……暗いところで、二人きりになれるし」
昨日の、彼女の言葉が蘇る。
(……本当に、寝てるのか?)
いたずら心が湧いてきて、僕は、彼女にしか聞こえないような、本当に小さな声で、囁いた。
「……好きだよ、優愛」
その瞬間。
僕の肩に預けられていた彼女の頭が、ほんの少しだけ、ぴくり、と動いたような気がした。
気のせいか、それとも――。
答えは、星空の向こう側。
僕と優愛の、最高に甘い一日は、まだ、終わりそうになかった。




