第七十九話 君と競う、テスト勉強
「約束、だよ」
月曜日の帰りに交わした、新しい約束。
その約束を胸に、僕らは中間テスト期間へと突入した。
「――で、この問題の解き方は、まず……」
放課後の図書室。
夕日が差し込む静かな空間で、僕と優愛は、机を並べて勉強していた。
恋人になったことで、この勉強会は、以前とは少しだけ違う、甘くて、くすぐったい空気に満ちていた。
「……聞いてる、溢喜?」
僕がぼーっと彼女の横顔に見とれていると、優愛がノートの端をシャーペンでこつん、と叩いた。
「もう。ちゃんと集中しないと、テスト終わっても、どこにも行けないよ?」
「……はい」
拗ねたように唇を尖らせるその表情すら、今はたまらなく可愛い。
でも、彼女の言う通りだ。テストを乗り越えなければ、次のお楽しみはない。
「……じゃあさ、競争しないか?」
僕がそう提案すると、優愛は「競争?」と不思議そうに首を傾げた。
「ああ。次の数学のテスト、どっちが高い点を取るか。負けた方が、次の『お出かけ』のプランを全部考えて、相手をエスコートする、ってのはどうだ?」
僕にしては、中々いい提案じゃないだろうか。
これなら、僕も本気で勉強に集中できるはずだ。
僕の提案に、優愛は一瞬きょとんとした後、ふふっ、と楽しそうに笑った。
「……いいよ、その勝負。乗った」
そして、彼女は少しだけ体を僕の方に寄せ、僕にしか聞こえないような小さな声で、悪戯っぽく囁いた。
「でも、私が勝ったら……ちゃんと、かっこよくエスコートしてよね?」
その、あまりにも不意打ちで、あまりにも可愛い「おねだり」に、僕の心臓が大きく跳ねた。
「……当たり前だろ」
僕は、顔が熱くなるのを感じながら、そっぽを向いてそう返すのが精一杯だった。
その日から、僕らの間には、二人だけの秘密の目標が生まれた。
朝の登校中も、昼休みも、周りにバレないように、こっそりと単語帳を見せ合って問題を出し合った。
「なあ、この英単語の意味、なんだっけ?」
「もう、昨日もやったでしょ!」
そんなやり取りすら、今は二人だけの特別なゲームみたいで、楽しかった。
家に帰ってからも、夜遅くまでメッセージで励まし合った。
『今日のノルマ、終わったか?』
『あと少し……。優愛は?』
『私も、あとちょっと。負けないからね!』
そして、迎えたテスト最終日。
最後の一科目を終え、解放感に満ちた空気が教室を包む。
「終わったー!」
希望が、大きな伸びをしながら叫ぶ。
「二人とも、なんか今週、妙に勉強熱心だったよな。どうしたんだよ?」
美褒が、不思議そうに僕たちの顔を覗き込む。
僕と優愛は、どちらからともなく顔を見合わせた。
秘密の勝負のことは、まだ二人だけの秘密にしておきたい。
「……まあ、色々とな」
僕がそう言って笑うと、優愛も「うん、色々ね」と、悪戯っぽく笑った。
その息の合った様子に、希望と美褒は「ますます怪しい……」と顔を見合わせている。
帰り道。
「お疲れ、溢喜」
「優愛もお疲れ」
僕らは、解放感に満たされながら、夕暮れの道を並んで歩く。
「……で、どうする? 答え合わせ」
「ううん、やめとく。結果が出てからのお楽しみ、だね」
そう言って笑う優愛の横顔は、やりきった満足感で、キラキラと輝いていた。
どちらが勝っても、僕らの未来には、最高の週末が待っている。
そう思うだけで、僕の心は、どうしようもないくらいの幸福感で満たされていった。
テストが終わったばかりなのに、もう、次の約束の日が待ち遠しくてたまらなかった。




