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面倒見のいい幼馴染が、今日も僕を叱る  作者: Takayu
第六章 僕の彼女
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第七十六話 世界で一番、甘いもの

『……今日の、続きは?』


その、たった一言が、僕の頭の中で、何度も、何度も、繰り返し再生される。

後悔と自己嫌悪でいっぱいだったはずの僕の心は、今、それとは正反対の、どうしようもないくらいの幸福感で、はち切れそうだった。


(……返事、しないと)


分かっている。

分かっているのに、指が震えて、うまく文字が打てない。

なんて返せばいい?

『僕も、続きがしたい』

いや、ストレートすぎるか?

『いつにする?』

まるで、急かしているみたいじゃないか?


僕が一人、スマホの画面と睨めっこしていると、ピコン、と、もう一通、優愛からメッセージが届いた。


『ごめん、変なこと聞いたよね。忘れて』


違う!

違う、そうじゃない!

僕は、慌てて、ほとんど反射的に、文字を打ち込んだ。


『忘れるわけないだろ。僕も、続きがしたい』


送信ボタンを押してから、僕は自分の送ったメッセージの、あまりの素直さに、また顔が熱くなるのを感じた。

でも、もう、これでいいんだ。

これが、僕の本当の気持ちなんだから。


既読の文字は、すぐについた。

でも、そこから、彼女の返事は、なかなか返ってこなかった。

その数分間が、永遠のように長く感じられる。

(……まずかった、かな)

また、不安が胸をよぎる。


もう、我慢できない。

僕は、ベッドから飛び起きると、パジャマのまま、静かに自分の部屋のドアを開け、廊下に出た。

そして、そっと、玄関のドアを開けて、外に出る。


ひんやりとした夜の空気が、火照った頬に心地いい。

僕と優愛の家を隔てる、ほんの数メートルの空間。

僕は、ただ、彼女の部屋の窓を見上げた。明かりは、ついている。

彼女も今、僕と同じように、スマホを握りしめて、ドキドキしているんだろうか。


そう思った、その時だった。

ガチャリ、と。

隣の家の玄関のドアが、静かに開いた。

出てきたのは、僕と同じように、パジャマの上にカーディガンを羽織っただけの、優愛だった。


「……」

「……」


僕らは、どちらも何も言えずに、ただ、互いの家のまん中で、立ち尽くしていた。

街灯の頼りない光が、僕らの姿を、ぼんやりと照らしている。


先に口を開いたのは、優愛だった。

「……なんで、出てきたの」

「……優愛こそ」

「……返事、びっくりしたから」

「……僕も、優愛のメッセージに、びっくりした」


不器用な会話。

でも、その一つ一つが、僕らの本当の気持ちを、確かめ合っているようだった。


「……あのさ」

僕が言うと、優愛が、こくりと頷く。


「続き、ってわけじゃないけど」

僕は、意を決して、彼女の前に一歩、踏み出した。

そして、彼女の冷たくなった右手を、そっと、僕の両手で包み込んだ。


「……っ」

優愛の肩が、びくりと揺れる。


「もう少しだけ……こうしてても、いいか?」


僕の、精一杯の問いかけ。

優愛は、何も言わずに、でも、確かに、僕の手を、きゅっと、握り返してくれた。

その小さな力が、彼女の答えの、全てだった。


僕らは、そのまま何も話さなかった。

ただ、静かな夜の中で、手を繋いで、見つめ合っていた。

街灯の光が、彼女の潤んだ瞳をキラキラと照らしている。

その瞳に吸い込まれるように、僕は、無意識のうちに、ほんの少しだけ、彼女に顔を近づけていたのかもしれない。


でも、それ以上、動けなかった。

あと数センチが、果てしなく遠い。

臆病な僕にできるのは、ここまでが限界だった。


(……だよな。こんなところで、いきなりなんて……)


僕が、諦めて顔を離そうとした、その時だった。


「……へたれ」


不意に、優愛が、小さな声で、そう呟いた。

そして、繋いでいない方の手で、僕のシャツの裾を、きゅっと掴んだ。


「え……?」


僕が驚いていると、彼女は、その掴んだ裾を、ぐっと、自分の方へと引き寄せた。

当然、僕の体は前のめりになる。


目の前には、顔を真っ赤にして、でも、僕を真っ直ぐに見上げる、決意に満ちた彼女の瞳。


そして、彼女は、精一杯、背伸びをした。


僕らの唇が、ゆっくりと、重なった。


それは、ほんの一瞬。

柔らかくて、温かくて、少しだけ、甘い味がした。


ゆっくりと顔が離れる。

目の前には、やり遂げた、という顔と、恥ずかしくてたまらない、という顔がごちゃ混ぜになった、とんでもなく可愛い優愛がいた。

彼女は、僕の胸に、こつん、と自分の額を押し当てて、顔を隠してしまった。


「……反則だろ、今の」

僕が、かろうじてそれだけ言うと、彼女は顔を上げないまま、くぐもった声で言った。

「……溢喜が、してくれないから」


その、あまりにも可愛すぎる言い訳に、僕はもう、たまらなくなって、彼女の華奢な体を、強く、強く、抱きしめた。


「……風邪、ひくなよ」

「……うん。溢喜も」

「おやすみ」

「……おやすみ」


僕と優愛の、初めての週末は、こうして、本当に終わりを告げた。

でも、僕の心の中には、確かな予感が芽生えていた。

始まったばかりの、恋人としての毎日は、きっと、今日よりも、もっとずっと、甘くて、幸せなものになっていくに違いない、と。

唇に残る、柔らかな感触と、僕の胸を叩く、彼女の速い鼓動を、僕は何度も、何度も、確かめていた。

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