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面倒見のいい幼馴染が、今日も僕を叱る  作者: Takayu
第六章 僕の彼女
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第七十七話 甘い余韻と、優しい目

唇に残る、柔らかな感触。

土曜日の夜に交わした、初めてのキス。

その余韻は、日曜の朝になっても、僕の思考を完全に支配していた。


(……やばい。ニヤニヤが、止まらない)


鏡に映る自分の顔が、だらしなく緩みきっている。

今日は、優愛と会う約束はない。ただの中間テスト前、最後の日曜日。

本来なら、昨日やり残した勉強の続きをしなければならないはずなのに、教科書を開いても、数式も英単語も、全く頭に入ってこなかった。


『……今日の、続きは?』

『……へたれ』


僕の心の中で、昨夜の優愛の言葉と表情が、無限にリピート再生される。

そのたびに、顔が熱くなり、心臓が大きく跳ねた。

もう、勉強なんて、無理だ。


その日の午後。

結局、僕はほとんど勉強に手がつかないまま、ぼーっと時間を過ごしていた。

不意に、スマホがピコン、と鳴る。

画面に表示されたのは、「美褒」の名前だった。


『溢喜、ゆーちゃんから連絡あった? なんだか、今日のゆーちゃん、朝からずっと上の空みたいで、心配なんだよね』


美褒のメッセージに、僕の心臓が、ちくりと痛んだ。

僕が自分の幸せな余韻に浸っている間に、優愛は、もしかしたら一人で、昨日のことを思い出して、恥ずかしがったり、不安になったりしているのかもしれない。

僕と同じように。


(……何やってんだろ)


いてもたってもいられず、僕はスマホを掴んで、家の外に飛び出した。

向かう先は、一つしかない。

隣の家の、インターホンを鳴らす。


ピンポーン。


数秒後、少しだけ警戒するような「……はい」という声が聞こえた。

優愛だ。


「あ、僕だけど……。その、今、大丈夫か?」

『……!』

電話の向こうで、彼女が息を呑むのが分かった。

やがて、ガチャリ、とドアがゆっくりと開く。


出てきたのは、ラフな部屋着姿の優愛だった。

僕の顔を見るなり、彼女の顔が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。


「な、なんで……!」

「いや、なんか、その……」


僕も、彼女の顔を見たら、昨日の記憶が鮮明に蘇ってきて、しどろもどろになってしまう。

二人して、顔を真っ赤にして、玄関先で黙り込む。

気まずい。最高に、気まずい。


でも、もう、逃げたくなかった。

僕は、意を決して、口を開いた。


「……勉強、全然、手につかなくて」

「……私も」

「だから、その……。昨日みたいに、また、一緒にやらないか?」


僕の、不器用な誘い。

優愛は、俯いたまま、小さな声で「……うん」とだけ、答えた。


僕の部屋の、ローテーブル。

昨日と全く同じ場所で、僕らは、また向かい合って座っていた。

でも、その空気は、昨日とは比べ物にならないくらい、甘くて、ぎこちない。


シャープペンを握る音だけが、やけに大きく部屋に響く。

時々、視線が合っては、二人して慌てて逸らす。

その繰り返し。


(……だめだ。余計に、集中できない)


そう思った、その時だった。

テーブルの下で、優愛の足が、僕の足に、こつん、と優しく触れた。

びくり、と僕の肩が揺れる。

ちらりと彼女の顔を盗み見ると、彼女は、ノートに顔をうずめるようにして俯いていたけれど、その耳は、真っ赤だった。


それは、言葉にしなくても分かる、彼女からの、不器用で、でも確かなメッセージ。

「私も、同じ気持ちだよ」と。


その小さな温かさに、僕の心は、どうしようもないくらいの愛おしさで満たされた。

僕も、テーブルの下で、そっと、彼女の足に、自分の足を寄せた。

もう、離さない、というように。

二度目のキスは、まだ、少しだけ先の話。

でも、僕らの心は、もう確かに、一つに重なっていた。

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